終わりにして最終章への始まり――ショパン1842年の作品群を務川慧悟の深い情感と音楽的知性で~特集!『スタクラ 2025 in 横浜』【第5回】
2018年に日本最大級の野外型クラシック音楽祭として横浜の地でスタートした『STAND UP! CLASSIC FESTIVAL(スタクラフェス)』が2年ぶりに帰ってくる。
2025年10月4日(土)・5日(日)横浜みなとみらいホール 大ホールにて開催される『スタクラ 2025 in 横浜 ーSTAND UP! CLASSICー』は、同ホールの館長も務める構成作家の新井鴎子氏とともに、初年度から続く「クラシックを、もっと身近に、もっと自由に!」のコンセプトを受け継ぐ全5公演を展開。多世代の交流と新たな出会いの創出を掲げ、新進気鋭の若手アーティストを迎えてコンセプチュアルな公演を届ける。
SPICEでは、全5公演それぞれの魅力や聴きどころをお伝えする連載を掲載中。最終回は、『務川慧悟 ALL CHOPIN(オール ショパン)』についてご紹介する。
日本とヨーロッパを中心に活躍の場を広げるピアニスト務川慧悟。彼が敬愛してやまないという作曲家ショパンの人生において「転機」ともいえる年――1842年の一年の創作の過程に焦点をあて、その年に書かれた主だった作品を一挙、制作日順に演奏するという意欲的な内容の演奏会『務川慧悟 ALL CHOPIN(オール ショパン)』が横浜で開催される。『スタクラ 2025 in 横浜』は今年も密度の高い公演が目白押しだが、19世紀ロマン派作品の最高傑作とされる作品の創作の流れを、務川の深い情感と音楽的知性で追体験する必聴のプログラムだ。
今年2025年はショパン国際コンクールが開催される年だ。ポーランドで10月一週目に火蓋が切られるのと時を同じくして、横浜で開催されるスタクラフェスでも、ワルシャワの若き才能たちによる熱い戦いに匹敵する注目のショパン関連公演が予定されている。『務川慧悟ALL CHOPIN』と銘打たれたこの公演。一回のみの単独公演だ。39年という決して長くはない人生を駆け抜け、数多くの珠玉のピアノ作品を生みだしたショパンという作曲家の人生において、あえて「1842年」という一年に創作された作品群を制作日順に演奏するという、実にピアニスト務川慧悟らしい試みだ。
奇しくも務川は今、ショパンが1842年に迎えた年齢に限りなく近いところにいる。一人の音楽家として、愛すべき作曲家が同年代でどのような芸術的思考を持っていたか、どのような生き様を描いていたのか……ということに想いを馳せるのもごく自然なことだろう。ご存知の通り、務川は2019年にロン=ティボー=クレスパン国際コンクール第2位、2021年にはエリザベート王妃国際音楽コンクール第3位受賞を機にパリを拠点とし、日本とヨーロッパを中心に国際的に演奏活動を繰り広げる。今や間違いなく日本が世界に誇るスターピアニストの一人だ。その務川が最も敬愛する作曲家と言って憚らないショパンの円熟期の作品群を60分にわたって一挙に堪能できるとあっては、絶対に聞き逃すわけにはいかない。
以前、務川にインタビューした際に失礼承知で「4年前の2021年のショパン・コンクールはなぜ視野に入れていなかったのか?」と率直に尋ねてみたことがある。務川から「ショパンが純粋に好き過ぎて、コンクール用に曲を作りあげたくなかったから」と即答が返ってきた。務川にとってショパンの音楽とは、辛かった日の夜に慰めてくれる癒しであり、就寝前にショパン作品を演奏することこそが心の安定と調和をもたらしてくれるのだという。ショパンの世界観にのめり込むという境地をとうに超え、ショパンその人の精神と感受性にエンパスし、同調することで務川はむしろ、喜びや希望を感じられるというのだ。単なる“ショパン弾き”という言葉では語り尽くせぬ関係性がそこにある。
【務川慧悟】スタクラ 2025 in 横浜
その務川が今回の特別なプロジェクトのために組んだラインナップは以下のとおり。
即興曲 第3番 変ト長調 Op.51
バラード 第4番 ヘ短調 Op.52
ポロネーズ 第6番 変イ長調「英雄」Op.53
スケルツォ 第4番 ホ長調 Op.54
では、なぜ「1842年」なのだろうか? その頃の人間ショパンの生き様がいかなるものであったかを紐解いてみよう。