上田一豪×小澤時史×彩吹真央が語る、それぞれの視点から見たミュージカル『フリーダ・カーロ -折れた支柱-』の創作現場
(左から)小澤時史、彩吹真央、上田一豪
メキシコ現代絵画を代表する画家、フリーダ・カーロ。
幼い頃に小児性麻痺で右足が不自由になり、18歳のときにバスの事故によって脊髄を損傷。想像を絶する痛みと戦いながらひたすらに絵を描き続けた。
彼女の晩年を祝祭劇として鮮やかに描き出す、劇団TipTapのオリジナルミュージカル『フリーダ・カーロ -折れた支柱-』が2022年6月30日(木)〜7月3日(日)に東京芸術劇場シアターウエストにて上演される。2019年の初演から3年ぶりの再演だ。
稽古が始まって間もないタイミングで、劇団TipTapの事務所を訪ねた。そこで作・演出の上田一豪、音楽・演奏を務める小澤時史、初演から引き続きフリーダ・カーロを演じる彩吹真央の3人にインタビューを実施。それぞれ異なる立場で本作に挑む彼らに、創作の現場で感じていることを率直に語ってもらった。
ーー稽古場の雰囲気はどうですか?
彩吹:新しいキャストの方々が加わったこともあり、すごく刺激をもらっています。前回は自分のことで精一杯だった部分もあったので、今回はお稽古中にみんなの息遣いや肌感をキャッチして、それらを通したフリーダにしたいなと思っています。
ーー稽古中に彩吹さんのお誕生日をお祝いする場面もあったそうですね。
彩吹:そうなんですよ。お稽古の初日にみなさんにお祝いしていただいて、すごく幸せでした!
小澤:僕、「はい」って言われたら「ハッピーバースデートゥーユー」を弾くことになっていたのに、そのきっかけを忘れていたんです。久しぶりの稽古で演奏した直後だったから、頭がパニックになっていたみたいで(笑)。
彩吹:私はフリーダを演じた直後だったので、頭と心と体がグッチャグチャでした(笑)。事故で寝たきりになって死と隣り合わせの瞬間を味わっていたシーンのあとだったので、まるで死から蘇ったような感覚。バースデーソングの前奏を聞いて私本人の誕生日だということは頭でわかったんですけど、絶望から這い上がるときに呆然としてしまって・・・・・・。その瞬間に「生きてるってすごい」とも思えたんです。
小澤:役者って本当にすごいね。仕事でやっているんじゃないんだね。
上田:そりゃあそうだよ。
彩吹:仕事ではあります(笑)。
上田:(笑)。仕事だけど、ゆみこさん(彩吹さんの愛称)は心を削って取り組んでいるということですよね。
(左から)小澤時史、彩吹真央、上田一豪
ーー稽古の進み具合としてはいかがでしょう?
彩吹:驚異的な速さで毎日進んでいます。速いのはいいことなのですが、役者にとっては必死のパッチ(笑)。初演に出演していたキャストもびっくりするようなスピードなので、新キャストの方々はおそらく大変だと思うんです。でも(上田)一豪さんは、みんなができる人たちだと思うからこそ「やりましょう」と言ってくださるんですよね。劇団TipTapならではのスピード感がスリリングでたまらないです。
上田:初演と違って材料が全部手元にある状態だからとてもやりやすいですし、ある意味楽ちんなところもあるんです。理想としては、なるべく早くフレームを全部作ってから密度を上げる作業をしていきたい。そのために今みんなに頑張ってもらっているところです。今日の稽古で最後のシーンまで動きをつけ終わるので、やっと芝居の稽古ができるぞという感じ。いいペースだと思いますよ。初演時はなかなか曲がこなくて、稽古の最後の週になってから最後の曲ができあがるという感じだったよね(笑)。
小澤:(苦笑)。今回はピアノとギターに新たにチェロが加わるので、音楽の印象は結構変わってくると思います。今僕は稽古場で演奏をしているんですが、タイミングを見計らって内職しながらチェロの楽譜を書いているんです。ピアノとギターはどちらも音が減衰する楽器なので、「ボーン」と弾いたあとに少しずつ音が小さくなっていきます。一方、チェロなら音量をずっと保つことができるので、かなり引き出しが増えるなという印象です。すごくいい感じになっていると思いますよ。僕以外、まだ誰も知らないんですけどね(笑)。
小澤時史
ーー上田さんと小澤さんは、これまで多くの作品でタッグを組んでいらっしゃいます。オリジナルミュージカルの音楽はどのように作っていくのでしょうか?
上田:まず台本を渡して考えてもらって、彼から音楽が出てくるのを待つということを昔はやっていました。でも今は面倒くさいので(笑)、最初から一緒にやっています。
小澤:どの作品でも、まずは一豪さんの家に行くことから始めます。M1〜M6,7,8くらいまでは一豪さんの家で書くんです。例えば自宅で一人で曲を作っても、聴いてもらったらイメージと違って全部ダメになるかもしれないじゃないですか。そうするとゲンナリして元気が湧くまで時間がかかるので、そうならないようにちょっと書いたらすぐに確認してもらって修正する、という感じで作っていくんです。正直、最初は全然感じが掴めないんですよ。なので一豪さんやプロデューサーの柴田さんと相談しながら書き始めて、「あ、こういう作品なんだな」という雰囲気が掴めてから自分で書いていくんです。昔は参考曲があったので、それにすがっていればよかったんですけどねえ。
上田:そうそう、僕が「こんな感じの曲をイメージして詞を書いています」という参考曲を渡していたんです。一旦その曲を聴いてもらって、彼のフィルターを通して出てきたものを整理していくという流れでした。でも最近は参考曲が尽きてきちゃったので、0から作るために一緒にいろんな曲を聴いて、柴田さんも含めてみんなで延々と話しながら作っています。
ーー彩吹さんから見て、このお二人のタッグはどんな印象ですか?
彩吹:眩しいです。
上田&小澤:(爆笑)。
彩吹:いや本当に! フリーダもそうですけど、アーティストの方が作って残していくものは財産として蓄積され、語り継がれ、音楽なら聴いてもらうことができる。そうした創造する人生がずっと繋がって今に至り、お二人がクリエイトしていく姿は「眩しい」というのが私にとってベストなんです。これから歳を重ねられてどんなものを作っていかれるんだろうと、一人のミュージカルファンとして期待しちゃいます。
お稽古場でのみなさんのやり取りからも、もっと更新していいものを目指そうとする飽くなき探究心が感じられるんです。その姿を見て「いいなあ」「羨ましいなあ」ってしみじみしちゃう。一豪さん、小澤さん、柴田さんの3人が年月を重ねて作品を残していく姿は、ドラマにしてほしいくらいです!
上田:ドラマといえば言わせてください。僕は家庭に対してすごく不義理をしてきているので、いつか妻が朝ドラで描かれたら報われるなあって思うんです(笑)。
小澤:そんな時代はこないよ!(笑)
上田:え、こないの!?
彩吹:いやいや、わからないですよ!
小澤:少なくとも朝ではない。夜10時とかだって!
上田:あ〜確かに(笑)。でも100年後の大河ドラマならいけるかもしれないよ。
彩吹:じゃあ、一豪さんにはそのドラマの脚本を書いていただきましょう! 妄想がどんどん広がりますね(笑)。
(左から)小澤時史、彩吹真央、上田一豪
ーー3年ぶりの再演となる本作ですが、初演を経て再び挑みたいという想いがあったのでしょうか?
上田:そうですねえ。僕、書きたいものは全部書いてしまうので、どうしても長くなっちゃうんですよ。その日にできあがった曲を2時間くらいで一気にステージングしていくので、せっかく作ったからと思うと削りたくなくなっちゃうんですね。でも俯瞰してみると「ここはもっと削っていい構成にできるな」とか、新しい動きや音楽の使い方が見えてくる。全体的な密度をもっと上げたいという想いはありましたね。
ーー彩吹さんはもう一度フリーダ・カーロを演じるとなったとき、どう思いましたか?
彩吹:初演時は必死で、お稽古が始まると毎日追われていました。覚えたことを表現するだけじゃなく、フリーダとして存在しようと、それだけでいっぱいいっぱいだったんです。再演では身体に染み付いているものがあるので少し余裕も出てくるのですが、その分「こんなところを取りこぼしていたなんて」「どうしてこのときの感情であんなセリフの言い方をしちゃったんだろう」と、いろんな発見があります。自分ではない人を演じることは嘘の塊かもしれませんが、実在の人物のフリーダが味わったであろう痛みや苦しみや喜びを1ミリでも近く実感して、嘘なく演じることにチャレンジするのが今回の再演かな、と。
上田:実は僕、実在の人物を描くことがすごく苦手なんです。自分という人間が生きているときに、その人が何を考えているかなんて絶対誰にもわからないでしょう。だからこそ人が人を書くことは無責任で失礼な気がするので、すごく抵抗があるんです。だけど、フリーダ・カーロは「それでも書きたい、この人を描きたい」と思わせてくれる人だった。彼女のことを知れば知る程、こんな風に生きられたらかっこいいなと思ったんです。ジェンダーギャップが激しい日本では今でこそ女性が自立して活躍しているけれども、そんなこと関係なく自由に生きた人がいるということが、今の僕らにとってすごく鮮烈だと思うんです。実際、フリーダ・カーロに出会った人たちはみんな彼女に魅了されてきたわけですから。
上田一豪
ーーフリーダ・カーロの人生はとても壮絶なものですが、本作は決して暗く重たい作品ではなく“祝祭劇”という形でミュージカル化しているのが魅力的だと思いました。
上田:メキシコ人は現代日本で生きる我々と比べると、おおらかでファンタジックな価値観を持っている人たちなんです。劇中、死者の魂を迎える「死者の日」にフリーダについて彼女を取り巻く人々が語るのですが、メキシコの風土や文化として“死”そのものが忌むべきものじゃないんですよね。その空気感が欲しくて“祝祭劇”という形にしました。痛ましい事故が起きたりいろんな人が死んだりするけれど、それをドライに俯瞰している人たちが茶化している。そんな空気を作りたかったんです。だから、小澤くんには音楽の曲調もあえてふざけた感じにしようと提案しました。
小澤:そうでしたね。バスの事故やフリーダとディエゴの結婚式のシーンについては、「小澤くんがふざけて適当に弾いている感じで作った方がいい」と言われたのを覚えています(笑)。
上田:フリーダ自身がそうだったように、痛みや苦しみをエネルギーにしたかったんですよね。堀尾眞紀子さんというフリーダ研究の第一人者の方もおっしゃっていたのですが、「フリーダにはバラスト(船を安定させるために積む重量物)がある」と。つまり、彼女の根底には痛みや苦しみという負のエネルギーがある。その負のエネルギーを引っ張り上げるからこそ生まれるものを、音楽の中で表現できたらいいなあと。
ーーメキシコ特有の空気感は、ダンスシーンでも表現されているそうですね。
上田:僕らにはラテンの空気感はなかなか出せないので、競技ダンスの学生選手権で優勝経験を持つ髙橋莉瑚ちゃんに初演時から指導をしてもらっています。ダンスはもちろん人との接し方や距離感などを教えてもらっているのですが、今回もワークショップを通していろんな発見がありました。
彩吹:コロナ禍だから余計そうなのかもしれないですけれど、日本人って肌と肌が触れ合うことに照れたりしますよね。でもメキシコの人にとってはハグやキスさえも挨拶という、文化の違いがあります。なのでその文化に慣れるために、稽古の最初に男女で肌を寄せ合って自由に踊る時間を取り入れているんです。1日目はぎこちなかったです。2日目もぎこちなかったです(笑)。でも3日目くらいになったらみんな照れなくなってきたし、アドリブを効かせてくれる男性が増えてきたのが面白かったですね。基本的に男性が女性を誘って、組んでからも男性がリードして女性をいかに気持ちよく踊らせられるか、ということをするんです。そうした文化の違いを莉瑚ちゃんが指導してくれる時間が、すごくありがたいですね。
彩吹真央
ーー彩吹さん、上田さん、小澤さんは、職業は違えどみなさん表現者だと思うんです。それぞれの視点から見た、フリーダ・カーロのアーティストとしての魅力を教えていただけますか?
小澤:作品を作る際に自分が感じたことや人生を上手に切り取ることって、結構難しいんです。僕も音楽を作るのでやってはいるんですけれど、それが素敵なものにならないこともあります。フリーダはそういった切り取りが素直にできていて、さらに自身の内面も付加して作品に反映しているところがすごいなと思います。僕らは映画や舞台を観ることで疑似体験はできるけれど、本当に体験したことは本人にしかわかりません。それを自分のフィルターを通して切り取れて、見る人に伝えることができるというのは、表現者としてすごいことなんです。絵と音楽は違いますけれど、そんな風に僕も表現できたらいいなと思います。
上田:フリーダ・カーロについてすごいなと思うのは、彼女が人に見せるために絵を描いていないというところ。僕なんて本当に小さい人間だから、誰かに見てもらって評価される前提で作るんですよね。自分が表現したいものはあるけれども、よく思われたいと思って作ってしまうところがある。一方フリーダは、ただただ自分の想い、痛み、苦しみ、夢、希望をキャンバスに描き込んでいく。もちろん彼女も評価されたいと思っていたかもしれないけれど、決してそこがゴールではなかったというのがすごくかっこいいし、憧れます。僕は自分のことをアーティストだとは思わないけれど、彼女は真のアーティストなんだなと思いますね。
彩吹:フリーダは幼いときから右足が不自由になって、18歳のときには死んでもおかしくないくらいの大怪我をしました。それでも復活して、生きて、さらに女性としても満たされたいという想いを持ち続けた。彼女は自分自身を描くことによって、その時々の想いを白いキャンバスにさらけ出したのだと思います。劇中、彼女が亡くなる少し前にメキシコで個展が開かれるシーンがあります。そのシーンでフリーダを演じているときに、ようやく周りの人たちにアーティストとして認められたという実感があったんです。それこそが、彼女が真のアーティストになれた瞬間だったんじゃないかなと、初演のときに演じながら思いました。彼女が亡くなってからもこうして異国の地で蘇っていることを、きっと喜んでくださっていると信じています。
ーー最後に、公演を楽しみにしているお客様へメッセージをお願いします。
小澤:僕はTipTapで演奏をするときに、必ず奇跡を起こさなければと思って演奏しています。人が生まれるだけでものすごい奇跡だと思いますし、ましてやフリーダ・カーロの壮絶な人生はある意味で本当に奇跡的だと思います。その奇跡的な人生をしっかり届けたいです。そしてストーリーだけでなく、自分やそれぞれの役者が生きている証も感じてもらえるような公演になったらいいなと思います。
上田:ゆみこさんを通して、フリーダという人が目の前にいる空間をみなさんに体験していただけると、人生に彩りが溢れたり、活力がもらえたりするんじゃないかなと思います。フリーダが同じ地球に生きていた人なんだということが、ドドンとお客様に届くといいなと。初めて観る人は「何だこの人は」と思うかもしれません。でも、作品を通してフリーダに興味を持ってもらって、帰り道に「フリーダ・カーロ」とスマホで検索してもらえたら僕の中では成功。そんな風に作品をお届けできたらいいですね。とにかく、エネルギーを浴びに劇場へいらしてください。
彩吹:今はなかなか海外へ行くことができませんが、きっと作品を通してメキシコに来た気分になれると思うんです。フリーダたちが生きたメキシコの風土を感じていただけるように、初日に向けてお稽古を頑張っていきます。池袋のメキシコでお待ちしています!
取材・文・写真=松村 蘭(らんねえ)
公演情報
彩吹真央
今井清隆 石川 禅
遠山裕介 田村良太 綿引さやか MARIA-E
鎌田誠樹 飯野めぐみ 田中なずな
Key:小澤時史 Gt:大里健伍 Vc:井上貴信
2022年6月30日(木)~7月3日(日)
6月30日(木)14:00公演/19:00公演
7月01日(金)19:00公演
7月02日(土)13:00公演/18:00公演
7月03日(日)13:00公演
■料金:全席指定:9,500円
■振付:美木マサオ 髙橋莉瑚/美術:柴田麻衣子
■照明:関口大和(ASG)/音響:高橋秀雄(Entr’acte Inc.)
■衣装:梅津佳織/ヘアメイク:前田紗良
■美術製作:三井優子/舞台監督:上田光成(ニケステージワークス)
■演出部:キャサリン・バンパッテン 藤岡敬枝
■Web:相澤祥子/制作助手 島田 糸
■プロデューサー:柴田麻衣子
■主催 株式会社Cue Company
メキシコを代表する女流画家フリーダ・カーロ。沢山の男と浮名を流し、自らをキャンパスに描き込んだ。バスの事故で脊髄を損傷し、その大半を激痛と共に過ごした華々しくも痛々しい彼女の人生。彼女を取り巻く人々の証言から浮かび上がる彼女の本当の姿。
そして彼女が語る真実。誰よりも生に執着しながら死を願った彼女が辿り着いた人生の終わり。死者の魂を迎える死者の日に彼女を迎え、語り合う祝祭劇。