大竹しのぶに聞く、作品への意気込みとは 社会派現代劇『ザ・ドクター』で信念をもった医師役に挑む

インタビュー
舞台
2021.8.27
大竹しのぶ

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アルトゥル・シュニッツラーの戯曲『ベルンハルディ教授』(1912)をもとに、ロバート・アイクが2019年に作・演出を手がけた『ザ・ドクター』が、栗山民也の演出で日本初演される。医療研究所所長を務めるエリート医師ルースは、運び込まれてきた少女の死をきっかけに、宗教やジェンダー等、さまざまな問題と直面、医師としての自分と改めて向き合うこととなる。ルースを演じる大竹しのぶに作品への意気込みを聞いた。

ーー2年前にロンドンで初演の舞台をご覧になっているそうですね。

初演のときにたまたま、今すごく評判の芝居があるからこれ観ておいた方がいいんじゃないと友人に勧められて、それでを取って観たんです。何となくのあらすじだけは読んでいって、言葉はよくわからなかったんですけれど、主演の女優さんや役者のお芝居にすごく感動して、演劇ってすごいんだなと思って、日本に帰ってから役者の友達みんなにそう話したのを覚えています。演出もすごく細やかな会話劇で、一人の人が言う言葉に対しての立ち方とか、振り向き方、その表情で、その人が何を思って生きているかがわかる。セリフだけじゃなく、そのセリフを聞いたときのリアクション、彼らそれぞれの立場と意識と考え方もわかるので、それがすごくおもしろかったです。それに一人ひとりの芝居が細やかで芝居がみんな上手、そこがおもしろかったです。あるレベルの水準に役者全員が達しているので、みんなで作っている感がすごくあって、それが素敵だなと思いました。自分でもいつもそれを目指して舞台に立っているのですが、全部がパーフェクトということはなかなかないですし。みんながリアリティをもって演じていたのがすごくショッキングというか、すばらしいなと衝撃でした。

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ーーその作品に今回主演されます。

海外のお芝居を観るときに、自分にできる作品はないかと思っていたとか、こういう作品をやりたいと思ったとか、そういう話をよく聞きますが、私はまったくそんなことを思っていなくて。この作品も、主演のジュリエット・スティーブンソンさんに対して、素敵な女優さんだな、私と年齢がひとつ違うだけなんだな、こんな理知的な感じになってみたいなとは思ったんですけれど、まさか出演の話がくるとは思わず、あ……あの作品だ、と。『ピアフ』のときもそうでしたが、向こうで観ているときは、自分がやりたいとか、自分ができるとか思っていなかったので。今回も、出演の話があって戯曲を初めて読んで、こんなにすごい話だったんだ……と思って、びっくりしましたし、すごくうれしかったです。ありとあらゆる問題、こんなにいろいろな問題があったんだということがこの戯曲には描かれている。ジェンダーの問題、宗教的な問題、認知症の問題、医療の問題、医療現場の裏の問題、現代人が抱えるありとあらゆる問題があって。宗教的な問題は日本ではちょっと表現するのが難しい部分があるので、それはこれから栗山さんや翻訳の方と言葉をもっとわかりやすくしたりということを考えていかなくてはと思うんですけれど……。カトリックとユダヤ教であるとか、これから稽古していく中で勉強しながらやっていかなくてはいけない、それは、海外戯曲に取り組む上で意識することですから。問題に対する意識の違いというものを、共通認識として、演じる役者がもっていなくてはいけないと思います。それにしても、この作品を読むと、みんなが抱えている問題がいっぱいあって、人間はこんなに問題を抱えながら生きていかなくちゃいけないんだって思いますね。この作者はなんでこんなに問題をいっぺんに提示するんだろうと思いました。答えは出してくれないし(笑)。そこがおもしろいところだなとも思うんですけれど。すごくよく書かれている戯曲だなと思います。ひとつとして無駄なセリフがない。かったるいところがないというか、くどくないし、的確に、相手に伝わる言葉になっているところがいいですね。

ーー久しぶりの現代劇出演となります。

さっきそう言われて、あ、そうなんだと。何も意識しないでいつも演じていて。先日まで出演していた『夜への長い旅路』は、百年くらい前の作品で、現代劇ではないですが、自分の中ではあまりそのような感覚がなくて。それこそ、ギリシャ悲劇を演じていても、シェイクスピアを演じていても、それが現代劇じゃないという感覚が自分の中にないんです。例えば『メディア』にしても、旦那さんに浮気された女が復讐して、そのために子供を殺しちゃうって、現代でも全然通じるから。あまり人間は変わっていないというか、何千年間まったく進歩していないんだなと思いますね。ただ、現代劇の場合、よりリアリティを求められるから、そのあたりは今回、お芝居をする上で、11人の役者同士のセリフの言い合いが本当にリアルじゃないとつまらないなと思います。古典だと、言葉もそうですが、古典というところに逃げられるということもありますし。リアリティを追求したいですね。

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ーー主人公ルースにどんな魅力を感じられますか。

すごく強いし、信念をもっていて、必死になって生きているんですが、その裏に抱えているさみしさとか弱さが見える。信念をもっていることで、人から敵意をもたれたりとか、そういうこともあるけれど、前に進むというのは強さだなと思います。私自身も強いところはあるかなと思います。例えば、以前、出演している芝居で音の問題が起きたとき、このまま我慢をしてできないかと言われて、すごく静かに「ノー」と言いました。自分としてはいい芝居ができないから、ありえないと思ったし、お客様に代を払って劇場に足を運んでいただく以上、そんな簡単にあきらめちゃいけないと思って。みんなは「ええ?」っていう感じだったんですけれど……。そういうとき、自分でもすごく力が湧きますね。それで、たとえもし、私のせいで舞台が中止になったとしても、それで非難されたとしても、自分の意見を通したいと思いました。結果としては、ちゃんとその時は解決できました。自分が正しいと思うものに対して強くきちんと自分の意見を言うということは、生きていてそんなに何回もあることじゃないかもしれませんが、そのときこそは絶対に負けないで言う人間でありたいと思うんです。私の父もそういう人間でしたし、そうやって生きていきたいと思って。自分の意見をもたずにただ生きていく風には絶対になりたくない。だから、この作品でも、ルースが、周りから非難されても自分の思いを通すというのはすごく素敵だなと思います。……何だか、自分をほめてるみたいになっちゃいましたけど(笑)。自分が守りたいもののためには、絶対にそこであきらめない、非難や中傷を受けてもいいと思える人間でありたいと思います。

ーー栗山さんの演出についてはいかがですか。

栗山さんはすごく細やかな演出をしてくださるんです。ロンドンで観たこの舞台の初演も、役者の立ち位置とかが本当におもしろかったんですが、栗山さんもそういったフォーメーションをいつもすごくきれいに作る方なので、舞台転換も含めてすごく楽しみです。栗山さんの演出を初めて受けたのが『太鼓たたいて笛ふいて』(2002)だったんですが、毎日楽しくて楽しくて、学校に通い始めた小学生みたいな気持ちで。もちろん、井上ひさしさんのセリフもすばらしかったんですが、栗山さんのつける一つひとつの演出が、また得しちゃった、また何かもらえたと、スキップしながら稽古場に行っていた感じでした。本当に栗山さんに会えてよかったなと思います。山田洋次監督もそういうところがありますが、一回目線を落としてから顔を上げてとか、そういう細やかな動きまでも演出してくれる人はなかなかいない。私に何か言ってくれる人も、こわいからなのかな(笑)、だんだんいなくなっちゃいましたし。栗山さんがいてくれてうれしいです。いいお芝居すると、栗山さんは稽古場で本当にニコニコになるんです。よくないと機嫌が悪くなる(笑)。栗山さんのニコニコする顔を見たいです。

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ーー登場人物が意見を戦わせるところも多い作品です。

私自身は普段は全然そういうところがないんです。「まあいいか」が座右の銘なので。そういう考えもあるんだなという感じで、普段はあまり討論をするということはないんですが……。ただ、お芝居の場合、海外の戯曲をやることが多いので、自分の意見を言ったりして、そのあたりは演じていて楽しいですね。お芝居の中で討論する、意見をきちんと言えるのは好きです。日本人だとそこで、間だったり、表情で何かわかってよみたいなのが多いんですけれど。

ーーオンラインでの取材も増えているかと思いますが、直接お会いしてのやりとりとはやはり違う感覚があります。その意味で、劇場とは生身の人間同士がやりとりするのを生身の人間が観る場ですが、そのあたり、どう感じられますか。

映像だと監督の考えたカット割りで、その人が考えていることを観ることができる。舞台の場合は、この人が、このとき、この言葉で何を思っているのかということを、自分のチョイスで観ることができる。特にこういう会話劇の場合、言葉を聞いている人の顔というのがすごく大きなポイントになると思って。そのセリフを言われたときにどういうリアクションをするか、それを観られるのが演劇のおもしろさなんだということが、ロンドンでこの舞台の初演を観たときにまさに思ったことだったんです。今回、現代の問題を題材にしているということからも、とりわけ芝居にリアリティが求められるなと思っています。

大竹しのぶ

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取材・文=藤本真由(舞台評論家)  撮影=早川達也

公演情報

パルコ・プロデュース2021『ザ・ドクター』

作:ロバート・アイク
翻訳:小田島恒志
演出:栗山民也
出演:大竹しのぶ / 橋本さとし  村川絵梨  橋本淳  宮崎秋人  那須凜  天野はな  久保酎吉/明星真由美  床嶋佳子 益岡徹

 
日程・会場:
【埼玉公演】2021年10月30日(土)~31日(日)彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
【東京公演】2021年11月4日(木)~28日(日)PARCO劇場
【兵庫公演】2021年12月2日(木)~ 5日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【豊橋公演】2021年12月10日(金)~12日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
【松本公演】2021年12月18日(土)~19日(日)まつもと市民芸術館 主ホール
【北九州公演】2021年12月25日(土)~26日(日)北九州芸術劇場 大ホール
 
企画・製作:株式会社パルコ
 
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