濱田めぐみ&平方元基インタビュー ミュージカル『サンセット大通り』への二度目の挑戦
ミュージカル『サンセット大通り』
サイレント映画時代の栄光を忘れることができない大女優と、胸に野心を抱く若き脚本家がいた。ある日、ハリウッドのサンセット大通りに面する怪しげな豪邸で二人は出会う。その日を境に彼らの不思議な関係が始まるのだが……。
ハリウッドの光と闇を描いたビリー・ワイルダー監督の映画を、ミュージカル界の巨匠アンドリュー・ロイド・ウェバーが珠玉の音楽で彩ったミュージカル『サンセット大通り』が、2020年春に上演される。2012年初演、2015年再演に続く、ミュージカルファン待望の再々演だ。演出は初演に引き続き鈴木裕美が務める。世間に忘れ去られた大女優ノーマ・デズモンド役は安蘭けいと濱田めぐみ、売れない若い脚本家ジョー・ギリス役は松下優也と平方元基がそれぞれキャスティングされている。ノーマとジョーはダブルキャストだが、ペアは固定で安蘭×松下と濱田×平方の二組で上演される予定だ。
前回公演時、圧倒的な歌唱力で新しいノーマ像を作り上げた濱田めぐみと、同じく前回公演で野心と愛を兼ね備えたジョーを好演した平方元基。これまで数々の舞台で共演してきた二人に話を聞いた。
ーーお二人とも前回公演(2015年)に引き続いての出演となります。出演が決まったときはいかがでしたか?
平方:ずっとやりたいと言っていたので嬉しかったですね。言い続けていれば、いつか叶うんだ!って(笑)。
取材などで「どの作品が好き?」「またやりたい作品は?」と聞かれたときに、どうしても引っかかる作品でもありました。何もやり残したつもりはないんだけど、なぜかあの中に戻りたい。きつかったし大変だけど、とても魅力的なんです。最初に脚本や曲を作った人たちの情熱が紡がれて今があるわけだし、それを理解したいと思うんでしょうね。役者の端くれだけど、それでもこの作品に辿り着いた中で“何か”を見つけたい。“何か”がわからないからもがくんですけどね。そういったところが、ジョーという役にも繋がるようにも思います。嬉しさと同時に、もっと頑張らなきゃとも思いました。
平方元基 提供:ホリプロ
濱田:私の場合は、「よし! またチャレンジの時がやって来たぞ!」と(笑)。
役自体が全世界で演じられていますし、自分としては今までやってきた中でプレッシャーが一番大きいかもしれません。何十人も出演者がいるような大きな作品というわけでもなく、ちょっとタイトな感じの作品でしょう。でもスケール感はすごくて、ノーマ・デズモンドという役の深さや大きさが桁外れだと思うんですよね。その塩梅も難しくて……。簡単に「はい、やります」とは言えない。最初は「無理です」って断っていたくらい。いざやることになったらやっぱり大変で、どこから手を付けたらいいかわからなくて。自分より上の経験をした人を、私ごときが演じるということが想像を絶していて……。かといってハードルを下げるわけにもいかず……うわーって思っています(笑)。
ーー前回から4年、お芝居も含めてさまざまな経験をされていると思いますが、この4年間はどのようなものでしたか?
濱田:(前回が)4年も前のことだっけ!?という感じです。私、何でこのタイミングでこの作品をやる意味があるんだろうって、毎回必ず思うんですよ。今回は“変化”というテーマが自分の中ではあります。前回は無我夢中にがむしゃらにやって終わった感じがあって、「周りの変化に対応できない」ということを理解できていなかったんです。
女性が母親にならずに生きて、唯一すがっていたものが知らないところで変わっていて、振り向いたら別世界。でも自分の暮らしている場所は変わっていない。これってどういうこと?という状況が、今の自分の感じにちょっと被るなって。最近は世界の動きとか自然災害とか、地球規模であまりにもいろんなことが起きていて、世の中の変化に対応できていない自分がいます。物語の中で変化に対応できていないノーマ。あまりの変化に右往左往する今の世の中の人たち。そして、ノーマの年齢に近づく中で変化に対応できていないことに驚いている自分。この4年で劇団四季の浅利(慶太)さんが亡くなられて、私自身父も亡くしていて、変化に対応できていないのに歳は取っていく……。まさに、「どういうこと?」って。
いつかは起きるとわかっていても、それが本当に起きてしまったときの動揺、ショック、不安って、私が以前ノーマをやっていたときよりももっともっと大きいものだったんだなと思います。そういう心の揺れ具合は、前よりも深く、ビビットに感じてお客様に伝えられるかなと思います。
濱田めぐみ 提供:ホリプロ
ーー平方さんは、いかがでしょうか。二度目の出演にあたって感じていらっしゃることなど。
平方:この4年間、いろんな経験や出会いを通して成長させてもらったと思うので、何か表現としての変化だったり、丁寧に役を紡いでいける自分になれていたらいいなと。
ミュージカルをやっていく中でロイド・ウェバー作品には巡り会いたいと思っていましたし、この作品に関われることはすごく貴重な機会だと感じています。骨太な作品ですし、ミュージカル史に君臨している作品でもあるので。めぐさん(濱田)と同じく、前回公演のときはがむしゃらに走っていたので、今回はそれをどこまで突き詰めていけるのかという楽しみはあります。
ーーそれぞれの役柄についてお伺いします。ジョーとノーマ、2人をどんな人として捉えていますか?
平方:ジョーは、カッサカサな男だなと思います(笑)。男臭い割には、意外と女々しいところもあったりする。欲望に正直なやつだなとも思いました。だから手を出すところが多過ぎて、巻き込まれて事件になる。
濱田:ノーマは過去に執着するタイプ。でも私自身は、そうじゃないんです。掴まない、捨てる、執着しない、こだわらない、委ねる、なんでもいい。断捨離も得意中の得意!ノーマとは真逆だから、演じていたときは苦しんでいましたね。すがらない人がすがることをやる辛さときたら……(笑)。
ーーノーマとジョー、2人の「関係性」についてはいかがでしょうか。
濱田:ノーマにとって彼は救世主であり、裏切り者でもあり、ノーマをこの世界から無意識に引き出してくれるキーマンでもあり、愛する人でもある。打算的な関係でもありながら、最終的には依存しているという不思議な関係。それを客観的に女性から見ると「ひどいっ!」と言われるような関係でもありますね。
平方:「私はまだ愛されているの。いろんなものに求められているの。あなたもそうでしょ?私すごいわよね?うんって言いなさい。言え」みたいな(笑)、ノーマにとってのジョーは、彼女を求める者の代表者ですよね。ノーマのそれがジョーに対する愛だったのかは、正直僕にはわからないけれど……。
平方元基/2015年「サンセット大通り」 (C)渡部孝弘 提供:ホリプロ
ーージョーはノーマだけじゃなく、志を同じくする若い脚本家・ベティとも関わりがあるからずるいですよね(笑)。
平方:ね(笑)。自分ではどうしようもない感情というのが、ジョーの中にはずっとあるんですよね。ベティだったりノーマだったり、楽な居場所を探しているはずなのに、自ら破滅的な行動をしていく。でも自分ではそのことに気付いていない。読めば読むほど、ありえる話だなって思います。
ーーありえる話というのは?
平方:3時間に凝縮した物語だからドラマティックでうねりはあるけれど、人生というもっと長い時間で考えてみたら、意外と転がっている話だと思うんです。こういうことあったわ、という女性もいるかもしれないし、わかる―!という男性も結構いるかもしれないなって。
ミュージカルになった途端に、それだけで世界観が日常とかけ離れがちになるじゃないですか。それはロイド・ウェバーの作品作りの絶妙な加減もあるのかな。最近多いミュージカルの作り方は、作曲家がストックしている曲を出して作品にあてはめていくという方法。でもロイド・ウェバーが作品を書くときは、後付けじゃなくて台本と一緒に曲を作っていくから、曲が心情に沿っているんです。そこが上質たる所以なのかなと思います。
ーーある意味ノーマが終わってしまった人だとしたら、ベティというこれから夢のある女性が対比になっているのがこの作品の残酷なところですね。
濱田:前回公演のとき、感覚としてはベティとノーマの間くらいだったんです。だからノーマ寄りを意識しながら演じていて。でも段々歳を重ねてきて、意識しなくても嫉妬やなくなってしまったものへの憧れといった気持ちがわかりやすくなってきまして。でももっとキャリアを積まれた方が演じると、いい意味でグロテスクにエキセントリックにやれるんだろうなと思います。私はまだ模索しているところですね。
ーー前回の公演では、平方さんは安蘭けいさんと、濱田さんは柿澤勇人さんとペアを組まれていました。お互いの印象は、いかがですか?
平方:めぐさんは、舞台に立つと極端に変わるんですよ。キャラクターが本当に確立してそこにいて、迷いがないというか。そういうところはノーマにピッタリですよね。いろんな現実を受け入れているのかいないのか、受け入れていて強がっているのかわからないけれど、とにかく表に出ているものはすごく強いでしょう。そんなめぐさんが舞台上でバーンと崩れる瞬間を、近くで見られるのが楽しみですね。
濱田:実は、元基のジョーは稽古の初日のときくらいしか見ていないんですよ。前回はペア毎に完全に分けて稽古をしていたので。イメージ的には計算高くて、結婚詐欺師的なジョーだった気がします。私が前回ペアを組んでいたカッキ―(柿澤勇人)は、夢に向かって猪突猛進で危なっかしいというか、ガラスの上でも裸足で走り抜けるような感じ。けど元基は足の裏にゴムをつけて用意周到、みたいな(笑)。カッキ―とは正反対なジョーだったので、今回二人で作品を作っていくのはすごく楽しみです。
濱田めぐみ/2015年『サンセット大通り』 (C)渡部孝弘 提供:ホリプロ
ーー組む相手が変わることで、役柄にも変化があるでしょうか。
平方:変わると思う。瞳子さん(安蘭)とやっていたときは、”かわいそう”さが強かったんです。前回公演の稽古中、ジョーからノーマに対して「これはもしかしたら愛なのかもしれない」という感情が湧いてきたので、演技にもその想いを乗せました。台本には書かれていなかったんですけど、演出の鈴木(裕美)さんが「いいよ。演出変える。やってみよう」とチャレンジさせてくださって。
1幕の最後、ジョーがノーマから逃げ出してパーティーへ行くけれど、やっぱり彼女の元へ戻るというシーンがあります。そのときのジョーの気持ちには愛があったんです。瞳子さんのときには。めぐさんのときにどうなるかは、まだわからない。ノーマに対する愛情のスイッチの入れどころというのは、すごく前後するんだろうな。結果は一緒だとしても、どの登り口から頂上へ行くのかというところは変わってくると思います。
ーーさきほど少し話に出ましたが、ロイド・ウェバーの楽曲についてはいかがでしょうか。難曲揃いですよね。
平方:まるで攻略本を見せつけられて、「お前それできないのに何でミュージカルやってるの?」と言われている感じ。ミュージカルのお手本みたいな作品だと思います。ちゃんと計算されていて、抜け目がないから役者は逃げることができない。それはまるで、ジョーがノーマに見張られている感じと似ているかもしれません(笑)。
濱田:歌おうと思えば歌えるんですよ。ただ、ロイド・ウェバーがどういう想いでこの曲を作ったのか、どういう風に歌ってほしかったのか、その通りに歌えているのか、というのはまた別の話。
時代に合わせた歌い方というのも必要なんですけど、彼の曲はその加減が難しい。例えば伸ばし方、フェードの仕方、ビブラートのかける位置によって曲の印象が変わってくるんですけど、当時のロイド・ウェバーが歌ってほしかった感じで歌ってみると、ちょっと古く聴こえてしまうということもある。今観ているお客様のニーズに合わせて歌いたいけれど、彼の曲は細部にまでこだわりがある故に、他の作曲家よりも融通が効かないんです。そこにさらに日本語特有の難しさもあって……劇団四季のときから、常にそことは戦っていますね。日本語訳の歌詞をつけてみても英語とは合わなくて、全くイメージが変わってしまう。発音だけじゃなくて、イントネーションもメロディと合わないということがほとんど。
今回公演のチラシ/安蘭×松下と濱田×平方のペア固定で上演される
ーー翻訳もののミュージカルがどうしてもぶつかる壁ですよね。しかもそれを時代に合わせて変化させる、と。
濱田:そう、難しいですねえ。今はちょうどアナログの時代からネット時代になってきて、客層が真っ二つに分かれているようにも感じるんです。旧世代と新世代というんでしょうか。そういう今の時代に、『サンセット大通り』のような古典的な作品を上演するのは勇気がいることだとも思います。
ーージョーは、ストーリーテラーとしての役割もありますよね。その難しさや再演にあたり挑戦したいことを教えてください。
平方:お客様の前でストーリーテラーとして居る部分と、作品の内側に入って芝居をする部分を明確に分けることが大切だと思っています。ストーリーテラーとして、もっとお客様に物語を掲示するということには挑戦したいな。前回は正直あまり覚えていないくらい必死だったので(笑)。逆にそれでしか表現できないこともあったかもしれないけれど、今度は今の僕ができることを、ストーリーテラーとして色濃く残していきたいです。
ーー最後に、改めて作品への意気込みやお客様に対してのメッセージをお願いします。
濱田:今回は自分の中に土台がある分、いろいろと細かいところに着手していけると思います。作品やノーマが持つエネルギーを、観てくださる方がどう思うのか。あえてそこを想定せずに、今出せるものを思いっきり出してみようと思っています。新しいキャストの方もいらっしゃるので、良い化学変化が起きればいいですね。
平方:『サンセット大通り』は、質感的にベルベットのようなイメージがあります。親しみにくいけど、でも触れてみたら意外と気持ち良いじゃんというような。つまり、観ず嫌いしやすい作品なのかなと思うんです。知らない人からしてみたら「サンセット大通り?何の通りなの?」ってなるじゃないですか(笑)。古き良き時代のことを僕は全然知らないけれど、時代が変わっても世界中で上演され続けている理由を観ていただける気がするんです。人間の感情や些細なことが詰まっていて、胸がギューっとなるシーンもいっぱいある。辛いところにわざわざ目を向ける作品かもしれない。けれどそういう上質さもあると思うので、仲の良い男女で観にきてほしいな。なんなら倦怠期の夫婦でもいいかも(笑)。1杯ワインを飲んだ後に、劇場に足を運んでもらえたら。
取材・文=松村蘭
公演情報
脚本・作詞:ドン・ブラック、クリストファー・ハンプトン
演出:鈴木裕美