砂川 涼子(ソプラノ)が語る、華やかさと静けさを届けるクリスマス・リサイタル
砂川涼子 (c) Yoshinobu Fukaya
艶やかさの中にも深みと温かさがある歌声、そして気品ある舞台姿から多くのファンを魅了してきたソプラノ歌手、砂川 涼子(すなかわ・りょうこ)。1998年 第34回日伊声楽コンコルソ優勝、2000年 第69回日本音楽コンクール第1位、2005年 第16回五島記念文化賞・オペラ新人賞受賞、2006年 第12回リッカルド・ザンドナイ国際声楽コンクールでザンドナイ賞受賞など、輝かしい受賞歴を誇る。NHKニューイヤーオペラコンサートに2002年以来出演を重ね、数々のオペラの舞台でヒロインとして活躍してきた彼女が、2021年12月18日(土) 、ザ・シンフォニーホールで、「アヴェ・マリア ~聖夜と月~ 砂川涼子 ソプラノ・リサイタル」を開催する。プログラムには、彼女が最も得意とするイタリアの作品から、今回初めて披露するフォーレやルサルカまで、クリスマスの季節に聴きたい「月」をテーマとした作品が並ぶ。
一年に一度のクリスマスの時期。街にはイルミネーションがきらめく。空を見上げれば、澄んだ夜の闇の中に月がひと際美しく輝いている。月は音楽作品にも重要なモチーフとして登場してきた。街を彩るイルミネーションと共に、砂川の歌声に導かれて月をめぐる作品を味わいたい。リサイタルに向けた想いを砂川に訊いた。
砂川涼子 (c) Yoshinobu Fukaya
特別な夜に、月をめぐる古今東西の作品を
――今回のリサイタルは、『アヴェ・マリア~聖夜と月~』というタイトルですね。どういった思いが込められているのでしょうか。
去年もクリスマスの時期に、ザ・シンフォニーホールでリサイタルをやらせていただきました。その時のタイトルは、『クリスマス アヴェ・マリア ~世界を繋ぐアヴェ・マリア~』。アヴェ・マリアにちなんだ色々な作曲家の作品を取り入れたプログラムでした。今年のテーマを考えている際に、クリスマスの賑やかさだけでなく、色々な曲と共に12月の静かな夜という雰囲気もお客様と共有できたらいいなと思いました。ですから、「月」というテーマで作品を集めてみました。
――月には人を惹きつける不思議な魅力がありますよね。
月をテーマにすると、どうしても静かな雰囲気の作品が多くなります。でも実は、静かさの中にドラマティックな部分がある。月には色々な表情があります。観る者の気持ちによっても見え方が違いますよね。気分の良い時と、思い悩んだり、落ち込んでいたりする時では、違ってみえます。急に涙が出てきたりすることもあります。月には感情に寄り添う部分があるので、月を扱った曲は繊細で素敵な曲が多いのかなと思っています。
――早速ですが、それぞれの曲の聴きどころを教えてください。はじめは、ベッリーニとマスカーニというイタリア歌曲からですね。
イタリア人作曲家の曲には、やっぱりイタリア人らしさがあります。内容はもちろん素敵なのですが、音の運びも、言葉を通り超えた何かを伝えてくれるような美しさがあります。音楽の美しさが訴えかけてくる作品なので、涙したりすることもありますね。
――その後に続くフォーレの「月の光」と「夜明け」はいかがですか。
フォーレの作品は本当に大好きなので、是非歌いたいなとずっと思ってきました。イタリアの作品の後に、フランスのフォーレを聞いていただくと、同じ月をテーマにした曲であっても、こんなにお国柄で違うんだなあというのが一目瞭然。曲のもつ素晴らしさそのものを、シンプルに、美しく届けられるといいなと思っています。
砂川涼子 (c) Yoshinobu Fukaya
――後半はオペラの作品が続きますね。砂川さんの十八番とも言うべきプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』から「私の名はミミ」を歌われますね。
『ラ・ボエーム』の舞台は、クリスマス。リサイタルのテーマに一番合っている作品かなと思います。一番多くリクエストを頂く役ですし、是非プログラムにいれたいと真っ先に思いついた作品です。続く『竹取物語』と『ルサルカ』のアリアは、これまで舞台で歌う機会がありませんでした。挑戦です。
――沼尻竜典さんが台本・作曲を手がけたオペラ『竹取物語』の「姫のアリア」ですね。2015年に初演された作品と伺いました。
『竹取物語』は、耳馴染みの良い美しいメロディが多く、面白い役もたくさん出てくる、笑いあり涙ありの素敵な作品。日本人にとって親しめる題材ですし、日本語で歌うために、お客様にダイレクトに届くので楽しみにして頂けたらなあと思っています。
――「姫のアリア」はどんな曲なのでしょうか。
この曲は、かぐや姫が月に帰る前の別れのシーンで歌うアリアです。「私の住んでいた月では、このような素晴らしい愛に溢れた人たちと出会ったことがありません」という内容を歌います。そして、お世話になったおじいさんとおばあさんに別れを告げ、月に帰っていきます。「緑の山、清い水、美しい竹林、こんな景色は月にはありません。石と砂ばかり。人を愛し助け合って、思いやる心。こんな絆、月にはありません、ただ生きるだけ」、私の一番好きな歌詞です。涙を流す悲しいお別れではなく、美しく愛に溢れた優しいメロディに心を打たれます。
――古今東西の月をめぐる作品の違いを楽しみたいですね。
そうですね。実は、『竹取物語』は、来年(2022)の1月にびわ湖ホールで公演があり、2日目の公演にかぐや姫の役で出演することが決まりました。そちらでも全曲を聴いて頂けると嬉しいですね。
砂川涼子 (c) Yoshinobu Fukaya
――そして、ドヴォルザークのオペラ『ルサルカ』から「月に寄せる歌」が続きます。こちらも、名曲ですよね。
これまで、ルサルカはドラマティックな役だと思っていたので、私の声には少しちょっと重いかなと感じていました。しかし、このアリアは私の大好きなルチア・ポップのようなリリックなソプラノの方も本当に素敵に歌われています。きっと私の声にも合うと思って勉強を始めたら、割と自分の声にぴったりで、是非、お客様の前でも歌ってみたいと思い、選びました。チェコ語は、『ルサルカ』の全曲を歌ったことがある友達から教えてもらったり、資料を分けて頂いたりしながら、一生懸命に勉強しています。
――加藤昌則さんの「On the Christmas Day〜クリスマスメドレー~」も楽しみにしています。この曲で、クリスマスの雰囲気を存分に味わっていただけそうですね。
有名なクリスマスソングが5、6曲入っているメドレーソングです。みなさんがご存知の作品に加藤さんの素敵なアレンジが加えられ、面白い調性や転調があり、おしゃれな一曲になっています。
コロナ禍とそこで得たもの
――去年、今年と、公演が中止や延期になったことも少なくなかったと思います。
本当に突然でした。2020年3月、びわ湖ホールで「神々の黄昏」のリハーサルを行っていました。その公演も出来るかどうかという感じが続き、結局は無観客公演になりました。その後の予定は、全て無くなりました。延期ではなく、中止でしたね。演奏ができなくなるという不安は確かにありましたが、それ以上に自分や家族や大切な友達の命の方が大きかったですね。正直申し上げますと、「こんなに大変なことになるなんて」という世の中への不安の方が大きかったです。
――自粛期間中はどのように過ごされましたか。
外出を我慢し、少しずつ希望を見つけながら過ごしてきました。家から出られなくなった際に感じたのは、私には歌しかないということ。時間ができたので、これまで勉強したいなと思っていたり、気になるなと思っていたりした役に自分のペースで楽しみながら取り組みました。
砂川涼子 (c) Yoshinobu Fukaya
――その後、少しずつですが公演も再開されていきましたが、いつごろから舞台に復帰できたのでしょうか。
オペラはありませんでしたが、ソロのコンサートでは、割と早い時期9月ごろから歌うことが出来るようになりました。半年ぶりでした。お客様が入れない状態でオペラをやった後だったので、お客様を目の前にすることで、やっぱり皆様の存在は大きいと感じました。聞いてくださる方がいることは、こんなにも幸せなことなのだと改めて感じました。
――この秋は、一時期よりコロナ禍が落ち着きコンサートも増えてきましたね。
急速にみんなで盛り上げなきゃという思いが溢れてきて、演奏会も増えてきたのが嬉しいですね。再開出来ただけでも本当に幸せなことだと思います。ただ、歌に関しては、PCR検査はもちろん、体調管理も非常にシビアに問われるようになっています。
――オペラの稽古では、歌手の方々はマスクで歌唱するなど、まだまだ苦労があるのではないかと思いますがいかがですか。
そうですね。マスクでのリハーサルは当たり前のことになっています。私は、それでもなんとか歌えますが、具合が悪くなる人もいますね。ちょっと前までは、フェイスシールドで本番をやることもあり、自分の声が響きすぎて歌い方が分からなくなって、喉を痛めた方もいらっしゃいました。少しずつですが、そういった環境から解放されていくのは良いことですね。
――最後に公演を心待ちにされているお客様に向けたメッセージをお願いします。
素敵な作品を私なりにたくさん集めました。皆さんを近く感じながら、楽しい時間を共有し、好きなひとときを重ねることができると良いなと思っています。是非、足を運んでいただけると嬉しいです。
取材・文=大野 はな恵