70歳となったイッセー尾形が『イッセー尾形の妄ソー劇場 その5』と、一人芝居の今を語る~「『えいっ!』とうっちゃる力を、僕は信じています」

レポート
舞台
2022.4.3
イッセー尾形。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

イッセー尾形。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)

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今年(2022年)2月に70歳の誕生日を迎えたばかりの、一人芝居の名手・イッセー尾形。10年前に一度活動を休止した後、2015年から名作文学をベースにした「文豪シリーズ」を続けていたが、昨年大阪の[近鉄アート館]で、突如完全オリジナルの新作を発表し、ファンを驚かせた。今回の大阪公演は、半年をかけて全国で上演してきたこの作品の、凱旋公演のような意味合いがある。公演のチラシで「70歳から絵は始まる」という葛飾北斎の言葉を上げて、まだまだ一人芝居を続ける決意を語った尾形が、大阪で会見を行った。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

ここ最近は、夏目漱石や太宰治などの作品に登場する、味のある脇役たちからインスピレーションを得た一人芝居を発表してきた。2020年春にも、同じシリーズの新作を予定していたが、新型コロナウイルス蔓延のため延期に。2021年秋にその公演が実現した時、当然準備済みの作品を上演するものと思われていたが、予想に反して作品を総入れ替え。今現在のコロナ禍で、たくましく生きる庶民たちを描くという、まさに往年のスタイルに立ち返った舞台を見せてくれた。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

もともと現代人を演じるのが、自分の本分。でも現代はみんなスマフォばっかり見ていて、その中にあるモノを(活動休止した)当時はつかめなかったんです。僕が勝手に『庶民の力』って呼んでいるものと、再びめぐり合うために、文豪の作品のカヴァーをしていました。一回パチンコみたいにグーッと(過去に)後戻りして、その力で現代に帰ってこよう、と。だけどコロナと直面する事態になって『文豪をやってるどころじゃない。現代を扱わないといけない』と思って、戻ってきました。

クラスターとかの新しい言葉や、距離とか責任とかの新しい規則に、自分たちを合わさなきゃいけないというのが、僕のコロナに対する印象。僕たち庶民は従順なので、それに合わせようとするけれど、合わせきれなかったりするんです。クラスターとか何とかって、本当にわかってんのか? って(笑)。その底流にある意識を想像して、何とか拾って作品にして、それを笑うことで相対化したいんです。以前とは180度違う現実に直面している、現代人の姿をね」。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

この現代人シリーズの再開に際して「やるならこの場所しかなかった」と言うのが、大阪の常打ち小屋となっている[近鉄アート館]。「妄ソー劇場」開始以来、もっぱら新作をおろす場所となっていたので、すでに完成した作品を上演するのは、意外と珍しい機会となる。

アート館は僕にとって長年の実験場で『こんなものが生まれ落ちました。みなさん立ち会ってください』と披露する場所。この時代、こんな意識をみんな奥底に持っているんだろう……と想像して、作品にする。それが合っていれば大笑いになるし、合わなければシーンとなる(笑)。でも、それが平気なのがアート館なんです。そこに何か深い物言いがあるんだろうという、バックボーンを感じさせる空間なので。

そうやってアート館で生まれて、東京や京都などで上演して育ったネタを、今回は観てほしい。鮭がこんなに大きくなって帰ってきましたよ、と(笑)。なおかつそれにプラスして『今年はこういう新しい子どもが生まれました』という新作を、日替わりでやります。アート館の公演が、そういう大きな循環作用になっていけばいいかなと思いますね」。

イッセー尾形。

イッセー尾形。

昨年発表したネタは、新宿で母親と待ち合わせをするロリータファッションの少女から、答弁中も本音が隠せないでいる政治家まで、まさに年代も性別もバラバラな、6人の現代人たちの物語。さらに文豪シリーズから生まれた、連続ドラマ風の立体紙芝居『雪子の冒険』も、ラインアップに入っている。

たとえば、時代やファッションがどんな風になろうと、母娘の関係はそうそう変化するもんじゃない。大きく変化するものと、大きく変化しないものの対比……ここまでは変わるけど、ここからは変わらないというのをハッキリさせるのが、私の好みのようです。一方、自転車で高速道路を走る親父は、批判される側の弁明と言いますか。叩かれる人も何かしら世の中とつながっているし、つながりたい願望があるんじゃないか? ということをすくい取りたいなあ、と。

『雪子の冒険』は、どこにでも飛んでいきたい! という、僕の深い欲望の現れ。もともとは川端康成(『浅草紅団』)のカヴァーで作ったけど、だんだん自分の中で育ってきて、何か得体のしれない、サーカスみたいなものになってきていますね。新作の中には、雪子ちゃんの話もあるので、『雪子の冒険』を2本上演する回もあります(笑)」。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

ちなみにその他の新作は「ストーカーの嫌疑をかけられた高校生」「詐欺防止の留守番電話のクレームに対応する職員」「失恋などの暗い歌専門の歌手」などを予定。直喩にせよ暗喩にせよ、コロナに翻弄される庶民を描いた旧作に対して、新作は「そのもう一歩先をやりたい」と意気込む。

コロナに入り込んでしまったみんなの共通意識を、どっかにうっちゃるようなことをしたい。いつの時代も僕たちは何かに攻め込まれてきたけれど、その都度いろんなアイディアで乗り切ってるし、うっちゃる力が備わっているんですね。攻め込まれた時に『えいっ!』とうっちゃる。その人間の力を、僕は信じているような気がします。

追い込まれないと面白くないんですよ、人間は(笑)。追い込まれてナンボだと、いつも思っています。だからとにかく、その(コロナで起こる)体験自体を笑ってしまいたい。僕もお客さんも。そうすることで一つ意識が大きくなるし、人間は最後の最後に、たくましくおおらかに笑って受け止めるものだと信じたいです」。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

さらに一人芝居は、今現代に求められる「想像力」を学び直す機会になるとも言う。

今はまさに、いろんなことが現象として現れる時代。スマフォやTVを見れば情報が全部出てくるから、みんな想像をする暇がないんじゃないかと。昔はボケーッと街を歩いたり、窓の外の風景を眺めたりして、想像をする時間があったけど、それが今はなくなっちゃったんですね。だから自分の一人芝居の時ぐらいは、スマフォを忘れて想像をしてほしい。

一人芝居って、想像力のお芝居だと思うんですよ。AとBが言い争うにしても、Aしか出てこないから、この(Bという)人はどんな人だろう? と、観ている人が想像しなきゃいけないんです。 一人芝居は、想像の力のネットワークで成り立ってる。今は人間が想像に出会い直す時代だと思うけど、一人芝居はそれを学ぶのに、本当にうってつけだと思います」。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より。

そしてフリーになってからの10年間を振り返るとともに、70代に向けての抱負について、このように語ってくれた。

ゼロから立ち上げて、いろんな人に直で出会うことで、自分のいる場所が広がっていく10年でした。何もない舞台に一人が出てくるという、それだけが頼りの一人芝居を、これからもやろうと思った時に、ちょっとずつ『ここでやってみませんか?』という人が現れたから、やってこれた。となると『じゃあ、この場所で何をやろうか?』という感じで、場所や人が先にあって、ネタがあるということを、大きく自覚するようになりましたね。

そうなるともう『めったに観られない作品』とか『が取れない舞台』みたいな形容詞は、まったくいらないと思うようになりました。ただそのネタがあるだけ。そういう気持ちがあるのが、昔とはうんと違う所かな。ますます偏屈になっています(笑)。

70歳というと、もう(やれるのは)あと10年だと思うんですよ。だからやり残さないようにやろうと、すっごく覚悟しています。『このネタで舞台に出ていいのか?』という問いかけは、強く大きくなっていますね。だからと言って、でかいことをドーン! とやろうというのも、無理だなってこともわかって(笑)。これからも昔ながらの方法で、ネタを作るしかないんだなと思っています」。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より、大作となりつつある『雪子の冒険』。

『イッセー尾形の妄ソー劇場』(2021年)より、大作となりつつある『雪子の冒険』。

現代の庶民をとらえる眼力を鍛え直すために、近代の庶民の姿を想像し続けたイッセー尾形。6年間の武者修行を経て、ついに現代に戻ってきた彼が描き出すのは、一見エキセントリックだけど、自分の周りの人々や、あるいは自分自身とも、フッと重なって見えてしまうような“一庶民”の姿だ。

昨年その誕生に立ち会った人も、半年間の地方行脚を経てたくましくなったネタの数々を確認しに。そしてまだ観たことがない人は、もしかしたらあと10年しか観られないかもしれない名人芸を、ぜひ体験しに行ってほしい。

イッセー尾形。

イッセー尾形。

取材・文=吉永美和子

公演情報

『イッセー尾形の妄ソー劇場 その5 日替わりプラス1』
 
■出演:イッセー尾形
■日時:2022年4月13日(水)~17日(日) 14:00~ ※13日…19:00~
■会場:近鉄アート館
■料金:5,500円
■問い合わせ:06-6622-8802(近鉄アート館) ※11:00~18:00
■公式サイト:https://issey-ogata-yesis.com/news/index.html#20220129

 
※この情報は4月1日時点のものです。新型コロナウイルスの状況次第で変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。
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