「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」VOL.9 〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉~華麗なるロジャーズ&ハートの世界

コラム
舞台
2021.3.30
ロジャーズ&ハートの伝記映画「ワーズ&ミュージック」(1948年)のDVD(輸入盤ジャケット)

ロジャーズ&ハートの伝記映画「ワーズ&ミュージック」(1948年)のDVD(輸入盤ジャケット)

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
VOL.9 〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉~華麗なるロジャーズ&ハートの世界

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 本連載Vol.7 & 8で特集したガーシュウィン兄弟と並び、1930年代にブロードウェイで活躍した作詞作曲家コンビで、外す事の出来ないのがロジャーズ&ハート。作曲家リチャード・ロジャーズ(1902~79年)と、作詞家ロレンツ・ハート(1895~1943年)の二人だ。ヴァレンタイン・シーズンの定番曲〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉を筆頭に、今なお親しまれているジャズのスタンダード・ナンバーを量産した。今回は彼らの特集だ。

作曲家リチャード・ロジャーズ(左)と作詞家ロレンツ・ハート

作曲家リチャード・ロジャーズ(左)と作詞家ロレンツ・ハート

■ニューヨーカーが愛した軽妙洒脱な名曲

 ロジャーズと言えば、次号VOL.10で紹介する『オクラホマ!』(1943年)を筆頭に、『南太平洋』(1949年)や『王様と私』(1951年)、『サウンド・オブ・ミュージック』(1959年)など、作詞家オスカー・ハマースタインとの名作陣が有名だが、最初に作曲家として脚光を浴びたのがロジャーズ&ハート時代。面白いのはその作風だ。ハートとのコンビでは、都会的で洒落た佳曲を生み出したが、ハマースタインとの共作からは、牧歌的で大らかな楽曲へと変貌を遂げた。組む作詞家によって、ロジャーズほど著しく曲調を変えた作曲家も稀だろう。

 共にNY生まれ。幼い頃から劇場に通い、演劇や音楽に精通していた二人が、友人の紹介で出会ったのが1918年。ロジャーズ16歳、ハートが23歳の時だった。共通した音楽の趣味を持ち合わせた彼らは、たちまち意気投合。大学で上演される学内ショウの楽曲を提供し好評を博し、プロデューサーの勧めでブロードウェイに進出した。

 初ヒット曲が、1925年に上演された『ギャリック・ゲイエティーズ』の劇中曲〈マンハッタン〉。以降、1930年代から本格的に才能を開花させ、『ジャンボ』(1935年)や『オン・ユア・トーズ』(1936年)、『ベイブズ・イン・アームズ』(1937年)などコンスタントにヒットを放つ。これらの舞台で歌われた、〈マイ・ロマンス〉や〈小さなホテル〉、〈ザ・レイディ・イズ・ア・トランプ〉、そして前述の逸品バラード〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉など、NYの通人受けする粋な歌曲は絶賛を浴び、あまたの歌手がこぞってカバーした。

『ギャリック・ゲイエティーズ』(1925年)で歌われた〈マンハッタン〉の楽譜

『ギャリック・ゲイエティーズ』(1925年)で歌われた〈マンハッタン〉の楽譜

 

■ブロードウェイの輝かしきパイオニア

 ロジャーズ&ハートは、「ブロードウェイ初」の偉業を幾つも打ち立てた。まず『オン・ユア~』と『ベイブズ~』では、作詞作曲家として初めてオリジナル脚本を担当。セリフと楽曲がバランス良く融合し、快テンポでストーリー展開するミュージカル・コメディーを目指した。また、1938年の『シラキュースから来た男たち」の原作は、シェイクスピア戯曲『間違いの喜劇』。後に、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年/原作は『ロミオとジュリエット』)などに連なる、シェイクスピア作品初のミュージカル化となる。

NYはシティ・センターでの再演版『パル・ジョーイ』(1963年)より。振付・演出家として、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった、ボブ・フォッシー(左)がジョーイを演じた。

NYはシティ・センターでの再演版『パル・ジョーイ』(1963年)より。振付・演出家として、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった、ボブ・フォッシー(左)がジョーイを演じた。

 加えて『パル・ジョーイ』(1940年)の主人公ジョーイは、放蕩三昧で女性に手が早いナイトクラブ芸人。観客が感情移入し難い主役の登場も、ブロードウェイで初めてだった。ちなみに初演でジョーイを演じたのが、後年「雨に唄えば」(1952年)などに主演するジーン・ケリー。その後、1957年の映画版(邦題は「夜の豹」)では、ロジャーズ&ハート楽曲をこよなく愛したフランク・シナトラが主役を務めた(DVDはハピネットより発売)。

「夜の豹」(1957年)のサントラCD。シナトラ終生の十八番となった〈ザ・レイディ・イズ・ア・トランプ〉など、他のロジャーズ&ハート作品の曲も使われている(輸入盤)。

「夜の豹」(1957年)のサントラCD。シナトラ終生の十八番となった〈ザ・レイディ・イズ・ア・トランプ〉など、他のロジャーズ&ハート作品の曲も使われている(輸入盤)。

■歌詞に投影されたハートの葛藤

 そしてコンビ活動に大きな影を落としただけでなく、彼らの楽曲にも影響したのが、ハートが死ぬまで克服出来なかった心の闇だった。身長約150センチで、いかつい顔のハートは、自分の容姿に強度のコンプレックスを抱いていたのだ。さらに、当時はオープンにしづらかった同性愛者としての悩みも手伝い、心理的に屈折。ゆえに彼は、失われた恋や報われぬ想い、弱者の心の内を吐露するバラードに抜群の冴えを見せた。

 例えば、『ハイヤー・アンド・ハイヤー』(1940年)のナンバー〈気にも留めなかった(It Never Entered My Mind)〉。別れた相手を想い、「私が将来、独り身の寂しさを味わう事になると、あなたに忠告された時、笑い飛ばして気にも留めなかった。でもあなたは、私に欠けている全てを持っていた。今の私は、自分の背中を掻くのも独り」と自嘲気味に歌う失恋歌だ。心の機微に、巧みなユーモアを織り込む感性は、正にハートの真骨頂と言える。

 結局ハートは酒に溺れ、頻繁に姿をくらました。1943年の『コネチカット・ヤンキー』(再演)に新曲を提供し、11月17日の初日に劇場へ姿を現すも再び失踪。その後ホテルで卒倒しているのを発見され、病院に搬送されたが、急性肺炎のため同月22日に死去した。享年48。

■ソングブックと伝記映画

 ロジャーズ&ハート楽曲で構成した、「ソングブック・アルバム」を発表した歌手は数多いが、その中から、お薦めCDを数タイトル紹介しよう(輸入盤やダウンロードで購入可)。

 最晩年まで、コンサートで彼らの曲を歌い続けたシナトラ。数あるアルバムから、ロジャーズ&ハートの曲のみを抜粋したCD「シナトラ・シングス・ザ・セレクト・ロジャーズ&ハート」は、彼の比類なき歌詞の読解力を堪能出来る(1954~61年録音)。特に、前述の〈気にも留めなかった〉などバラードが絶品。女性ジャズ歌手の最高峰、エラ・フィッツジェラルドの2枚組ソングブックも必聴だ(1956年録音)。豪快にスウィングするナンバーからバラードまで、全35曲を堪能出来る。白眉は、繊細な感性が光る〈マイ・ロマンス〉。

「シナトラ・シングス・ザ・セレクト・ロジャーズ&ハート」

「シナトラ・シングス・ザ・セレクト・ロジャーズ&ハート」

「エラ・フィッツジェラルド・シングス・ザ・ロジャーズ&ハート・ソングブック」

「エラ・フィッツジェラルド・シングス・ザ・ロジャーズ&ハート・ソングブック」

 先日、アルツハイマー病と闘っている事が発表された、現在94歳の大御所トニー・ベネット。彼が、1973年にリリースしたレコーディングも好盤だ。いつもは朗々と歌い上げるベネットだが、ここでは声を抑えて軽妙なヴォーカルを聴かせている。オペラからミュージカルまでこなす、ソプラノ歌手ドーン・アップショウのアルバムも捨て難い。趣味の良いアレンジも秀逸で、彼女のリリカルな表現力と丁寧な歌唱に魅了される一枚だ。

「トニー・ベネット・シングス・ザ・ロジャーズ&ハート・ソングブック」

「トニー・ベネット・シングス・ザ・ロジャーズ&ハート・ソングブック」

「ドーン・アップショウ・シングス・ロジャーズ&ハート」

「ドーン・アップショウ・シングス・ロジャーズ&ハート」

 最後は、1948年に公開された、ロジャーズ&ハートの伝記映画「ワーズ&ミュージック」で締めくくろう(冒頭写真)。二人のキャリアを辿るストーリーは凡庸だが、とにかくゲスト・スターが凄い。ジュディ・ガーランドを始め、ジーン・ケリーにリナ・ホーン、ペリー・コモら、アメリカを代表する歌手やダンサーが次々に登場し、彼らの名曲を歌い踊るのだ。この映画、日本では劇場未公開に終わったものの、現在はジュネス企画より発売のDVDで鑑賞出来る。VOL.10は文中でも触れたように、ロジャーズ&ハマースタイン作『オクラホマ!』の特集だ。

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」連載一覧

■VOL.1 ヴォードヴィルについて https://spice.eplus.jp/articles/272803
■VOL.2 レヴューの帝王とオペレッタ https://spice.eplus.jp/articles/272837
■VOL.3 始まりは『ショウ・ボート』 https://spice.eplus.jp/articles/273021
■番外編 『ハウ・トゥー・サクシード』 https://spice.eplus.jp/articles/273692
■VOL.4 〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 1)https://spice.eplus.jp/articles/277083
■VOL.5 〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 2)https://spice.eplus.jp/articles/277297
■番外編 『23階の笑い』https://spice.eplus.jp/articles/278054
■VOL.6 クセがすごい伝説のエンタテイナーの話 https://spice.eplus.jp/articles/277650
■VOL.7 ガーシュウインの時代 https://spice.eplus.jp/articles/279332
■VOL.8 『ポーギーとベス』は傑作か? https://spice.eplus.jp/articles/280780
■番外編『屋根の上のヴァイオリン弾き』 https://spice.eplus.jp/articles/281247
■番外編 NTLive『フォリーズ』の見どころ https://spice.eplus.jp/articles/281886
■番外編 ブロードウェイにおける日系人パフォーマーの系譜 https://spice.eplus.jp/articles/282602
■番外編『メリリー・ウィー・ロール・アロング』 https://spice.eplus.jp/articles/284126
■VOL.9〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉~華麗なるロジャーズ&ハートの世界 https://spice.eplus.jp/articles/284275
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