鬼才、イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出版・オペラ《デッドマン・ウォーキング》で描かれる愛のメッセージとは~原作者、シスター・ヘレン・プレジャン氏インタビュー

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2023.12.1
シスター・ヘレン・プレジャン ⒸCheryl Gerber

シスター・ヘレン・プレジャン ⒸCheryl Gerber

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劇場スクリーンに映し出される暗い森。イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出版のオペラ《デッドマン・ウォーキング》の始まりはまるで映画のようだ。凄惨な事件、死刑を宣告された犯人、彼に寄り添うひとりのシスター、そして被害者と加害者それぞれの家族――。自身の10年間に渡る死刑囚との交流をもとにシスター・ヘレン・プレジャンが著したノンフィクション『デッドマン・ウォーキング』は1995年に映画化され、2000年にはオペラ版も初上演。これまで観客から多大な支持を受け、本年9月にMET新シーズンのオープニングを飾った21世紀オペラの金字塔が<METライブビューイング>として映画館で甦る。本作の原作者、シスター・ヘレン・プレジャン氏に話を聞くことができた。

【動画】《デッドマン・ウォーキング》MET初演予告


 
 

METによる新制作《デッドマン・ウォーキング》

――イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出版の《デッドマン・ウォーキング》をご覧になっていかがでしたか?

これまでオペラ化されたこの作品を15回以上観てきましたが、今回のニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(以下MET)での上演ほど強いパワーを受け取ったことはありません。舞台上に撮影カメラが入り、登場人物たちの表情をリアルタイムに映し出して観客に提示する演出も斬新で素晴らしいと思いましたし、その手法により、死刑囚として最期の日を待つジョセフ(ライアン・マキニー)が自身の罪と向き合い次第に変化していく過程がより明確に伝わってくると感じました。

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

――衣装の色味を極力抑え、そのぶん、装置の背景色や照明などで登場人物たちの感情や場面に合致した“色”を際立たせる演出手法も興味深かったです。

そう! そこに注目すると深みが増しますよね。この作品の芯のひとつが「罪を犯した人間が生き続けることは赦されるのか」という問いかけです。劇中には命を奪われた被害者の家族も登場し、彼らがジョセフを憎む気持ちも描かれますし、その反対に犯人であるジョセフの母親も「自分の子どもが(死刑により)命を取られる私の気持ちは誰にもわからない」と感情をあらわにします。今回のMET上演版を観て、ノンフィクションを芸術作品へと置き換えるにあたり、オペラはもっとも優れた手法のひとつだと実感しています。

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

――ご自身が著したノンフィクションがオペラ化されるにあたり、クリエイター側に何かリクエストをなさいましたか?

いえいえ、とんでもない(笑)! ノンフィクションでも原作はあくまで原作ですから、それを託した時点で演出や装置、衣装などはすべてクリエイター側にお任せしています。ただ、音楽については2000年のオペラ初演版の制作が決まった時に作曲家のジェイク・ヘギーと何度もやり取りをし、ふたつだけリクエストをさせてもらいました。ひとつは「前衛的過ぎず観客の耳に残る音楽を作って欲しい」、そしてもうひとつが「作品の核が“赦しへの旅路”だと意識した楽曲で構成して欲しい」です。《デッドマン・ウォーキング》のオペラ版制作にあたり、あらためて創作の場では信頼が大事だとたくさんの学びがありましたし、映画版(1995年)の時と同じく素晴らしい信頼関係の中でオペラ版が生み出されたと思っています。

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

 

作品を通して描かれる“赦しへの旅路” 

――ジョセフがその時を迎え、シスター・ヘレンに伝えた最期の言葉が「愛している」だったことが本作のテーマのひとつだと強く感じました。

私は《デッドマン・ウォーキング》という作品をラブストーリーだと捉えています。それは愛を知らなかったジョセフが自分や神と向き合う中で大きく変わり、自らの罪を悔いたのちに他者への愛を実感できるようになったからです。私自身、これまで6人の受刑者たちの刑の執行に立ち会った経験があるのですが、その6人とも最期の時に口にした言葉は愛に関するものでした。

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

――ご自身がモデルとなっているシスター・ヘレン役を担うジョイス・ディドナートさんとは親しい間柄だそうですね。

そう、とても親しい友人です。彼女ほどシスター・ヘレン役を理解し、私の活動に寄り添ったうえでこの役を演じてくれる人を他に知りませんし、マドリードでの上演の際にもジョイスがヘレン役を担ってくれて、私たちは長い時間を共に過ごしました。彼女は劇中で描かれる“赦しへの旅路”を完璧に体現してくれていますし、じつは先ほどお話した「《デッドマン・ウォーキング》はラブストーリー」との言葉を最初に私に伝えてくれたのもジョイスなのです。彼女は「人は誰でもひとりで逝くのは怖いはずなのに、彼らはあなたの精神的なダメージを慮って“シスター、自分が死んでいくさまは見なくていい、どうかこの場から離れてくれ”と言った。最期の時に彼らは他者に対して愛の気持ちを持って接することができたのよ」と。その言葉をジョイスから聞いた時に目が開いた気がしました。彼女が本作のラストで歌うアリアは何よりも透明な力でお客様に愛を届けてくれる楽曲です。

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

――少し時計を戻させてください。シスターご自身が最初に死刑囚と関わることになったきっかけを教えていただけますか。

元は郊外で子どもたちに接する修道女でしたが、40代になった時に都市部へと移り、貧困層と呼ばれる人々のための活動をするようになりました。その活動の一環として、刑務所に収監されている死刑囚と手紙のやり取りをしてみないかとオファーがあり、実際に彼らと関わるようになったのです。それは子どもたちとの日々とはまったく違う世界での体験で、つねに水中で溺れているような感覚でした。最初は殺人を犯すような人のことが怖くてたまらず、どうしていいのかわからなかったのですが、ひとりの死刑囚との交流の中で、次第に彼の中にある“人間”の姿がはっきりと見えるようになったのです。その人が犯した罪は“死”をもって償わされるべきではない。それは死刑囚と関わる日々の中でずっと変わらない私の信念です。

シスター・ヘレンと死刑囚 ⒸJoup Bouma

シスター・ヘレンと死刑囚 ⒸJoup Bouma


 

自らの人生を取り戻すために“赦す”

――私たちが日々を過ごす中で他者に対して怒りを感じたり、憎しみの気持ちが生まれた時はどうしたら良いのでしょう。

とても大切な問いかけをありがとう。作中でも愛する娘の命を奪われた父親が大きな怒りを抱え、犯人であるジョセフの刑の執行を望む場面があるのですが、じつは彼自身もジョセフの死によって自らの怒りが癒されることはないとわかっているのです。自分や愛する人が傷つけられた時、傷を負った人の心には怒りや憎しみが生まれます、それは当然のことです。でも、自分の心の中に怒りや憎しみの気持ちがあるうちは、酷いことをした相手に自身の心が支配されている状態ともいえます。ですから、本当に自分の心を解放したいのであれば、怒りや憎しみの気持ちをまず手放すことが大切なのだと思います。相手を“赦す”ことは“弱さ”であると考えている人もいるかもしれませんがそれは違います。“赦す”ためには大きなパワーが必要で、それはとても“強い”心から生まれます。“赦す”ことこそ、自分の人生の自由を取り戻すために必要なことだと私は信じています。

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

《デッドマン・ウォーキング》 ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

――心に響くお言葉をありがとうございます。オペラ《デッドマン・ウォーキング》はMET版ライブビューイングとして間もなく日本でも上映されます。

METの方も仰っていましたが、多くのオペラ作品が上演される中で、この《デッドマン・ウォーキング》を観た観客の反応は特別なのだそうです。制作サイドにとっても死刑制度の問題をオペラという芸術作品の中で取り上げることは大きなチャレンジだったと思います。この作品と出会ったひとりひとりがシスター・ヘレンとジョセフとの交流や被害者と加害者それぞれの家族の変化を通じ、“赦しへの旅路”を自分のこととして受け止め、今も世界中でおこなわれているこの制度についてもう1度考えてくだされば幸いです。

《デッドマン・ウォーキング》カーテンコール ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

《デッドマン・ウォーキング》カーテンコール ⒸKaren Almond/Metropolitan Opera

取材・文 上村由紀子(演劇ライター)

上映情報

METライブビューイング 2023-24
ジェイク・ヘギー《デッドマン・ウォーキング》
 
©Jonathan Tichler / Metropolitan Opera

©Jonathan Tichler / Metropolitan Opera

■指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
■演出:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ
■出演:ジョイス・ディドナート、ライアン・マキニー、ラトニア・ムーア、スーザン・グラハム
■上映時間:3時間28分(休憩1回)
■MET上演日:2023年10月21日
■言語:英語
※日本語字幕付き。

 
■上映期間:2023年12月8日(金)~12月14日(木)
※東劇のみ12/21(木)まで2週上映

 
■上映劇場:
北海道:札幌シネマフロンティア 011-209-5400
宮城:MOVIX仙台 050-6865-6205
千葉:MOVIX柏の葉 ​050-6865-3401
埼玉:MOVIXさいたま 050-6865-4351
東京:東劇 03-3541-2711
東京:新宿ピカデリー 050-6861-3011
東京:MOVIX昭島 050-6861-0325
東京:109シネマズ二子玉川 0570-077-109
東京:T・ジョイPRINCE品川 03-5421-1113
神奈川:109シネマズ川崎 0570-007-109
神奈川:横浜ブルク13 045-222-6222
神奈川:109シネマズ湘南 0570-016-109
愛知:ミッドランドスクエア シネマ 052-527-8808
京都:MOVIX京都 050-6865-3125
大阪:大阪ステーションシティシネマ 050-6861-8100
大阪:なんばパークスシネマ 050-6864-7125
兵庫:kino cinéma 神戸国際 078-230-3580
広島:109シネマズ広島 0570-002-109
福岡:福岡中洲大洋 092-291-4058
熊本:熊本ピカデリー 050-6861-7645
※座席指定券の発売スケジュールは各上映劇場にお問合せ下さい。
※ スケジュールは余儀なく変更されることがございます。

 
■鑑賞料金:
一般料金3,700円(税込)、学生料金2,500円(税込)、
特別鑑賞券3枚セット9,600円(税込)※一回鑑賞券3枚セット

 
■あらすじ:アメリカ、ルイジアナ州。修道女のヘレンは、殺人と強姦の罪で起訴され、死刑を宣告されたジョセフと文通を始め、死刑執行前の精神カウンセラーを依頼される。ジョセフは無罪を主張していた。関わるのを止めるようにという周囲の警告を振り切って役目を引き受けたヘレンは、ジョセフの家族や被害者の両親にも寄り添い、また自らの信仰への疑いに苦しみながら、彼の魂を救う道を模索する。死刑執行の直前、恐怖に陥ったジョゼフはついにヘレンに心を開き…。 text by 加藤浩子
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