2000年の時を超える海外旅行へ 特別展『ポンペイ』内覧会レポート

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2022.2.1
特別展『ポンペイ』展示風景

特別展『ポンペイ』展示風景

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2022年1月14日(金)から4月3日(日)まで、東京国立博物館 平成館にて特別展『ポンペイ』が開催中だ。本展ではナポリ国立考古学博物館の全面協力のもと、失われた古代都市ポンペイの遺物約150点が展示。しかも今回来日するのは、同館の誇る名品・優品揃いというから心が躍る! モザイクや壁画、彫像、生活用品といった様々な出土品を通じて、2000年前の世界に時間旅行しよう。

東京国立博物館 平成館エントランス

東京国立博物館 平成館エントランス

この記事では、開幕に先駆けて実施された報道内覧会での鑑賞レポートをお届けする。特別展『ポンペイ』へのお出かけに向けて、ボルテージを上げる助けになれば幸いである。

紀元79年の“あの日”を追体験

今からおよそ2000年前の紀元79年、イタリア半島にあるヴェスヴィオ山が噴火した。その麓にあったローマの地方都市ポンペイは、火砕流に襲われたのちに火山灰に飲み込まれ、24時間あまりで全てが死に絶えた。ヴェスヴィオ山はそれまで数100年の間噴火しておらず、まさかそんなことになるとは誰も思っていなかっただろう。

左:《バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山》フレスコ、ナポリ国立考古学博物館蔵 右:映像「噴火で埋もれるポンペイ」

左:《バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山》フレスコ、ナポリ国立考古学博物館蔵 右:映像「噴火で埋もれるポンペイ」

序章では、その途方もない大災害が現実のものとして鑑賞者に突きつけられる。噴火前の火山の姿を描いた唯一のフレスコ画を見ると、てっぺんがキレイに盛り上がっているのがわかる。現在の写真と比べると、この部分が噴火したのか……と生々しく理解できるだろう。隣では、4K画像「噴火で埋もれるポンペイ」が迫り来る火砕流の凄まじいスピードを教えてくれる。

左:《女性犠牲者の石膏像》石膏、ナポリ国立考古学博物館蔵

左:《女性犠牲者の石膏像》石膏、ナポリ国立考古学博物館蔵

火山灰に飲まれた犠牲者の身体はやがて分解され消失し、地層の中にちょうど鋳型のような空洞が残った。本展では、後年そこに石膏を流し込んで製作された石膏像1体が来日している。凄みのある展示である。

ポンペイふれあい街歩き

展示風景

展示風景

序章を踏まえて、いよいよポンペイ遺跡からの出土品たちを見ていこう。第1章の展示室中央……。こ、この後ろ姿は!

ポリュクレイトス《槍を持つ人》(ローマン・コピー)カッラーラ大理石、ナポリ国立考古学博物館蔵 (東京展のみ)

ポリュクレイトス《槍を持つ人》(ローマン・コピー)カッラーラ大理石、ナポリ国立考古学博物館蔵 (東京展のみ)

早速、古代彫刻界のスター《槍を持つ人》の登場である。ポリュクレイトスによってギリシャで制作されたオリジナルは失われ、現在は模刻でのみその存在を伝える。本作は、ローマ時代に制作された模刻(ローマン・コピー)であり、数ある模刻の中で最も優れているものだという。この均整のとれたボディは、今日の私たちの思う(西洋由来の)美の規範となったものだ。

《ビキニのウェヌス》大理石(彩色・金彩の痕跡あり)、目:練りガラス、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

《ビキニのウェヌス》大理石(彩色・金彩の痕跡あり)、目:練りガラス、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

こちらは、ポンペイの守り神ウェヌスの大理石像。なんと、衣装やアクセサリーを表現した金彩や、髪の生え際あたりの着色の痕跡がはっきりと残っている。この圧倒的な保存状態の良さは、一日にして火山灰に埋もれたポンペイならではだろう。灰の成分が乾燥剤のような役割を果たして、約1700年の間、美術品の劣化を防いだのだ。ポンペイ遺跡が“タイムカプセル”と称される所以である。

お金持ちって、いろんな意味ですごい

第2章では、さまざまな地位・階級の人々の生き様に迫る。とりわけ目をひくのは、富裕市民たちの豪華な生活用品や装身具だ。まさに“お宝”と呼ぶにふさわしい品々からは、彼らが暮らし(主に宴会)を目一杯楽しんでいたことが伝わってくる。

《ブドウ摘みを表した小アンフォラ 通称「青の壺」》カメオ・ガラス、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

《ブドウ摘みを表した小アンフォラ 通称「青の壺」》カメオ・ガラス、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

高度な技術を駆使したカメオ・ガラスに、ぶどう作りをするクピドなどの姿を彫り上げた《青の壷》。繊細な美しさはため息モノ! 360度ぐるりと回って堪能しよう。それにしても、地面からこんなものが発掘された時の興奮は察するに余りある。

《ヘルマ柱型肖像 通称「ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスのヘルマ柱」》大理石、ブロンズ、ナポリ国立考古学博物館蔵

《ヘルマ柱型肖像 通称「ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスのヘルマ柱」》大理石、ブロンズ、ナポリ国立考古学博物館蔵

このブロンズの頭部は、解放奴隷を父に持ち、銀行業で富裕層まで成り上がったユクンドゥスの肖像(もしくは父フェリクスの肖像)だ。その表情には成功者の自信が滲み出ている。ポンペイは厳しい格差社会だったものの、立ち回りによっては一発逆転のチャンスも狙える流動的な側面もあったのだ。

なお、実はこれ、頭部と台座ではない。下にのびる石柱から、そこに付いている男性のシンボルまでひっくるめて「ヘルマ柱」という柱なのである。日本の道祖神と似ており、古代ローマの都市・道路ではあちこちにこれが立っていたのだとか。

左奥:《奴隷の拘束具》鉄 右手前:《テーブル天板 通称「メメント・モリ」》モザイク、ともにナポリ国立考古学博物館蔵

左奥:《奴隷の拘束具》鉄 右手前:《テーブル天板 通称「メメント・モリ」》モザイク、ともにナポリ国立考古学博物館蔵

右は「メメント・モリ(死を忘れるな)」の通称で呼ばれるモザイク装飾。ドクロの左右には、富裕層の持ち物と貧者の持ち物がそれぞれ象徴的に描かれている。どのような階級の人間だろうと、いずれ死は平等にやってくる。ポンペイ市民のそんな死生観がよく表れたモザイクだ。

強かに美しく

右手前:《エウマキア像》大理石、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

右手前:《エウマキア像》大理石、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

2章後半では、当時社会的に身分が低かった女性の活躍にスポットが当たっている。手前は女性実業家のエウマキア像。その手腕と功績を讃えられ、ポンペイの中心地に大理石像が設えられた。奥には、ユリア・フェリクスの邸宅の壁に記された賃貸広告が展示されている。彼女は紀元62年の大地震で被害を受けた後、屋敷を手放すのではなく、一部を賃貸に出すことで修繕費用をまかない世を渡った、スタミナのある女性だ。

《書字板と尖筆を持つ女性 通称「サッフォー」》フレスコ、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

《書字板と尖筆を持つ女性 通称「サッフォー」》フレスコ、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

ナポリ国立考古学博物館で最も有名な作品のひとつ、《書字板と尖筆を持つ女性 通称「サッフォー」》も来日。金のネットからの後れ毛も、ペンを唇に当てるポーズもあざといが、何より瞳が少女漫画のようにキラキラしていて可愛い。ちなみに、彼女は「サッフォー」の名で呼ばれているものの、実在した人物ではなく、理想化された女性像と考えられている。

賞味期限は2000年前になります

そして第3章では、個人的に最も楽しみにしていた展示に出会うことができた。それは……、パンである。

中央:《パン屋の店先》フレスコ、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

中央:《パン屋の店先》フレスコ、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

噴火当時のポンペイでは34店のパン屋が営業していたという。フレスコ画《パン屋の店先》を見ると、カウンターに積み重ねられた円盤型のパンと、それを授受する人たちの様子がわかる。パンは等分しやすいように、焼く前にナイフでピザのように切れ目を入れてあった(いわば8枚切り食パンだ)。その、実物がこちらである!

奥:《炭化したパン》、手前:《炭化した干しブドウ》ともに食品、ナポリ国立考古学博物館蔵

奥:《炭化したパン》、手前:《炭化した干しブドウ》ともに食品、ナポリ国立考古学博物館蔵

2000年前のふっくら感をそのままに、炭化して時を超えたパン。芸術作品よりさらに身近に、ポンペイ市民のリアルな暮らしを感じさせてくれる一品だ。

時間旅行のニクい仕掛け

会場風景・第2会場への連絡部分

会場風景・第2会場への連絡部分

ちなみに本展では個人利用の場合に限り、展示室内での写真撮影が可能(動画はNG)。大型の背景パネルや、石畳を思わせる床の装飾がポンペイ旅行への没入感を高めてくれる。

「#ポンペイくん」

「#ポンペイくん」

内覧会の一角では、モデルのAMON扮する「#ポンペイくん」が凛々しい笑顔を向けてくれた。

堂々のハイライト! モザイクの殿堂「ファウヌスの家」

第2会場は、第4章「ポンペイ繁栄の歴史」の展示からスタート。ポンペイ最大の邸宅「ファウヌスの家」から発掘された品々は、本展のハイライトだ。「ファウヌスの家」は特権階級の由緒ある屋敷で、噴火当時ですでに200年以上の歴史を持っていた。つまりここには、ポンペイがローマの植民市となり、文化がローマ化する以前のヘレニズム文化が鮮やかに残っているのだ。

《踊るファウヌス》ブロンズ、ナポリ国立考古学博物館蔵

《踊るファウヌス》ブロンズ、ナポリ国立考古学博物館蔵

ファウヌスとは家主の名前ではなく、この素晴らしい躍動感のブロンズ像《踊るファウヌス》が出土したことから、邸宅自体がそう呼ばれるようになった。螺旋を描いて上昇するエネルギーの流れは、ヘレニズム文化の特徴のひとつである。眺めれば眺めるほど、一緒に踊りたくなる!

そしてここからはモザイクが並ぶ。屋敷ではいくつもの部屋の床が、緻密なモザイク画で装飾されていた。本展ではそれらのうち5点を見ることができる。

《ネコとカモ》モザイク、ナポリ国立考古学博物館蔵

《ネコとカモ》モザイク、ナポリ国立考古学博物館蔵

特に愛らしいのは、貯蔵庫に忍び込んだ猫のモザイク。少し離れたところから見ると、絵画と勘違いしてしまいそうだ。床に嵌め込まれていたというが、もったいなくて踏めなさそう……。

《ナイル川風景》モザイク、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

《ナイル川風景》モザイク、ナポリ国立考古学博物館蔵(東京展のみ)

《ナイル川風景》には、コブラとマングース、カバとワニ、二羽のトキ、さらに鴨や蛙など、さまざまな動物が自然とともに活き活きと描かれている。

《ナイル川風景》部分

《ナイル川風景》部分

動物たちもみんな目に光が入っていて可愛い。モザイクを構成する切り石(テッセラ)は一辺が数mmほどしかないそうで、とても繊細である。

展示風景

展示風景

会場では部分的に「ファウヌスの家」のモザイクの配置が再現されており、往時の雰囲気を体感することができる。《ナイル川風景》は談話室の敷居を彩り、その先には大作《アレクサンドロス大王のモザイク》がドーンと来訪者を待っていた。修復作業中の《アレクサンドロス大王のモザイク》は残念ながら実物の展示は無いものの、その魅力に迫る8Kの高精細映像が奥で上映されているので要チェックだ。

栄華のときをしのんで

展示もいよいよ終盤へ。ほかにも、場内にはポンペイの邸宅「竪琴奏者の家」「悲劇詩人の家」の一部が、その出土品と併せて再現してある。気分はすっかり豪邸訪問である。

特筆すべきは「悲劇詩人の家」の広間だ。「悲劇詩人の家」はそこまで大きくなかったにもかかわらず、中心部だけで8点もの神話画が飾られていたというアート好きなお宅である。3点の壁画が並んだ濃厚な空間で、たっぷり空気に浸ろう。

展示風景

展示風景

そして第5章では、1748年に始まった発掘作業の歩み・最新の成果が紹介される。ヴェスヴィオ火山の噴火によって埋没した街は、実はポンペイだけではない。近隣の「エルコラーノ(ヘルクラネウム)」、「ソンマ・ヴェスヴィアーナ」というふたつの遺跡が、この章で登場する。他の街について知ることで、さらにポンペイという都市を深く理解できるだろう。

《ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)》パロス大理石、ノーラ歴史考古学博物館蔵

《ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)》パロス大理石、ノーラ歴史考古学博物館蔵

「ソンマ・ヴェスヴィアーナ」出土品からは、大理石の美青年像《ヒョウを抱くバックス(デュオニソス)》が展示されている。腕の中の小さなヒョウに向ける優しい眼差しにキュンとする。

ヴェスヴィオ火山の北麓(ポンペイとは反対側)に位置する「ソンマ・ヴェスヴィアーナ」は、2002年から東京大学の発掘調査団によって本格的な調査がスタートした。近年では、これまで調べていた大規模な建築群の下に“より古い”遺構が存在することが判明したという。今後さらに研究が熱くなりそうなスポットである。

爽やかに切ない、都市の滅亡

最後に立ち寄ったミュージアムショップで「炭化したパンのクッション(税込4,950円)」を発見! 欲しい!

ミュージアムショップ

ミュージアムショップ

この展覧会を訪れるまで、自分にとってポンペイは“失われた悲劇の古代都市”だった。けれど観賞後にはすっかり「楽しかった! ポンペイって良いところだなあ」と爽やかな気分で帰路についていた。時間も距離も超えて、心がポンペイにぐっと近づいたのを感じる。きっとポンペイも、滅亡の文脈だけで語られるより、イケイケで花盛りの頃を理解して欲しいのではないだろうか。

とはいえ、心が近づいて好きになるほど、もう存在していないと思うと少し切ない。それに、同じく火山を持つ国で現在を生きる身としては、どこか他人事とは思えない。「今日と同様に明日が来るとは限らない……ので、大切に生きなくては」なんて考えるのは単純かもしれないけれど、歴史や考古学に触れるというのは、詰まるところそういうことでいいのかもしれない。

特別展『ポンペイ』は、4月3日(日)まで東京国立博物館 平成館にて開催中。その後、全国3会場へと巡回予定。


文・写真=小杉美香 

展覧会情報

特別展『ポンペイ』
会 場:東京国立博物館(東京・上野公園)
会 期:2022年1月14日(金)~4月3日(日)※会期等は変更になる場合があります。
開館時間:9時30分~17時
休 館 日:月曜日、 3月22日(火)※ただし3月21日(月・祝)、 3月28日(月)は開館
入 場 料:一般2,100円 大学生1,300円 高校生900円(いずれも税込)
※中学生以下、 障がい者とその介護者一名は無料
※事前予約(日時指定)を推奨
主 催:東京国立博物館、 ナポリ国立考古学博物館、 朝日新聞社、 NHK、 NHKプロモーション
特別協賛:住友金属鉱山
協 賛:大和ハウス工業、 凸版印刷、 竹中工務店
後 援:イタリア大使館
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト: https://pompeii2022.jp/
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