市村正親「僕は間違いなく、帝劇の“幸運の椅子”に座った」~作家・小川洋子特別対談/特集「帝国劇場」
市村正親流、役者論
小川:昨年の『エノケン』も素晴らしいお芝居でした。喜劇かと思ったら、案外、重いお芝居で。
市村:脚本の又吉直樹さんが僕の自伝を読んで「エノケンさんの生き方と、舞台人・市村正親の生き方が似ている」とおっしゃって。自分でも後半はエノケンの人生なのか、僕の人生なのかわからない気持ちになりました。特にエノケンが脚を失ってからは響きましたね……。「役者がてめえでてめえの機嫌取れなくなったらおしまいだな」とか、「必要なものはずっと俺の中にあった」「俺は独りよがりだった」というセリフは実感で言えるんです。役者って……特に座長なんて人は、独りよがりじゃないとできませんからね。ほかにも、自分が舞台俳優だからわかるセリフを足してもらったりも。又吉さんが、とてもいい脚本を書いてくださいました。ただ、まだ完成品ではないと感じています。再演を繰り返すことで、作品は良くなっていきますから、またやりたいですね。
小川:舞台はやっぱり直せば直すほど良いものになっていくのですね。工芸品みたいです。手を入れるほど、人間の手の温もりが入っていく。人の苦労が凝縮されると、いいものになっていく……。
市村:そうだと思います。何年もやるロングランはマンネリになる危険性もありますが、何年か置きにやる作品はいいものです。『屋根~』なんて、まさにそう。上演されるたびに「またアナテフカの村に戻れる、アナテフカの住人たちに会える」と思います。
小川:特に市村さんは、再演をされる作品が多いから。「一度作ったものを忘れる勇気がないとダメだ」というようなこともおっしゃっていましたね。こんなに一生懸命にやったのにもったいない……という気持ちではなく、ゼロから作る。
市村:前はどうだったか、ではなく、今ならこの役とどう出会えるか、なんです。前やったあれはやめよう、これはやめよう、と考えていくと、何の装飾品もなくなってくる。そこから、今回のその役というものが見えてきます。
小川:でも人間としては、以前作ったものと同じようにやる方が、楽でしょう。
市村:いえ、そもそも同じようにはできないんです。それは過去のものだし、昨日は昨日、今日は今日の対峙があります。昨日と今日では、対峙する相手も変わってきますからね。しかも“なぞる芝居”は、お客さんが引いてしまいます。歌舞伎を観ていても思うんです。上手い方は、セリフを口にしても、メロディが聞こえない。下手な役者は節まわしを聞いている気分になる。
小川:歌うようなセリフでも、心からの声が聞こえるんですね。
市村:そうです。仁左衛門さんなどは、最たるものです。
小川:ミュージカルでの表現というのも、きっとそういうことなのでしょうね。上手い俳優さんの歌は、心が皆さんの鼓膜に響いていく。上手に歌おうなんて、考える必要はない。
市村:そう。メロディはもう身体の中に入っている。入っているからこそ、歌おうと思わなくていい。
小川:ミュージカルで歌を歌うって、大変なことですよね。心の声を表現するというのは、当たり前ですが、のどじまんのようにうまく歌えばいいというものではない。大変なお仕事ですが、やりがいもおありになるのでしょう。
市村:いい役を得て、その役を生きた瞬間に、役者自身も変わるんです。浅利慶太さんが「一生懸命に役を生きると、役の仮面が透けて、中から役者の顔が見えてくる」と言っていました。
小川:役の仮面が透明になって、心が透けて相手に伝わるようになるんですね。仮面をかぶったままじゃ、お客さんに伝わらない。
市村:そうなんです。役を生きると、仮面が透けてくる。浅利さんは「男優は女優の斜め後ろに立て」とも言いました。「前に、前に」と出てくる役者は、役の仮面じゃなくて役者の地なんですよね。しかも、半分隠れている方が、お客さんが余計に気になって注目してくれる。
小川:しかも優れている俳優さんは、半分隠れていようが、隠しようのないオーラが出ていらっしゃるんですよ。……そういうことも、若い役者さんに教えてあげるような立場になられて、自分の役だけに専念すればいいというわけにもいかなくなられているのでは。
市村:70歳を過ぎたあたりから、後輩には気付いたことなど、機会があれば話すようにしています。
小川:『モーツァルト!』で苦労している京本大我さんにも「その苦労がすべて舞台につながるんだから」と励ましてあげたそうですね。
市村:そうそう。去年の『エノケン』で共演した本田響矢にもね。お弁当を作ってあげて、餌で釣りつつ、ピシッと言ってました(笑)。やっぱり息子役だし、舞台をやっていると本当にわが子に思えてくるんですよ。
二代目帝劇、最後の日
小川:私は帝劇の最後の日にも取材をさせてもらったのですが、皆さんけっこうあっけらかんとされていた印象です。井上芳雄さんにお話を聞いたら、役者というのは「一回きり」ということに慣れているからじゃないですか、とおっしゃっていました。舞台は一回やって消えるもので、そのことに慣れているからだと。
市村:うーん、それは若い人だから言える言葉ですね(笑)。僕らはもうグシュグシュ泣いてました。(『THE BEST』の千秋楽では)舞台センターの床にキスまでさせてもらったもんね……。僕らの世代は、切ない。山田(五十鈴)先生や森光子さん、帝劇の神棚にお名前のある名優の方たちの気持ちもわかるから、グサッとくるのよ。
小川:皆さんの汗や涙が、壁や闇の中にも全部しみ込んでいる劇場でしたから。
市村:この建物の中で、どれだけの名優の方が生きてきたかと思うと。そして彼ら彼女らの魂がこもった建物がいよいよなくなるんだと思うとね……。それがなくなるのは、僕はやっぱり辛い。おっしゃるとおり、この間まであった帝劇には、名優の方々の汗や涙がしみ込んでいた。次の帝劇には彼らの祈りしか連れていけないと思う。
小川:ただ、私は小説を書いていて、菊田一夫から繋がる名優たちの記憶が、帝劇の地下には地層のように積み重なっていると思いました。その上に新しい帝劇が建つのですから、皆さんちゃんと見守ってくれていると思いますし、下から支えてくれていると思いますよ。
市村:そうかな。そうだね。
舞台下手袖から上手袖を見た光景(帝国劇場アニバーサリーブック NEW HISTORY COMINGより)
――「祈りしか連れていけない」というのも、切ないけれど素敵な言葉だと思います。
小川:本当に劇場というのは、祈りの場所ですね。皆さんが様々な形で極限まで努力し、それでも最後は何かにお願いするしかないという状態で舞台に出ていく。だから劇場にはお稲荷さんもあるし、個人個人でお守りを持っていらっしゃったりもする。
市村:帝劇のお稲荷さんは、“お祈りさん”って言われてるんですよ。……ごめんなさい、今作りました(笑)。洒落です。
小川:でも筋が通ってますよ。本当にそこから来ているのかも!? あそこで何人の役者さんが不安の中で手を合わせたことか。
――市村さんは、帝劇で神様の存在を感じたことはありますか?
市村:ありますよ! 大きかったのは『ミス・サイゴン』の初演、開幕して3ヵ月くらいたった時かな。「劇場の壁が受け入れてくれた」と感じた瞬間があった。その時に帝劇の神様が自分を認めてくれたんだと思いました。
小川:開幕してしばらくたってから、演出家さんに「50%の力でやってくれ」と言われたとか。
市村:そうなんです。「ミスター市村、今のパワーの半分でやってくれないか」と。「最初の頃はまわりのみんなも固かったから君がテンションをあげることでみんなを引き上げてくれていたけれど、今はみんなも上がってきているから」と。それって僕の芝居がうるさいってこと?と聞いたら「そうなんだよ」って(笑)。そう言われたから、怖いけれど、半分の力でやってみたら、本当に空気感が変わったんです。たしかに自分も、人のお芝居を観に行って、舞台上からガンガン来られたらちょっと押されるよね。でもいい感じでやっていると、前のめりになりたくなる。それで背中が椅子から浮いちゃって、いかんいかんと姿勢を戻すわけですが。
小川:いいお芝居は吸い寄せられます。
市村:お客さんのその意思が、ふわーっと来たのを感じたんですよ。
――お客さんの方から、寄ってきたんですね。
市村:そうなの。そうか、芝居というのは舞台から客席に向かって与えるものじゃないんだなと思ったね。お客さんは脳を使いにきている。100%の芝居を与えちゃうと「そういうものか」になっちゃうから、観る方のイメージを働かせる芝居をしなきゃいけないんだなと。普段の会話でもそうなんだよね。自分が喋るだけじゃなく、相手の気持ちを聞く余裕がないとね。
死ぬまで俳優をやりたい
小川:それにしても、市村さんは演劇史に残る名作にほとんど出ておられる。
市村:本当にいい作品にばかり出演させてもらっています。僕の財産です。
小川:引き寄せるところもあるのでしょうか。岡本プロデューサー(『エリザベート』『モーツァルト!』等のプロデューサー)が、『モーツァルト!』のレオポルト役を市村さんにお願いしに行ったら、市村さんは脚本も見ずに「あなたが良いと言うものならやります」と受けてくれたとおっしゃっていました。
市村:あれも不思議な話でね。僕、お父さんの役って初めてだったんですよ。岡本プロデューサーの奥様が「父親役と言ったら誰さんや誰さんのイメージだけど、こういうのを市村くんがやればいいのに」と言ってくださったところから僕に話が来たんですって。そしてその一言が次の『屋根~』に繋がっていくんです。
――レオポルトが『屋根~』に繋がるんですか?
市村:『モーツァルト!』の千秋楽のカーテンコールかな? カーテンコールで僕は何かちょっとバカなことをやろうと思って、袖で大道具さんのなぐり(金槌)を借りて、ガチ袋(大道具さんが腰に下げている、道具を収納するためのウエストポーチのような鞄)を下げて出て行ったんです。それを見ていた東宝の偉い方が「これはテヴィエ、やれる」となったみたい(笑)。『モーツァルト!』でガチ袋をぶらさげたのがよかったんです。きっとエンジニアがそれをやっても、テヴィエには繋がらなかったんだろうな。それから「え、テヴィエは森繁さんがやっていた役でしょ、僕はどう見てもモーテルじゃない?」と思ったのですが、メイクして衣裳して帽子をかぶって荷車に座ったら、どこからどう見てもテヴィエでした(笑)。
小川:市村さんは、楽屋の鏡前には何かお守りのようなものは置かれるのですか?
市村:若い頃は特になにも置いてなかったけれど、今は父母、山田先生、尊敬する島田正吾さん、蜷川幸雄さん……亡くなった色々な方のお写真を飾って、手を合わせています。……このご本はいつ出版されるのですか?
小川:3月5日に発行になります。
市村:僕もいっぱい宣伝します。特に舞台の裏方で働くスタッフにこの本の話をしているんです。僕らはすごい世界を作っていると思っているし、そのすごい世界を、小川先生が面白く書いてくださっているから、と。皆さん、ぜひ読みたいと言っていますよ。
小川:何よりの応援団です。ありがとうございます。市村さんはこのあとはどんな作品に?
市村:映像作品や舞台がいろいろと決まっています。そして帝劇でもう一度『ミス・サイゴン』に出るのが僕の夢ですから。そこまで頑張りますよ!
小川:楽しみにしています。
市村:先生の本の中にさえあれば「自分だけの椅子を用意してもらえる」という文章があったでしょう。あれは素敵な表現ですね。お客さまは「その日、その1席は、私だけのためにある」と思っていらっしゃる。そのことも忘れてはいけないなと思いました。
小川:お客さまは1枚のを握りしめ、遠くから足を運び、「今日この時間だけ、この番号の椅子は私の席だ」と思い、小さな椅子に座り、2~3時間のあいだ夢の世界へ旅をします。でもそれも帝劇があるおかげ、大勢のスタッフさんのおかげだと、今回の取材で身に沁みました。何より俳優さんのお力ですよね。こんなにたくさんの人に幸せを分け与えられる仕事はないですよ、市村さん。
市村:だから死ぬまでやりたい。
小川:ぜひ、そうなさってください。また舞台で拝見するのを楽しみにしています。
取材・文=平野祥恵 撮影=福岡諒嗣
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https://eplus.jp/teigeki_seiza
書籍情報
四六判/288ページ
ISBN:978-4-08-770038-1
◎白杖の父が遺した、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」のパンフレット。そこには新人案内係からの手紙が挟まれていた――「ホタルさんへの手紙」