ピアニスト務川慧悟が語る、5夜連続リサイタル 実験的な試みも加え新たな挑戦の一歩を
Bプロ:大きな流れの美しいつながりを
―—Bプログラムについては、どこに頂点を持ってくるのか?という点でまず興味が湧きます。
一言で言うと、自分自身でも実に地味なプログラムだと思っています(笑)。どの作曲家も、もっともっと人に聴かせるための作品をたくさん書いているのに、「あえて自分自身のために書いたのではないか……」、「これは単なる日記なのではないか……?」と思えるような作品ばかりを集めてみました。
というところで、Bプロに関しては明確なコンセプトに打ち出されたラインナップというよりも、一つひとつの作品が一連の大きな流れとしていかに美しくつながってゆくか、という点を感じ、捉えて頂けたらと思います。多分、曲目だけではどんな内容かを想像するは難しいと思うので、ぜひ実際に聴いて頂いて、初めてそのような思いを感じて頂けたら僕としては嬉しいです。
―—内向的な作品群ながらも、むしろ「内に燃える」という表現がふさわしいともいえますね。
はい、ショパンのバラード4番などはショパン自身が最も辛い時期を過ごしていた頃に書かれた作品で、全般的に暗さを感じますが、ものすごく内に秘めたエネルギーが感じられます。
ラフマニノフの作品(コレルリの主題による変奏曲)も、彼がアメリカに渡って創作数も激減した中で書かれた唯一のピアノソロ作品で、若い頃の作品にはない世界観が感じられます。バロック期の作曲家コレルリの弦楽作品によるテーマが様々なかたちで発展し、第20変奏まで展開してゆくのですが、頂点に達し、フィナーレを迎えるところですべてが崩れ落ちてゆく……。「やっぱりダメだった……」というようにラフマニノフ自身、心の中での諦めのようなものがあったように僕は感じているんです。壮大な塔を築き上げようと意気揚々と突き進んでいたところで、たった一つの音によってそれらの思いがすべて崩れ落ちてしまう……というようなイメージと言ったらよいでしょうか。
―—そのような葛藤や失意に満ちた作品であえてプログラムを締めるという…。務川さんご自身、このプログラムに対して「人前で演奏するには勇気のいるプログラム」と(ツイッター上で)吐露していた理由がわかるような気がします。
作曲家自身の私的な思いや複雑な感情に深く根差した内向きの曲に加えて、僕自身、自分自身のために演奏したり聴いたりしてきた思い入れの深い作品を配置したことで、僕の中ではこれらの作曲家との強いシンクロ感みたいなものも感じているのですが……、そのようなラインナップを皆さんにお聴かせすることに対しては何となく心配しています……みんな寝ちゃうんじゃないか、って(笑)。
ドビュッシーの前奏曲第Ⅱ集も、水墨画のようなイメージがあって、大きな陰の中に一条の光が差し込むような渋みのある世界観が僕は大好きで、フランスに留学したての頃、本当によくCDを聴いて励まされていたのを覚えています。留学して最初の頃は楽しい事ばかりではなかったので、パリの街を彷徨いながらよく聞いていた思い出があります。
―—実際、10月末に軽井沢の大賀ホールでこのプログラム(Bプロと同一内容)を演奏していますが、その際はどのような感触でしたか?
大拍手で盛り上がるというより、演奏中も、演奏後も僕自身がこのプログラムに意図したように、シーンと、しみじみとした空気感を創りだしてくださってとても嬉しく思いました。
―—ABプログラムともに二夜連続公演の設定ですが、同一プログラムで二夜連続となると、「同じようであっても欲しいし、同じようであって欲しくはない……」という思いもおありではないでしょうか。特にBプログラムなどは。
そうですね。それこそBプロは僕の心の中を反映したような親密な部分もありますので、その場に醸成される空気感とともに感じるままに演奏したいという思いがあります。僕としたら、アットホームな空気感が実現できたら本当に理想的、と感じていて、それこそ「家でリラックスしてベストな状態で弾けるような雰囲気があったら嬉しいな」というのを何となく描きだしています。そんな僕の中の理想空間をできる限り多くの聴衆の皆さんと共有したいと考えています。
最終夜・AB混合プログラム:サプライズ的な要素も加え”実験的”に
―—最終夜の12月8日はAプロとBプロの混合特別プログラムということですが、もう少し内容を聞かせて頂けますか。
ABプログラムを混ぜつつ、その中にもない作品を少し加えて、という構成になると思います。内容的にはそのような方向性で考えているのですが、もう少しサプライズ的な要素も加えようと思っています。これは、今、僕が生活しているパリでジャズバーに行ったりして感じたことを反映するかたちです。それ以上はオフレコで(笑)。今までの僕の演奏会にはないスタイルかもしれないので、ぜひご期待ください。動機としては、デビューしたての頃は、とにかく演奏会というのは全身全霊を込めて、という感じだったのですが、「もう少しアットホームなところがあってもいいのかな……?」と思える余裕がでてきたんですね。
―—最終夜のABプログラム混合だけではなく、AプロとBプロすべてを聴くことによって新たに見出すことがあるかもしれませんね。
最終日はある意味で僕自身の中で実験的な意味合いもあるので、むしろ、AとBそれぞれのプログラムをぜひ聴いて頂けたらと思います。
―—5夜連続ですと大コンクールを経験している務川さんでも体力的にも精神力的にも大変ですね。
確かに集中力を保つのは大変ですが、演奏日程に間が空くよりは、僕自身の中でつねに ”舞台モード” が続いている、という意味で意外と良い演奏が実現するのではと自負しています。間が空いてしまうと日常モードから舞台集中モードに持って行くのにやはりかなりの時間もエネルギーも要します。
―—ちなみに楽器はホールにあるピアノを使用予定ですか? 今回のプログラミングだと、古楽器の響きに近いような特殊な楽器を選定するなど、それなりのこだわりもあるのではと想像してしまうのですが。
コンサートピアニストとしての活動においては、むしろ近代ピアノの良さを活かして演奏することにベストを尽くしたいと思っています。もちろん、古楽器で学んだエッセンスは取り入れたいと思っていますし、そのような趣向が少しでも自然に滲みでていたら嬉しいと思いますが、僕自身、近代メカニズムを持ったピアノが一番好きですし、その点に一番信頼を置いています。
―—最後にファンの皆さんにメッセージを。
どちらも昔からやってみたかった内容のプログラムですので、共に今ようやくかたちになったことで僕自身もとても楽しみにしています。浜離宮朝日ホールは僕自身、特に信頼するホールですし、大好きな空間です。繊細なニュアンスが大変よく伝わる音響を兼ね備えていて、こうしたプログラムには理想的な空間だと思いますので、そういう空気感をぜひ一緒に創りだしに会場にお越し頂けたら嬉しく思っています。
取材・文=朝岡久美子 撮影=池上夢貢
公演情報
2023年12月5日(火)<第二夜> – Aプログラム
2023年12月6日(水)<第三夜> – Bプログラム
2023年12月7日(木)<第四夜> – Bプログラム
2023年12月8日(金)<最終夜> – A・Bプログラムより構成した特別プログラム
※すべて19:00開演(18:30開場)
J.S.バッハ:フランス風序曲 ロ短調 BWV 831
フランク:プレリュード、コラールとフーガ ロ短調
レーガー:6つのプレリュードとフーガ Op.99より 第2番 ニ長調
J.S.バッハ=ブゾーニ:10のコラール前奏曲より 第4番 ト長調『今ぞ喜べ、愛するキリストのともがらよ』
J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903
J.S.バッハ=ブゾーニ:シャコンヌ ニ短調
ショスタコーヴィチ:24のプレリュードとフーガより 第15番 変ニ長調
シューマン:子供のためのアルバム Op.68より第30番『無題』
シューマン:4つの夜曲 Op.23
ドビュッシー:前奏曲集第2集より 3.酒の門 5.ヒース 10.カノープ 12.花火
ショパン:ノクターン第6番 ト短調 Op.15-3
ショパン:バラード第4番 ヘ短調 Op.52
早坂文雄:室内のためのピアノ小品集より第12番、第14番
ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 ニ短調 Op.42
お問合わせ:NEXUS/info@nexus.jpn.com
放送情報
“芸術の都・パリ”ということで今回は、“絵画から想起される音楽”“音楽を感じる絵画”とイメージで結びつく絵画と音楽に注目します。 フランス大好き音楽家の二人が、愛するフランス絵画と結びつく音楽から フランスに魅せられる理由、フランス文化の魅力をお伝えします!
♪出演:務川慧悟、Cocomi
♪出演:務川慧悟、森迫永依、アレクサンダー・ガジェヴ (VTR出演)