角野隼斗はFUJI ROCK登場で際限なく広がるフィールドを感じさせた
角野はロックフェスとしては不思議なくらい静かなステージに現れた。
やや緊張の面持ちでステージ中央へ向かい、見守るような視線の中シンセの低音を山間に響かせ浸透させると、観客の集中度は自ずと高まる。ピアノが叩くイントロは「死の舞踏」。
「天国〈フィールド・オブ・ヘブン〉で死の舞踏とはね(笑)」
わかっていても目の当たりにするとニヤッとしてしまう。
セットリストを構築する中で1曲目をどうするかはどのアーティストも大変だ。おそらく今日は自身の音楽に対して予備知識のない聴衆に向けて掴む曲だ。事前打ち合わせの時には、「ロックのカバーをしても良いのでは?」との話もあった。クラシックのみならず、JAZZ、本拠地Youtubeでは多くのPOPSカバーをしている角野だ。ロックのスタンダードをやっても媚びを売るようなことではないしある種FESに対し真摯な姿勢じゃないかとも。
しかし角野は1曲目にクラシックを選んだ。それを自らの体内を通した形で表現する方法で。
いつからか“鍵盤ランド“とSNS上で呼ばれるようになった、グランドピアノ、アップライトピアノ、キーボード、moogシンセサイザー、他種々の鍵盤楽器で周囲を囲むスタイル。様々な出会い、数々の影響から創作の具現化のために導入されたそれら“鍵盤”たちを駆使する。FUJI ROCKでの一つの表現目的として当然のアイディアだ。
6月に参加した“日比谷音楽祭“出演後に、ある感触を掴んでいたようだった。色々と考えをめぐらしたがFESでは自身の発する最も強いもので勝負するしかないだろうと。
シンセによるイントロダクションが幽谷に響く中意を結したように挨拶。
「角野隼斗と申します、今日は楽しんで行ってください」
申します、、って、場違いな言い方だな(笑)。いつもの通りの誠実な挨拶をしてピアノに向かう。シンセのカットアウトと共にピアノが不穏で不気味、しかしリズミカルなメロディを奏でた。
“キャッチー“だ。
自身の最大の武器であるピアノの音をこの野外で最大限に響かせる、打鍵は強い。この曲を初めて聴く人々に“なんだか凄いぞ“思わせる強さをもった曲。角野のレパートリーの中でBESTな1曲目が選ばれたと感じる。
ルーパーを駆使し、アップライトピアノはマフラーのフェルトを改造、工夫して貼り付けたエフェクト素材が仕込まれた。「今弾いている楽器は何!?」という音が刹那に耳をくすぐる。たとえクラシックと呼ばれる楽曲を弾いているときも油断は禁物だ。リズムの変化と共にナチュラルに組み込まれたチック・コリアはもはや定番か。曲の端々に自由な「今ここに入れて何か問題ある?」と言わんばかりに現れる咀嚼された音楽の登場は、後からその仕込まれた数々を“あーだこーだ“言う楽しさを与えてくれる。「あれ!今知ってる曲入ってなかった?」という出会いは音楽ファンにはとても嬉しいものなのだ。
この一巡は、戻ってきた時のグランドピアノの演奏の美しさを際立たせる。ドラマティックな展開に比してあっけない終曲。この終わり方も曲選びとしては最高だ。前のめりに固唾を飲んで聴いてきた聴衆がふっと弛緩するのがわかる。割れんばかりの拍手!と思いきや、ややまばら(笑)。
いいのだ!この今何見てるんだろうという動揺こそが角野隼斗の真骨頂なのだ。