宝塚に革新をもたらす群像劇 『1789~バスティーユの恋人たち』

レポート
舞台
2015.7.10
 撮影/岩村美佳

撮影/岩村美佳

ミュージカル界に異彩を放つ、フランス産スペクタクル・ミュージカルの日本初演となる、宝塚月組公演かんぽ生命ドリーム・シアター、スペクタクル・ミュージカル『1789~バスティーユの恋人たち』が、日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(26日まで)。

2012年にフランス、パリの「パレ・デ・スポール」で初演されて以来、フランス語圏で度々上演されてきたこの作品は、フランス大革命勃発前後に生きた人々を描いた群像劇で、ロックテイストの音楽が満載の「スペクタキュル」(フランスではフレンチ・ミュージカルという表現を好まず、従来のミュージカルとは一線を画した、歌手、ダンサーの分業体制での娯楽作品を表す、こちらの表記を推奨している)として、大きな人気を集めてきた。

そんな作品の本邦初演となる今回の上演では、今やミュージカルの大家となった小池修一郎が潤色・演出を担当。原典のスペクタクルな香りはそのままに、ドラマ性をより高めたミュージカルとして作品が展開されている。

撮影/岩村美佳

撮影/岩村美佳

1780年代後半のフランス。ブルボン王朝の栄華に陰りが見え、重税にあえぐ民衆たちの蜂起が頻発する時代に物語は始まる。税金が払えないことを理由に、官憲に父親を目の前で殺され、家も農地も取り上げられた農夫の息子ロナン・マズリエ(龍真咲)は、父の仇を取り、農地を取り返すことを誓ってパリへ向かう。そこでロナンはカミーユ・デムーラン(凪七瑠海)や、マクシミリアン・ロベスピエール(珠城りょう)、ジョルジュ・ジャック・ダントン(沙央くらま)ら、すべての人民が平等に暮らせる社会を提唱する革命家たちに出会い、その思想に希望を抱くようになる。だが一方、ベルサイユでは革命の足音が日増しに強まっていることに気づかない王妃マリー・アントワネット(愛希れいか)が、湯水のように国家予算を浪費しながら退屈しのぎのギャンブルに興じており、密かに王位を狙う国王ルイ16世(美城れん)の弟シャルル・ド・アルトワ伯爵(美弥るりか)は、王妃のスキャンダルを掴もうとやっきになっていた。

そんな中、アントワネットは許されぬ恋に落ちているスウェーデンの将校ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン伯爵(暁千星)との密会の為、革命家たちの牙城となっているパレ・ロワイヤルに、王太子の養育係オランプ・デュ・ピュジェ(早乙女わかば・海乃美月、ダブルキャスト)の手引きで訪れる。その場で偶然に出会ったロナンとオランプは、運命的に惹かれあうが、王政に復讐を誓っているロナンと、ブルボン王朝の世継ぎの養育係であるオランプとの間には、あまりに大きな隔たりがあった。それら、多くの立場を異にする人びとの思いが交錯する中、革命の炎は勢いを増し続け、ついに1789年7月14日、バスティーユ監獄襲撃の日が訪れて……

撮影/岩村美佳

撮影/岩村美佳

この作品を観て、まずなんと言っても圧倒されるのは群衆シーンの迫力だ。革命の蜂起を表す民衆たちのダンスナンバーが、ロックテイストの音楽に乗って熱く、濃く展開され、たたみかけてくる迫力には比類のないものがある。つまり、フランス革命を民衆側から描いた物語であり、その1人としてロナンがいる。

この群像劇としての在り方は、スターシステムの宝塚にあっては極めて異色で、そのことに何より驚かされた。その一方で、王宮側の主人公としてマリー・アントワネットが大きくフィーチャーされた効果にもまた絶大なものがあった。享楽の日々を送っていたある意味無邪気な王妃が、王太子の死によって自らの罪を悔い、真のフランス王妃たろうとする心の軌跡と成長が丁寧に描かれることによって、同じフランス革命ものの『ベルサイユのばら』を伝家の宝刀とする宝塚に、この『1789』の世界観が無理なく着地することに成功したと言えるだろう。

民衆側の主役にトップスターの龍真咲、王宮側の主役にトップ娘役の愛希れいかを配したが為に、トップコンビである二人が恋に落ちない、劇中で目も合わせないというイレギュラー中のイレギュラーに驚きがなかったと言ったら嘘になるが、その意図するところはなるほど納得させられるものだった。全体が群像劇であることを含めて、宝塚歌劇が101年に新たな攻めに出たことの、象徴的なキャスティングでもあったと思う。

そのロナンの龍は、宝塚のトップスターとしてこれほど助けてくれるものがない役どころも珍しい作劇の中で奮闘している。最下層の身分で、無学で、後ろ盾になるものは一つもないロナンは、もちろん煌びやかな衣装も着ない。革命の思想に希望を抱くが、コンプレックスに流され、常に揺れ動き、出会った恋にもただ直情的になるばかりで、ひたすら不器用だ。むしろ感心するほど宝塚のヒーロー像から、この人物は遠いところにいる。けれどもだからこそ、革命の理想に立ち上がる「民衆」としてこれまで括られてきた人びとの中にも格差があり、思いの違いがあることが浮き彫りになったことは、この作品の最も輝かしい美点の一つだし、その美点を浮かび上がらせる為に、場面場面に体当たりで臨んでいる龍の功績は大きい。「叫ぶ声」「二度と消せない」「サ・イラ・モナムール」等々、大ナンバーが目白押しの作品を支えた個性的な歌いっぷりと共に、群像劇を支えていた。

撮影/岩村美佳

撮影/岩村美佳

もう一方の主役と言って間違いないアントワネットの愛希は、作劇が宝塚化に当たって期待した王妃の成長物語を見事に体現している。ルーレットに興じる衣装自体がスペクタクルな初登場シーンから、その衣装に負けない存在感を示し、道ならぬ恋に燃え、やがてフランス王妃としての自覚に目覚めて行く過程を堂々と演じきったのは賞賛に値する。立ち居振る舞いも高貴で美しく、衣装がよりシンプルになる後半にその気品高さが際立った。ギロチンの模型が落ちる象徴的な退場のシーン(この場の演出は実に秀逸だった)での絶唱「神様の裁き」も、公演を重ねるごとにその歌唱力を増していて、トップ娘役として飛躍的な成長を遂げている。宝塚版『1789』の成功の一翼を担った力量は高く評価されるべきだろう。

物語がある意味で二人の主役を得たことで、当然ながらそれぞれの相手役の働き場も大きなものになり「バスティーユの恋人たち」が二組いる印象になっている。その一人オランプは、実質的にはヒロインの位置づけと言えるが、若手娘役早乙女わかばと海乃美月が、それぞれ健闘。早乙女に華やかさが、海乃に涼やかさがあり、互いに後は好みというレベルに達していて見比べる妙味がある。もう一人フェルゼン伯爵の暁千星は、アントワネットの比重と共に大きく役柄が膨らんでいて、文字通りの大抜擢だが、それに相応しい伸びしろと勢いを感じさせる。フィナーレナンバーで見せた見事な回転技と共に、眩しいスター誕生となった。

撮影/岩村美佳

撮影/岩村美佳

そんな若手たちの台頭を迎え打つ、先輩格のメンバーの層が厚いのも月組の特徴。革命家チームとも言える凪七瑠海にノーブルな育ちの良さが、珠城りょうに骨太な逞しさが、そして専科生となった沙央くらまに人情の機微に長けた温かさがあり、各々個性豊かに役柄を表現していて頼もしい。対して、王宮側で陰謀をめぐらすアルトワ伯爵の美弥るりかは、鬘や化粧にも工夫をこらして妖しさ全開。男役としては大柄な方ではないことを感じさせない存在感で、作品の絶妙なアクセントとなっていた。やはり専科からの出演となったルイ16世の美城れんが、凡庸な王の悲哀を滲ませて実に巧み。この役柄も宝塚で数多の名優が演じてきたが、それらに比しても更に好感の持てる国王像だった。

他にやはりダブルキャストだった、ロナンの妹のソレーヌの花陽みら、晴音アキの歌唱力、飛鳥裕、憧花ゆりの、星条海斗ら、常に強烈なキャラクター性を発揮する面々に加えて、民衆が主役の物語を底支えした宇月颯の高いダンス力をはじめとした、月組全員の力が作品に与えた熱は忘れ難い。宝塚歌劇で群像劇が成り立つことを証明してみせた、出演者一同の熱意に惜しみない拍手を贈りたい。

 
撮影/岩村美佳

撮影/岩村美佳

 
初日を控えた6月19日、通し舞台稽古が行われ、龍真咲、愛希れいかが囲み取材で記者の質問に応えた。
 
その中で、龍が作品について「『ベルサイユのばら』であれば、アンドレが死ぬ場面で橋の下にいる民衆が主役の物語」という意味合いの解説をすると、愛希も「『ベルサイユのばら』で描かれるマリー・アントワネット像と、この作品のアントワネット像を如何にすり合わせて行くかに腐心した」という趣旨の役作りの方向性を語り、やはり『ベルばら帝国』とも称される宝塚に於いて、新しいフランス革命ものを上演することが、如何に大きな挑戦だったかを滲ませた。
 
撮影/岩村美佳

撮影/岩村美佳

 
けれどもだからこそ、フィナーレのデュエットダンスまでほとんどからみがないという異色の作品に果敢に臨んだ自負を互いに抱いていることが感じられ、月組を率いるトップコンビの気概が随所に垣間見える時間となっていた。
 
撮影/岩村美佳

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尚、囲み取材の詳細は、9月9日発売の演劇ぶっく10月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!

【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】

 

イベント情報
宝塚月組公演 かんぽ生命ドリームシアター
スペクタクル・ミュージカル『1789~バスティーユの恋人たち』


潤色・演出◇小池修一郎 出演◇龍真咲、愛希れいか ほか月組
期間:6/19~7/26
会場:東京宝塚劇場
問合わせ:東京宝塚劇場 03-5251-2001(劇場・月曜休み)
    〈HP〉http://kageki.hankyu.co.jp/
情報はこちら
演劇キック - 宝塚ジャーナル
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