團十郎の時間軸に運命を感じる~市川海老蔵から十三代目市川團十郎白猿へ『十一月吉例顔見世大歌舞伎』『十二月大歌舞伎』取材会レポート

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2022.11.6
市川團十郎

市川團十郎

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十三代目市川團十郎白猿が誕生した。「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」と冠された、2022年11月7日(月)開幕『十一月吉例顔見世大歌舞伎』と、12月5日(月)開幕『十二月大歌舞伎』に先駆けて、取材会が行われた。『勧進帳』でつとめる武蔵坊弁慶、襲名披露興行に感じる運命、そして歌舞伎の家に生まれた子どもの頃の思いを語った。

■團十郎の時間の流れの中で

取材会は、公演を支えるすべての関係者、集まった記者たちへの感謝の言葉ではじまった。2020年5月に予定されていた襲名が、2年半延期された。その後「2022年11月からで」との話を受け、いよいよはじまる。モチベーションも高まっているのでは、と意気込みを問われると、「運命だと思っています」と落ち着いたトーンで答えた。

「2022年は、七代目團十郎が『歌舞伎十八番』を制定して190年。祖父の十一代目市川團十郎が團十郎となり60年。また、三代目、四代目、五代目、六代目、七代目團十郎は、11月に襲名をしております。オリンピックが開催された2020年5月の予定が、世界的なパンデミックのために2022年11月となったわけですが、歴史を紐解いてみれば、図らずも團十郎の節目の年、節目の月。團十郎には團十郎の時間軸があり、私もその流れに乗っている。運命なのだな、と感じます」

■『勧進帳』武蔵坊弁慶で團十郎へ

「『歌舞伎十八番』は、我が家にとって大変重要な演目です」

襲名披露の演目として、「歌舞伎十八番」の内『外郎売』『勧進帳』『矢の根』『助六由縁江戸桜』『毛抜』が上演される。團十郎の名前で最初につとめる役は、父である十二世團十郎より教わった『勧進帳』武蔵坊弁慶。記者から、具体的にどのような教えがあったのか問われると、一瞬困った様子をみせた。あまりに多くを教わったからだ。

「観世宗家の『安宅』を、七代目團十郎が歌舞伎にしたものが『勧進帳』。かつては縞模様の水衣だったけれど、九代目から、梵字があしらわれたものになったんだよ……など本当に基本的なことから一つひとつ丁寧に教わりました」

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

花道に登場する「出端」から、最後の「飛び六法」まで、見せ場が続く。

「たとえば『山伏問答』は、仏教用語の会話です。弘法大師空海が、遣唐使となり中国へ渡り、恵果阿闍梨から受けた教えを日本に持ち帰った。それを前提に真言密教の山伏だけが分かるような話をしています。父は、“はじめから意味が分かるものではない。耳で覚えてしまうことが大事”だと」

知識のインプットだけではない。源義経、富樫左衛門、四天王などの役で、10代の頃から『勧進帳』を肌で感じてきた。

「そのたびに25日間、先輩方と同じ舞台に立たせていただき、先輩方の芸を間近に見る。弁慶をつとめる父の息、高麗屋(松本白鸚)のおじさまの息、天王寺屋(中村富十郎)のおじさまの息、松嶋屋(片岡仁左衛門)のおじさまの息を、感じて学ぶ。その環境にいるところから修行ははじまっています」

中でも、弁慶を演じる上で大切にしているのは義経への思い。

「大切なのは義経を守る心。若く優秀な武将の義経は、すでに絶体絶命で死を覚悟しています。少し年上で高僧の経験があり、武勇に長けて愛情深い。そのような武蔵坊弁慶という男が義経に惚れ、惚れたからこそ命がけで守る。この気持ちが『勧進帳』弁慶をつとめる時の絶対的なベースです」

11月は昼の部で『勧進帳』の弁慶、夜の部で『助六』の花川戸助六をつとめる。どちらも回数を重ねてきた大役だ。

「200回、250回を超えると身についてくる、と先輩方はおっしゃいます。それを超えると変わるものがある。役が見えてくる。古典芸能の役者や、ロングラン公演でひとつの役をなさってきた俳優の方々だけに見える世界だと思います」

しかし、そこがゴールではない。

「役が見えてきたと思っても、今日はいい格好をしたい。素敵にやってみよう、などと、つい欲が出てしまう。できたことができなくなったりもする。それをしない努力ができるかどうかなのでしょうね」

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

『外郎売』は11月に、『毛抜』は12月に、息子の八代目市川新之助の初舞台として上演される。

「私は7歳で『外郎売』をやりました。それを継いで、彼も2019年に7歳でつとめました。9歳になった彼が、自分はこれをやりたいんだ、と『毛抜』に挑戦します。9歳で粂寺弾正をつとめることに、色々なご意見をおもちの方もいらっしゃいますが、我が家にとっては『毛抜』も『外郎売』も同等に素晴らしく、同等に重い演目です。おじいちゃんやパパみたいになる、と彼が意気込み、挑戦する。その思いを汲んでいただければ。私は、彼にはそれをやれる力があると思っています」

■王道でありながら異端であり続ける

26歳から海老蔵を名乗り、現在44歳。

「多くの方がこの年齢では経験しないであろう、うれしさも苦しさも味わったように思います。一人の人間として色々な体験をし、役を演じる上でも影響された部分はあったかもしれません」

海老蔵時代の"レガシー"を問われると、2008年に手がけた復活狂言『雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)』を挙げた。

「二代目團十郎が、のちに歌舞伎十八番となる『鳴神』『毛抜』『不動』の3作を、ひとつの物語にした演目です」

オリジナルは上演が途絶えていたこと、また、現代の感覚にあった上演時間におさめる必要性を感じたことから、「同世代のスタッフたちと、新しい脚本と演出で再構成」して上演した。好評を博し、再演が重ねられている。

「レガシーとのご質問の答えになるか分かりませんが、『雷神不動北山櫻』は、座頭公演をやらせていただくようになり、初めて皆様に受け入れていただけたと感じられた演目です。いずれ倅にもやってもらえたら」

【特別CM】市川海老蔵改め十三代目 市川團十郎白猿襲名披露 八代目 市川新之助初舞台

9年ぶりに復活する、團十郎という歌舞伎界の大名跡。

「戦後、歌舞伎は伝統文化のかたちで歩んできました。ですから2022年を生きる皆さまの『團十郎』への認識は、『格式がありそう』『なんかすごそう』といったイメージが多くを占めているかもしれません。伝統文化ですからそれも大事なことだと思います」

しかし、自身で思い描く團十郎像は、伝統と格式だけではない。

「團十郎にも初代がいて二代目がいて、その情熱が、荒事を生み出し構築しました。代々の團十郎は革新的な姿勢を忘れることなく、伝統を受け継いでいます。王道でありながら異端であり続ける。それもまた團十郎として目指す姿だと思っています」

■歌舞伎役者、市川團十郎として

物心がついたころから、歌舞伎俳優としての意識があった。

「我々は生まれたときから歌舞伎俳優です。お母さんのお腹にいる時から歌舞伎の音を聞き、生まれた時から目でみて生きていける。その経験が、歌舞伎役者として必要だと皆が判断しているから、世襲制は続いているのではないでしょうか」

歌舞伎の家に生まれた人にしか分からない思いもある、と言う。

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

「私が子どもだった頃は、苦しさと喜びの両方がありました。同年代の友だちがパイロットになりたい、あれになりたい、これになりたいと夢をもつ頃、僕もふつうの子どもですから、夢はもちます。もちはするけれど、“それはない”という諦め。同時に、“でも自分には歌舞伎というすばらしいものがある”という希望がありました」

配役を見れば、幹部から花形まで主役クラスの俳優たちの名前がずらりと並ぶ。

「歌舞伎界、演劇界全体にとって大変な状況が続いています。皆さんの中に危機感があり、歌舞伎界を盛り上げていこう、というお気持ちがあるから、素晴らしい先輩、同輩、後輩が、出演してくださいます。すべての方々に感謝します」

この先、團十郎として果たすべき役割は「その日その日を懸命に生きること」。そして「あえて大きく構えるなら、日本の文化を伸ばしていくこと」。

「子どもの頃から、父のそばで時の総理大臣の方々のお話をうかがう機会が数々ありました。皆さんが口を揃えておっしゃるのは『経済と文化は両輪』ということ。文化をおき去りにして、経済だけが成長することはない。経済をおいて文化だけが成熟することもない。どちらかが伸びれば、どちらかもついてくる。日本の文化のひとつ、歌舞伎を伸ばしていけるように努めてまいります。それが経済の成長につながり、日本が不安を感じずに過ごせる国となれば。これも團十郎のお役目だと思います」

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

歌舞伎座「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」特別チラシ

歌舞伎座「十一月吉例顔見世大歌舞伎」は、11月7日(日)から28日(月)まで、「十二月大歌舞伎」は12月5日(月)から26日(月)まで。海老蔵が團十郎となり、勸玄が歌舞伎俳優の市川新之助として初舞台をふむ門出の公演。あらたなる團十郎と新之助に、客席からエールをおくりたい。

取材・文・撮影=塚田史香

公演情報

市川海老蔵改め
十三代目 市川團十郎白猿襲名披露

『十一月吉例顔見世大歌舞伎』
八代目 市川新之助初舞台
日程:2022年11月7日(月)~28日(月)
会場:歌舞伎座
 
【休演】14日(月)、21日(月)
【貸切】昼の部:26日(土)、夜の部:12日(土)

昼の部 午前11時~
 
一、祝成田櫓賑(いわうなりたこびきのにぎわい)
 
鳶頭梅吉:中村梅玉
鳶頭智吉:中村鴈治郎
鳶頭信吉:中村錦之助
芸者松葉:中村孝太郎
芸者梅香:中村梅枝
鳶の者萬吉:中村萬太郎
同 曉吉:中村種之助
同 鷹吉:中村鷹之資
手古舞おたき:市川男寅
同 おたか:中村莟玉
同 おふじ:中村玉太郎
若い者虎造:市川青虎
頭取松蔵:片岡松之助
町役人寿兵衛:市川寿猿
頭取錦兵衛:松本錦吾
女伊達沢潟おえみ:市川笑三郎
男伊達久住の良蔵:市川猿弥
女伊達明石のお廣:大谷廣松
男伊達滝野屋男女蔵:市川男女蔵
男伊達高嶋右團次:市川右團次
女伊達四ツ紅葉のお門:市川門之助
女伊達四ツ花菱のお高:市川高麗蔵
男伊達山崎屋権十郎:河原崎権十郎
芝居茶屋女房お栄:中村福助
芝居茶屋亭主輝右衛門:坂東楽善
芸者時乃:中村時蔵
 
野口達二 改訂
二、歌舞伎十八番の内 外郎売(ういろううり)
八代目市川新之助初舞台相勤め申し候
 
外郎売実は曽我五郎:初舞台 市川新之助
大磯の虎:中村魁春
小林妹舞鶴:中村雀右衛門
化粧坂少将:中村孝太郎
遊君喜瀬川:中村児太郎
遊君亀菊:大谷廣松
梶原平次景高:中村鷹之資
茶道珍斎:片岡市蔵
梶原平三景時:市村家橘
小林朝比奈:市村左團次
工藤祐経:尾上菊五郎
 
三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
 
武蔵坊弁慶:海老蔵改め 市川團十郎
源義経:市川猿之助
亀井六郎:坂東巳之助
片岡八郎:市川染五郎
駿河次郎:尾上左近
常陸坊海尊:片岡市蔵
富樫左衛門:松本幸四郎
 
後見:市川齊入

夜の部 午後4時~
 
一、歌舞伎十八番の内 矢の根(やのね)
 
曽我五郎:松本幸四郎
曽我十郎:坂東巳之助
馬士畑右衛門:中村吉之丞
大薩摩文太夫:大谷友右衛門
 

十三代目市川團十郎白猿
二、八代目市川新之助 襲名披露 口上(こうじょう)
 
海老蔵改め市川團十郎
初舞台市川新之助
松本白鸚
 
片岡仁左衛門
坂東玉三郎(22〜28日)
市川左團次
梅玉梅玉
尾上菊五郎

三、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
河東節十寸見会御連中
 
花川戸助六:海老蔵改め 市川團十郎
三浦屋揚巻:尾上菊之助
髭の意休:尾上松緑
三浦屋白玉:中村梅枝(7〜20日)
      坂東玉三郎(22〜28日)
朝顔仙平:中村又五郎
福山かつぎ:初舞台 市川新之助
男伊達山谷弥吉:坂東彦三郎
同 田甫富松:坂東亀蔵
同 竹門虎蔵:中村萬太郎
同 砂利場石造:大谷廣太郎
同 石浜浪七:市川青虎
傾城八重衣:中村児太郎
同 浮橋:大谷廣松
同 胡蝶:中村莟玉
同 愛染:市川團子
同 誰ヶ袖:市川笑三郎
茶屋廻り:市川男寅
同:中村玉太郎
奴奈良平:市川九團次
国侍利金太:市川男女蔵
遣手お辰:市川齊入
通人里暁:中村鴈治郎
三浦屋女房:中村東蔵
曽我満江:中村魁春
白酒売新兵衛:中村梅玉
くわんぺら門兵衛:片岡仁左衛門
 
口上:松本幸四郎
後見:市川右團次
 

公演情報

市川海老蔵改め
十三代目 市川團十郎白猿襲名披露

『十二月大歌舞伎』
八代目 市川新之助初舞台
日程:2022年12月5日(月)~26日(月))
会場:歌舞伎座
 
【休演】12日(月)、19日(月)
【貸切】昼の部:15日(木)、夜の部:11日(日)
 
昼の部 午前11時~
 
其俤対編笠
一、鞘當(さやあて)
 
不破伴左衛門:尾上松緑
名古屋山三:松本幸四郎
 
二、京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)
鐘供養より『歌舞伎十八番の内 押戻し』まで
 
大館左馬五郎:市川海老蔵改め 市川團十郎
白拍子花子:中村勘九郎
白拍子花子:尾上菊之助
三、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)
八代目市川新之助初舞台相勤め申し候
粂寺弾正:初舞台 市川新之助
腰元巻絹:中村雀右衛門
秦民部:中村錦之助
八剣玄蕃:市川右團次
小原万兵衛:中村芝翫
小野春道:中村梅玉
 
夜の部 午後4時~
 
十三代目市川團十郎白猿
一、八代目市川新之助 襲名披露 口上(こうじょう)
 
市川海老蔵改め 市川團十郎
初舞台 市川新之助
 
松本白鸚
幹部俳優出演
 
二、團十郎娘(だんじゅうろうむすめ)
 
近江のお兼:市川ぼたん
漁師:市川男女蔵
漁師:市川右團次
 
三、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
河東節十寸見会御連中
 
花川戸助六:市川海老蔵改め 市川團十郎
三浦屋揚巻:坂東玉三郎(5~15日)
中村七之助(16~26日)
通人里暁:市川猿之助
三浦屋白玉:尾上菊之助(5~15日)
中村梅枝(16~26日)
福山かつぎ:坂東巳之助
朝顔仙平:市川猿弥
白酒売新兵衛:中村勘九郎
髭の意休:坂東彌十郎
くわんぺら門兵衛:市川左團次
曽我満江:上村吉弥(5〜15日)
坂東玉三郎(16〜26日)
 
口上:松本幸四郎
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