『カタストロフと美術のちから展』レポート オノ・ヨーコやアイ・ウェイウェイ、現代アーティスト約40組を紹介
《予兆》 池田学 2008年 株式会社サスティナブル・インベスター蔵
ある日突然、私たちを襲う自然災害やテロ。東日本大震災をはじめ、さまざまな悲劇や大惨事を前に、アートが描いてきたことやその役割について考える展覧会が、六本木・森美術館にて開催中だ。
会場エントランス
『カタストロフと美術のちから展』(会期:〜2019年1月20日)は2部構成からなり、第1部では、カタストロフを美術がどのように描いてきたかを紹介。戦争や災害、金融危機など世界規模で被害を及ぼす大惨事や、個人的な悲劇を主題とした作品を中心に展示している。第2部では、そうしたカタストロフから立ち直る際、美術がどのような力を持ちうるのかを考察する。個人が行動を起こすことの意味をテーマに作品を選抜。その中には、映像作品も多数含まれる。
《メデイア》 スウーン 2017年 作家蔵
森美術館・キュレーターの近藤健一氏は、本展覧会に、東日本大震災のさらなる復興への願いを込めていると語った。
「2011年の地震発生から7年が経過したが、未だに復興が思うように進んでいない地域があり、福島の問題も完全な解決には至っていない。今こそ震災復興に関する議論をもう一度わき起こし、それについてみんなで考えてみたい」
《アートで何ができるかではなく、アートで何をするかである》 高橋雅子(ARTS for HOPE) 2018年 作家蔵
展示風景
カタストロフはどのように表現されてきたのか
本展には、国内外の現代アーティスト約40組が参加している。第1部の冒頭では、廃墟や破壊をテーマに制作するトーマス・ヒルシュホーンによる新作インスタレーション《崩落》が目の前に迫ってくる。
《崩落》 トーマス・ヒルシュホーン 2018年 作家蔵
崩れ落ちる2階建ての建築物の瓦礫は、段ボールやビニールテープなど、日常の素材が用いられているそうだ。一階右奥の部屋には、パブロ・ピカソの言葉を引用した「すべての創造は破壊からはじまる」のメッセージが見える。
右:《2011年9月11日のテロリスト攻撃の後、ワールド・トレード・センターから煙が出る》左奥:《2001年9月12日、ニューヨーク、ワールド・ファイナンシャル・プラザの日の出》 クリストフ・ドレーガー 2018年 作家蔵
既存の報道写真から5,000ピースのジグソーパズルを作り、「世界で最も美しい惨事」というシリーズを展開するクリストフ・ドレーガー。本展では、2001年のアメリカ同時多発テロの写真を元に、崩れゆくビルの脆さと、パズルピースの脆さが重なるような作品を展示している。
「陸前高田2011」シリーズより 畠山直哉 2011年 作家蔵
写真家の畠山直哉は、東日本大震災の発生直後に、津波の被害を受けた岩手県陸前高田市を訪れた。作者の故郷でもある街の変わり果てた風景を写真に撮り続け、現在も継続する《陸前高田2011》シリーズ。今回は、未発表作を含む、2011年3月から5月に撮影された25点の写真を紹介している。
「震災風景」シリーズより 堀尾貞治 1995年 芦屋市立美術博物館蔵
堀尾貞治は、1995年の阪神淡路大震災で自宅が半壊し、被災者となった。その際、叔父に震災の様子を絵に残すべきだと忠告を受け、《震災風景》というドローイング制作に着手する。近藤氏は、「非常に激しい筆使いと斬新な色から、堀尾さんが感じたであろう震災の激しさが表現されているように見受けられる」と解説した。
個人的な悲劇や不安を表現した作品も
ジリアン・ウェアリングによるポートレート作品は、ロンドンの街角で作者が声をかけた人々に、いま心に思っていることを紙に書いてもらい、それを掲げたもの。被写体の表情とは裏腹に、それぞれが心の闇を抱えていることが伝わり、鑑賞者の想像を膨らませる。
「誰かがあなたに言わせたがっていることじゃなくて、あなたが彼らに言わせてみたいことのサイン」シリーズより 左から:《今、落ち込んでいます》《自分の人生がつかみきれない!》《絶望的》 ジリアン・ウェアリング 1992-1993年
コミカルなタッチで日常に起きるドラマを絵画作品にする、黄海欣(ホァン・ハイシン)。《サイレント・ナイト》では、なぜかクリスマスツリーが発火しているが、家族は互いに目を隠しあって、悲劇から目を背けようとしている。
《サイレント・ナイト》 黄海欣 1993年
ミリアム・カーンは、抽象表現を用いてカタストロフを描き出す。作者は、原子爆弾の禁止を訴える活動に参加していたが、ある日、原水爆実験の映像を見て美的なものを感じたという。近藤氏は、「美しい水彩画の中に、彼女の核に対する相反する気持ちを読み取ることも可能だ」と話す。
《原子爆弾》 ミリアム・カーン 1988年 作家蔵
108個の電波時計の上に、モノクロームで防護服を着た人たちが描かれた《ブラックカラータイマー》。平川恒太による本作は、東日本大震災の際、原子力発電所の中で、事態の収拾に尽力する作業員たちの抽象的なポートレートだ。
《ブラックカラータイマー》 平川恒太 2016-2017年 作家蔵
「時計の音は作業員の生の証でもあり、心臓の音とも解釈できる。“カラータイマー”は、ウルトラマンの活動制限時間を意味するものから引用している。これは、作業員が死と隣り合わせの状況であることも表現されている」と、近藤氏は解説した。
《石鹸の通路》 ミロスワフ・バウカ 1993/2018年
ほかにも、ホロコーストに言及する作品として、ミロスワフ・バウカによる《石鹸の通路》や、非中東圏の人間による、中東へのステレオタイプを表現したモナ・ハトゥムの《ミスバー(光)》など、世界各地のアーティストによるカタストロフを主題にした作品が紹介される。
《ミスバー(光)》 モナ・ハトゥム 2006-2007年 作家蔵
美術の持ちうる力を問いなおす
第2部は、アーティストたちがより良い社会にしようという思いを込めて作品を制作している例を紹介し、美術のちからに焦点を当てたセクションになっている。
《オデッセイ》 アイ・ウェイウェイ 2016/2018年 作家蔵
活動家としても知られるアイ・ウェイウェイは、世界各地の難民問題を取材し、SNSを通して発信を続けている。その早期解決を訴える大型作品《オデッセイ》は、古代ギリシャ風のスタイルを流用したイラストで描かれた。壁紙をよく見ると、「誰も非合法ではない」「境界を開けろ」のスローガンと共に、テントで暮らす人々やボートに乗る人、何かを鎮圧しようとする警察の姿などが見受けられる。
《オデッセイ》(部分) アイ・ウェイウェイ 2016/2018年 作家蔵
福島原発事故発生から1ヶ月経った時点で、実際に原発の近くまで赴き、記録映像を残したChim↑Pom。《REAL TIMES》は、様々な情報が入り乱れる中で、自分たちの目で真実を突き止めようとした行動が形になった一例だ。
《REAL TIMES》 Chim↑Pom 2011年 森美術館蔵
カテジナ・シェダーが祖母と一緒に行ったアートプロジェクト《どうでもいいことだ》。本作は、うつ気味でふさぎ込んでしまったしまった祖母が、ドローイングを通して元気を取り戻すといった、描くという行為が人間の再生につながることを示したプロジェクトになっている。
《どうでもいいことだ》 カテジナ・シェダー 2005-2007年 作家蔵
復興と再生を願い、美術ができること
ジョルジュ・ルースは、2013年に宮城県の松島湾が見下ろせるカフェを訪れ、ボランティアと一緒に、カフェの内部を青と白に塗り分けるプロジェクトを実施した。視覚的なトリックのある立体空間では、ある一点に立つと青と白の星が浮かび上がるように見える仕掛けが施されている。本展のために制作された新作《星は空に輝いて》では、金色の星が浮かぶ空間が会場にあらわれる。
《星は空に輝いて》 ジョルジュ・ルース 2018年
イラク出身で、難民としてドイツに渡り現在はベルリンに拠点を置くヒワ・K。《鐘》は、中東の戦争で使われた武器の残骸をイラクから回収し、それを溶かしてブロックにしたものを、イタリアの職人によって教会の鐘に作りなおしたもの。近藤氏は、「戦争から平和へというプロセスが、鐘を作るところに込められている」と評した。
《鐘》 ヒワ・K 2015年
会場出口付近には、オノ・ヨーコによる《色を加えるペインティング(難民船)》が設置されている。真っ白な空間に、来場者が思い思いにメッセージを書き残せる作品だ。近藤氏は、「最後にこの作品を置いたのは、会場を訪れた皆さんに理想や平和、明るい未来への希望について考えていただき、その気持ちを胸に日常に戻っていただけたら、という思いからです」と、作品設置の意図を明かした。
《色を加えるペインティング(難民船)》 オノ・ヨーコ 1960/2016-2018年 作家蔵
『カタストロフと美術のちから展』は2019年1月20日まで。