尾上菊之助、『七月大歌舞伎』で4年ぶりに立つ大阪松竹座は「鍛えていただいた場」
尾上菊之助 撮影=井川由香
開場100周年という記念の年にふさわしい、多彩な公演を上演している大阪松竹座。7月は、大阪の夏恒例の興行として親しまれている『七月大歌舞伎』が賑々しく幕を開けている。昼の部の「京鹿子娘道成寺」と夜の部の「俊寛」に出演し、情感豊かなみずみずしい演技を見せているのが、尾上菊之助。今月の舞台への思いや大阪松竹座での思い出、今後の夢などをにこやかに語った。
――大阪松竹座へのご出演は、2019年7月以来になりますね。
大阪の夏の風物詩として毎年上演されている公演に、また参加させていただきたいとずっと思っておりました。4年ぶりに出演が叶い、しかも開場100周年という大きな節目の年に伺うことができて、大変光栄です。
――「京鹿子娘道成寺」は、鐘に恨みを持つ清姫の亡霊が、白拍子花子に姿を変え、桜が咲き誇る道成寺の鐘供養に現れるという、能の「道成寺」を素材にした舞踊。初演当時(1753年)の流行唄をつなぎ合わせた組曲に乗せ、女方の様々な美が繰り広げられていく人気作ですね。
女方舞踊の中でも一、二を争う大曲です。時が流れていく物悲しさや無常さ、儚さを描くところから始まって、女心の移ろいが描写され、最後には(本性をあらわして)だんだん蛇体となっていく。変化に富んだドラマチックな展開と曲の構成、歌詞が素晴らしく、役者の工夫によって変えられる余白があり、世界観が深いですね。花子の鐘に対する情念を内に秘めつつ、少女から恋を知った大人の女性までを踊り分けていきますので、色々な女性の恋心の様をご覧いただき、どういうところで鐘に対する思いが湧き出てくるのかをお楽しみいただければと思います。
――菊之助さんは、「二人道成寺」や「京鹿子娘二人道成寺」にも取り組んでこられました。
父(尾上菊五郎)や、(坂東)玉三郎のお兄さんと踊らせていただいた経験は大きいです。父には身体の使い方を教えてもらい、遅れを取らないようにと思って懸命に踊った記憶があります。玉三郎のお兄さんには、曲の解釈や意味、踊り分けの仕方、鐘に対する思いをどういうところで出すのかということを細かく教えていただきました。その経験が、一人で踊る「京鹿子娘道成寺」の基盤となっています。
――「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子に臨まれるのは5度目で、大阪では初めて。練り上げていきたい部分というのは、どういったところでしょうか。
やはり各場面で移りゆく女心と、歌詞の持っている魅力や情念の出し方ですね。その表現の仕方は踊り手の技量によって変わってきますので、ご注目いただければと思います。
――近松門左衛門作の「俊寛」では、丹左衛門尉基康を演じておられます。俊寛僧都らが流刑になった鬼界ヶ島に都からやって来る、赦免の使者の一人ですね。
島へ一人残る決意をした俊寛の覚悟を見て、最後は都へ向かう船から見送るという人物です。近松の凄さですけれども、絶海の孤島で都を思って耐えて生きている俊寛が、妻の東屋が都で亡くなったと告げられた時の絶望感や、(俊寛の仲間の)丹波少将成経と(島の海女)千鳥との恋模様、若い二人に託す俊寛の慈愛が描き出されています。素晴らしい作品だなと、出演するたびに思います。
――丹左衛門は、2020年11月(国立劇場)に演じられた経験がおありですね。
その時が初役で、俊寛は岳父(二世中村吉右衛門)でした。鬼界ヶ島の場面の前に、六波羅清盛館の場も上演され、岳父が平清盛を演じ、私が東屋でした。その東屋が亡くなる場面があってからの丹左衛門でしたので、妻の死を知った俊寛が絶望する心を、より強く感じた記憶があります。作品に深く触れられる貴重な経験をさせていただきました。丹左衛門の台詞の抑揚や、何を伝えなくてはいけないのかといったことを、岳父に本当に細かく教えていただいたのも、この時でした。
――今回は、俊寛を片岡仁左衛門さんが演じていらっしゃいます。
仁左衛門のお兄さんの俊寛のおそばで勉強させていただいています。仁左衛門のお兄さんが描かれる近松の世界で、義にも情にも厚い平家の武将である丹左衛門になり切れるように勤めたいと思います。
――大阪松竹座には、1998年の『七月大歌舞伎』で初出演されてから、実に様々な舞台に取り組んでこられました。
特に(歌舞伎座が建て替え工事の間)『團菊祭五月大歌舞伎』を3年続けてやらせていただいた(2010年5月、2011年5月、2012年5月)ことが記憶に残っています。最初の年には「摂州合邦辻」の玉手御前という大役を、(文楽の豊竹)咲太夫師匠に教えていただき、(坂東)玉三郎のお兄さんに見ていただいて、初めて勤めました。物語の舞台となっている大阪の地で初演ができたことがとても嬉しかったですね。後に日生劇場や歌舞伎座でも演らせていただけましたので、その始まりとなったのが大阪松竹座。私にとって鍛えていただき、挑戦させていただいた場です。
――菊之助さんの主演による、シェイクスピア作、蜷川幸雄さん演出の「NINAGAWA十二夜」を、2009年の『七月大歌舞伎』で昼夜同一演目として上演されたこともありました。
印象深いですね。歌舞伎座で初演(2005年7月)をさせていただいて、各地で再演を繰り返し、ロンドン公演も実現できた演目です。大阪は、ロンドンの凱旋公演としての上演で、鏡を張り巡らせた綺麗な装置を、蜷川さんが大阪松竹座の舞台にも作ってくださいました。4年前の『七月大歌舞伎』での「上州土産百両首」も、とても印象に残っています。私が演じた牙次郎は、藤山寛美さんや(十八世中村)勘三郎のお兄さんがお演りになられた役で、それまで自分が勤めたことのないような役でした。(中村)芝翫のお兄さんがなさった正太郎の幼馴染で、少しおっちょこちょいな人物。大阪松竹座は舞台と客席との距離がとても近く、笑い声であったり、「頑張って」という声援であったりと、非常に温かな反応をいただいて、お客様との一体感が凄かったお芝居でした。また演らせていただきたいなと思っている演目です。
――近年は、線の太い立役や多彩な役柄に挑んで、役の幅を広げておられますね。
父から音羽屋の芸を継承することが、この家に生まれた人間の役目だと思っています。自分としましては、作者が何を伝えたいのかを解釈して、作品の魅力を現代のお客様にお伝えすることをしているだけですので、役の幅を広げるというふうには考えていないですね。もちろん、その演目を演じたいという夢があって演らせていただいている訳ですけれど、演じ手というのは作品のメッセージを伝えるメッセンジャーですよね。特に古典歌舞伎の作品には、いま我々が大事にしなければいけない情や心が色濃く残っているので、それもお伝えしたいなと思います。
――古典作品の継承に加えて、人気のゲームやアニメを題材にした新作歌舞伎『ファイナルファンタジーX』や『風の谷のナウシカ』などにも精力的に取り組まれ、歌舞伎の間口を広げていらっしゃいますね。
結果的に間口を広げることにはなっていますが、それが目的ではないと言いますか。色々な作品を翻案して新作歌舞伎を創ることによって、古典歌舞伎の魅力を再確認し、古典歌舞伎への敬意が増しています。新作歌舞伎というのは、歌舞伎をご存知ない方や、歌舞伎を愛してくださっている方と一緒に歌舞伎の魅力を考えていくということではないかと思っていて、奇をてらうのでは全く無く、「皆様と一緒に歌舞伎を創ろう」という感覚ですね。古典歌舞伎への敬意を持ちながら、今も最先端であり続ける歌舞伎を今のお客様たちと一緒に創り上げていく。その面白さが、新作歌舞伎の意義ではないでしょうか。義、忠、孝、仁といった日本人が大事にしている心が込められた、100年後にも遺っていく普遍性を持つテーマを作り上げることが、新作歌舞伎に大切だと考えています。
――今後も、様々なテーマやメッセージを観客に投げかけていかれるのですね。
最近、ぜひ実現させたいと思う新作のテーマを2本見つけました。10年以内に完成したいなと思っています。それが近年の夢になりました。
取材・文=坂東亜矢子 撮影=井川由香
ヘアメイク=荒川和奈 スタイリスト=中井綾子(crepe)
衣装=イザイア/イザイア ナポリ 東京ミッドタウン
03-6447-0624
公演情報
関西・歌舞伎を愛する会 第三十一回』
日時:7月3日(月)~25日(火)
夜の部 午後4時~
【休演】10日(月)、18日(火)
※終演予定時間は変更になる可能性があります