松田理奈が語るラヴェル、モーツァルト、ブラームス~10年の歩みと変化 『ヴァイオリン・リサイタル』に寄せて
松田理奈
ヴァイオリニストの松田理奈が2019年12月17日(火)に紀尾井ホールでリサイタルをひらく。ピアノ共演は清水和音。2010年1月に清水と演奏し、ライヴ録音もしたラヴェルの3作品を再び取り上げ、前半には、得意のモーツァルト、清水と継続して取り組んでいるブラームスのソナタを置く。
ーー今回のリサイタルでは、後半にラヴェルの3つの作品を並べていますね、
ちょうど10年前に、3枚目のアルバムとしてオール・ラヴェルのライヴ録音を出したのですが、そのときと同じピアニスト、同じ場所で、同じ曲を取り上げることにしました。
(清水)和音さんも私も自分の録音はあまり聴かないのですが、たまたまリハーサルの合間に聴き返して、「また弾きたい」、「もっとこうしたい」と思ったのです。当時はドイツに留学中でしたが、この10年で環境が変わり、楽器を弾くスタンスも変わりました。同じホールで同じ曲を演奏するというのは、自身で変化を多く知ることとなると思いますし、CDを持ってくださっている方には聴き比べて楽しんでいただけると思います。
ーー楽器を弾くスタンスが変わったとはどういうことですか?
10年前はまだ学生で、自分から湧き出てくることよりも、先生の教えに忠実に演奏しようとしていました。それでも自由派だとは言われていましたが(笑)。学ぶことを頑張っていたのですね。今はやりたい音楽が自分から出てきます。
松田理奈
昔よりも今のほうが、弾けることをありがたく思ったり、他人の音楽を聴きに行くことがとても楽しかったりします。10年前は、他人の演奏を楽しむより吸収したい、刺激を受けたいという気持ちが勝っていたのですね。今は聴きに行きたいものが多くて、時間が足りないくらいです。最近では、クリスチャン・ツィメルマンのピアノ・カルテットの演奏会(10月17日・サントリーホール)に行き、ツィメルマンのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロへの音でのアプローチに彼独特の優しさを感じました。それに応える弦楽器とともに、愛の溢れるステージでした。
最近は、昔よりも、ステージ上で、共演者の音を特等席で聴くみたいに楽しめるようになりました。前は自分のことで必死だったのかもしれません。以前よりも弾いている最中に発見することも多いです。
ーーブラームスは、昨年、清水和音さんとヴァイオリン・ソナタ第1番をレコーディングもされましたね。今回は第2番です。
和音さんは、数々のステージを共にしてきた、大尊敬するピアニスト。今回もその音楽性をたくさん吸収させてもらえる幸せな機会だと思います。去年はブラームスの第1番、今年は第2番、そして来年は第3番、と分けてやっていきます。和音さんのブラームスの息遣いを堪能したいし、対話もしていきたいと思います。
第2番はほとんど歌曲のようなので、ヴァイオリンとピアノで歌い合いたいですね。第2番は、第1番よりも、音としての対話が細かく書かれていて、和声の中にメロディが隠されているので、お互いにいかに絡み、共鳴できるかが楽しいのです。
松田理奈
20歳代の頃はそこまでブラームスを楽しめませんでした。最近になって、こんな人間ドラマだったのか、ああそういうことでしたか、と気づかされることが多いです。ブラームスのヴァイオリン・ソナタは歌曲からメロディが採られていることが多く、歌詞の意味合いも反映されています。今、私の娘は6歳なのですが、日に日に、ゆるぎない無条件の愛だったり、最優先の命だったりを実感しています。昔は与えてもらうばかりでしたが、今はこちらからも発信して、向こうからももらって、娘から学ぶことがたくさんあります。ブラームスがどういう風にクララを大切に思っていたかとか、ブラームスがクララの母性をどのように見ていたかとか、クララだけではなく、ブラームスのいくつかの恋愛などを想像することによって、ブラームスの愛の深さに気づき、作品をより魅力的に感じています。
ーーモーツァルトは松田さんがずっと得意としてきたレパートリーですね。
ブラームスの第2番に合う曲として、モーツァルトの第33番を選びました。弾いていて楽しいし、出だしは、ヴァイオリンが裏にまわっていて、ピアノがメロディを奏でますが、華やかでコンサートの開始にふさわしいと思いました。第2楽章がモーツァルトでは珍しい、短調のヴァリエーション(変奏曲)なのです。これも歌の要素が多く、ブラームスの第2番に合わせるのにはよいと思いました。
モーツァルトは、弾いていて救われた経験があり、今でも大好きです。モーツァルトの楽譜は奏者への余白を残しておいてくれているので、日によっていろいろな気持ちを試すことができるし、奏者を楽しませてくれます。ソナタが4曲も並ぶプログラムになりましたが、変化に富んでいて、カラフルなプログラムだと弾いていて思います。
ーー後半は、ラヴェルを3曲ですね。ヴァイオリン・ソナタ(遺作)は、死後に発見されたので「遺作」と呼ばれていますが、実は20歳過ぎに書かれた作品なのですね。
ラヴェルがいろいろ学んでいる時期の作品で、のちのヴァイオリン・ソナタとは譜面や音の数が全然違います。二つの楽器の対話がのちのソナタほど、複雑ではありません。呼吸の仕方などに共通点もありますが。
松田理奈
ーーラヴェルの晩年のヴァイオリン・ソナタはいかがですか?
より細かく書かれていて、色彩が複雑になっています。にごりがあって、そのにごりも美しく感じられます。4年かけて音をけずったそうですが、それでも技術的に難しい曲です。ピアニストもたいへんで、この曲とラヴェルのピアノ三重奏曲は暗譜していないと弾けない、と和音さんも言っていました。(「ブルース」というタイトルの付く)第2楽章は、10年前の録音を聴くと、ジャジーなところがまだまだまじめでかわいいと思いますが、今はやりたいことを、いやらしくなく、もっとやりたいですね。第3楽章は、楽譜を見ると、音符で真っ黒ですが、難しく聴こえないように弾きたいです。昔は、楽譜が一つ一つの音符で見えて、それを音にすることを考えていましたが、今は、風に見えます。ラヴェルは流れを表現したかったのかなと思います。
ーー「ツィガーヌ」は、コンチェルトのようにオーケストラの演奏会でもよく取り上げられる曲ですね。
単なるごりごりのヴィルトゥオーゾ・ピースではないのですが、技巧を散りばめ、ヴァイオリンの技術が非常に効果的に書かれている作品なので、そういうところにフォーカスして、弾きたいと思います。ラヴェルは、ヴァイオリンの面白さを書きたかったのだと思います。今回は、ピアノと演奏するからこそ、細かいやりとりができて楽しいということもあります。
ーーこのリサイタルを聴きに行こうかなと思っている人にメッセージをお願いします。
プログラムにはソナタが並んでいて重たそうですが、それぞれの中身が違って、重たくはありません。演奏会の前半と後半で、国も言葉も空気もがらりと変わり、その空気感を楽しんでほしいし、音がどう飛んでいるかを楽しんでほしい。ピアノとヴァイオリンの対話を想像していただけると楽しいのかなと思います。
ーー2、3年前にお会いした時に、楽器を変えたとおっしゃっていましたね。
今は、ストラディヴァリウス1717を使っています。貸与していただいてから3年目です。オーナーさんの楽器で、オールド・ヴァイオリンの音はしていましたが、最初は状態がそこまでよくなくて、あまり鳴りませんでした。でも、1年も経たないうちに、裏板が振動するようになり、2年目でバランスがよくなってきて、3年目の今年は、楽器と意思疎通ができるようになってきたと思います。ちゃんと楽器を鳴らしていることがヴァイオリンのメンテンナンスになるのです。ポテンシャルの高い楽器で、弱音で弾いていても音が飛びます。楽器と良い付き合いをさせてもらっています。
理奈さんご愛用のヴァイオリンケースは“Lina Matsuda”とネームの入ったイタリアのメーカーの特注品。
愛器ストラディヴァリウス1717を包むのは公演のお祝いに小学生の時の師からいただいたというオーケストラの柄が珍しいエルメス。彼女の分身ともいえる楽器への愛が伝わってきます。
ーー珍しい曲を探すのがお好きだと聞きました。
最近は、フィンジとペルトがツボです(笑)。コルンゴルトも好きです。映画などに使われている音楽やオペラが大好きですね。ストーリー性が好きなのです。12月には、神奈川フィルとの共演で、ゲーム音楽(『OCTOPATH TRAVELER(オクトパストラベラー)』)によるヴァイオリン協奏曲を弾きます。
ーー今後、どのようなヴァイオリニストになっていきたいですか?
一時期、自分らしさを出すことが怖くなったときがあり、師匠の堀正文先生にも「自分らしさは作るものではない、歩んでいくもの」と言われたことがあるのですが、今は、素で弾けるようになり、本当の意味で自分らしくいることの楽しさを感じています。日々の歩みは音に出ます。私が憧れるのは、優しさや愛情が溢れる音なので、日々心掛けて、頑張って歩みたいと思います。
取材・文=山田治生 撮影=iwa