庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』タニノクロウに聞く~「初めて明確な意志を持って作った、すごく大切な作品です」
タニノクロウ(庭劇団ペニノ)。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)
劇作家・演出家のタニノクロウが率いる「庭劇団ペニノ」の最新作『蛸入道 忘却ノ儀(以下蛸入道)』。「蛸」を崇める宗教の信者らしき人々が行う、儀式の一部始終を鑑賞する……というより、その世界に否応なく巻き込まれていく「体感型演劇」の局地と言うべき怪作だ。2018年の東京初演、2019年の京都公演を経て、今年東京・福岡・三重の三都市をめぐるツアーを敢行する……予定だったが、今年に入って東京公演中止を決めたことは、すでに多くの方がご存知だろう。理由については、劇団公式サイト内の「東京公演中止のお知らせ」に詳しい。
この取材は、中止が決定する半月ほど前に行われた。その時点では、東京公演に問題はないとの認識で話が進められたことを、先にお断りさせていただきたい。ただこのインタビューを読むと、タニノが演出面で妥協するぐらいなら、公演を中止するという厳しい決定を下した理由が伝わるのではないかと思う。
■みんなで一緒に悟りを開く、その生命体のモデルが「蛸」
──京都公演を拝見しましたが、読経に合わせて鈴を好きに鳴らしたり、劇場中を包む熱と匂いにトランスめいた気分になったりと、すごく空間に没入できて楽しかったです。
京都はお客さんのノリがとても良かったですね。すごく読経する人がいたりして、やっぱりお経を読むことに馴染みがある土地なのかなあと。
庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』(2019年)@ロームシアター京都 [撮影]井上嘉和 [提供]KYOTO EXPERIMENT事務局
──フィクションの方向が完全に、一般的な演劇の斜め上だったので、初演は戸惑う人が多かったと思われます。
そうですね。まずこの劇場の中の、どこが客席? みたいな所から始まって、よくわからないうちに御札に願い事を書かされたりするし(笑)。一見むちゃくちゃ胡散臭いことを徹底的にやった上で、嘘も本当もどっちでもいいじゃん! という風にしたかったんですけど、初演はまだ嘘くささの方が勝ってた気がします。でもこっち側からしたら、もっと舞台と一体になってほしいという思いがあって。京都では、観客がもっと自由に選択できる演出に変えて、それで自由度が上がったので、これからの再演が楽しみです。
──「寺を作る」というのが、最初にあったアイディアだそうですが。
動機はいろいろあるんですけど、まず「こだわりをなくしたかった」というのが、一つあります。それは僕が「演出家である」「劇作家である」ということ……もっと広げると、演劇なのか演劇じゃないのか、歌なのかセリフなのか、音楽なのか雑音なのか、本番か本番じゃないのか、俳優か俳優じゃないのか、本当なのか嘘なのか。そんなこと、どっちでもよくない? と思える境地に行きたいと思ったんです。
そういう自分でありたいし、僕の作品作りに関わる人もそうあってほしい。そのための、ある種の修業の場を作ろうと思いました。あのセットは自分ではお寺と思ってるんですけど、モデルは岡山にある日本最古の学校「閑谷学校」なんです。そういう学び舎の空間で、こだわりをなくすための儀式みたいなことをやりたいというのが、今回の発端でした。
タニノクロウ(庭劇団ペニノ)。
──そこに以前、SPICEの天野天街さんとの対談でも話した、蛸の生体の面白さと仏教を結びつけるというアイディアが入ってくるわけですね。
脳みそが9個あって心臓が3つあって、人間よりも超ハイスペックな生物なんです、蛸って。それでふと、蛸が人間よりはるかに進化した生物だというなら、人類がこの先何万年何億年生きていったら、蛸になるんじゃないかな? と考えたんです。たとえば氷河期再来とか隕石がぶつかるとかで、厳しくなった環境を生き延びるために、人間がどんどん癒着していって、最終的に蛸みたいになると。
でも身体的にはそれで解決できるけど、今持ってる自我とか意識は、その進化の過程でどう溶け合っていくんだろう? と思ったんです。一個の生命体になるには、どこかで互いの自意識が溶けて消えるはず。だとすると、蛸って自意識がないのか? じゃあ蛸って、悟り開いてるじゃん! って(笑)。だって「悟りを開く」というのは、自意識をなくすということですから。それにお坊さんを揶揄する言葉で「蛸入道」「蛸坊主」っていうのがあるよなあって。蛸の生物学的な面白さと、『地獄谷温泉 無明ノ宿』(2015年)から興味を持った仏教の世界が、全部つながったんです。
これ言うと語弊があるかもしれないんですけど、多くの仏教では、みんなが一つの寺に集まって修行をするけど、悟りを開くのはあくまでも己自身。でもここは、全員が一緒に癒着することで、初めて自意識が消える=悟りを開く状態になるという。その生命体のモデルが、蛸。だから俺たちは、蛸を目指すんだ……という流れです。
庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』(2019年)@ロームシアター京都 [撮影]井上嘉和 [提供]KYOTO EXPERIMENT事務局
■演劇における「体感度を上げる」とはどういうことか?
──そこで蛸になる人たちの「物語」ではなく、そのための修行の風景をストイックに見せるだけという、ある種のパフォーマンスに行き着いたのは。
そこでもう一つつながったのが、俳優という存在。そもそも俳優の営みは、仏教に通じるものがあるんですよ。俳優って台本に書かれていない部分も、たとえば“AとBはこうつながってるのでは”と、想像力と好奇心をフル回転して、そこに仮設を立てて埋めていくという作業をしているじゃないですか?
実は仏教もそう。「万物と自分はどうつながっているのか」ということに、膨大なイマジネーションを持つっていうのが、瞑想の修行の中心的な考え方なんです。一見自分とは関係のない対象でも、自分と関係しているかもしれないと想像して、そのイマジネーションを膨らませ続けた結果「全部が一緒」ということを体感する……という所に、悟りの光が見える。
そういう意味では俳優も、舞台で自分が出ていないシーンが、自分の役とどう関係しているのかはもちろん、照明や音響はどういう人か? もっと言うと、どういう劇場でやるのか? 受付の人はどういう髪型か? という所まで、自分のパフォーマンスとつながっていると考えてほしいって、僕は思ってる。というのもお客さんは、その一連を見て劇場に入ってくるから、自分と関係ないわけがないんです。この仏教徒に近い、俳優の理想的な営みを見せられるよう、蛸になるための修業をしている光景を、ストレートに見せようと思いました。
庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』(2019年)@ロームシアター京都 [撮影]井上嘉和 [提供]KYOTO EXPERIMENT事務局
──さらに観客も、その修業に参加しようと思えばできるわけですが、ペニノとは別に行ってる「Mプロジェクト」を始め、タニノさんは観客を作品世界に巻き込む演劇に、かなり高い関心をお持ちですよね。
今言った思いとは別に、演劇は……要は「ライブ」は、この先「体感度」をさらに上げるのが、すごく重要になってくるだろうと。僕は前々から、どんなにAIが発展しても、演劇の観客はずっと人間であり続けるだろうという思いがあって。その人間に、何をどう刺激すれば体感度が上がるのかということを、「Mプロジェクト」だけじゃなく『ダークマスター』(の再演)でも試していました。『蛸入道』では、楽器を渡す、(劇場の)熱を上げて冷たい水を配る、匂いが変化していく。そういったことで、演劇における「体感度を上げる」とはどういうことか? そもそも体感度は必要か? ということを、考えてみたいと思いました。
──その修行の内容は様々ですが、どのようにチョイスしていきましたか?
参加する俳優たちにこの考え方を提示した上で、全員でディスカッションをして、具体的に何をするのか決めていきました。さらに、自分たちが作ったパフォーマンスに対して、どうアプローチをするのかも、自分たちで考える。「そもそもこれは、一体何のためにやるのか?」ということを、常に考えながらやりましょうというのが、今回の作り方でした。でもそこには俳優だけでなく、僕自身にも格闘があって。たとえば「ハーモニーをきれいにしよう」と思って、俳優に稽古をさせるけど、何できれいにしようとすることにこだわってるんだろう? それって今回のテーマからズレてないか? と、ずーっと照らし合わせながら生きることになるので。
庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』(2019年)@ロームシアター京都 [撮影]井上嘉和 [提供]KYOTO EXPERIMENT事務局
──タニノさん自身、この作品が何を持って完成となるのかがわからない。
本当の蛸にでもならない限りわからないです(笑)。この「蛸になる」というのは、いかに舞台上で、瞑想している時と同じ状態……イマジネーションがずっと働いている状態でいられるか? ということ。そこで「セリフを間違えてはいけない」「リズムが狂ってはいけない」などのこだわりがよぎると、途端にイマジネーションが狭まるんです。でもその狭くなるいろんな要素を、あの修行の中にはわざと入れている。「こうしなければ」というこだわりが、一瞬現れそうな仕掛けがどんどん出てきても、イマジネーションを持ってあの場にいられますか? ということですね。それが全員共有された時には、きっとみんな蛸になっているだろうと。
だからこの作品には、完成とか成功はないと思います。でもそれはいいことなんです。さっきも言ったように、本番だろうが稽古だろうが、音楽だろうが雑音だろうが、演劇だろうが何だろうが、そんなことはどうだっていい……ってなった状態が、本当に俳優たちが体感すべきものだと思ってるから、そこを目指してほしい。そこにはきっとフィクションを超えた、喜びに近いものがあるはず。でもそれが一体どういうものなのかは、僕にもわからないんです。だからこそ未だに、この作品を楽しくやれてるんだと思います。
タニノクロウ(庭劇団ペニノ)。
■俳優が持つ真実の部分は、本当に気高いと信じている
──舞台上の俳優だけでなく、観客も「自分はこの作品と、どう関わるのか?」と、イマジネーションを使うことを強いられる所がありますよね。
そうすることで、何か自分と向き合う所が出てくると思います。なぜ私はこの作品に拒否反応があるのか? なぜ体が反応してるんだろう? とか。だから最終的な目的……というのも変ですけど(笑)。お客さんには、今まで持っていた演劇とか、ライブパフォーマンスの固定概念みたいなものが、なくなってくれたらいいと思います。それは同時に、演っている側もそうありたいと思っている。
──「演劇とは何か?」ということを疑いながら。
というより、観ている側も演ってる側も、こだわりがない状態になってほしい。そう言いながら、演出としてみんなと一緒に修行している身である僕も、なかなかそうはなれないんですけどね。それとやっぱりお客さんには、「俳優ってすごい」と思ってほしいというのはあります。その辺にいる、ヘラヘラ生きてる演出家とは違うんです(笑)。
僕を筆頭に、何か嘘ばっかりついて生きている人間とは全然違って、俳優たちが求めてるものはとっても崇高で。その崇高な部分を、純度高く見せようとして仕掛けた嘘が、この作品なんです。ありもしないものを「ある」と言った時に生まれる、「フィクション」という大きくて分厚い嘘と同時に、ものすごく強い俳優としての真実が、あの作品の中にはある。お客様には、その両方を楽しんでもらいたい。そして俳優が持っている真実の部分というのは、本当に気高いものだと僕は信じている……という作品です。
庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』(2019年)@ロームシアター京都 [撮影]井上嘉和 [提供]KYOTO EXPERIMENT事務局
──初演のインタビューで、この作品は劇団20周年を迎えたペニノの、弔いの意味があるとも言ってましたね。
それは本当にあると思いますし、だからこそお客さんたちの痕跡が、舞台に御札を貼るという形で残っていく舞台美術にしようと思いました。だってこの作品だって、いずれは舞台美術が朽ちてなくなるんですよ。僕にとってはずっと、「なくなる」とわかってることを前提にして、物を作り続けるという20年でしたから。その節目に来る作品として、ペニノメソッドというか、何かを残したい……少なくとも俳優には、何か強いものを残したいと思いました。この作品を経験して、確かなものを体感すれば、一生何をやっても大丈夫な宝物を得るんじゃないかと。
──観客もまた「これは演劇なのか? じゃあ演劇って何なのか?」と考えることで、自分の演劇観や嗜好を再確認することになるから、それもまた値打ちのある経験だと思います。
そうなると思いますし、次に別の作品を観に行った時に、何か今までにない広がりがあるといいなあと。もちろんこれから先、僕はドラマを作っていくかもしれないし、または何もしないかもしれないけど、僕としても初めて意志を持って作った作品……と言ってもいいのかな?
──「こうありたい」という明確な目的が。
それがあって作った、初めての作品。「忘却ノ儀」っていうのは、もちろんさっき言った「自意識をなくす」という意味の忘却ですけど、僕が今までいろんな作品を作ってきたことを踏まえた上で、自分の中のこだわりをなくそうと思って臨んでいる……という意味での「忘却」でもあり「弔い」なんです。でもそこで何かがなくなるのではなく、精算するという方が強いと思います。だから僕にとって、これはすごく大切な作品になりましたね。「作品」と呼んでいいものかどうかはわからないけど(笑)。
タニノクロウ(庭劇団ペニノ)。
取材・文=吉永美和子
公演情報
■作・演出:タニノクロウ
■出演:木下出、島田桃依(青年団)、永濱佑子、西田夏奈子、日高ボブ美(□字ック)、森準人、森山冬子、山田伊久磨
■日時:2020年2月29日(土)・3月1日(日) 29日=13:00~/18:00、1日=14:00~
■会場:なみきスクエア 大練習室
■料金:前売3,800円、当日4,300円
※きびるフェスで、他に2作品以上を観劇した方には割引あり。
〈三重公演〉
■日程:2020年3月7日(土)・8日(日) 7日=14:00~/19:00~ 8日=14:00~
■会場:三重県文化会館 小ホール
■料金:前売=一般2,800円、高校生以下1,000円 当日=各300円増
■問い合わせ:niwagekidan@gmail.com 080-4414-2828(平日11:00〜19:00)
■公演サイト:http://niwagekidan.org/performance_jp/856