笑いを愛し、愛された女性の一代記を藤山直美が熱演 『笑う門には福来る~女興行師 吉本せい~』囲み取材・公開稽古レポート
今や国内におけるお笑いの頂点に君臨する“吉本”の創始者、吉本せい。舞台『笑う門には福来る~女興行師 吉本せい~』は、矢野誠一による彼女の評伝「女興行師 吉本せい」を原作に小幡欣治が脚色した「桜月記」を佐々木渚が改めて脚本におこし、浅香哲哉が演出を担当した。2014年に行われた新橋演舞場と博多座での初演、2016年・2019年の大阪松竹座での上演はいずれも好評を博し、今回、満を持して新橋演舞場で再度上演される運びになった。主演は4年4ヶ月ぶりに新橋演舞場に出演する藤山直美。実力派が脇を固め、波乱万丈な吉本創始者の人生を描く。
公開稽古に先駆けて行われた囲み取材には、主演・吉本せい役の藤山直美に加え、せいの弟・林正之助を演じる喜多村緑郎、せいの夫・吉本泰三役の田村亮、せいの息子・穎右を演じる西川忠志、そして吉本の礎を築いた噺家である桂文蔵役の石倉三郎と桂春団治役の林与一が登壇した。
意気込みを聞かれると、藤山が「意気込み過ぎてうるさくならないように(笑)役者だけ頑張ると見ている方はしんどいので、肩の力を抜いて楽しんでもらえたら」と笑顔を見せる。続いて喜多村が「舞台は言わずもがな、幕内もすごく面白いんです(笑)その空気が舞台にも通じて、相乗効果でパワーアップできていると思います」と話せば、林も「喜多村くんが言う通り、チームワークがすごくいいです。その雰囲気を邪魔せず楽しみたい」と頷く。また、田村はこれまで藤山と何度も共演しているものの、東京で共に舞台に立つのはこれが初とのことで、「友人たちからも観たいと連絡が来ましたよ」と反響の大きさに驚いたことを告白。
また、石倉が「諸先輩にご迷惑をかけないように一生懸命頑張ります」と神妙な顔で宣言するとキャスト陣からは笑いが起きていた。吉本所属の西村は「私も東京公演は初めてなので、東京のお客様にどう受け止めてもらえるかワクワクドキドキしています。それと、7月2日は父(西川きよし)の誕生日なので、吉本の一員としてこの作品で檜舞台に上がれるのが嬉しいと同時に、最高の誕生日プレゼントになったかなと思っています」と意欲を見せていた。
再演ということで、藤山は「いい緊張感がありますね。若い人も含めて萎縮はしていない、本当に良い意味での緊張です」と、雰囲気の良さをアピール。自らが演じる吉本せいさんはどんな人だと思うか尋ねられると、「どんな人かはわかりませんが、オムライスでもご馳走になりながらゆっくりお話をお聞きしたいですね」と笑いを交えつつ、「死に別れが多くて人の悲しさをたくさんもってらっしゃる、その反面笑いもたくさん作られた方です」とあたたかい視線を向ける。1ヶ月ほどの長丁場ということで体調が心配な部分もあるが、そこは他のキャスト陣が気を配ってくれるため、無理せず挑めているとのこと。
せいの弟・正之助を演じる喜多村は「姉を支えたい一心でやっています。楽しい反面泣ける部分もある、振り幅の大きい素敵なお芝居です」と話し、息子役を演じる西川も「直美さんが大病を乗り越えて復帰し、誠心誠意演じられている姿が、命がけで吉本を作ったせいさんに重なります。舞台上で『長生きしてや、お母ちゃん』という台詞があるんですが、役作りをしなくても自然と出てくる言葉ですね」と、あたたかい関係性が伺えるコメントを寄せてくれた。
また、作中では藤山演じるせいに苦労を掛けてばかりの泰三を演じる田村。「彼は早死にしますが、好き勝手できて幸せだったと思います。あと、幽霊になって出てくるんですが、死んでからの方が格好いいことを言ってるんですよね(笑)」と話し、キャストや取材陣を笑わせる。
作中で当代一の噺家を演じる林は「春団治さんのことは存じ上げませんが、15の頃に見た噺家さんがイメージに合うので、その方を思い出しながらメイクや動きを楽しんでやっています。落語は大好きなんですが噺家役は初めてなので、落語もできたら嬉しかったですね」と残念そうな顔を見せる。同じく噺家を演じる石倉は「まぁそうですね、私の場合は諸先輩がたにご迷惑をおかけしないように精一杯付いて行く所存でございます」と、意気込みと同じコメントでとぼけ、キャスト陣がお腹を抱えて笑うシーンも。喜多村の言う「幕内がすごく面白い」の片鱗が垣間見えた。
次に見所について聞かれると、藤山から西川へバトンタッチ。突然の指名に動揺しつつ、「副題にもなっている“笑いは生きる力!”。お客様は吉本のお話というと笑いが多いと思われるでしょうが、そこに行くまでは悲しみや苦しみがあって、それを乗り越えての笑い。最後はみんなで笑って、明日も元気に家族や友達と暮らせることが幸せだなと思っていただけるような作品になっています」と見事に語り、拍手が送られる。
最後に藤山から「みんなで心を一つにして舞台を勤めさせてもらっています。ぜひ足をお運びください」とファンの方々に向けたメッセージが寄せられた。
その後行われた公開稽古の様子を、大まかなあらすじと写真付きでご紹介しよう。
物語は、大阪で三代続く荒物屋「箸吉」で始まる。
店を継いだ吉本泰三は、商売よりも芸人に熱心で妻子を顧みず、借金まで作る始末。業を煮やした親戚たちが彼を責めるが、妻・せいを振り切って家を飛び出してしまう。そんな夫の姿を見て、せいは夫が愛してやまない興行で一旗あげる決心をする。
泰三に発破をかけ、芸人たちの世話を焼くと同時に、暑い小屋で飲むのに最適なキンキンの冷やし飴を売り出すなど、アイデアを活かして興行を盛り上げ、当時一大人気を誇っていた噺家・桂春団治に吉本への出演を直談判する大胆さも見せる。
すべては、お客様が見たいものを見せて、笑顔にするため。そんな姿勢に感銘を受けた金竜亭のくら・信一姉弟が金竜亭を譲ってくれたことで、現在の吉本の走りとも言える「花月」がオープン。小屋名には「花と咲きほこるか、月と陰るか、全てを賭けて」という意味が込められていたそうで、せいの覚悟と芸人たちへの思いが感じられる。
弟・正之助の助けも得て、順調に吉本を大きくしていくせい。それまでは噺家が中心だった芸の世界において、いち早く洋装の漫才師を舞台にあげるなど、新しい客層へのアプローチにより、人気はさらに高まっていた。昭和初期の段階で、私たちがよく知るお笑いの基盤が作られていたという先見の明に驚かされる。
興行師としての才能を発揮し、成功への階段を駆け上がっていく一方、泰三や子供たちとの死別など、私生活は決して順風満帆とはいかない。
気丈に振る舞いながらも時々弱さを見せるせいの人間味と魅力に、多くの人々が彼女を信頼し、付いていった理由がわかる気がした。
また、オープニング・エンディングで吉本所属芸人の写真や映像が次々現れるほか、幕間でミヤ蝶美・蝶子による漫才が披露され、「吉本興業」の歴史が感じられるのも本作の魅力。
そして、藤山をはじめとする役者陣の軽妙なやりとりが心地良い。出てくる人物の中には曲者やしょうもない人間もいるが、いずれもどこか憎めない魅力をもってイキイキと描かれ、彼らの奮闘や苦労がひしひしと伝わってくる。この舞台を観ることで、吉本という大企業がより身近で親しみ深いものに感じられるだろう。
本公演は2019年7月3日(水)から27日(土)まで新橋演舞場にて上演される。
公演情報
会場:新橋演舞場
藤山直美
喜多村緑郎/林与一/田村亮/石倉三郎/仁支川峰子/松村雄基/大津嶺子/西川忠志/東千晃/鶴田さやか/いま寛大