飯田洋輔と東京藝大へ。「ミカタ」が変われば、芸術はもっと面白い――美術からミュージカルまで、表現の世界を歩く
鍵野壮太「polka dots」と飯田洋輔
東京・上野にある東京藝術大学大学美術館で開催中の『藝大式 美術の“ミカタ”ーこの夏、藝大生になるー』。東京藝術大学の現役講師陣による12コマの「講義」を通して、美術史から実技、表現、鑑賞、素材、保存修復まで、さまざまな角度から美術の楽しみ方に触れられる展覧会だ。
今回、SPICE編集部は、東京藝術⼤学⾳楽学部在学中に俳優のキャリアをスタートさせたミュージカル俳優・飯田洋輔とともに、この展覧会を巡った。『キャッツ』『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』など数々のミュージカルに出演してきた飯田。現在は、ミュージカルのさまざまな楽しみ方を伝える「MUSICAL COMPASS」を立ち上げ、自身がナビゲーターとなるPodcastも配信中だ。
美術作品を見ることと、ミュージカルを見ること。一見異なる二つの世界には、意外なほど共通するところがあるらしい。久しぶりに母校を歩きながら、美術の“ミカタ”、ミュージカルの“ミカタ”、そして、これから目指していく俳優像まで話を聞いた。
蘇った藝大時代の記憶
東京藝大に合格するともらえる袋。飯田も「懐かしい〜」と話していた。
ーー久しぶりの東京藝大はいかがですか。
飯田洋輔(以下、飯田):めちゃくちゃ懐かしいですね。構内に入ったところで、ブルーシートを張って、作業をしている学生を見て、自分自身の学生時代のことが蘇ってきました。暑いなかで色を塗っていたな〜と(笑)。
藝祭(※東京藝術大学の学園祭のこと)ではお神輿を作るんですけど、僕ら声楽科は建築科と組んでいました。とはいえ、建築の皆さんにはとても及ばないので、いろいろ命じられてひたすら色を塗ったりしていたんです。
――音楽学部と美術学部との交流はあったのでしょうか。
飯田:実はほとんどなくて。キャンパスが道路で隔てられていることもあって、僕らは美術学部のことを「美校」と呼んでいたんですけど、この美術学部側のキャンパスに来ること自体がほとんどありませんでした。
交流があるとすれば藝祭くらいかな。ただ、僕は学生時代にミュージカルサークルを作っていたので、そこに美術学部の人が何人か参加してくれたことはありました。そうそう、今もそのサークルは残っているんですよ。今のほうが美術学部の学生も参加して、舞台美術などを手伝ってくれているんじゃないかな。
改めて考えると、音楽学部と美術学部が一緒にあることで、本当に多彩な人たちがいる大学だったんだなと思います。
「思っていたより“近い”展覧会でした」
飯田洋輔
――今回「藝大式 美術の“ミカタ”」を巡ってみて、いかがでしたか?
飯田:思っていたより「近い」展覧会だったなと思いました。僕みたいに普段それほど美術に詳しくない人でも素直に入っていけますし、「藝大生になろう」というコンセプトも面白い。展示室で実際に藝大生が模写を実演しているというのも聞きました。そんな展覧会って、なかなかないですよね。学校が全面的に協力しているからこそできる、貴重な展覧会なんだと思います。
それから面白かったのが、一つの作品を「どの切り口から見るか」ということ。技法から見るのか、保存という視点から見るのか。......これって、音楽にもすごく通じるんですよ。たとえば楽器をフィーチャーして聴くのか、作曲家をフィーチャーして聴くのか。それだけでも作品の見え方、聴こえ方は大きく違ってくる。
今回の展覧会を見ながら、これは音楽や舞台芸術にも通じることだなと感じていました。
展覧会では学生が模写をしている様子を見られるという
「本当にこうだったのか?」を追いかける面白さ
岡田靖「縮尺模刻・東大寺南大門仁王像」の真似をする飯田洋輔
「模刻から学ぶ 仏像の保存修復」のコーナーを鑑賞する飯田洋輔
――12の「講義」のなかで、特に気になったものはありますか?
飯田:僕は彫刻の保存についての展示ですね。ちょっとマニアックなところが好きなので(笑)。本当にそうだったのかどうかわからないものを復元していくって、ロマンがあるじゃないですか。でも、そうやって保存したり再現したりする人がいなければ、僕たちはこの時代に作品を見ることができない。後世に伝えていこうという思いで取り組んでいる方がいることも含めて、「これ、どうやってやるんだろう?」とすごく刺さりました。
それに、ここで学んだ人が先生になって、また次へつないでいく。そうやって脈々と受け継がれることで、国の財産ともいえるものが残っていくんですよね。「形として残る」ってすごいなと思いました。
……僕は音楽を「時間芸術」だと思っているんです。もちろん録音として残すことはできますが、その人がその時間に奏でたもの自体は、その瞬間が終わればなくなってしまう。実物を後世の人が見ることのできる美術と、その瞬間に存在する音楽。その違いも感じながら見ていました。
ラグーザ玉(清原玉)「宵(風景)」
――この作品を見たときも、かなり反応していましたね。
飯田:解説を読む前から、なんとなく『蝶々夫人』を連想していたんですよ。それで解説を読んだら、本当に『蝶々夫人』について書いてあって。「やっぱりそうだよね」と(笑)。
油絵って迫力がありますよね。立体的というか。でも、こんなに繊細な表現もできるんだなと思いました。僕は油絵を描いたことがないので、そもそもどうやって描くんだろう、と。
この絵には、親戚を連れてお嫁入りするような場面が描かれていますよね。傘を持った人たちがたくさんいて。『蝶々夫人』でも、今の時代でもそういうふうに演出する演出家は圧倒的に多いんです。だから、この時代から変わらないものがあるんだな、と。見ながらプッチーニが聞こえてきましたね。
美術は「難しい」。だからこそ面白い
鍵野壮太「polka dots」を鑑賞する飯田洋輔
――白熊の作品も印象に残っていたようですね。
飯田:インパクトがありますよね。しかも作家の方が僕と同い年だったんです。同じ年に生まれて、まったく違う道を歩いて、こうして美術館に展示される作品を作っている人がいるんだなと思いました。かわいらしいですし、子どもたちが見てもわかりやすい。ファミリーで楽しめるのも、この展覧会のいいところだと思います。
難しいコンセプトの展覧会だと、子どもが退屈してしまうこともあるじゃないですか。でも、こういう作品があることで、ふっと和らぐ瞬間があるんじゃないかな。
――展示を巡りながら、ご自身は「絵が得意ではない」ともおっしゃっていました(笑)
飯田:はい、本当に得意じゃないです。だから美術の人たちは尊敬します。展覧会では自画像が並んでいる展示室もあって……僕ももうちょっと絵をうまく描けるようになりたいと思いました(笑)。
ミュージカルにも、いろんな「ミカタ」がある
「鑑賞体験におけるデジタル技術の可能性」では、“触る”こともできる
――今回の展覧会は、一つの作品をさまざまな切り口から見ることがテーマになっています。それは、飯田さんが始めた「MUSICAL COMPASS」にも重なるように感じました。
飯田:そうですね。「MUSICAL COMPASS」も、ミュージカルを見たことがない人にとって聞きやすいものにしたいですし、すでに見たことがある人には、もっと深掘りして楽しんでもらえるものにしたいと思っています。
入門編からマニアックなところまでやっていきたい。たとえば指揮者の方をゲストに迎えて、僕たち俳優が普段、舞台上で指揮者をどう見ているのか。逆に指揮者は役者をどう見ているのか。そんな「逆視点」の話って、意外と聞く機会がないと思うんです。
作品そのものを紐解くこともあれば、日本語と英語での歌い方の違いを考えることもある。僕自身が普段感じている疑問をトピックにして、皆さんに聞いてもらえたらと思っています。
――今後取り上げたいテーマもありますか。
飯田:オペラとの比較なんかもやってみたいですし、演出家との対談も面白そうですよね。アイデアは尽きないです。
舞台って、一人の仕事ではありません。いろいろな部門が関わって、一つの作品が出来上がっている。でも、そこにフォーカスして取り上げる機会って、ミュージカルの世界ではまだあまりないんですよね。そういうところにも少しずつ興味を持ってもらって、一度ミュージカルを観に来た人が、今度は違うところに注目してもう一度観たくなる。
「ミュージカル沼」にハマってもらうための講座みたいな感じですね(笑)。
各「講義」にはスタンプが用意されており、全部集めると修了証に!
すべての「講義」を見終えて、「修了証」をゲットした飯田洋輔
――そもそも飯田さんがミュージカルを志したきっかけを教えてください。
飯田:音楽の授業です。授業でウエストエンドの『キャッツ』の映像を見せてもらったんですよ。その映像がきっかけで当時、名古屋で上演していた『キャッツ』を実際に観に行って、「もう、これをやりたい」と思ったのが最初でした。
それでプログラムを見ると、出演者のプロフィールに音大卒と書いてある人が多かった。「じゃあ藝大に入ればいいんだ」みたいな(笑)。ただ、僕は福井県出身で、当時は周りにミュージカルをやっている人も少なかったので、「ミュージカルをやりたい」と思っても、具体的に何をすればいいのかわからなかったんです。
吹奏楽をずっとやっていたので音楽は好きでしたし、歌うことも好きだった。でもミュージカルには、どこか一つ敷居があるように感じていました。だからこそ今、発信することには前々から積極的に取り組みたいと思っていたんです。
「MUSICAL COMPASS」を、ミュージカル俳優を目指している人だけではなく、指揮者だったり、舞台裏の仕事だったり、エンターテインメントの世界そのものに触れるきっかけにしたい。選択肢の一つとして「こんな世界もあるんだ」と知ってもらえたらいいなと思います。
「世界」に目を向け続ける俳優でありたい
――これから俳優として、中長期的に取り組んでいきたいことはありますか?
飯田:常に広い視野を持っていたい、という思いがあります。海外も含めたなかで、日本のミュージカルのマーケットを見るというか。俳優として技術を磨き続けるのはもちろんですが、目指したいのは、その先にあるものです。ブロードウェイやウエストエンドのスターたちと並んでも遜色のない俳優でありたい。
実際に海外の俳優と共演させていただくと、やっぱりすごいんですよ。「何がすごいんだろう?」と考えても、まだ結論は出ないんですけど(笑)。技術力なのか、人間力なのか、芝居の力なのか。存在感なのか。そういう人たちを見ること、感じることで、自分自身も大きくなっていけるんじゃないかと思っています。
自分の知る世界だけで完結しないことも大事だと思っています。世界にはどんな俳優がいて、どんな作品が生まれているのか。そういうものに触れながら、自分自身の現在地を知っておきたい。もちろん言葉の問題もありますから、「いきなりブロードウェイに出たいです」とまでは言えません。でも、どこで活動していたとしても、世界を意識しながら俳優として成長していきたいですね。
美術作品を、技法から見る。保存修復から見る。時代背景から見るーー。そしてミュージカルを、俳優から見る。指揮者から見る。言葉から見る。あるいは海の向こうから、日本の舞台を見つめてみるーー。
「違う切り口で見れば、いろんな見方ができるんです」
展示を巡りながら飯田が語った言葉は、そのまま彼が「MUSICAL COMPASS」でやろうとしていることにも重なっていた。一つの作品に、たった一つの正しい“ミカタ”があるわけではない。少し視点を変えてみる。それだけで、昨日までとは違う作品が見えてくるのかもしれない。
取材・文=五月女菜穂 撮影=山崎ユミ
展覧会情報
会期:2026年7月24日(金)〜9月23日(水・祝)
会場:東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
休館日:月曜(8月10日(月)、9月21日(月・祝)を除く)
開館時間:午前10時〜午後5時(最終入館は閉館の30分前まで)
公式ホームページ:https://geidai-art-mikata.jp/
放送情報
[制 作]読売新聞社・Vivoyage
[ディレクター]高瀬まりこ
▽音声配信アプリURL
Amazon music:https://music.amazon.co.jp/podcasts/ad6a5720-6865-4d26-998d-b5daf5a7ee3b
Apple Podcast:https://podcasts.apple.com/jp/podcast/id6785742371
Spotify:https://open.spotify.com/show/033H8fIxdysUsFX88Z5OyE
▽テーマソング
「Theme of MUSICAL COMPASS」
作曲:森亮平