国宝指定の刀や光悦蒔絵など、広大で奥深い光悦の世界に浸る 特別展『本阿弥光悦の大宇宙』レポート
特別展『本阿弥光悦の大宇宙』
2024年1月16日(火)から3月10日(日)まで、東京国立博物館 平成館(東京・上野)で特別展『本阿弥光悦の大宇宙』が開催されている。刀剣鑑定の家系に誕生し、優れた目利きとして一目置かれ、書、工芸、陶芸といった幅広いジャンルで活躍した本阿弥光悦。本展はそんな光悦の軌跡を、本阿弥家による法華信仰に注目しつつ、最新研究を反映しながら紹介するものだ。以下、報道内覧会の様子をレポートしよう。(※会期中、一部作品の展示替えを行います)
本阿弥光悦のルーツ 肖像や家系図、光悦が所持した短刀などを紹介
本展では、光悦の姿を今に伝える《本阿弥光悦坐像》や《本阿弥光悦肖像》、本阿弥家の家系図で初代から十三代までを示す《本阿弥家図》や光悦の父である光二の実家の系図《片岡氏家系》など、光悦のルーツを示す作品が並ぶ。
左: 《片岡氏家系》江戸時代 宝暦9年(1759) 右:《本阿弥家図》(部分) 江戸時代 18世紀
刀剣鑑定の家系である本阿弥家は、宗家十三代の光忠が「享保名物帳」をまとめた。そこに記載された刀剣は名物刀剣と呼ばれ、本阿弥家が見出した刀剣は現代においても評価されている。会場には素晴らしい刀剣がずらりと並び、なかでも《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》は、光悦が唯一所持していた刀と伝えられる貴重なもの。刀身に金象嵌された花形見は、謡曲(ようきょく:能の詞章)の『花筐(はながたみ)』に由来すると考えられる。
拵(こしらえ:柄や鞘に施す外装)である《刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀》は、朱塗の鞘に施された金蒔絵の忍草が、短刀の花形見の意味と関連しているとされ、華麗で趣ある作品である。
左:重要美術品《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》志津兼氏 鎌倉~南北朝時代 14世紀 右:(刀装)《刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀》江戸時代 17世紀
その他、京金工の名門であり、本阿弥家との結びつきが深い埋忠家の中心人物・明寿の作で、真鍮に赤銅を平象嵌して洒脱な柏樹を表した《柏樹文鐔 銘 埋忠明寿》や、光悦と親交があった能楽の観世家が所持していた《刀 無銘 正宗(名物 観世正宗)》など、目を奪われる逸品揃いだ。なお本展では、《刀 無銘 正宗(名物 観世正宗)》含む国宝指定の刀剣が4件も出展されている。
重要文化財《柏樹文鐔 銘 埋忠明寿》埋忠明寿 安土桃山時代 16世紀 東京・宝永堂蔵
左:国宝《刀 無銘 正宗(名物 観世正宗)》相州正宗 鎌倉時代 14世紀 東京国立博物館蔵 右:国宝《刀 金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押)》相州正宗 鎌倉時代 14世紀 東京国立博物館蔵
繊細な技巧、大胆な表現 漆芸の造形世界
本阿弥光悦の名を聞いて、漆芸を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。本展に展示されている数ある漆芸の名品のなかでも、《花唐草文螺鈿経箱》はひときわ目をひく。こちらは光悦が本阿弥一門の菩提寺である本法寺に寄進したもので、法華経ならびに開結十巻1具を格納するための経箱(経文を入れておく箱)である。装飾は当時の流行だった朝鮮王朝時代の唐草表現の影響を受けており、蓋表の「法華経」の文字を唐草が柔らかく取り巻くさまが流麗だ。
重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》本阿弥光悦作 江戸時代 17 世紀 京都・本法寺蔵
繊細な表現に鉛板を持ち込み、華麗な螺鈿を施す一連の蒔絵作品は、光悦が何らかの形で関与したとされ、近代以降「光悦蒔絵」として知られるようになった。本展の冒頭ではメインビジュアルに使用されている《舟橋蒔絵硯箱》を鑑賞できる。ぷくりと膨れ上がった形や金地に掛け渡した鉛板、大胆に配された文字が際立つこの作品は、 『後撰和歌集』の源等の和歌「東路の 佐野の舟橋 かけてのみ 思わたるを 知る人ぞなき」を主題とし「舟橋」以外の文字を表している。個性的な造形と文字の比重の大きさが際立ち、忘れられないインパクトを残す逸品である。
国宝《舟橋蒔絵硯箱》本阿弥光悦作 江戸時代 17世紀 東京国立博物館蔵
本展では《舟橋蒔絵硯箱》にも見受けられるように、古典文学に則った題材を斬新な意匠や構図で描き出した作品を鑑賞することができる。忍草と文字を象嵌した《忍蒔絵硯箱》は『古今和歌集』の源融の和歌を主題にしており、蓋裏に描かれた兎は、謡曲『融』において、融の霊は月に住むとされることから連想された可能性がある。扇に載せた鳥兜や幔幕と能装束が描かれた《扇面鳥兜蒔絵料紙箱》、太鼓と杖が描かれた《舞楽蒔絵硯箱》は、いずれも謡曲『富士太鼓』を想起させる意匠が入り、多様な素材を使い分けた繊細この上ない表現に目を奪われた。
重要美術品《忍蒔絵硯箱》江戸時代 17世紀 東京国立博物館蔵
左::重要文化財《扇面鳥兜蒔絵料紙箱》江戸時代 17世紀 兵庫・滴翠美術館蔵 右:重要文化財《舞楽蒔絵硯箱》江戸時代 17 世紀 東京国立博物館蔵
光悦が活躍した時代は、町衆や公家、武家の間で謡曲が流行しており、本展で紹介される複数の作品の主題に影響を及ぼしている。豪華な装丁の「謡本」も登場し、このうち光悦流の書体と雲母摺り装飾(きらずりそうしょく:鉱物の一種である雲母の微粉を用いた装飾)がなされた一連の謡本を「嵯峨本」と呼び、嵯峨本のうちでも観世流の謡本を「光悦謡本」と称するそうだ。本展では複数の光悦謡本が出展されており、なかでも《光悦謡本 特製本》は装丁にとりわけ趣向を凝らした豪華本で、装飾美の極みといえる作品だ。
左:《光悦謡本 特製本》(100帖のうち5帖) 江戸時代 17世紀 東京・法政大学鴻山文庫蔵
能書で知られる光悦 俵屋宗達下絵の作品や字形の変化にも注目
光悦は、能書(のうしょ:書の名人)としても有名で、巧みで華麗な文字とともに、全体の配置や調和、余白などが非常に美しいことで知られる。《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》は、光悦の代表作と評される和歌集で、絵画の巨匠として知られる俵屋宗達が下絵、光悦が筆を担当した非常に贅沢な作品だ。長大な巻物に宗達の飛び渡る鶴と光悦の字が配されるさまは圧巻で、字形の素晴らしさもさることながら、鶴の群れの密度に合わせて字を書く優れたバランス感覚に息を呑む。
重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》(部分) 本阿弥光悦筆/俵屋宗達下絵 江戸時代 17 世紀 京都国立博物館蔵
本展の書の展示は多岐に渡り、光悦が五十代後半に患っていた中風による筆の変化も分かる。筆の震えや手の揺れを抑え込んでいるような痕跡が見受けられる《書状 加式少様宛》、その後に小康状態を得た可能性のある《書状 吉左衛門尉殿宛》、大きな字間とのびやかな印象を与える字形から老境を受け入れたと推測できる《書状 極三日付》などは、達人として知られる光悦の個人的な一面を伝える。
左から:《書状 極三日付》本阿弥光悦筆 江戸時代 17世紀 千葉・成田山書道美術館蔵、《書状 吉左衛門尉殿宛》本阿弥光悦筆 江戸時代 17世紀 京都国立博物館蔵(展示期間:1月16日(火)〜2月12日(月・休))、 《書状 加式少様宛》本阿弥光悦筆 江戸時代 17世紀 東京国立博物館蔵、《書状 加式少様宛》本阿弥光悦筆 江戸時代 元和元年(1615) 東京国立博物館蔵
その他、楽茶碗の家元である樂家の常慶や、常慶の子である道入らと共につくった陶作品なども紹介されており、光悦自ら作陶した茶碗から手の痕跡なども見ることができる。名高い茶碗が多数展示されているので、巨匠たちの逸品をじっくり鑑賞しよう。
なお、本展はグッズの品揃えも充実しており、作品の特徴を捉えた《舟橋蒔絵硯箱》マスコットキーホルダーや《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》のマスキングテープやファイルなど、ユニークな品がたくさん販売されている。是非チェックしてみよう。
特設ショップ
特設ショップ
多彩な活動を行いながら、ジャンルを越えて名人たちと交流し、歴史に残る逸品に数多く携わってきた本阿弥光悦。特別展『本阿弥光悦の大宇宙』は、そんな光悦の世界を広く深く知ることができる貴重な機会だ。この機会を逃さずに、光悦のこの上なく奥深い大宇宙を堪能しよう。
文・写真=中野昭子