2018年ベストステージ10選~SPICE[舞台]編集長が独断で選ぶ「SPICEステージアワード2018」【特別企画】
2019年に入り、昨年一年間の演劇シーンを振り返り顕彰する各種アワードが出揃いつつある。紀伊國屋演劇賞 、ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、鶴屋南北戯曲賞、読売演劇大賞 、岸田國士戯曲賞 、等々。そこで……。
われらSPICE[舞台]部門も2018年の印象深かった舞台を10本選出し、その中からグランプリを決めようと思う。と言っても、選考委員はSPICE[舞台]編集長(安藤光夫)たったひとり。すなわち、【SPICE[舞台]編集長が独断で選ぶ「SPICEステージアワード2018」】ということになる。
マジョリティの共感を得られることはないだろう。が、とにかく自分が観て感銘を受けた舞台を、「良かった」と声高に言いたい衝動に駆られたのである。そのためにわざわざ職権を濫用してしまうのだ。まずはさっそく、SPICE[舞台]編集長が独断で選んだ10本をどんどん紹介していこう。便宜上、それぞれをわかりやすく【BEST〇〇賞】と銘打つこととする。そして、グランプリは最後に発表する。
【BEST演劇賞】
城山羊の会『埋める女』
●2018年12月6日~12月16日 下北沢ザ・スズナリ
●作・演出:山内ケンジ
●出演:奥田洋平、坂倉奈津子、福井夏、伊島空、岡部たかし、岩谷健司、金谷真由美
【寸評】城山羊の会の一時休業前に発表されたラスト作品は、ロードムービー・スタイルの官能サスペンスコメディだった。自己言及的メタフィクションだったり、別役実や西部劇などの要素も野心的に織り込んだ、山内ケンジ劇宇宙の集大成にして畏怖すべき最高の到達点となった。あらゆる演劇賞を総なめにするかと思いきや、全くそうならなかったのが意外だ。
【BESTナンセンスコメディ賞】
フロム・ニューヨーク『サソリ退治に使う棒』
●2018年2月14日~2月18日 下北沢駅前劇場
●作・演出:ブルー&スカイ
●出演:市川訓睦/中村たかし/ブルー&スカイ(以上、フロム・ニューヨーク)、神谷圭介/小出圭祐/吉田正幸(以上、テニスコート)、吉増裕士(ナイロン100℃/リボルブ方式)
【寸評】ブルー&スカイは2018年、本作とジョンソン&ジャクソン『ニューレッスン』を手掛けたが、高い純度のナンセンスで他の追随を許さない異能ぶりを再確認させてくれたのが本作だった。テニスコートなど出演者全員がそれぞれ唯一無二の存在感を放っていたが、とりわけ吉増裕士の予測不能の演技は最優秀男優賞ものだった。
【BESTシチュエーションコメディ賞】
加藤健一事務所『Out of Order~イカれてるぜ!~』
●2018年9月26日~10月10日 下北沢・本多劇場
●作:レイ・クーニー
●訳:小田島恒志
●演出:堤 泰之
●出演:加藤健一、浅野雅博(文学座)、さとうこうじ、坂本岳大、阪本篤(温泉ドラゴン)、加藤忍、日下由美、頼経明子(文学座)、はざまみゆき(ハイリンド)、新井康弘
●SPICE記事:https://spice.eplus.jp/articles/209650
【寸評】英国きっての喜劇職人レイ・クーニーと、その息子マイケル・クーニーの作品は、日本国内でも人気が高く、2018年にも数本が上演された。中でも、作家のスピリッツの血肉化に最も成功していたのがカトケン事務所だった。カトケン事務所には、こういったイカれたドタバタコメディの上演頻度をどんどん高めて欲しい。そして、レイ・クーニーの日本未上演作品をどんどん紹介して欲しい。
【BEST新人演劇賞】
劇団「地蔵中毒」『淫乱和尚の水色腹筋地獄』改め『西口直結!阿闍梨餅展示ブース』
●2018年3月8日~3月11日 王子スタジオ1
●作・演出:大谷皿屋敷
●出演:栗原三葉虫、関口オーディンまさお、かませけんた、宇都宮みどり、東野良平、フルサワミオ、武内慧(東京にこにこちゃん)、立川がじら(落語立川流)、hocoten、礒村夬(グッドラックカンパニー)
●SPICE記事:https://spice.eplus.jp/articles/177284
【寸評】2018年、怒涛の勢いで小劇場界の話題をかっさらった新進気鋭のシュールコメディ劇団。才気あふれる主宰・大谷皿屋敷の書くセリフのひとつひとつが音読反芻したくなるような不思議な詩情を帯びている。そして男優も女優も愛すべき怪優揃い。そんな彼らが演劇に快楽を取り戻してくれた。そのおかげでSPICE編集者も「地蔵中毒」中毒にかかり、彼らを頻繁に取り上げたのだった。
(撮影:塚田史香)
【BEST人形劇賞】
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』
●2018年4月5日~10日 下北沢ザ・スズナリ
2018年4月20日~22日 伊丹市立演劇ホール・アイホール
●原作:澁澤龍彦
●脚本・演出:天野天街(少年王者舘)
●出演:飯室康一(糸あやつり人形劇団みのむし)、植田八月(人形劇団おまけのおまけ)、竹之下和美(人形劇団おまけのおまけ)、永塚亜紀(人形劇団あっぷう)、阪東亜矢子(JIJO)、森田裕美(ダンク)、山田俊彦(人形劇団ココン)、よしだたけし(Puppeteer ポンコツワン)
●声の出演:知久寿焼
●SPICE記事:https://spice.eplus.jp/articles/181339
【寸評】ITOプロジェクトは関西在住の糸あやつり人形遣い達によって結成されたスーパーユニットである。2004年に名古屋の劇団、少年王者舘を主宰する天野天街を招き『平太郎化物日記』を発表。従来の人形劇の物理的限界を超える超絶技巧パフォーマンスで人形劇ファンたちをアッと驚かせた。その作品が人形劇2.0と呼ぶべきものだとしたら、2018年に再び天野を招いて発表した『高丘親王航海記』は人形劇3.0と称すべき次元にまでアップグレードされたものだった。澁澤龍彦の魅力に富む原作を、糸あやつり人形たちを通じて、このうえもなく美しく妖しく豊かな劇宇宙へと変換してみせたのである。原作への深く真摯なリスペクトが満ち溢れていたのも良かった。であればこそ観る者は、魂が大きく揺さぶられるような根源的な感動に包まれるのだ。全ての人形劇ファン、全ての原作ファンに観て欲しいと思える、舞台芸術史上稀にみる傑作だった。
(撮影:吉永美和子)
【BESTミュージカル賞】
『TENTH』における『ネクスト・トゥ・ノーマル』
●2018年1月4日~1月11日 日比谷シアタークリエ
●演出:上田一豪
●出演:安蘭けい、海宝直人、岡田浩暉、村川絵梨、村井良大、新納慎也
●SPICE記事:https://spice.eplus.jp/articles/166177
【寸評】ブロードウェイミュージカル『ネクスト・トゥ・ノーマル』の日本初演は2013年に日比谷シアタークリエで行われたが、今回挙げた本作はシアタークリエの10周年企画『TENTH』の中で回顧的に披露されたダイジェスト版である。本作では、いまや東宝ミュージカルの新ヒットメーカーというべき上田一豪が新たに演出を手掛け、海宝直人が息子ゲイブ役を初めて演じた。この海宝のパワフルな歌唱で、日本初演時からモヤモヤしていた気持ちが一気に吹き飛んだ。ぜひ海宝ゲイブのまま本格再演して欲しい、と強く願った。
(東宝 演劇部 提供)
【BESTバレエ賞】
新国立劇場バレエ『不思議の国のアリス』
●2018年11月2日~11月11日 新国立劇場 オペラパレス
●音楽:ジョビー・タルボット
●振付:クリストファー・ウィールドン
●美術・衣裳:ボブ・クロウリー
●キャスト:アリス=米沢 唯/小野絢子、ハートのジャック=渡邊峻郁/福岡雄大、他
●SPICE記事:https://spice.eplus.jp/articles/198602
【寸評】2011年に現代バレエ界の鬼才クリストファー・ウィールドンが英国ロイヤル・バレエ団に振付し、欧州や北米でもヒットした話題作を日本の新国立劇場バレエ団が日本初上演に挑んだ。ロイヤル・オペラ・ハウスのライブビューイングを観た時、ルイス・キャロルの言語遊戯を完全に身体言語に置き換えてみせた本作はバレエを超えたバレエだと衝撃を受けたものだ。それからほどなくして日本を代表するバレエ団で観れることになろうとは! 音楽、美術、振付…等々、諸要素の魅力を語り出したら止まらなくなるが、とにかく日本のダンサーたちがオリジナル通りに正確に踊れていたことは実に素晴らしいことだった。上演時間こそ長かったが、そんなことが気にならず、逆にいつまででも観ていたいと思えるような、そして何度でもリピートして観に行きたいと思えるような、誠に至福のバレエ作品だった。思い出すだけで目頭が熱くなる。日本バレエ上演史にとっても大きな転機となった舞台だったのではないだろうか。2020年6月に再演をするというので今から超たのしみである。
【BESTストリップ賞】
みおり舞『ボレロ』
●2018年3月11日~3月20日 川崎ロック座
●出演:みおり舞
【寸評】みおり舞はセクシー女優出身のストリップ・ダンサーだ。ストリップへのデビュー2周年を記念して川崎ロック座で披露された一糸まとわぬ『ボレロ』に、筆者は、ただただ息をのむばかりであった。過去にローザンヌ国際バレエコンクールのセミファイナリストに選出されたこともある本格派だけに、超高度の身体技術が、すえた匂いの立ち込める古びた劇場の空間を鮮烈に斬り裂いていく。それは、猥雑な大衆エロ芸能から湧き上がりながら、神話レヴェルの高みをも引き寄せる聖なる肉体の典礼にほかならなかった(同じ日に観た武藤つぐみによる、無限回転ダンスもすごかった。BATIKの黒田育世をも凌ぐ凄みを放っていた)。
【BESTオペラ賞】
METライブビューイング17-18 トーマス・アデス『皆殺しの天使』
●上映期間:2018年1月27日~2月2日
※MET上演収録日:2017年11月18日
●指揮:トーマス・アデス
●演出:トム・ケアンズ
●出演:オードリー・ルーナ、アマンダ・エシャラズ、サリー・マシューズ、アリス・クート、クリスティン・ライス、イェスティン・デイヴィーズ、ソフィー・ベヴァン、エドムンド・ジョセフ・カイザー、他
●SPICE記事:https://spice.eplus.jp/articles/164490
【寸評】ニューヨークのMETで上演された、この新作の現代オペラは、ブニュエルの同名映画を原作とした不条理きわまりない歌劇であった。原作映画の大ファンである筆者としては、このオペラ大いに面白く楽しめたが、古い保守的タイプのオペラファンはどう思ったのだろう。METのこういった「攻め」の姿勢も筆者には高評価ポイントなのである。そして、たまたまなのであろうが、渋谷イメージフォーラムにおいてメキシコ時代のブニュエル映画が特集されたタイミングで、このライブビューイングがかかったことも(原作映画と比較できるという点も含めて)非常に良かった。
【BEST演劇ライブビューイング賞】
ナショナル・シアター・ライブ『ヤング・マルクス』
●上映期間:2018年11月23日~11月29日
※NTLive上演収録:2017年
●作:リチャード・ビーン、クライブ・コールマン
●演出:ニコラス・ハイトナー
●SPICE記事:https://spice.eplus.jp/articles/161852
●キャスト:ロリー・キニア、オリバー・クリス、他
【寸評】いまや全演劇ファンにとって心のオアシスというべきナショナル・シアター・ライブ。2018年のラインナップも全て観たし、全てが素晴らしかった。『エンジェルス・イン・アメリカ』『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『アマデウス』『イェルマ』『フォーリーズ』『ヤング・マルクス』『ジュリアス・シーザー』……いずれも甲乙つけ難く、全てに賞を授与したいほどだ。そんな中で代表作をどれか一本に絞るとしたら……個人的に2017年のNo.1だった『一人の男と二人の主人』のリチャード・ビーン(脚本)とニコラス・ハイトナー(演出)が今回も関わった、ロンドン時代のマルクスを描いた本作を推す。史実によって英国コメディを構成してみせる凄腕に脱帽した。ロリー・キニアのマルクスと、オリヴァー・クリスのエンゲルスが、レイ・クーニーの喜劇にでも出てきそうなコンビなのがまた最高に可笑しかった。脱線するが、昨年私が観た映画の中でNo.1だったのが『スターリンの葬送狂騒曲』で、これまた史実を使った精巧な英国ブラックコメディなのだった(ベリヤを演じたサイモン・ラッセル・ビールの圧巻のヒール演技をまた見たくなった)。英国コメディ万歳!
以上に挙げた優秀10公演の中から更に、BESTの中のBEST=「SPICEステージアワード2018グランプリ」に選んだのは次の作品である。
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』
●2018年4月5日~10日 下北沢ザ・スズナリ
2018年4月20日~22日 伊丹市立演劇ホール・アイホール
●原作:澁澤龍彦
●脚本・演出:天野天街(少年王者舘)
●出演:飯室康一(糸あやつり人形劇団みのむし)、植田八月(人形劇団おまけのおまけ)、竹之下和美(人形劇団おまけのおまけ)、永塚亜紀(人形劇団あっぷう)、阪東亜矢子(JIJO)、森田裕美(ダンク)、山田俊彦(人形劇団ココン)、よしだたけし(Puppeteer ポンコツワン)
●声の出演:知久寿焼
ITOプロジェクト『高丘親王航海記』は文句なく2018年のグランプリにふさわしい、と思える舞台だった。その本番を観た人なら、きっと納得がいくだろう。しかし、観てない人のほうが圧倒的に多いのである。観ていない人は不運を嘆きつつ、再演希望の声をあげよう。繰り返すが、とにかく、できるだけ多くの世界中の人々に観て欲しいと、これほど切に願った公演は他になかった。
(※本記事はマイナビのHayallyとの連携企画記事です)