「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」VOL.10 ロジャーズ&ハマースタインの『オクラホマ!』革命
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『オクラホマ!』、1943年初演のオリジナル・キャストCD(輸入盤)
ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
VOL.10 ロジャーズ&ハマースタインの『オクラホマ!』革命
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
1940~50年代のブロードウェイを席巻したソングライター・チームと言えば、リチャード・ロジャーズ(作曲/1902~79年)とオスカー・ハマースタイン2世(作詞/1895~1960年)の2人。今回特集する『オクラホマ!』(1943年)を皮切りに、『回転木馬』(1945年)や『南太平洋』(1949年)、『王様と私』(1951年)に『サウンド・オブ・ミュージック』(1959年)など、後に映画化され、更に知名度を高めた定番的名作を次々と放つ。『オクラホマ!』は、彼らの初共作となったばかりでなく、ブロードウェイ史に残した足跡も大きかった。
リチャード・ロジャーズ(左)とオスカー・ハマースタイン2世
VOL.9で紹介したように、作詞家ロレンツ・ハートとのコンビでは、軽妙洒脱な小品的ナンバーを量産したロジャーズ。ところがハマースタインと組んでからは、万人に親しまれる愛唱歌風旋律へと作風を一変させる。これは作業工程が大きく影響した。ハート時代は、曲が先で詞は後付け。一方ハマースタインは先に詞を完成させ、それにロジャーズが旋律を乗せるケースが多かったようだ。ハマースタインとの楽曲が、平明ながら時にフラットな印象を受けるのは、彼の大らかな歌詞にメロディーが引きずられた結果かも知れない。だがロジャーズの名を不滅のものとしたのは、やはりハマースタイン時代の曲。『王様~』の〈シャル・ウィ・ダンス〉、『サウンド~』の〈ドレミの歌〉や〈エーデルワイス〉は、誰もが一度は口ずさんでいるはずだ。
■終戦後に待つ未来に希望を託す
さて肝心の『オクラホマ!』だが、日本では上演歴も少なく、今や忘れ去られた感あり。簡単に粗筋を記しておこう。舞台は20世紀初頭、開拓時代のアメリカ中西部はオクラホマ。意地を張り合いながらも愛情を抱く、牧童カーリーと農家の娘ローリーを主役に、彼女を密かに想うストーカー系陰湿男ジャッドが絡み、2人の健康的な恋愛に影を落とす。しかし最後に、男は命を落としハッピー・エンドという単純極まりないストーリー。しかし1943年のブロードウェイ初演は、2,212回の続演を記録した(ロジャーズ&ハマースタインの作品中、最長ロングラン)。
これは、後述する曲とダンスの威力はもちろん、時代背景が影響した。初演時は第二次世界大戦中。一夜の娯楽を求め、NYを訪れたGIたちは故郷に想いを馳せ、またフロンティア・スピリットを謳い上げる物語に、観客は終戦後の明るい新生活を想像し、生きる活力を見出したのだ。
『オクラホマ!』初演のプログラム
■お持ち帰りソングの帝王
ブロードウェイ・ミュージカル史において、「革命的」と位置付けされる本作。どこが新しかったのかを、例を挙げつつ検証しよう。まずオープニングだ。当時は、大人数のキャストが賑々しく歌い踊る、華やかな幕開きが主流だった。しかし『オクラホマ!』は、序曲が終わると、牧童カーリーが〈美しき朝〉をソロで歌いながら登場。「おお何と美しい朝、何と美しい日!」と、大らかに歌い上げるのだ。主役の独唱で始まるミュージカルは他にもあったのだが、観客の心を捉えたのは、誰もが一度聴いただけで憶えるキャッチーな旋律。劇場から帰途につく時に、思わず口ずさんでしまう曲、すなわち「お持ち帰りソング」の帝王として鳴らしたロジャーズは、早くもこの一曲目で比類なき才能を発揮していた。他にも、カーリーとローリーのデュオ〈飾りの付いた四輪馬車〉や〈恋仲だと人が噂する〉、後にオクラホマ州の州歌となった勇壮な主題歌〈オクラホマ!〉など、耳に馴染みやすい佳曲揃いだ。
■後進への道を拓いた振付師
そして、もう一つの大きな革命が振付だった。エンタテインメントに徹した派手なダンスではなく、登場人物の性格や心情、また物語に即した踊りで高い評価を得たのだ。振付は、ユニークな創作バレエで頭角を現していたアグネス・デ・ミル(1905~93年)。幸い、『オクラホマ!』は1955年に映画化され、彼女が再び振付を担当したので、その全貌を観る事が出来る(DVDは、20世紀・フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパンより発売)。
振付師アグネス・デ・ミル。ロジャーズ&ハマースタインの次作『回転木馬』(1945年)の振付も担当した。
映画版『オクラホマ!』のプログラム。座長公演でおなじみだった大衆娯楽の殿堂、今は無き新宿コマ劇場の杮落し(1956年)が、意外やこの映画だった。
最大の見せ場が、映画中盤の約15分に及ぶ〈ドリーム・バレエ〉。ローリーが、夢の中で思い描く情景がダンスで表現される。喜びを全身にみなぎらせ、恋人カーリーと踊る彼女。やがて執着男ジャッドと、彼が欲望のはけ口にしている踊り子たちが艶やかなダンスを披露し、最後はカーリー対ジャッドの決闘という流れだ。正直今観ると、振付自体目新しくはなく、展開も冗漫。ただ、ダンスで心理を活写するデ・ミルの作法を突き詰め、よりダイレクトな感情表現で白熱した踊りへと昇華させたのが、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)のジェローム・ロビンスだった。デ・ミルの存在がなければ、ロビンスが世に出るのは相当遅れたはずだ。
劇中のハイライト〈ドリーム・バレエ〉の一場面
■進化を続ける『オクラホマ!』
1979年ブロードウェイ再演版オリジナル・キャストCD(輸入盤)
以降ブロードウェイでは、デ・ミルの振付を踏襲し、1979年のパレス劇場での再演を含め数回リバイバル。一方イギリスでは、1998年にNT(ナショナル・シアター)が上演した、トレヴァー・ナン演出、スーザン・ストローマン振付のリバイバル版が、主演のヒュー・ジャックマンの好演も手伝って賞賛を浴びる(2002年には、主役を替えてブロードウェイでも上演)。ジャックマン版はテレビ放映用に収録され、現在は輸入盤のブルーレイで入手出来るが、さすがにストローマンの振付が圧巻だ。ダイナミックながらモダンで品の良いステージングが魅力的で、観応えあるダンス・ナンバーを創造している。
ヒュー・ジャックマン主演のNT版ブルーレイ(日本のプレイヤーでも再生可)
さらに2019年には、これまでの本作の牧歌的なイメージを覆すニュー・バージョンが、ブロードウェイで上演され大きな話題を呼んだ(トニー賞リバイバル賞受賞)。楽曲のアレンジも一新され、伴奏はアコースティックなウエスタン・バンド風。オープニングの〈美しき朝〉は酒焼け声で歌われ、爽やかさは皆無なのだ。そして何よりも、嫌われ者ジャッドに代表される作品の暗部や、彼を取り巻く排他的なコミュニティーを、より生々しく浮き彫りにした。
宝塚初演版のシングル・レコード。主題歌〈オクラホマ!〉など4曲入り。
日本では宝塚歌劇団が、1967年に月組・星組の合同公演で初演した(宝塚にとって初のブロードウェイ・ミュージカル)。主演は、上月晃(カーリー)と初風諄(ローリー)。以降、1984年に大浦みずき、2006年に轟悠のカーリーで再演された。
ちなみに『オクラホマ!』、劇中曲を収録したオリジナル・キャスト盤が製作された、最初のブロードウェイ・ミュージカルでもあった。次回は、ミュージカル・ファン必携のオリジナル・キャスト録音の歴史に迫ろう。
「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」連載一覧
■VOL.2 レヴューの帝王とオペレッタ https://spice.eplus.jp/articles/272837
■VOL.3 始まりは『ショウ・ボート』 https://spice.eplus.jp/articles/273021
■番外編 『ハウ・トゥー・サクシード』 https://spice.eplus.jp/articles/273692
■VOL.4 〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 1)https://spice.eplus.jp/articles/277083
■VOL.5 〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 2)https://spice.eplus.jp/articles/277297
■番外編 『23階の笑い』https://spice.eplus.jp/articles/278054
■VOL.6 クセがすごい伝説のエンタテイナーの話 https://spice.eplus.jp/articles/277650
■VOL.7 ガーシュウインの時代 https://spice.eplus.jp/articles/279332
■VOL.8 『ポーギーとベス』は傑作か? https://spice.eplus.jp/articles/280780
■番外編『屋根の上のヴァイオリン弾き』 https://spice.eplus.jp/articles/281247
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■番外編『メリリー・ウィー・ロール・アロング』 https://spice.eplus.jp/articles/284126
■VOL.9〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉~華麗なるロジャーズ&ハートの世界 https://spice.eplus.jp/articles/284275
■VOL.10 ロジャーズ&ハマースタインの『オクラホマ!』革命 https://spice.eplus.jp/articles/284942