松本幸四郎が美しい暴君に 幻の異色作『花の御所始末』歌舞伎座3月公演ビジュアル撮影レポート 

レポート
舞台
2023.2.12
松本幸四郎

松本幸四郎

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松本幸四郎が、3月に歌舞伎座で『花の御所始末(はなのごしょしまつ)』に出演する。幸四郎がつとめるのは、足利義教(あしかが よしのり)。史実においては恐怖政治で知られる、室町幕府の六代将軍だ。開幕に先駆けて、幸四郎はビジュアル撮影にのぞんだ。撮影は荒木経惟が担当。その模様をレポートする。

■40年ぶり3度目の上演『花の御所始末』

『花の御所始末』は、1974年に帝国劇場で初演された。宇野信夫が、幸四郎の父・松本白鸚(当時六代目染五郎)にあてて書き下ろした。宇野にインスピレーションを与えたのは、シェイクスピアの史劇『リチャード三世』だった。リチャードは王位を狙い、人々を口説き文句と口車で罠に追い込んでいった。本作の義教もまた権力に執着し、狡猾で残忍な人物となる。

足利義満の次男として生まれた義教は、世継ぎの兄から将軍の座を奪うべく、色で策で、苛烈な手段で人を騙し陥れる。「花の御所」と呼ばれた足利将軍の邸宅が、血に染まる。

スタジオには小道具が並び、鬘に櫛が通され、衣裳が広げられていた。テーブルには過去に唯一この役を勤めた白鸚の舞台写真も。それぞれの専門スタッフが写真を参考に、「この場面では烏帽子が細くなりますね」「大詰では……」などチェックする傍ら、撮影エリアの白ホリゾントがビロードのような質感の巨大な黒い布で覆われた。

荒木へのオファーは、幸四郎たっての希望によるもの。1998年に発売された幸四郎(当時染五郎)の写真集が縁となった。到着した荒木は、デザイナーやスタッフに「義教ではなくて幸四郎を撮りたい」。ポスターは「幸四郎の顔がバンとあればいい。(撮影は)5分で終わっちゃうよ」などイメージを共有する。

■高貴で麗しい六代将軍足利義教

その頃、幸四郎は控室で一人鏡に向かっていた。シェイクスピア劇のリチャードは、生まれついての無様な姿で片足をひきずり歩く人物だった。一方、本作の義教は(表向きには)颯爽とした人物として描かれている。幸四郎の仕度が進む。

初演と1983年に上演されて以来、40年ぶり3度目。歌舞伎座では初めての上演となる。過去の映像は残っていないのだそう。幸四郎にとっても舞台裏を支えるスタッフにとっても、新作歌舞伎と同等にこの場で初めて検討する段取りがあるようだ。

慣れた手つきで確認しあい、衣裳を着つけていく。黒い装束をまとい烏帽子をかぶった幸四郎は、高貴で麗しく冷酷な、すでに近寄りがたい義教だった。

■幸四郎の悪を探して

幸四郎は、カメラの前に立つと荒木と軽く言葉を交わし、心の動きを感じさせない冷たい表情に変わった。研ぎ澄まされた怖さ、美しさでレンズに目を向ける。荒木は声をかけながらシャッターを切りはじめた。

「悪を出して。色男も出したい」
「相当悪い奴でなんでしょう?」
「刀を持ってみよう、その位置がいいね」

荒木はふと顔をあげて、スピーカーから流れていたジャズのBGMを切るように言った。陽気になってしまうから、と。照明を動かして影の印象を変える。撮影が止まっている間も、幸四郎は口数少なく集中を保っていた。

撮影再開。

「もっと悪く」
「目が声を出すくらいに、そう」
「人を殺す目になってきた」

幸四郎は、義教ではなく幸四郎であることを、ただ一人の人間であることを求められ続けた。額に汗が滲む。カメラを見据え、瞬きさえほとんどしない。集中は深く、一歩近づけば重い闇に引きずり込まれそうな凄みがあった。音楽が消えたスタジオで、フィルムカメラのシャッター音が鳴る。その音は、はじめ剣戟の音のように。次第に鍛冶場の槌音のように響いて聞こえた。荒木が「よし」「やった」「いいね」と撮り続け、時折フィルムを入れ替える指示をした。あとは衣擦れの音が聞こえるだけで、誰も口を開かず、音を立てることもしなかった。

極悪人にも色々いる。仁木弾正のようにミステリアスで冷血無慈悲な国崩しもいれば、リチャードのように劣等感から憎悪が沸き上がり、怒りを煮えたぎらせる悪人もいる。どのような義教になるのかはまだ分からないが、荒木のフイルムには、どんな義教にも通じる幸四郎だけの悪が焼きつけられているに違いない。

■『花の御所始末』を問題作にしたい

撮影終了の瞬間も、現場の緊張感はすぐには解けず、一瞬おいてから拍手がおきた。「この人(幸四郎)が良い人だから、なかなか悪が出てこなかった」とすでにリラックスした表情の荒木。あっという間に感じられたが、1時間が経とうとしていた。幸四郎は「良い人……かな?」と笑っていた。

前回の上演台本の限りでは、アンモラルで地獄のような物語だ。令和の歌舞伎座で、どこまで許されるのかは分からないが、「僕はこれを問題作にしたいんです」と幸四郎は言う。冗談にも本気にもとれる口ぶりだった。『花の御所始末』は、歌舞伎座『三月大歌舞伎』の第一部にて2023年3月3日(金)から26日(日)までの上演。

荒木経惟によるスチールが到着!!!

荒木経惟によるスチールが到着!!!

撮影:荒木経惟

撮影:荒木経惟


取材・文・写真(撮影風景)=塚田史香

公演情報

歌舞伎座新開場十周年
『三月大歌舞伎』
 
日程:2023年3月3日(金)~26日(日) 【休演】13日(月)、20日(月)
会場:歌舞伎座
 
■第一部 午前11時~
宇野信夫 作・演出
齋藤雅文 演出
花の御所始末(はなのごしょしまつ)
シェイクスピアの戯曲「リチャード三世」に着想を得て、“悪の華”を描いた異色作!
 
足利義教:幸四郎
畠山満家:芝翫
安積行秀:愛之助
足利義嗣:坂東亀蔵
陰陽師土御門有世:亀鶴
茶道珍才:宗之助
同 重才:廣太郎
畠山左馬之助:染五郎
執事一色蔵人:橘太郎
執事日野忠雅:錦吾
明の使節雷春:由次郎
廉子:高麗蔵
足利義満:権十郎
入江:雀右衛門
 
■第二部 午後2時40分~
 
一、仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
十段目 天川屋義平内の場
 
天川屋義平:芝翫
大星由良之助:幸四郎
竹森喜多八:坂東亀蔵
千崎弥五郎:中村福之助
矢間重太郎:歌之助
医者太田了竹:橘太郎
丁稚伊吾:男寅
大鷲文吾:松江
義平女房おその:孝太郎
 
岡村柿紅 作
二、新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)
 
山蔭右京:松緑 ※
太郎冠者:権十郎
侍女千枝:新悟
同 小枝:玉太郎
奥方玉の井:鴈治郎
 
※尾上菊五郎休演につき、配役変更にて上演いたします
 
■第三部 午後5時45分~
 
吉井 勇 作
坂東玉三郎 演出
今井豊茂 演出
一、髑髏尼(どくろに)
 
髑髏尼:玉三郎
平重衡の亡霊:愛之助
鐘楼守七兵衛:中村福之助
町の女小環:歌女之丞
女房長門:新悟
蒲原太郎正重:亀鶴
烏男:男女蔵
阿証坊印西:鴈治郎
 
二、夕霧 伊左衛門 廓文章(くるわぶんしょう)
吉田屋
 
藤屋伊左衛門:愛之助
吉田屋喜左衛門:鴈治郎
太鼓持豊作:歌之助
阿波の大尽:松之助
喜左衛門女房おきさ:吉弥
扇屋夕霧:玉三郎
 
 
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