新国立劇場バレエ団『マノン』振付指導のパトリシア・ルアンヌが語る、ケネス・マクミラン作品の奥深い魅力

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2020.2.18
『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

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新国立劇場バレエ団『マノン』(音楽:ジュール・マスネ)が2020年2月22日(土)~3月1日(日)に上演される。英国の名振付家ケネス・マクミラン(1929-1992年)による傑作で、18 世紀のフランスを舞台に少女マノンと神学生デ・グリューらがドラマティックな物語を繰り広げる。2012年以来8年ぶりとなる待望の上演に期待が高まるばかりだ。「SPICE」では、今回の振付指導者で世界各地でマクミラン作品の指導にあたるパトリシア・ルアンヌにインタビューを行い、『マノン』の話題を中心にマクミラン作品の魅力を聞いた。

「人間の真実」を求めた振付家マクミラン

――ケネス・マクミランとの出会いについて教えてください。

初めて会ったのは私が英国ロイヤル・バレエ・スクールの学生だった16歳の頃でした。ケネスはスクールパフォーマンスのためにダリウス・ミヨーの曲を用いた『ダンス組曲』(1962年)を振付していました。学生の身で創作に参加できたのは名誉なことでした。彼の第一印象は物静かでした。やりたいことがはっきりしていて準備もしっかりしていました。そして集中力をもって取り組んでいました。

パトリシア・ルアンヌ

パトリシア・ルアンヌ

ロイヤル・バレエ団に入団して最初に踊ったのがケネスの『春の祭典』(1962年)のコール・ド・バレエでした。現代的で驚きました。ストラヴィンスキーの音楽はリズムが複雑で大変でしたが素晴らしい洗礼を受けました。その後、全幕作品から小品までケネスの多くの品に関わりました。『ロメオとジュリエット』(1965年)、『マノン』(1974年)、『ソリテイル』(1956年)、『招待』(1960年)、『ラス・エルマナス』(1963年)『トライアド』(1972年)などです。ケネスのコンセプトには最初に感情があって、動きはその気持ちについていきます。「人間であること」が基本です。愛し合ったり、情熱をぶつけ合ったり、感情的になったり……。人間の真実を求めたことは彼の全作品を見れば明らかです。

ケネス・マクミラン

ケネス・マクミラン

――『春の祭典』は今見ても前衛的です。マクミラン作品はいびつな動きも見られますね。

そこが興味深いところで垂直のものを曲げて表現します。肉体の可能性を見る観点が違っていると思います。とても肉体的な表現であると同時にダンサーに常に求めていたのは自然であること。ケネスの想像力の中にある動きをダンサーが捉えて、体を極限まで使って表現していく。革新的でダンサーにとっても凄く刺激的です。誰か別の人間の感情やエモーショナルなものを表現していく、とても刺激的な乗り物だと思います。

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

当時ロイヤル・バレエはまだ新しいカンパニーでした(1931年に前身が創立され、1956年に王立のバレエ団となる)。英国ではフットボールやクリケットが人気で、バレエはそれに適いません(笑)。でもシェイクスピアをはじめとする劇場の文化には長い歴史があります。創立者(ニネット・ド・ヴァロワ)は抽象的なものを提示しても受け入れられないのではないかと考え、物語のあるものを提供しました。言葉は使えなくても肉体で物語を表現するものをと。それがケネスの根底にあって、素晴らしい物語を語り尽くすような作品になっているのです。

そのためには演者は表現ができなければいけません。ダンサーが演技するというよりも、演技のできるアクターがダンスをしている。それくらい表現が大事です。そのことに関してダンサーを励まし教育する面でもケネスは素晴らしい能力を持っていました。ケネスが『マイヤリング』(1978年)を主演ダンサーと創り上げていく過程を収めたフィルムがありますが情熱的な時間だったと思います。自分の内面を出し切っていくような創り方でした。世界中のダンサーがマクミラン作品に刺激を受けたり、好きな作品に挙げたりするのは、そういった理由からでしょう。体験自体が素晴らしい。そして音楽的で、音楽が鳴り響くような動きが優れています。

『ロメオとジュリエット』(撮影:鹿摩隆司)

『ロメオとジュリエット』(撮影:鹿摩隆司)

現実を伝えつつ、琴線に触れるバレエ

――マクミラン作品ではアクロバティックなリフトが入るパ・ド・ドゥもありますが、視線の使い方や動かない場面も独特です。『ロメオとジュリエット』の第3幕、ジュリエットが一人で寝室のベッドに座っているだけで感情を伝える場面は有名ですね。

ケネスは頭がいいんです。体を動かす表現の世界で誰かが全く動かないと、そこに引き込まれる。バレエの動きの表現の中で静止することは珍しいですよね? そうすると観客は集中して見ることになります。そこに美しい音楽が流れる。その音楽だけで素晴らしいので、何かを加えることはないのです。

『ロメオとジュリエット』(撮影:鹿摩隆司)

『ロメオとジュリエット』(撮影:鹿摩隆司)

――マクミランの物語バレエの登場人物は感情の起伏が大きいですね。『マノン』の第3幕でマノンは瀕死ですがレスコーと踊るパ・ド・ドゥは激しいですし、『ロメオとジュリエット』でロミオは仮死状態にあるジュリエットと踊ります。『マイヤリング』のルドルフは少々エキセントリックな面もあります。

それがケネスの物の見方です。普通以上にかなければいけないと。彼はリアルな人間と状況に魅了され、それにフォーカスしました。『招待』にはレイプシーンがあります。人生における最も大きな苦しみを表現しようとしたのです。人生には幸せを壊してしまうリアルなものがあるんだということを表現したかった。人生はいつも完璧ではない。美しいお姫様が出てくるおとぎ話ではないのです。演劇にはそういうリアリティのある世界がありましたがバレエにはなかったので、ケネスは現実を伝えるためにバレエで表現しました。今でも世界中マクミラン作品を上演してほしい、踊りたい、見たいという方がいます。パーフェクトな美しさではなく、美が壊れてくものが人々の琴線に触れるのです。

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

マクミランが『マノン』に込めたメッセージとは

――今回、新国立劇場でご指導される『マノン』の魅力はどこにありますか?

ストーリー全体です。主人公の女性は貧しさに恐れをいだいています。その時代に女性は結婚するか教育がないと、二つに一つの選択肢しかありませんでした。すなわち愛人になるか娼婦になるかです。フランスのそういう時代の物語です。マノンは恋人のデ・グリューのことを物凄く愛していたし、デ・グリューも彼女を愛していましたが、二人にはお金がありませんでした。マノンは金持ちのムッシューG.M.に出会い愛人になりますが、デ・グリューへの愛は変わりません。しかし兄のレスコーに売られてしまう。デ・グリューはマノンを愛していて、二人で逃げられると信じるのですが、彼女は髪を刈られ追放されてしまう――。

彼らは背徳的ではなく、何が正しいかは分かっていると思いますが、生き残るために現実的でした。誰も助けてくれないので好き嫌いを言っている余裕はなかったのです。それは今も変わりません。自分の子供を食べさせるために売春をする女性がいるという現実のある国・場所もあります。この18世紀の物語は今日的です。ケネス自身が魅了された古い物語は今も変わりません。それがマクミラン作品の魅力です。権威が正義で弱きを罰し、強きが守られる。女性の方がいつも罰を受けて男性は無罪です。彼の作品には美しい動きやヴィジュアルの底に必ずそういったメッセージが隠されています。

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

――『マノン』を指導する上で苦心されていることは何でしょうか?

真実です。真実を感じて、それを自分の中で理解して表現する。演じるのではなく感じて表現することが一番難しいのです。「演技」で及第点は取れても観客に伝わりません。もし役を生きることができれば観客と共にその瞬間を体験できます。それを引き出すことがコーチの役割です。さまざまな感情を自分の中に見つけ、それを表現して出すことを恐れないでほしい。マノンだけでなく、デ・グリュー、レスコー、ムッシューG.M.など彼女が出会うすべての人物がそうです。これは劇作品で、それを肉体と音楽で表現しているのです。

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

「感情を曝け出してほしい」ダンサーたちに伝えたい熱い思い

――新国立劇場バレエ団のダンサーに対してどのような印象をお持ちですか?

長い付き合いです。マクミランの『ロメオとジュリエット』初演(2001年)から何度もお仕事をしています。何世代にもわたって見てきましたが集中力もあり熱心ですね。でも『マノン』は皆さんにとって困難だと思います。感情を曝け出さなければいけないので、日本的な「秘める」という文化からすれば辛いかもしれません。おそらく観客が実際に本番の舞台に上がった方が思い切って感情を出せるかもしれない。大原永子舞踊芸術監督が彼らに情緒的なアプローチをもっとやってもいいと励ましています。

毎回お客様には喜んでいただけていると思います。最初に指導に来た時は主役に海外からゲストを招いていましたが、今では主要な役もバレエ団のダンサーが踊るようになりました。カンパニーの実力が上がっている証です。お客様からご覧になっても、ゲストアーティストがいなければ嫌だということではない証明ではないでしょうか。

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

『マノン』(撮影:瀬戸秀美)

――マクミラン作品だけでなく、ご自身がジュリエット役を初演された『ロミオとジュリエット』などルドルフ・ヌレエフ作品のご指導もされています。それらの活動を通して次世代のダンサーに何を伝えていきたいですか?

情熱です。情熱がなければ何もできません。人生で一番大事なものではないでしょうか? 大変なことをやっても得ることは小さいので非常に難しいのですが。それにバレエはそんなに長くは踊れませんよね? 若い時は何でもできますが、経験がないのでまだ幼く表現ができない。それが成長して大人になり、表現できるようになると、体の方が弱ってきてしまう。今すべての瞬間瞬間を完全に生きなければいけません。「来週でいいわ!」なんて言っていてはいけない。それに情熱があれば、すべてのセクションに尊敬を払うことができると思います。バレエ作品は踊りだけではなく、すべての要素があってできるものです。全体に関わっている人たちの力で作品に真実が生まれてくるのです。

3分でわかる!バレエ「マノン」|新国立劇場バレエ団


取材・文=高橋森彦

公演情報

新国立劇場バレエ団『マノン』
 
■日時:2020年2月22日(土)~3月1日(日)
■会場:新国立劇場オペラパレス

■芸術監督:大原永子
■振付:ケネス・マクミラン
■音楽:ジュール・マスネ
■美術・衣裳:ピーター・ファーマー
■照明:沢田祐二
■編曲・指揮:マーティン・イェーツ
■管弦楽:東京交響楽団

■キャスト:
・2月22日(土)14:00/23日(日・祝)14:00
米沢唯(マノン)、ワディム・ムンタギロフ(デ・グリュー)、木下嘉人(レスコー)
・2月26日(水)19:00/3月1日(日)14:00
小野絢子(マノン)、福岡雄大(デ・グリュー)、渡邊峻郁(レスコー)
・2月29日(土)14:00
米沢唯(マノン)、井澤駿(デ・グリュー)、木下嘉人(レスコー)

 
■お問い合わせ:新国立劇場ボックスオフィス 03ー5352ー9999(10:00~18:00)
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