『ガウディとサグラダ・ファミリア展』レポート 成長を続ける聖堂の軌跡と、込められた想い
『ガウディとサグラダ・ファミリア展』展示風景
『ガウディとサグラダ・ファミリア展』が、2023年6月13日(火)から9月10日(日)まで、東京国立近代美術館にて開催されている。スペインを代表する建築家であるアントニ・ガウディ。本展は、彼の代名詞とも言える聖堂「サグラダ・ファミリア」にフォーカスし、その建築のあゆみと、随所に散りばめられた独創的な魅力に迫るものだ。ここでは内見会の様子をレポートする。
まだですが、今です!
会場エントランス
はじめに確認しておくと、サグラダ・ファミリア聖堂はまだ完成していない。しかしおよそ140年にわたって建設が続き、長らく“未完の聖堂”と呼ばれてきたサグラダ・ファミリアが、ついに、ついに、完成の時期を視野に収めることとなったらしい! 完成した暁にもきっと多くの特集が組まれるに違いないが、いわば長期連載の物語のファイナルシーズンが開幕した今、ガウディとサグラダ・ファミリアについて深く知っておけば、やがて来る完成の時をより一層晴れやかに迎えられるに違いない。そんなわけで今が好機である。
若き日の天才に思いを馳せて
本展は全4章で構成される。まず第1章では、サグラダ・ファミリアの仕事に携わる前の、若き日のガウディについて知ることができる。
展示風景
ケースの書籍たちは、ガウディの通った建築学校の図書館にあったラインナップだという。ガウディが愛読していた記録が残っているものや、きっと読んでいたであろうものが並んでいる。
アントニ・ガウディ《ガウディ・ノート》1873-79年、レウス市博物館
ガウディは自称“言葉より行動の人”だったそうで、建築理論書などの類は書き残していない。今回は、そんな彼が後任者に託した装飾に関する覚え書き、通称「ガウディ・ノート」が展示されているので必見だ。会場の壁にはノートから抜粋した言葉が記されており、ガウディの思考の一部を垣間見ることができる。そこに登場する「歴史」「自然」「幾何学」といったキーワードを使って、次章ではさらに深くガウディの建築思想や造形原理に切り込んでいこう。
ガウディを紐解く3つのキーワード
第2章は、ガウディの代表的な建築を例として挙げながら、その特徴がなんなのか、それはどうやって生まれ、どんな意味があるのか……を考察するパートだ。「グエル公園」「カサ・ミラ」などなど、有名な建築の写真や模型のほか、ガウディ自筆の図面・スケッチが展示されていて心が躍る。
ちなみにこの展覧会は、リストによれば展示数120点以上。建築関連の言葉に馴染みがない場合、全ての解説文をじっくり読んで理解しようとすると、鑑賞時間が2時間では収まらないほどのボリュームである。このあたりで一度、「がっつり理論や背景を理解しようと務める」のか、「エッセンスを知り、雰囲気を味わう」のか、鑑賞テンションを調節しておくのがおすすめだ。どちらにしても収穫は大きい。
手前:《フィンカ・グエル、馬場・厩舎模型》1984-85年、西武文理大学
上は、ガウディの才能にいち早く惚れ込み、最初のパトロンとなった繊維業の富豪アウゼビ・グエルのために設計された「グエル別邸」の模型。会場では、ガウディ建築の特徴のひとつである、曲面を細やかにカバーする“破砕タイル”づかいについての詳しい解説もあって面白い。
左:《カサ・バッリョ、椅子(複製)》 中央:《カサ・バッリョ、ベンチ(複製)》 右:《カサ・カルベート、スツール(複製)》いずれもアントニ・ガウディ、1984-85年、西武文理大学
ガウディは建築だけでなく、建物内部を彩る調度品も自ら手がけている。例えばこちらは「カサ・バッリョ」「カサ・カルベート」のためにデザインされた椅子。中央の骨盤のような形をしたふたり掛けチェアをはじめ、有機的なうねりを持ったデザインは、使う人の体にしっくりと馴染みそうだ。壁に記された『すべては大自然の偉大な本からである。人間の作品はすでに印刷された本である』との言葉の通り、全てのフォルムは自然の中にすでに存在している、とガウディは考えていたようだ。
展示風景
「歴史」「自然」もさることながら、特に「幾何学」のゾーンは学びが多いので要チェック。ガウディ建築の大きな特徴である2Dから3Dへの変身の産物、“平曲面”とは何ぞや? とここで腑に落ちておくと、この先に広がるサグラダ・ファミリアの天井を見る目がカッと開くので、ぜひ解説映像(約1分)を見てほしい。ほか、ここではガウディが放物線アーチの形を探るために行ったという有名な“逆さ吊り実験”の簡易な再現展示も見ることができる。
いざ、サグラダ・ファミリア聖堂の世界へ
手前:《サグラダ・ファミリア聖堂全体模型》2012-23年、サグラダ・ファミリア聖堂 奥:《サグラダ・ファミリア聖堂、身廊部模型》2001-02年、西武文理大学 いずれも制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室
第3章では、ついにサグラダ・ファミリアにクローズアップ。大きくひらけた展示室に足を踏み入れると、全体や部分、大小さまざまな模型が目に飛び込んでくる。
《サグラダ・ファミリア聖堂、身廊部模型》2001-02年、制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室、西武文理大学
ガウディ自身もサグラダ・ファミリアのため、200分の1、100分の1、50分の1、25分の1、10分の1……と膨大な数の石膏模型を制作した。模型を保管する小屋の屋根を開けられるようにして自然光を取り込み、聖堂に光がどのように射し込むかを研究したという。それにしても、ちょこんと添えられた人物模型の大きさを見ると、改めてこの建築のとんでもないスケールを感じないだろうか。
そして奥の別室では、ドローンを駆使して撮影されたサグラダ・ファミリアの4K映像が上映されている。外観も内部も涙目になりそうな程の美しさ、まさに至福の5分間である! 鑑賞の締めくくりに見てもいいし、先にこの映像でテンションを上げてから細部の解説を見ていくのもおすすめだ。
どのパートも逃さず解説!
展示風景
展示室では、中央の模型を囲むようにして「柱」「彫刻」「尖塔」など各パートの展示ゾーンが設けられている。密度の高い解説が広がっているので、一つひとつ見ていくと時間を忘れてしまいそうだ。
展示風景
文章だけでは理解が難しい複雑なポイントを、あの手この手で教えてもらえるのが展覧会ならではの魅力である。例えばこちらは「柱」のゾーン。左右両方向に回転しながら、上にいくにつれて円柱に近づいていく多角形柱……。書きながら自分でも「?」となってしまうが、会場で模型や映像を組み合わせた解説に触れれば、ガウディの独創的な柱たちがどうやって生み出されているかが自然と理解できるはずだ。
手前:外尾悦郎《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:歌う天使たち》サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面に1990-2000年に設置、作家蔵
彫刻家・外尾悦郎による「降誕のファサード」の彫刻群も大きな見どころだ。これらはすべて、 2000年まで実際にサグラダ・ファミリアの正面玄関とも言える「降誕のファサード」のセンターを飾っていたもので、ガウディの遺した石膏模型の写真を元に制作されている。歌う天使たちの表情は柔らかく、親しみやすい雰囲気をまとっているのが印象的だ。
聖堂をめぐる熱いストーリー
展示風景
本展では、サグラダ・ファミリア建立の発起人や、ガウディの前任者についても紹介がある。奇抜なデザインからして、てっきりどこぞの富豪の発案なのかと思っていたが、そもそもこの聖堂は貧しい人々のために計画されたものなのだという。計画スタートから建築開始までに8年もの隔たりがあるのも、それは本屋さんが始めた民間団体が、毎月少額ずつ献金を集めていた“産みの苦しみ”の時期だったのだ……と知って胸が熱くなった。
展示風景
資金計画についても年別グラフで表示してあり、「ここから赤字に転落」だったり「以後、進捗がパッと見て分かりやすい部分の建築に集中」だったり、なかなか生々しい解説が加えられている。さらに、ガウディ着任の以前・以後での完成予想図の変化を見ると、あまりに変貌ぶりが激しくて笑ってしまった。シンプルなデザインの聖堂を構想していた言い出しっぺのブカベーリャは、今日のサグラダ・ファミリアの姿を見たらきっと腰を抜かすと思う。
手前:『サグラダ・ファミリア聖堂建設計画案、バルセロナ』(聖堂アルバム)1915年、聖ヨセフ信心会発行、サグラダ・ファミリア聖堂
会場では、資金不足を解決するためにガウディが作成したPR用のパンフレットも展示されている。完成予想の図面などはもちろん、他の有名な大聖堂との比較がふんだんに掲載された内容で、「こんなにすごいのを作りますから!」とアピールする建築家の声が聞こえてくるようだ。
さらに深く知るために……
展示風景
最後の第4章では、日本におけるガウディ研究のいま昔や、研究者へのインタビュー映像、ガウディの名言を集めた映像などを見ることができる。用意された丸椅子に腰掛けてゆっくり鑑賞すれば、さらに知識を深めることができるだろう。
また、併設の特設ショップではバラエティ豊かな本展オリジナルグッズが販売されているが、中でも公式図録(税込3,300円)の満足度について特筆しておきたい。参考図版が豊富なうえに読み物として面白く、コラムやインタビューも付いた充実の一冊だ。
特設ショップ
サグラダ・ファミリアは100年以上にわたり、創造と成長を続けている。そのこと自体が芸術であり、現代の私たちに大切なことを教えてくれるのではないだろうか。ガウディ、そして多くの人の想いをのせた世紀の大建築の真髄を、会場で存分に味わってみては。
『ガウディとサグラダ・ファミリア展』は、9月10日(日)まで東京国立近代美術館にて開催。その後、滋賀、愛知会場へと巡回予定。
文・写真=小杉 美香
展覧会情報
会期:2023年6月13日(火)~9月10日(日)
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
開館時間:10:00~17:00(金・土曜日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし7月17日は開館)、7月18日(火)
主催:東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーション、東京新聞
共同企画:サグラダ・ファミリア贖罪聖堂建設委員会財団
後援:スペイン大使館