伊丹アイホールの名物企画「現代演劇レトロスペクティヴ」過去の代表作と向き合う、松本修+小原延之が会見
「現代演劇レトロスペクティヴ」に参加する松本修(左)と小原延之(右)。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)
1960年以降に発表された、日本演劇界の名作戯曲を紹介する、兵庫県伊丹市の公立劇場[アイホール]の名物企画「現代演劇レトロスペクティヴ」。関西を中心に活躍する演出家が、先達の作品に挑むというスタイルを取っているが、近年は初演の演出家自身に、新たな解釈で上演してもらうことも。令和2年度は後者のパターンで、12月に「MODE」の松本修が『魚の祭』、1月に元「劇団そとばこまち」座長の小原延之が『丈夫な教室-彼女はいかにしてハサミ男からランドセルを奪い返すことができるか-』に再挑戦する。
『魚の祭』は、芥川賞作家の柳美里が、史上最年少の24歳で「第37回岸田國士戯曲賞」を受賞した作品。バラバラになった家族が、次男の葬儀のために集まり、そこで彼の死の謎や、残したメッセージが紐解かれていく……という家族劇だ。1992年に、柳の劇団「青春五月党」とMODEの合同公演の形で上演し、アイホールディレクターの岩崎正裕いわく「90年代演劇の流れを決定づけた」作品となった。松本が演出を手掛けるのは、大阪で再演を行って以来、27年ぶりになるという。
MODE『魚の祭』チラシ。
「初演では文学的なト書きを全部カットして、柳美里はとてもショックだったと言ってました(笑)。今回は当時カットした台詞を、一部原作のままに復活させてやってみようと思っています。初演でカットが多かったのは、技術のある役者が多いこともあり、台詞を一言一句しゃべらなくても伝えることができたから。でも今の20代前半の俳優たちは、優しいものの言い方をする子が多いからか、柳美里特有のザワッとさせる台詞を原戯曲のまんま言わせると、逆に相手役や観客に引っかかるという感じがするんです。不思議だけど、30年近く前に書いた戯曲が復活している感じがするし、これだけ時間を経ると面白い発見があるなあと思います」と松本は語る。
そして内容について「柳美里が“家族とは何だろう? なぜ人は家族を求めるのか?”を描きたかった作品」だとも。
「今はSNSがあるのに、むしろ人はもっと孤立してるし、人と人が上手く結びあえないということは(初演当時と)変わってない。それを柳美里は見えやすく“形ばかりの家族”として書いたけど、その“形”というのは意外と大事かもしれないし、その問題を顕在化させることで、若い世代が観た時に“(28年前も)私たちと同じだ”と思えるかもしれない。家族は人と人の関係の根本だから、やはり普遍性がある物語。その上で、単に家族が再生するのではなく、違和感や齟齬をピン止めしたような感じの舞台になるんじゃないかと思います」と展望を語った。
『魚の祭』を演出する松本修(MODE)。
一方の『丈夫な教室』は、小原が当時座長を務めていた「劇団そとばこまち」で、2004年に初演。2001年に、日本中にショックを与えた「附属池田小事件」をモチーフに、過去の大きな傷と向き合う人々の姿を描いた群像劇だ。わずか9ヶ月で再演を果たしたほど、大きな反響を呼んだ傑作だが、小原自身は「劇団を辞めるきっかけになった作品」と苦笑いする。
「そとばこまちは、関西のエンターテインメントを引っ張る劇団だけど、僕はもう少し社会に働きかける作品に取り組んだ方がいいのではと思い、この話を書きました。自分では手応えを感じたけど、僕以外の劇団員はあまりしっくり来なかったようで(笑)、その直後に退団してフリーになりました」と振り返る。
小原延之+T-works共同プロデュース『丈夫な教室』チラシ。
「附属池田小事件」を取り上げたのは「ちょうど(先代の座長の)生瀬勝久さんとサシで話し合ったのが、この事件の当日。その記憶と、社会的な意義を打ち立てなければいけないという考えが、座長として(作品を)作る時に一致したのかもしれません」と語る。そしてこのタイミングのリクリエーションについては「事件から年月が経つと、どんな問題が起こるのか? どんな救いがあるか? という心の問題を描いていて、令和の陰鬱なムードが、こういう作品を必要としているのでは……という判断があったと思う」と分析した。
今回は、関西在住の女優・丹下真寿美が主宰する「T-works」との共同プロデュースで上演。T-worksのプロデューサー・松井康人と小原の縁が深いこともあって実現したが、おかげで思いも寄らない俳優たちが集まったという。
「お互いにまったく違うフィールドで活動しているので、松井さんがお声がけした座組でやると面白いんじゃないかと思いました。おかげで丹下さんを始め、普段関わっている人とは違う方が、本当にたくさん出演します。毛色の違う人たちと組める状況を、お互いが求め合ったということではないかと。歳が一回り違う俳優たちと、何かの時代の継承や、社会的意義の感じ方のすり合わせが、私の世代と彼らの世代の間で起こってくれたら」と期待を寄せた。
『丈夫な教室』を演出する小原延之。
扱うテーマは違えども、なかなかにヘヴィな観劇体験になることは間違いなしの2作品。どちらも上演から10年以上が経ってはいるが、古さよりも「こんな所は今の社会も一緒だ」「人間はどんな時代も変わらない」ということを認識させられることになるだろう。初演のひたむきさとはまた違う、冷徹な視点で自らの代表作に向き直った、その成果がどのようなものになるかを楽しみにしたい。
公演情報
MODE『魚の祭』
■日程:2020年12月18日(金)~20日(日)
■作:柳美里
■演出:松本修
■出演:孫高宏(兵庫県立ピッコロ劇団)、木下菜穂子、保、松下美波、佐藤海斗、沢栁優大(安住の地)、田之上弥央、島田藍斗、合田聖、金子順子(コズミックシアター)、和田友紀、岡崎叶大
※一部公演前売完売。詳細は劇場サイトでご確認を。
小原延之+T-works共同プロデュース
『丈夫な教室-彼女はいかにしてハサミ男からランドセルを奪い返すことができるか-』
■日程:2021年1月14日(木)~17日(日)
■作・演出:小原延之
■出演:丹下真寿美(T-works)、是常祐美(シバイシマイ)、田矢雅美、石原正一、青木道弘(Artist Unit イカスケ)、山本礼華(かしこしばい)、橋本浩明、延命聡子(中野劇団)、大江雅子、土肥希理子、石畑達哉(匿名劇壇)、安達綾子(劇団壱劇屋)、空本奈々(万博設計)、議長(劇団FUKKEN)
■会場:アイホール(伊丹市立演劇ホール)
■お問い合わせ:アイホール
TEL:072-782-2000 ※9:00~22:00 火曜休館
MAIL:info@aihall.com
■公演サイト:http://www.aihall.com/r2_retoro/