実力ある制作陣×演技派俳優たちが作り出す恐怖の世界 背筋が冷たくなる作品3選/ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3~ [vol.38] <演劇編>
イラスト:春原弥生
ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3 [vol.38] <演劇編>
実力ある制作陣×演技派俳優たちが作り出す恐怖の世界 背筋が冷たくなる作品3選
by 吉田沙奈
【2】『こどもの一生』(1998年版)
【3】『噂の男』
物語のジャンルには色々なものがありますが、ニッチで根強い人気を誇るのが“怖い作品”。舞台においては、映画・ドラマのように、映像技術を駆使してリアルなモンスターや幽霊を出現させることは難しく、ホラー作品はそう多いわけではありません。
しかし、脚本や演出の工夫、キャストの演技によって、舞台ならではの恐怖に満ちた空間を作り上げることが可能です。身近な人間がある日、恐怖の対象に変わる……。常人には理解の及ばない狂人が登場するといったサイコスリラー・サスペンスの名作も多く、ホラー好きはもちろん、イヤミス好きや人間ドラマ好きにもぜひ注目してほしいところ。
そこで今回は、血の気が引くような舞台を3作ご紹介します!
【1】『人間風車』(2017年版)
『人間風車』(2017年版)
1997年、2000年、2003年と繰り返し上演された作品のキャストを一新し、生まれ変わった2017年版。次々に襲いくる面白さと恐怖が凶悪な作品です。
主人公の平川(成河)は売れない童話作家。彼が生み出すヘンテコな童話は、子どもたちには大人気ですが、親たちからは大不評です。しかし平川は、友人であり童話作家でもある国尾(良知真次)のアドバイスもどこ吹く風で、子どもたちに向かっておかしな童話を披露し続けます。そんな平川の前に、聞いただけで彼の物語を覚え、登場人物になりきる不思議な青年・サム(加藤諒)が現れます。
またある日、同級生である小杉(矢崎広)が担当するテレビ番組の見学に行った平川は、タレントのアキラ(ミムラ)と出会います。平川の子どものような無邪気さに癒されるアキラと、アキラの優しさに惹かれていく平川。二人は少しずつ心を通わせ、楽しく穏やかな時間は平川の作風に変化を与えます。ところが、平川が書き上げた美しい物語をきっかけに運命の歯車は狂い始め……。
この物語の魅力は、平川の気持ちとリンクする多彩な童話。
平川が荒唐無稽で自由な童話を楽しそうに語る姿、アキラと出会ったことで生まれた美しい物語を紡ぐ夢見るような表情、失意の中で悲劇を吐き出す際の狂気から伝わってくる心情の変化は圧巻です。復讐のために平川が紡ぐ物語はあまりに凄惨で、耳を塞ぎ、目を背けたくなるのですが、それを許さない演技力に圧倒されます。
そして、平川が語る物語に熱中し、その世界に取り込まれるサムの演技も見応えたっぷり! ヘンテコな童話はユーモラスに、恐ろしい物語はまるで人が変わったように、平川が生み出す物語を魅せてくれます。
彼らを取り巻く面々や童話の登場人物たちも、みんなイキイキとしていて魅力的です。
アキラの凛とした佇まいや、キラキラした笑顔で平川の話を聞くかわいらしさ、過去にまつわるある後悔。友人として、童話作家として平川を心配し、親身になってくれる国尾の友情と愚行。子どもらしい感性で平川の童話を楽しんでいるからこそ、時に残酷な評価を下す子どもたち。周りにいる人々が魅力的だからこそ、後半の恐怖がより輝きます。
コミカルでユーモラスな物語が段々とロマンスを感じさせる展開に……かと思うと悪夢へ転がり落ちていく、ジェットコースターのような疾走感がたまりません。
結果として悲劇のきっかけを作ってしまった人々も、根っからの悪人とは言い切れません。平川や周りの人々の選択が何か一つでも違っていればきっと……。そう考えると、彼らが辿る運命がやるせなく感じられます。
平川・サムを除くキャスト陣は童話の登場人物も演じており、作中と童話の中のキャラクターの性格や設定にリンクしている部分があるのも、観ていて楽しいポイントです。
また、ラストシーンの平川とサムの熱演は必見。全身全霊をかけて物語を紡ぐ平川と、ストーリーにシンクロするサムの姿は神々しくさえあり、恐怖とは違う鳥肌が立ちます。
後味が良い作品ではないものの、サイコスリラーが平気ならば一見の価値があると言えるでしょう。
【2】『こどもの一生』(1998年版)
『こどもの一生』(1998年版)
瀬戸内海に浮かぶ無人島。そこには現代社会のストレスに押し潰されそうになった人々を「こども化」して癒す一風変わった治療院「MMMクリニックランド」があります。
ここでのルールは、「大人時代の力関係を忘れてお互い対等なこどもになる、洞窟・灯台に近寄らない」ことだけ。ルールから解放されても、いつしか自然と規範ができ、社会的存在に成長できるというのが院長(入江雅人)とその下で働く看護婦(小沢真珠)の主張です。
物語は、無人島を買収するため、調査に向かう社長・三友(生瀬勝久)と部下・柿沼(中村有志)の会話からスタート。
冒頭からしばらくの間は畳み掛けるようにコメディが続き、テンポのいい掛け合いに笑ってしまうこと請け合いです。原作のコピーにある「超B級ホラー」の片鱗も見えません。
また、1990年初演の作品ながら、現代でも通用する設定のキャラクターばかり。
横暴で身勝手なパワハラ社長に振り回される柿沼、女優に転身したものの鳴かず飛ばずな元アイドル歌手・ユミ(芳本美代子)、ヒットゲームを真似したクソゲーばかり作らされているプログラマー・藤堂(升毅)、理不尽な顧客に悩まされるメーカーの苦情係・淳子(西牟田恵)と、人の悩みはいつの時代も普遍的だと感じさせられます。
そして、ストレスで疲弊した大人と、こども返りしてからの様子を演じ分けるキャスト陣が見事! 彼らのストレスを「わがまま」と言い切り、こどもに戻ってもガキ大将全開な三友の憎たらしさも最高です。不満をためたみんなが「懲らしめてやろう!」と言い出してしまうのも納得の暴れっぷりを披露してくれます。
わがまま放題な三友に業を煮やした彼らが考えたのは、「山田のおじさん」という架空の人物を作って、話題に入れない三友を仲間外れにすること。
おとなからすればくだらない悪ふざけですが、こどもにとって「みんなの話に入れない」のは大問題。こどもらしい残酷な発想にぞっとします。
しかし、本当に怖いのはここからです。架空の人物であるはずの山田のおじさん(古田新太)が突然登場し、作中の空気が一変。明るく人懐っこいおじさんですが、それが余計に不安を煽ります。
物語がだいぶ進んでからの登場だというのに、圧倒的な存在感で、物語を恐怖の渦へ巻き込んでいくのはさすがとしか言いようがありません。
豪華で凝ったセットがあるわけではないのですが、キャスト陣の演技にグイグイ引き込まれます。いつの間にか笑いは引っ込み、ハラハラしながら行く末を見守ってしまうはず。こどもたちによって生み出されたホラーの結末は、ぜひその目で確かめてください。
また、1990年の初演・1992年の再演に加え、2012年には脚本改訂を行い不気味さを増したリメイク版も上演されています。見比べるのも楽しいですよ!
【3】『噂の男』
『噂の男』
物語が展開するのは、大阪にある演劇場の舞台袖、地下にある「ボイラー室」横のたまり場。出番を終えた夫婦漫才師・骨なしポテト(猪岐英人、水野顕子)や、本番待ちの人気ピン芸人・ボンちゃん(山内圭哉)がたむろしているところに、お笑い好きのボイラー技師・加藤(八嶋智人)がやってきます。
舞台上とは違う芸人たちの顔に驚きつつ、好奇心を隠さずにあれこれ尋ねる加藤。
そんな彼に、支配人・鈴木(堺雅人)は、「パンストキッチン」という漫才コンビの話を始めます。
12年前の今日、人気が出て売れた矢先に事故で亡くなったパンストキッチンのあきら(橋本さとし)。相方に先立たれたモッシャン(橋本じゅん)は酒浸りになり、すっかり表舞台から姿を消してしまいました。
ストーリーが過去と現在を行き来する中で、一癖も二癖もある登場人物たちの因縁、それぞれの思惑が少しずつ明らかになり、再び悲劇が起こります。
どの登場人物も、ものすごくいやーな人。正直お近付きになりたくないタイプがずらりと揃っています。「いやーな男たちの、いやーなお話」という謳い文句に偽りなく、身勝手で歪んだ人間しか出てきません。さらに、冒頭からコメディと不穏な展開、バイオレンスなシーンが変わるがわる現れ、笑いとゾワゾワとした不快感、恐怖が襲いかかってきます。
妬み嫉み、打算、暴力、理解できない相手への嫌悪感、抑えきれない怒り。冒頭からネガティブな要素をこれでもかと浴びせられるため、150分間もこれを観続けるのか……と一瞬思います。しかし、全員が嫌な奴ながら魅力的で、あっという間に時間が過ぎるのでご安心を。
ちなみに、パンストキッチンが披露するコントはお笑い芸人・中川家によるもの。あきらとモッシャンの掛け合いのテンポの良さ、間の取り方も最高で、本当のお笑いライブを見にきているような気持ちになります。
また、現在のシーンにおいては、溜まり場で話が進む一方、舞台上ではネタ見せが続いています。目の前で繰り広げられる惨劇に作中の客席で起こる笑い声が被り、不気味さや切なさが強調される演出が見事です。
さらに、鈴木やあきらの穏やかさの裏に潜む二面性、ボンちゃんの狡さ、モッシャンの残虐さ、加藤の激情など、負の感情が渦巻くシリアスなシーンでも容赦なくコミカルなアドリブやブラックユーモアが挟まれます。そのため、不謹慎だと思いつつ笑いが堪えられなくなることも。
いやーな人間しかいないものの、脚本と演出、素晴らしい熱演の効果で、ラストはまるで青春譚のよう。後味は爽やかですらあります。
「笑いと恐怖は紙一重」とよく言いますが、この作品はそれを体現していると言っても過言ではないでしょう。
文=吉田 沙奈