ルッキズムが生んだ欲と呪い 『整形水』#野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第八十七回
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TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
今回紹介するのは、韓国で制作されたアニメ映画『整形水』だ。原作は、LINEマンガ連載のオムニバスホラー『奇々怪々』の一編だが、キャラクターデザインなどはアニメ化にあたって変更されている。瞳が大きな少女漫画風のルックは、90年代の少女ホラー漫画を読んできた私にとってはとても馴染みが深く、最近だと“ちゃおホラーコミックス”(少女漫画雑誌『ちゃお』のホラージャンルライン)に近いものを感じてとても楽しめた。それだけでなく、以前こちらで取り上げた韓国アニメーション『ソウル・ステーション/パンデミック』(ヨン・サンホ監督)のように、社会問題もきっちり描いたホラー作品だ。
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メイクアップアーティストのイェジは、担当する人気タレントには外見を罵られ、ネットでは悪意のある書き込みで中傷され、失意のうちに引きこもってしまう。そんな彼女のもとに、ある日整形水のお試しキットが届く。噂によれば、整形水に顔や体を浸すことで、自分の思い通りの容姿を作り上げることができるという。イェジはコンプレックスを捨てるために整形水を使うことを決意するが、同じ頃、周囲で不審な出来事が起こり始める。
応援できないほど嫌な性格のキャラクターたち
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韓国はかなりの競争社会で、受験はもちろん、社会人になってからも昇進のための競争が続くという。そして求められるのは頭脳や人脈だけでなく、外見の美しさもまた、勝ち抜くための要素となる。就職に関しても経歴よりも容姿を重視されることがあるというから、外見至上主義というのもあながち間違いではないのだろう。
『整形水』に登場する人気タレント・ミリは、目元が涼やかな美女として描かれているが、その美しさに反比例して、とにもかくにも性格が悪い。スタッフには横暴に振る舞い、イェジの容姿をなじり、思い通りにいかないと物を投げつける。先の厳しい競争社会の話を鑑みるに、もしかしたらミリも競争に勝つために尋常じゃない努力と苦労をしてきたのかも……とは思いながらも、「なんつー典型的な意地悪美人!イェジが可哀想だ」と観ていた。
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一方で、イェジのとんでもない性格にもびっくりだ。彼女は彼女で幼い頃から容姿で差別を受けて卑屈になり、自分が醜いのは親のせいだと喚き散らすような女性なのだ。自信がありすぎてわがまま性格のミリと、卑屈すぎて八つ当たりしまくるイェジ。どっちもどっちと思ってしまうほど嫌な性格のキャラクターたちだが、「美しくなければ認められない」と思わせるルッキズムの呪いは、性格すら歪めてしまうほど根深い。
整形水の落とし穴
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体にメスを入れるのとは違い、整形水は浴槽で薄めて浸かるだけなので手軽そうに思えるが、やはりそんなうまい話は無い。身体の作り替えに万が一にも失敗してしまったら、治したい箇所に補填するため大量の“肉”を必要とする。イェジも何度目かの使用中に失敗し、食べかけのフライドチキンのような、半乾きのミイラのような、肉がどろりと下垂したグロテスクな姿になってしまう。細い顎にキラキラの目と、そこからかけ離れた肉体のアンバランスさは、かなりショッキングだ。肉を確保するためにイェジがとった方法には、心の中で「そっち!?」とツッコんでしまったが、これも穏やかではないのは確かだ。
一度瘦せたなら、あとは努力して体型を維持すればいいのにと思うのだが、人間の欲求には際限が無いから恐ろしい。イェジは失敗してもなお美しさを求め続け、美しさに見合った贅沢もし始める。蔑ろにしていた両親への悪態はヒートアップし、整形水の費用や洋服代など、金の無心もエスカレートしてゆく。コンプレックスから解放され性格が穏やかになるどころか、益々嫌な奴になってゆくのだった。
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今現在も女性は若さと美しさが重視され、加齢とともに需要が減ってゆく風潮が往々にしてある。私が生業とする声優の仕事も、外見や年齢が審査の対象となる世界だ。簡単に美しさとプロポーションを約束してくれる品があったら、飛びつく人もいるのではないか。しかしながら心の闇につけ入るような物を求めた先にハッピーエンドが待っているとは思えないが……と観てゆくと、予想を超えるオチが待っていた! ちょっと笑ってしまうし、斬新だし、なんてカオスなんだと思いもしたが、ある種このオチも“欲”の行き着く先なのだろうと腑に落ちた。
あなたがもし、美しくなりたいと思っているのならば、都合のいい話にはどうかお気をつけて。
『整形水』は、公開中。
作品情報