人形で描くゴーレム(=不完全なもの)は人間そのものではないか? 天野天街&一糸座の新作人形劇『ゴーレム』
390年以上もの歴史を誇る江戸糸あやつり人形。その直系で、結城一糸によって旗揚げされた糸あやつり人形『一糸座』が、チェコの人形劇を牽引するメンバーとともに、少年王者舘の天野天街が作・演出を手がけた『ゴーレム』を上演する。ゴーレムとは、ユダヤ教の伝承に登場する泥人形のことで、断食や祈祷などの神聖な儀式を行ったラビ(ユダヤ教における宗教的指導者)の手で作られ、そのラビの命令を実行するという召使のような存在。一糸は、「人形劇に携わる者として一度は通らないといけない存在」と語る。その想いとは?
▽クラウドファンディングに挑戦してまで上演を目指した『ゴーレム』ですね。作品を上演するにいたる経緯を教えていただけますか?
ゴーレムの不思議な物語については昔から気になっていたんですよ。やっぱり物質を使う人形遣いですから、ラビが土から作り、いろんなものが吹き込まれて人間になっていくゴーレムという存在は不完全であり、われわれが扱う人形とも通じ合うものがあると思うんですね。だからこそ一度、しっかりやっておかないと人形遣いとしていかんだろうということなんですよ。
▽作・演出は『赤鬼』に続いて、天野天街さんとの作業ですね。
まず天野さんに「ゴーレムをやらないか」とお声がけしたら「やるやる」と言ってくださった。僕の中では天野さん自身がゴーレムじゃないかと思うところがあるし、また人間よりも人形が好きなんじゃないかという気がしているんで、ぜひにと思ったわけです。ゴーレムというのはたわいのない話で、グスタフ・マイリンクというオーストリアの作家が小説として書いているんですけど、そこにはゴーレムが出てこないんですよ。予兆みたいなものがあるだけ、自分たちの中に去来するだけ、というか。現実と幻想がごちゃごちゃに接ぎ木されているような展開が面白いので、この小説をベースにしているんですが、天野さんがそれをさらに全然違ったものに描き上げてくださっています。
クラウドファンディングのお礼で作った人形が舞台に出ることに
▽チェコからもスタッフ・キャストを迎えるというぜいたくな座組が実現しました。
チェコに関しては、素晴らしいマリオネットの文化があるんです。チェコはドイツやオーストリアに占領されている時代はチェコ語を禁止されていたんですが、なぜか人形劇だけはチェコ語が許されていた。だから人形劇こそが自分たちのアイデンティティを確認する場でもあったらしいんです。日本はと言えば、外国の力ではないけれど、江戸時代に鎖国をして外部を遮断していた時代に人形浄瑠璃を生み出した。そういう二つの人形が出会えたら面白いだろうと思ったんです。
そしてゴーレムはチェコの首都プラハに伝わる物語ですから、チェコの人形劇の方で一緒にやってくれる人はいないかなあと、知り合いをたどったり、僕たち自身がチェコに行って日本の古典作品を上演したりいろんなことをするなかで、おかげ様で協力者が現れたということなんです。それがゾヤ・ミコトバーさんというヨーロッパでは有名な演出家と、ベテランのパベル・ペトル・プロハースカさん、まだ大学を出たばかりのクリスティーナ・フルツオヴァーさんです。人形も双方の事情を知っている方ということで、チェコに暮らしている林由未さんという舞台美術家・造形作家の方にお願いしました。
▽稽古はどのように勧められていらっしゃいますか?
僕たちは日本で天野さんの書いた台本をもとに稽古をしています。一方でチェコではゾヤさんが、マイリンクの小説をもとに20分くらいのシーンを作ってきてくださっています。それをお互いに持ち寄って広げていこうという試みですね。どの部分をどう作るとかはすべてお任せしているので、うわさでしかわからないし、どうなるか楽しみなんです。チェコは大学で人形劇を学ぶらしいんですけど、自身の身体を使った表現だったり、楽器演奏だったり、あらゆることができないと卒業できないらしいんです。多彩なことができるのが普通らしいので、そういうさまざまな技術、アイデアも生かしつつ作ってきてくださっていると思います。
▽このゴツゴツしたのはゴーレムの人形ですか? 物語には出てこないはずのゴーレムが出てくるということですね?
これは、僕が作ったんですよ。クラウドファンディングで3万円以上寄付してくださる方へのプレゼント用に作ったものです。そうしたら天野さんがこれを舞台に出したいって言うんですよ。でも実際にはこれだけではなく、いろんなゴーレムが登場します。ゴーレムは向こうの言葉では変化していく、あるいは不完全なものという意味らしいんです。舞台では、小さいもの大きいものいろいろ出てきますよ。そして言ってみれば人間なんてみんな不完全でしょう。そういう意味ではみんながゴーレムだということも言えるんじゃないでしょうか。
チェコ人とユダヤ人との間で争いごとが起こって、チェコの少女が殺される。宗教の関係でユダヤ人はお祭りの時に羊の血をたくさん使ったりするんだけど、少女の血が抜かれているからユダヤ人がやったんだろうということになる。それがきっかけでラビがゴーレムを作るんですよ。ところがゴーレムがどんどん乱暴になっていって、すべてを破壊し尽くそうになる。守るために作られたものなのに、ある種の兵器になってしまった。そんな伝説なんです。不完全な人間がゴーレムを作ったというのも、何かそこにあるんじゃないかと感じるんです。人形遣いとしては興味は尽きないですね。
今回は役者さんもたくさん出演してくださいますが、人形という分身を皆さん動かせるように練習してもらうんですよ。月船さららさんはヒロインとほかに2、3の女性を演じていただきますし、寺十吾さんは他人の記憶とごっちゃになってしまう男役を演じる。そして僕がユダヤ人の人形遣いを演じるんですけど、そういうキャラクターたちが入り乱れてゴーレムを作り上げるんです。
▽人形美術・製作|林由未
▽人形製作|一糸座
▽音楽|園田容子
結城一糸 結城民子 結城敬太 金子展尚 根岸まりな(以上、一糸座)