「あなたの物語」として観客に憑依する 響きあうアジア2019 ウティット・ヘーマムーン×岡田利規×塚原悠也『プラータナー:憑依のポートレート』レポート

レポート
舞台
2019.7.5

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2019年6月27日(木)から、『プラータナー:憑依のポートレート』が東京芸術劇場シアターイーストで上演されている(7月7日(日)まで)。

本作は、2017年6月にタイで出版されたウティット・ヘーマムーンの小説『プラータナー:憑依のポートレート』を、岡田利規の脚本・演出によって舞台化した作品。初演は2018年8月にバンコクのチュラロンコーン大学文学部演劇学科ソッサイパントゥムコーモン劇場で行われ、同年12月にはパリのポンピドゥ・センター(フェスティバル・ドートンヌ・パリ/ジャポニスム2018公式企画)で上演。タイ、パリ公演を経てアップデートされた、待望の日本公演となる。

今回、セノグラファー・振付を担当するcontact Gonzoの塚原悠也のほか、音響や映像などもスタッフ役として舞台に上がる。主人公カオシンの人生が「あなたの物語」として語られるという同作について、26日に行われたゲネプロの様子からお伝えする。

物語のはじまりはプールサイドに座る、少年ワーリー。本作では、1990年代初頭から現代まで、芸術家である主人公カオシンの性愛の遍歴を、彼が住むタイの政治的な変動とともに描かれる。俳優がくりかえしカオシンの人生の物語を観客に語りかけるが、語られている対象は“あなた”だ。そうすることでカオシンの物語を、観客自身の人生にそれぞれ憑依させる。

また一つの役を複数の俳優が演じていて、代わる代わるナレーター役も担う。

カオシンの絵のモデルになるワーリーが覗き込むプールサイドの輪郭を描いていたLEDロープは、タイの中心に流れるチャオプラヤー川に変わり、時代は1992年へ。

観客の入場時、舞台奥にあるスクリーンに映っているカオシンが書いた文字は、原作者ウティットによるオリジナルフォントだそう。舞台上に現れるLEDパネルにはその時の年代が西暦と仏暦で表示されている。

教師に薦められて美術大学であるシラパコーン大学を目指す高校生のカオシン。ここではカオシンが恋心を抱く詩人との出会いが描かれる。いずれ活動家の道を歩むようになる詩人のためにプラカード制作を手伝うカオシンの手元がスクリーンに映るが、

「あなたは彼女の頼みをきいてデモのプラカードを描いた。」

と書かれた字幕にドキリとする。

舞台奥のスクリーンには字幕のほかに、上演中に俳優やスタッフ役が撮影するカメラの映像、様々なイメージが流される。あるシーンで背景にあるのは、実際にある女性の裸婦像の3DCGだ。像をクローズアップする箇所や画角でセクシャルな表現であることが想像させられる。

原作には直接的な性表現が多く登場するが、舞台化する上でそういった性的なシーンがどのように表現されているのかも見どころの一つだ。

舞台上で存在感を放つのが、巨大な脚立だ。奥に見える冷蔵庫にはシンハービールが入っていて、上演中に俳優は自由に飲んでいいらしい。その他にもテント、机、トラフィックバリアなどがあり、役者と舞台上のスタッフ役のメンバーが動かすことで、見る側・見られる側の関係性や視線の向く先も変わっていく。

詩人と別れたカオシンは美術大学の同級生のラックチャオと関係を持ち、卒業後に別れる。そのときにラックチャオに起こった不幸を知り、カオシンは独自の日本のアダルトビデオ論を語る。それを2人の女性俳優が代弁し、軽快なパフォーマンスで魅せた。

時代はさらに移る。カオシンは映画制作の現場で働いている。政治的な動きとしては、民主主義の発展を謳うタックシンがタイ愛国党を創設し、首相に着任した年である。カオシンは裕福な家庭に育つ帰国子女のファーと関係を持つようになる。

やがてカオシンとファーはレンタルビデオ店で働く青年ナームと三角関係になる。ここではタイの政治的な対立を深刻化させている経済格差という境界もあらわになった。

個人的な映画を制作するためにカオシンは、ナームとファーの絡みを撮影する。背景のスクリーンにはナームを正面から捉えた映像が流れ、まるでナームと目が合ったような感覚に陥ってしまう。

写真:高野 ユリカ

写真:高野 ユリカ

3人のセックスシーンは次第にアダルトビデオの撮影現場のように変貌していき、2006年に起こった反タックシン派による軍事クーデターの顛末と重なっていく。霧を吹きかける演出が憎い。

カオシンが盗撮したナームのある動画がネットで拡散されて、自暴自棄になったナームは自殺してしまう。脚立にはベルトコンベアが仕込まれていて、ナームを象徴する写真やチープなおもちゃが流されていく。流されるように死に向かうことになったナームを悼まずにはいられない。舞台上にある数々のこうした装置は常に目を楽しませてくれる。

写真:高野 ユリカ

写真:高野 ユリカ

塚原によるセノグラフィーが観劇の面白さをより深めているのは間違いない。そして荒々しくも目が離せないのが、塚原演出の殴り合いのようなパフォーマンスだ。

2010年に起こったタックシン派のデモと強制的に鎮圧された政治的背景と重なる格闘シーンでは、途中で塚原自身も加わり、塊のようになって役者の身体が舞台を移動していく。作品を通して、国家によって強制される不自由な個人の身体が描かれるが、その状態を強く意識させられるのがこの場面だ。

写真:高野 ユリカ

写真:高野 ユリカ

そして最後に舞台上に現れるものは…。

劇中では様々な「境界線」が描かれているが、小説という異なる文化とはボーダーレスにつながり、立体的な作品として立ち上げた演劇の懐の深さには感動させられる。そしてなにより、字幕として表れ、俳優に語られる言葉の美しさがいい。ひとを癒すのではなく傷を残す芸術の痛みを体感させられるものだった。

三輪タクシーや寺院といった観光者が知るエキゾチックなタイの光景ではなく、政治的な対立によって激動してきた歴史的な一面を知ることになるが、タイに属していない“あなた”に何らかの変化が起こることを、観劇して実感してほしい。

取材・文・撮影(クレジットのないもの)=石水典子

公演情報


ウティット・ヘーマムーン×岡田利規×塚原悠也『プラータナー:憑依のポートレート』

■日程;2019年6月27日〜7月7日
■会場:東京芸術劇場シアターイースト
料金(全席指定・税込):
一般前売 4,000円 / 当日 4,500円
29歳以下* 2,500円
大学生以下* 1,500円
障がい者* 1,500円
*前売・当日共に同料金。証明書を受付にて要提示
■原作:ウティット・へーマムーン
■脚本・演出:岡田利規
■セノグラフィー・振付:塚原悠也
■演出助手:ウィチャヤ・アータマート

 
■出演:
ジャールナン・パンタチャート
ケーマチャット・スームスックチャルーンチャイ
クワンケーオ・コンニサイ
パーウィニー・サマッカブット
ササピン・シリワーニット
タップアナン・タナードゥンヤワット
ティーラワット・ムンウィライ
タナポン・アッカワタンユー
トンチャイ・ピマーパンシー
ウェーウィリー・イッティアナンクン
ウィットウィシット・ヒランウォンクン

 
■公式サイト:https://www.pratthana.info/
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