初参加の上白石萌音が語る、井上ひさし最後の戯曲『組曲虐殺』の魅力

インタビュー
舞台
2019.6.30
上白石萌音

上白石萌音

井上ひさしの没後10年にあたる今年、2019年は“メモリアルイヤー”として、初期作品から晩年のものまで次から次へと井上作品の名作の上演が続いている。その中でも“最後の書き下ろし”としても広く知られる傑作『組曲虐殺』が、7年ぶりに待望の再々演を果たすことになった。

2009年の初演時、2012年の再演時ともに読売演劇賞などの数々の演劇賞を受賞している今作は、『蟹工船』の作者でプロレタリア文学の旗手・小林多喜二の生涯を、その周囲の人々とのやり取りを中心に描いている。美しい音楽、そして笑いと涙に彩られた会話劇でありつつ、現代社会にも通じる問題が徐々に浮き彫りになってくる名舞台だ。初演、再演同様に演出は栗山民也、音楽は世界的ピアニストの小曽根真が手掛ける。

小林多喜二を演じるのは、初演、再演に続いての登板となるミュージカル界のプリンス・井上芳雄。多喜二の恋人・瀧子役には上白石萌音がカンパニーに初参加し、新風を吹き込む。初演からのキャストである高畑淳子、山本龍二、神野三鈴に、今回から参加の土屋佑壱というこの顔合わせで没後10年にどのように華を添えるか、期待が高まるところ。中でも注目を集めるのは、ここのところ舞台出演が続き作品ごとに輝きを増している上白石の“舞台女優”としての成長ぶり。今回が初こまつ座、初井上ひさし作品ということで胸を膨らませる上白石に、作品への想いや意気込みを語ってもらった。

ーー2018年は、竹生企画第三弾『火星の二人』、そしてミュージカル『ナイツ・テイルー騎士物語ー』と二本の舞台に出演されました。映像のお仕事とは別の、舞台ならではの面白さはどういうところに感じられていますか。

私は小さい頃、ドラマや映画よりも先に舞台を観ていたので、自分に一番近くて好きなエンターテインメントだったんです。お仕事を始めてから最初のうちは映像のお仕事が続きましたが、その後少しずつ舞台のお仕事もさせていただけるようになって。舞台に立つたび「やっぱり私は舞台が好きだなあ」としみじみ思いますし、原点みたいなものも感じるんです。もちろん映像にも舞台にもそれぞれの良さがありますが、舞台は1カ月、2カ月かけて1行のセリフに向き合う時間が作れる。それは本当に豊かで何よりも幸せな時間だなと、私は思います。なので、そういう意味では去年は本当に幸せでした、1年のうち8カ月も舞台に費やしていたので(笑)。それもあって今年は舞台のお仕事はできないかもしれないなと思っていたのに、今回のお話をいただいて。「よろしくお願いします!」って、即決でお返事しました(笑)。​

ーー『組曲虐殺』の脚本を読んだ感想はいかがでしたか。

脚本より先に、初演の時のDVDを観たんですが、瀧子を石原さとみさんが演じていらっしゃって「この役をやらせていただけるんだ」と思いながら観ていたはずなのに、途中から自分がやるものだというのを完全に忘れ去って物語に没頭してしまっていたんです。もう、涙をボロボロ流しながら観ました。単純に、この作品自体が大好きになってしまって、翌日もう一度観たくらいです。そのあとに脚本を読んだのですが、噛めば噛むほど味が染みてくる作品だなと思いました。それは旨味だけではなく、苦みとかピリッとしたものとか、いろいろな要素があって。それなのにお客さんは笑える、という舞台になっている。最後も、不思議な希望の余韻みたいなものがあって。ただ辛い、ヘビーなだけではない人生模様みたいなものを感じました。ふと我に返って「あ、そうか、この作品にださせていただくんだ」と思ったら、かなりビビりました(笑)。​

ーー物語の中に、すっかり入り込んでしまわれたんですね。

単純にファンになっていました。今日はポスター用のヴィジュアル撮影をしたのですが、実際に石原さんが着ていらっしゃった衣裳を着せていただいたことで、なんだかひしひしと実感が湧いてきたところです。あの可憐さ、瀧子の生きざまを表現するバトンを引き継がなきゃいけないという責任も感じました。それにしても石原さんが演じる瀧子が本当に素敵だったので、今はプレッシャーしかありません。ちなみに初演時の石原さんの年齢と、今の私の年齢がちょうど同じだと知ってしまったので、もう何も言い訳ができないです(笑)。でもなんとかして私にしかできない瀧子を演じたいと思っているので、またここで改めて背筋が伸びた気分です。​

ーー今回は上白石さんと土屋佑壱さんが初参加組ですが、初演から連投されているメンバーの多いカンパニーの中に入るということに関してはいかがですか。

既に、みなさんの関係性が出来上がっている中に入るわけですが、そこは臆せずに飛び込んでいきたいです。前回の再演時からは7年経っているので、みなさんの中にも何か変化があったかもしれませんし。でも、作品の空気感を先にわかっていらっしゃるので、胸をお借りして、いろいろと教わりたいと思っています。​

ーーたとえばこの作品の、どういうところに魅かれたんだと思いますか。

井上ひさしさんの言葉はもちろん、その緻密さ、生々しさにも魅かれましたし、このシンプルな空間の中で命を燃やしていらっしゃるみなさんの姿にも魅かれました。それと、小曽根真さんの音楽も本当に素敵なんです。もともと私の母が小曽根さんの大ファンで、その影響で私も大好きになって何回もコンサートに行っているくらいで。だからまさか、小曽根さんが伴奏してくださるグランドピアノで自分が歌える日が来るなんて思ってもみませんでしたから、本当に光栄です。楽曲は小曽根さん節、みたいなところが随所に響いていて素晴らしいんです。ストーリー自体は観ていて楽しいだけではなく、辛いことがどんどん起こっていくのに、それでもずっとこの世界を見続けていたいと思う魅力がたくさんある作品。それは役者のみなさんの人間的な深さや、栗山さんが演出される唯一無二の世界だからこそ、というものもあるんだと思います。​

ーー主人公の多喜二を演じる井上芳雄さんとは、『ナイツ・テイル』に続いて二度目の共演になりますね。共演されてみて感じる井上さんの役者としての魅力や、すごいところとは。

芳雄さんのすごさは私が語らなくても既にみなさん、わかっていらっしゃると思うんです(笑)。ですから歌もお芝居ももちろん素晴らしいということは前提として。『ナイツ・テイル』でご一緒させていただいた稽古場で心を打たれたのは、私が稽古場の隅で膝を抱えて台本を熟読していたら、芳雄さんがいらして「萌音ちゃん、お芝居ってどうやってやるのかなあ。台本ってどうやって読むのかなあ。どうやってる?」って聞かれたことです。「……私に聞く?!」って思ってビックリしました(笑)。ずっと第一線で走り続けて来られた方が、こんなぺーぺーに聞く質問じゃないですよね。しかも皮肉とかではまったくなく、純粋にそう聞かれていて。言葉を一瞬失いました。そういうようなことが稽古中に何度もあったんです。上とか下とか関係なく、いろいろな方と分け隔てなく接される方なんです。どれだけ才能がおありでも努力を怠らないその姿勢に、いちいち感動していました。あの作品では相手役でもあったので、本当にたくさんお話をさせていただいて、いっぱい学ぶことがありました。本当にすごい方なんです。​

ーー他のキャストのみなさんも、見事なほどに実力派揃いですよね。

今回、本当に大好きな方ばかりでうれしいのですが、特に私は高畑淳子さんとご一緒することが夢だったんです。もっともっと成長してからだと思っていたのに、この段階で、しかも舞台で、こんなに深く関わる役でということに震えました。憧れの方なので緊張しますが、高畑さんの一挙一動、セリフの一言一言をしっかり染み込ませて、すべてを吸収させていただきたいです。

ーーこの作品で、いくつも夢が叶ってしまいますね。

夢って、叶うんだなと思いました(笑)。芳雄さんからも『ナイツ・テイル』の千穐楽に「また何かでご一緒できたらいいね」と言っていただいていたんです。​

ーーじゃ、その時点ではまだ決まっていなかった。

まったく決まっていなくて。だから私は「わ、そんなそんな、10年後くらいにぜひ」なんて言っていたんです。それがこんなに早く、またご一緒できるなんて思ってもみませんでした。芳雄さんに報告したら、すごく喜んでくださったんです。そしてもちろん栗山さんの舞台も何度も拝見していたので、心の奥でいつかご一緒したいと思っていて……。どういう稽古になるかはまだわかりませんが、ボロボロになる覚悟で挑みたいと思っています。まだ実感が全然追い付いていない状況ですけれど、とにかくがむしゃらにがんばりたいです。

ーー現時点で、瀧子はどういう女性だと思われていますか。

とにかく強い女の子だなと思います。石原さんが演じていらっしゃった瀧子は、悲しみも苦しみも笑顔で自分からかき消して前に進んでいっているようで、その儚さみたいなものにすごく胸を打たれたんです。きっと実際の年齢も若かったこともあって、それゆえに多喜二さんに子供みたいに見られてしまい、ヤダヤダって思っていたところもあったんでしょうけれど。それでもすべてを乗り越えた先には、きっとすごく凛とした大人になっているんだろうなという、その未来に思いを馳せられるような瀧子像だったように思います。私も、幕が下りたその先まで想像を巡らせてもらえるような瀧子が演じられたらいいなと思っています。​

ーーご自分の中で瀧子と似た部分、共感できる部分があったりしますか?

私も瀧子同様幼く見られるので、多喜二さんに子供扱いされたくない気持ちとかはちょっとわかるところがあります。そこは、私のままでできるのかもしれないです(笑)。このあと、どんどん瀧子が私を侵食してくる期間になると思います。​

ーー役を演じている期間は、ふだんの生活に影響があるほうですか。

影響されているみたいです。自分ではそうでもないと思っていたんですが、はたから見ていると結構引きずっているらしく。話している時はふだん通りなんですけど、ふとした時、考えている表情とかに出ているみたいです。​

ーー今回の作品はセリフが方言なので、その点もふだんの生活に影響があるかもしれませんね。

そうですよね、でもこの方言が本当にカワイイんです。これまでも方言を話す役柄が多かったんですが、私自身は鹿児島出身ということもあり、方言って大好きなんです。話している言葉遣いがその人を形づくるようにも思えますし、そういう意味では方言というのはすごく役づくりのヒントになるような気がします。

ーー初めて挑戦する井上ひさしさんの作品が、このメモリアルな今作になったというのもいい機会になりそうですね。

はい。初演当時は、少しずつ少しずつ台本が稽古場に届いていたそうで。出来たてほやほやだった10年前から、みなさんで熟成させて鮮度も保ちつつやってこられたこの作品を、大切な記念の年にもう一度できるというのは語り継ぐという点でも意味のあることだと思います。この作品はこの先もずっと残っていく作品だと思いますので、それを受け継いでいくためのひとつの歯車になれることはとても光栄です。私も責任を持って、井上さんの言葉をお客様にしっかり届けたいなと思っています。​

取材・文=田中里津子 写真=オフィシャル提供

公演情報

こまつ座&ホリプロ公演『組曲虐殺』
 
期間:2019年10月6日(日)~27日(日)
会場:天王洲 銀河劇場
※11月 福岡・大阪 他、地方公演数箇所を予定 
 
作:井上ひさし
演出:栗山民也
 
出演:
小林多喜二(作家):井上芳雄
田口瀧子(多喜二の恋人):上白石萌音
伊藤ふじ子(多喜二の妻):神野三鈴
山本正(特高刑事):土屋佑壱
古橋鉄雄(特高刑事):山本龍二
佐藤チマ(多喜二の実姉):高畑淳子
 
ピアニスト: 小曽根真
 
主催・企画制作:こまつ座/ホリプロ
 
こまつ座サイト:http://www.komatsuza.co.jp/index.html
ホリプロサイト:http://hpot.jp/stage/kumikyoku
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