井上芳雄「役や作品との出会いは自分の世界を広げること」~KERA・MAP#010『しびれ雲』インタビュー

インタビュー
舞台
2022.9.22
井上芳雄  撮影:引地信彦

井上芳雄  撮影:引地信彦

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劇作家・演出家ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が、主宰劇団「ナイロン100℃」以外の演劇活動の場として2001年にスタートした「KERA・MAP」の第10回公演『しびれ雲』が、2022年11月6日(日)〜12月4日(日)下北沢 本多劇場で上演される(その後、兵庫・北九州・新潟を巡演)。

KERA・MAPとしては約3年ぶりの公演で、今作は前回公演『キネマと恋人』の舞台となった架空の島を舞台に、全く異なるトーンの作品が描かれるという。出演者には、本多劇場初出演となる井上芳雄を始め、多方面で活躍する俳優陣が名を連ねている。

作・演出のKERAは今作の創作について「今回、豆腐を作ってみる」とコメントを寄せている。一体どんな作品になるのだろうか。井上芳雄は、KERA作品へは2017年の『陥没』が初参加、2020年の『桜の園』は舞台稽古までやりながらも新型コロナウイルス感染症拡大の影響で全公演中止となった経緯があるが、約2年ぶりとなるKERA作品参加への意気込みを聞いた。

初めてのKERA作品では毎日「楽しいね」と言いながらお芝居をしていた

ーー井上さんが初めて参加したKERAさんの作品は『陥没』でした。今改めて振り返ってみると、初めてのKERA作品はどんな世界でしたか?

台本を書きながら稽古を同時進行していく、しかもご自身で演出されるというスタイルの作品は初めてでした。「こんなことを出来る人が今の日本の演劇界にいるんだ」と自分にとっては初めてでびっくりする経験でした。とにかく上がってくる本が面白いんですよね。でも書かれていることは荒唐無稽というか、「これをどうやって舞台上で表現するんだろう」と思うようなことも多々あったのですが、その解決方法が結構アナログ的なシンプルな手法で、演劇的といえば演劇的なんですけど、それでちゃんと成立して非常にクオリティの高いものができていく過程は、ちょっと魔法のような感じではありました。

ーー『陥没』では、井上さんのこれまでにないアンニュイな雰囲気が出ていたように感じました。

KERAさんの作品が初めてだったのであまり客観的には見られなかったですね。KERAさんの台本はキャストにあて書きされている部分もあるので、それぞれの個性が生かされているな、ということは感じていました。あと、KERAさんも「ちょっとウケすぎだな」って言うくらい、本番でお客様が大爆笑してくれて、お客様との呼吸が合っているなと感じました。だから、共演者の小池栄子ちゃんとも毎日「楽しいね」って言いながらお芝居していました。

ーーまたKERA作品に出演したいという思いはその時に既に芽生えていらっしゃいましたか。

そうですね。それまでは、もちろんKERAさんのことは存じ上げていましたし、作品も拝見したことはありましたが、正直あまり自分とご縁がある方だと思っていなかったので、『陥没』でお声をかけていただけて驚きました。ご一緒してみて知れば知るほど、こんなに面白いものが作れるんだ、演劇ってやっぱりすごいんだ、信じていいんだな、と希望を感じるくらい、自分にとっては大きな出会いだったので、またご一緒させてもらえるのなら、ということは思っていました。そのときからずっと、KERAさんは音楽にも精通していらっしゃるから、ぜひミュージカルも作っていただきたいなと思っているんですけど。もちろんミュージカルじゃなくても、どんな作品でもご一緒したいなと思っています。

下北沢の「演劇」と日比谷の「演劇」の両方を行き来できれば

ーー2020年4月にはKERAさん演出によるチェーホフの『桜の園』にご出演の予定でしたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で公演が中止となってしまいました。

『桜の園』は本当に残念としか言いようがないですね。コロナ禍の初期の頃で、僕たちもよくわからないまま中止になってしまったという感じでしたが、お客様の前で上演は出来なかったけれども、作品自体は舞台稽古までして出来上がっていたので、KERAさんのチェーホフを経験したという気持ちではいます。ちょうど『桜の園』の稽古をやっているときに、今作の話をKERAさんからいただいたんです。と言っても、KERA・MAPの作品を本多劇場でやる、ということぐらいしか決まっていなくて、どんな感じの作品か、僕の役がどうなるかもまだ全然わからない状態で、でもそんなことは構わないので出たいです、とお返事しました。「芳雄は本多劇場に出たことある?」と聞かれて、僕はそもそも下北沢の劇場には出たことがないと言ったら、じゃあこれがいい機会になるね、ということも言われました。

ーー確かに、井上さんが下北沢で舞台に出演されるというのは全くイメージがない分、ひとつ驚きでもありますね。

舞台を見に行ったことはもちろんあるんですけどね。なかなかミュージカル系はやらないですし。でも、別にどこの劇場には出るとか出ないとか、決めてるわけじゃないですよ(笑)。劇場の大きさもあまり気にしてないですし、ご縁があったらどこでも出たいとは思っています。

KERA・MAP #010 『しびれ雲』

KERA・MAP #010 『しびれ雲』

ーー本多劇場に対する印象は何か持っていらっしゃいますか。

KERAさんもホームのようによく使っていらっしゃるし、みなさん「すごくいい劇場だ」っておっしゃいますよね。あとは本多グループの本多さんの心意気といいますか、特にこのコロナ禍で苦しい中やられていることは尊敬しますし、そういう劇場に立てるというのはすごく嬉しいなと思います。何度も足を運んだことはあるので、観客の立場として見やすい劇場であることはよくわかっているんですが、役者の側からしてもいい劇場というのはどういうことなのかは、実際に舞台に立ってみないとわからないですし、ニュートラルな状態で臨みたいなとは思っています。

ーー下北沢に初進出の井上さんご自身も、そしてもしかしたら下北沢に行くのは初めてという方も多いかもしれない井上さんファンにも、演劇の街としても発展してきた下北沢を街ごと楽しんでいただけたらいいなと思います。

下北沢を語るときに使われる「演劇」と、僕が出ることの多い日比谷で語られる「演劇」は、同じ「演劇」だけど規模とかジャンルとか観客の層とかが違うのかなと思うのですが、でも本来は同じ演劇ですし、役者も観客も両方を行き来したらいいと思うんですけど、今はあまりそうはなっていない気もします。日比谷の演劇を楽しんでいるお客様も、今回の公演をきっかけでもいいので下北沢の演劇を体験してもらいたいし、逆もしかり、というふうになったらいいかなと思いますね。

KERAさんが何に興味があって何が好きなのかは僕も知りたい

ーー今作は『キネマと恋人』の島が舞台ということですが、そこからどんな物語になるんでしょうね。

『キネマと恋人』は、架空の島で架空の方言を話していて、とても素晴らしい作品だったことをよく覚えています。あの作品と同じ島が舞台ですし、とにかくKERAさんが考えている面白いことをやれるのはすごく楽しみではありますね。どんな内容になるのか、今のところは全くわからないですけど、宣伝ビジュアルの感じは一種独特の、昭和の映画みたいな感じで、そういう感じになるのかな? とは思っていますが。

ーーKERAさんの新作の場合は先ほどもお話しがあったように、お稽古と同時進行で本が上がってくることが多いと思います。本がないと事前の準備ができなくて大変なのでは、なんて思ってしまうのですが、井上さんはそのあたりは、特に下準備がなくても上がってきたばかりの本にすぐ対応していけるのでしょうか。

できる時もあればできない時もあるんですけど(笑)。でもすぐには出来なくても、稽古期間の間にみんなで形にしていけばいいことだと思っています。今作についてのKERAさんのコメントを読んだら、小津安二郎とか岸田國士とかアキ・カウリスマキとか名前が挙がっていたので、そのあたりは見たり聞いたりはしておきたいなと思いますね。KERAさんが何に興味があって何が好きなのか、というのは僕も知りたいなと思うので。基本的に役とか作品との出会いというのは、自分の世界を広げることとイコールだと思っています。特に僕の場合はストレートプレイをやるということ自体がちょっと帯を締め直すというか、今回ご一緒する初めての方もたくさんいらっしゃるし、そのあたりは緊張しますね。

ーー初めての方が多い座組にご出演されるときは、どのようなことを感じながらお稽古され、そして本番を迎えているのでしょうか

皆さん本当に技術がある方ばかりで、しかも出自はバラバラなのでテイストとか得意とされていることはそれぞれ違って、学ぶべきところは多いのかなと思います。自分はお芝居だけをやってきているわけではないので、どうしても足りないことは多いと思うのですが、とにかく足を引っ張らないようにということは毎回思っています。KERAさんの演出は、ちょっとした語尾だったり、ニュアンスにこだわって「ここを強調した方が面白いから」ということの積み重ねなイメージがあります。誰かひとりでも欠けたらその世界はうまく成立しないという、チームワークが大事な印象も受けました。

井上芳雄  撮影:引地信彦

井上芳雄  撮影:引地信彦

今作は豆腐? 「どういう調理の過程を経て世に出されるのか楽しみ」

ーーKERAさんの今作へ寄せたコメントの中で「これが50代最後の戯曲、最後の公演になる」とあって、非常に若々しくて全然年齢を感じさせないだけに、もうすぐ還暦になられるのか、と衝撃をうけました。

KERAさんのことを昔から知っているわけではないですけど、年齢も含めていろいろ超越していらっしゃるなと思います。僕が尊敬しているのは、毎回物を作り出すだけでも大変だと思いますが、ジャンルとか方向性とかテイストとか、多分あえて毎回同じことはしないようにされていると思うんです。そうやって自分に負荷をかけているからこそ、ますます進化していらっしゃるんだろうと思います。あと、古い昭和の喜劇人とかミュージシャンの方とかに興味を持っていらっしゃって、現代の芸能にも脈々とつながっている演劇や大衆文化の歴史を自分でかみ砕きながら、それを作品として昇華しているのはやっぱりKERAさんの才能だし、憧れもあります。

ーーそんなKERAさんが今回は「豆腐を作ってみる」とおっしゃっています。どんな作品になると想像されていますか。

うーん、全然イメージがわかないんですけど……(笑)。でも『陥没』のときに印象的だったのが、「稽古中に演技を教えたりする余裕も時間もない、だからうまい俳優とやりたい」っておっしゃっていたんですね。自分がどうこうというのは置いておいて、他の出演者の皆さんはきっといい大豆なんだと思うんです。いい大豆を集めてちゃんと調理して、でも今回は派手なものではなくて煮て潰して、というシンプルな過程で作品を作ろうとしているんだと思うんです。自分たちがどういう調理の過程を経て世に出されるのか、というのは楽しみですね。

ーーKERAさんの作る豆腐ですから、一筋縄ではいかなそうですけど(笑)。

まあ、そもそも豆腐になるかもわからないですからね(笑)。作ってみたら、豆乳とか湯葉とか、違うものになるかもしれないし。でも、KERAさんの作品のクオリティに対する信頼はすごいありますから。

ーーでは、最後に今作への意気込みをお願いいたします。

上演がかなわなかった『桜の園』から2年程経て、またKERAさんとご一緒できることが嬉しいです。毎年精力的な創作活動をしているKERAさんが、また新しいものを作ろうと思ってくださっていること自体が尊いというか嬉しいと思うので、そこに自分も入れてもらえて、こんな幸せなことはないなと思っています。明日どうなるかもよくわからない世の中で、もちろん無事に上演できて最後までやれることを願っていますが、それだけに関わらず今回のカンパニーの皆さんと一緒にKERAさんの作る世界の中で右往左往して泣いたり笑ったりできること自体が、ただただ幸せな時間になるんじゃないかなと思っています。皆さんが必ずびっくりして楽しんでくださるようなKERAさんの世界を体験してもらえると思います。劇場でお待ちしています。

取材・文=久田絢子

公演情報

KERA・MAP #010 『しびれ雲』

作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:
井上芳雄 緒川たまき ともさかりえ 松尾 諭 安澤千草 菅原永二 清水葉月 富田望生 尾方宣久 森 準人 石住昭彦
三宅弘城 三上市朗 萩原聖人
 
日程・会場:
【東京公演】2022年11月6日(日)〜12月4日(日)下北沢 本多劇場
※東京公演一般発売:2022年9月24日(土)
【兵庫公演】2022年12月8日(木)〜11日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【北九州公演】2022年12月17日(土)〜18日(日) 北九州芸術劇場 中劇場
【新潟公演】2022年12月24日(土)〜25日(日) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
 
お問合せ:キューブ 03-5485-2252(平日12:00~17:00)
公演の最新情報はこちら:http://www.cubeinc.co.jp

企画・製作:キューブ
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