演出・翻訳・訳詞・ムーブメントの市川洋二郎に聞く、男女二人の俳優で繰り広げるミュージカル『ジョン&ジェン』の出演者・作品の魅力とは   

インタビュー
舞台
2023.8.19
市川洋二郎

市川洋二郎

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男性と女性の二人の俳優だけが登場し、現代アメリカ社会における姉弟&親子関係をつづるミュージカル『ジョン&ジェン』。作詞・作曲を担当した『アダムス・ファミリー』や『ビッグ・フィッシュ』が日本でも好評を博してきたアンドリュー・リッパが初めて手がけたミュージカル(本作でのクレジットは音楽・脚本で、トム・グリーンウォルドが歌詞・脚本を担当)で、今回が日本初演となる。ジョン役には森崎ウィンと田代万里生、ジェン役には新妻聖子と濱田めぐみがそれぞれダブルキャストで決定、4バージョンが楽しめるのも魅力だ。演出・翻訳・訳詞・ムーブメントを手がける市川洋二郎に作品への意気込みを聞いた。

ーー今回の作品に関わることになった経緯とは?

二人芝居のミュージカル作品がそんなに多くない中、テーマがとても深くていい話なので、2016年くらいからやりたいとずっと言っていて。1995年にオフ・ブロードウェイで初演された作品ですが、2021年、初めての脚本改訂版がロンドンで上演されたんですね。それも、僕の自宅の近所の、サザーク・プレイハウスという小さな劇場で。レイチェル・タッカー(ブロードウェイとウエストエンドで『ウィキッド』の主役エルファバを演じた。今年1月の『ニューイヤー・ミュージカル・コンサート2023』で来日)がジェン役で、彼女の夫のガイ・レタラックの演出でした。もともとはベトナム戦争を背景とした物語だったのが、脚本がアップデートされてイラク戦争を背景とする話になっていて、すごくわかりやすくなっていた。今の時代を生きる人々の話になっていて、とても響きやすいなと。それで、アンドリュー・リッパに直接連絡してみて。

ーーお知り合いだったんですか。

知らないです(笑)。でも、やりたい作品については直接本人と話すのが早いですし、僕は今までもそんな感じでやってきていて。それで、新しいバージョンをライセンスしてもらいたいとお願いして、アレンジしてもらいました。

ーー一幕では姉ジェンと弟ジョン、二幕では母となったジェンとその息子のジョンの関係が描かれます。

それぞれの役者さんがそれぞれやりがいがすごくあっておもしろい作品だと思うんです。ジェンを演じる役者は6歳から40歳過ぎまでを舞台上で生き切らなくてはいけないし、ジョンを演じる役者は全然違う性格の二人を一幕と二幕とで演じ分けなくてはならない。ある程度強くしっかりとしたものをもった役者さんがジェンを演じて、ピュアさをもった役者さんがジョンを演じ分けるというバランス感も、構成としてとてもおもしろいなと。今回、素敵な四人の役者さんが参加してくださることになって非常にうれしいです。ジェン役を演じる新妻聖子さんと濱田めぐみさんがしっかりドーンと構えてくださっているところで、森崎ウィンくんというライジングスター、そして今非常に芸の幅を広げていらっしゃる田代万里生さんと、四者四様、すごくいろいろな色が集まった興味深い公演になるんじゃないかなと思っています。これだけの役者さんが揃ったので、4バージョンでさまざまな角度から作品を楽しんでいただこうと思いました。

ーー濱田めぐみさんとは劇団四季時代からの縁ですね。

そうなんです。めぐさんの歌や芝居を観て役者として勉強していた部分もあったし、劇団四季に入ってからも大先輩としていろいろお世話になって。退団した後、演出・翻訳・訳詞を手がけたミュージカル『Tell Me on a Sunday~サヨナラは日曜日に~』でもご一緒させていただいたし、『イリュージョニスト』には翻訳で参加させていただきました。今回またご一緒できるのが、たまらないものがあります。めぐさんは、役と向き合うときに嘘がないのが本当に魅力だと思っていて。四季時代にめぐさんが演じた役で、『ウィキッド』のエルファバと『アイーダ』のアイーダ、どっちが好きかみたいな議論がファンの中であるんですよ(笑)。僕は断然エルファバが好きなんですね。『ウィキッド』日本公演初日の次の日にたまたまが取れて観に行ったんですが、ものすごく自分を固く作って周りに負けないように生きているんだけど、ちょっと気を抜くとすぐにバラバラと崩れてしまう、ガラス板みたいなエルファバだったなと。そんな、とても繊細な芝居をされる方なので、役者として大尊敬していて。

ーー新妻聖子さんについてはいかがですか。

新妻さんは、『レ・ミゼラブル』で初めてエポニーヌを演じられたときから観客として拝見していますが、いろいろな役にどんどん挑戦して役の幅を広げていて。あれだけ歌える役者さんは日本にはなかなかいないし、その歌声と存在感がすごいなと。だいぶ前から知り合いではあったんですが、仕事でご一緒したことがなかったんですよ。この前お会いしたときも「久しぶり~」と言ってくださって。ようやくご一緒できるので楽しみです。

(上段左から)森崎ウィン、田代万里生(Wキャスト)、(下段左から)新妻聖子、濱田めぐみ(ジェン役Wキャスト)

(上段左から)森崎ウィン、田代万里生(Wキャスト)、(下段左から)新妻聖子、濱田めぐみ(ジェン役Wキャスト)

ーー森崎ウィンさんについてお聞かせください。

ミュージカル『ジェイミー』のトレイラーはもちろん観ましたが、観客としてあまり拝見できていなくて。映画『キャッツ』の日本語吹替版でミストフェリーズをやっていらっしゃった方だというイメージが強いですね。とても深い目をしていらっしゃる役者さんだなと思うので、ジョンが心の奥にもっている複雑な悲喜こもごもを繊細に表現してくださるんじゃないかなと思っています。

ーー田代万里生さんも出演されます

ミュージカル・デビューされた『マルグリット』から観客としては拝見していて。最初のころは初々しい男の子の役が多かったけれども、最近では『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフも演じられていたり、すごく深みを増しているなと。技術的に非常にしっかりされている方なので、初々しいウィンくんとの対比がまた楽しみなところではありますね。

ーーそんな4人に今回期待することとは?

一人の人生を大きなうねりの中で描き切るという意味では、濱田さんの繊細な芝居の作り方が生きてくると思いますし、新妻さんは劇中のジェンと実際にも同い年で、お子さんもいらっしゃるので、リアルな部分で役をとらえてくださるんじゃないかなと。この前、ワークショップで本読みをしたとき、ジェンにすごく共感できると言ってくださったので、そこで役とどういう化学反応が起きるのか、楽しみですね。万里生さんは『ブラッド・ブラザーズ』を拝見していて、そのときの子役の演技がとても印象的で。本当にかわいらしい男の子を演じていらっしゃったんです。今回の話を受けてくださったとき、「この年齢で短パンはけるかな?」とおっしゃっていたんですが、「できますよ! だって『ブラッド・ブラザーズ』でもやれたもん!」と申し上げて(笑)。ウィンくんはもうホントそのままで行けるんじゃないかなと思っています。

ーー姉と弟、母と息子の関係の背景に、アメリカ社会における大きな出来事が描かれている作品ですね。

初演版ではベトナム戦争というアメリカの影が描かれているんです。今回の改訂版の台本ではアメリカ同時多発テロ事件の影響が描かれていて。アメリカが本土に攻撃を受けたという非常に衝撃的な事件だったわけで、その対比も興味深いところですよね。そういったアメリカの大きな流れというところに根差した物語であるところがすごくおもしろいなと。アメリカ同時多発テロ事件は、日本人にとっても非常に衝撃的な事件だったと思うんです。僕はそのときまだ高校生でしたけど、親に「何かすごいことになってる」と言われてテレビを見たら、ワールドトレードセンターから煙が出ていて、見ているうちにそれが崩壊していって。この世のものとは信じられないような光景でした。そして、アメリカ国内だけではなく、世界中に影響を及ぼしていった。大きな出来事が起きたときに、大きくとらえるばかりではなく、その中に巻き込まれている人間を描く、マクロなものをミクロな視点でとらえるということが、演劇の場合、すごく重要だと思うんです。『ミス・サイゴン』にしても、ベトナム戦争を、あくまでひとりの女性がそのときどう生きていったかというミクロな視点で描いているから、観ていて胸を打たれるんだと思うんです。この『ジョン&ジェン』にも共通するところがあるなと。大きな事件があったときに、二人の人間の人生にどういう影響があったかを描いているのがおもしろいなと。

ジェンの視点から考えると、一幕では、世の中のことをまだよくわかっていない状態で弟ジョンと向き合っていて、人生の苦しい部分を経験して、それを踏まえてもう一度というところで二幕が始まる、そこから始まる彼女のジャーニー、その顛末もすごくおもしろい。ジョンに関して言えば、若干、輪廻転生みたいなものも感じるんですね。弟ジョンと息子ジョンとではまったく違う人格なんですが、人生を生き直すみたいなところがあるのかなと。姉にとっては弟のことがトラウマになってしまっているわけで、心が傷ついたときにそれをどう乗り越えていくか、彼女なりのアプローチの仕方をするんだけれども、それが歪んでいってしまっているという流れがある。生きる中で、我々は多かれ少なかれ心の傷を負っていくわけですよね。その傷と向き合っていく方法についてはトライアル&エラーを繰り返していくしかないわけですが、思い出すことによってそれを何回も何回も体験し直してしまうところがあって、その中で苦しんでしまう。その向こうに何があるのか、闇を通り抜けた向こうでどんな光を見つけられるのか、そんなことをお客さんに感じていただければと思っています。大枠としては、アメリカの歴史の中で生きていく二人という構造になっているけれども、その実、そこで描かれているものというのは、人間と人間が向き合ったときに起こる軋轢であったり、絆であったり、ポジティブなものもネガティブなものも含めて、二つの魂が向かい合ったときに何が起こるかということだと思うんです。そこの部分がとても深く描かれている戯曲ですね。

ミュージカル『ジョン&ジェン』

ミュージカル『ジョン&ジェン』

ーー翻訳・訳詞にあたって意識されたことは?

今回特に、女性の視点をリアルに描きたいなと思いました。ジェンは一幕二幕と一貫して生きなくてはいけないから、彼女がリアルに見えてこないとだめだなと。第一稿では「~だわ」とか「~なの」みたいな、女性っぽい言葉遣いにしていたんですが、ちょっと違うなと思い始めて、意識的にそれをすごくニュートラルな表現に変えていって。家庭の中で家族、弟と話すときに「~だわ」とか言わないし、弟との関係性がリアルに見えてこないとどうしようもないなと。それと、『ビッグ・フィッシュ』もそうですけど、アンドリュー・リッパは本当に素敵で美しい曲を書いていて。訳詞についていつも気をつけているのは、一音一文字、音の数を絶対増やさないということなんです。僕が一番影響を受けた訳詞家は岩谷時子先生なんです。岩谷先生が『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』で至った境地、音楽を変えないというところは、作曲家に対して非常にリスペクトを払う態度だと僕は信じていて。作曲家が訴えたかったことが楽譜上、音楽という形で書かれているわけですから。英語から日本語に置き換えるとき、確かに音の数的に情報量がものすごく減ってしまうんですが、でも、日本語って、他の言語に比べると、言葉の周りに漂っている香りみたいなものがあるので。その香りみたいなものを使って、言い切れていない部分を埋めていくみたいなことができる言語だと感じているんです。言いすぎないことによってあえて語るみたいなやり方ができる言語というか。今まで訳してきた中で、日本語のそんな力というものを感じてきていて。最近の日本のポップスや、ミュージカルの翻訳でも、とにかく言葉を詰め込む、ひとつの音符に三音四音言っちゃうみたいな傾向があるじゃないですか。でも、そうしなくても日本語って実は多くのことが語れると思うんですね。すべてを語ってはいどうぞみたいなことをやらずとも、そこはかとない香りと雰囲気の中でしんみりと感じるものってあると思っていて、それを大切にして翻訳したいなと。とても繊細な言語なので、ちょっとした言い方の違いで伝わってくるものが全然違う。翻訳家としても、役者としても言えることですが、言葉を届けていくというのはとても責任がある仕事だと思うんです。そして、翻訳は、作品が言いたかったことを、日本語においてもう一度世界として再構築するという過程なので、日本語としてちゃんと成立していることがすごく大事だとも思っていて。だから、基本的に、横文字も一切歌詞の中に残さないですね。

ミュージカルの世界における歌って、基本的に、登場人物は、歌っているという設定ではないんです。あくまでしゃべっているわけです。そして、我々が普通にしゃべっている中で、「僕は君をアイラブユー」みたいに言わないけれども、それが、ミュージカルの歌詞の中であれば許されるというのは違うんじゃないのかなと僕は思っていて。ミュージカルの魅力って、登場する人物たちの感情的なうねりというものが、旋律というとてもわかりやすい形で表現されていて、さらに、その旋律のおかげで、感情が増幅されて大きく広がる形で届いてくるということだと思うんですよね。

ーーそして今回、二人ミュージカルという形式です。

劇団四季にいたので、大きなプロダクションは見慣れていたんですが、イギリスに勉強しに行ったら、小さな劇場に行くことがすごく多くなって。ものすごく距離が近い中、同じ空間の中で同じ時間を役者と観客が共有することの意味をすごく考えさせられたんですよね。そこで生まれる観客と演者の間の化学反応が演劇の魅力だなと。そこにただ存在することの意味をすごく考えさせられたんです。人間と人間の間に起こる小さな小さな交流の中に実は宇宙って宿るって僕は信じているんですけれど、それが、小編成、少人数の作品だととてもていねいに作りやすいので、小さなミュージカルが大好きなんです。

ーームーブメントも手がけられます。

今回、小さな振りはありますが、踊りらしい踊りはないんです。でも、フィジカル・シアターを勉強する中で、人間の身体性と精神性のつながりがすごく大事だと考えるようになって。いかに人間の身体というものを使って物語を語っていくか、それも全部ひっくるめて僕はムーブメントという言い方をしていて。人間が思っていることって身体に現れるから、それが、演劇の中で物語を語っていく上では非常に重要なポジションにあるなと思っているんです。今回、ワークショップで皆さんとムーブメントのワークをさせていただいたので、それを実際の稽古でも積極的に反映させていきたいなと思っています。

取材・文=藤本真由(舞台評論家)

公演情報

PARCO PRODUCE 2023 ミュージカル『ジョン&ジェン』
 
音楽:アンドリュー・リッパ
歌詞:トム・グリーンウォルド
脚本:トム・グリーンウォルド、アンドリュー・リッパ
演出・翻訳・訳詞・ムーブメント:市川洋二郎
 
出演:森崎ウィン 田代万里生(ジョン役Wキャスト) 新妻聖子 濱田めぐみ(ジェン役Wキャスト)
 
公式サイト:https://stage.parco.jp/program/johnandjen
ハッシュタグ #ジョンアンドジェン
企画製作:パルコ
 
<東京公演>
日程:2023年12月9日(土)~12月24日(日)
会場:よみうり大手町ホール
※出演スケジュールは公式サイトにて
 
料金(全席指定・税込):10,000円
U-18=3,000円 [観劇時18歳以下対象
U-30=5,000円 [観劇時30歳以下対象
※U-18・U-30:前売販売のみ/要身分証明書/当日指定席券引換
※未就学児の入場はご遠慮ください。
 
一般発売日:2023年8月19日(土)
 
東京公演主催:パルコ 読売新聞社
に関するお問合せ:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(平日12:00~15:00)
公演に関するお問合せ:パルコステージ 03-3477-5858
https://stage.parco.jp/
 
<大阪公演>
日程:2023年12月26日(火)~12月28日(木)
会場:新歌舞伎座
※出演スケジュールは公式サイトにて

料金(全席指定・税込):10,000円
一般発売日:2023年9月22日(金)
大阪公演主催:新歌舞伎座
お問合せ:新歌舞伎座テレホン予約センター 06-7730-2222(10:00~16:00)
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