古家正亨の「韓 I help you ?」vol.1 『2016年上半期のK-POPシーン』
古家正亨
昨年は、国民的ヒットが不在といわれた韓国音楽界。今年2016年はすでに上半期が終わり、下半期に突入したが、状況はどうなっているだろうか。
韓国でもっとも信頼性が高いと言われているのが、GAONチャートと呼ばれるチャートで、このチャートは、韓国音楽コンテンツ産業協会が運営し、大韓民国文化体育観光部の後援の下、1年間の準備期間を経て2010年2月に運営をスタートさせた。“韓国のビルボード”“韓国のオリコン”を目指しスタートさせたこのチャートだが、政府が立ち上げに関わったその背景は、このGAONがスタートするまで存在した韓国内の音楽チャートが、信頼を欠くものだったから。このままでは、アジアを代表するコンテンツ輸出国として問題があるという判断から「信頼できるチャートを」をコンセプトに作られた。実際、このGAONで採用されているデータは非常に多岐にわたっており、スタートから6年、その地位はしっかり定着した感がある。
そんなGAONチャートの2016年上半期の総合チャートを観ると今年の流行が見えてくる。その特徴の1つとして、日本でも同様の現象が起きているが、韓国でもダウンロードとCDセールスでは、まったくその動きが違っている。
例えば、ダウンロードの場合は、ガールズグループ GFRIENDの「시간을 달려서(時間を駆けて)」が圧倒的な人気を見せ、そして日本でも放送されているドラマ『太陽の末裔』のOST(オリジナルサウンドトラックアルバム)からの楽曲が、トップ10中、4曲を独占。また日本人メンバー3人も含まれる、大手芸能事務所 JYP ENTERTAINMENTの新人ガールズグループ TWICEのセカンドシングル「CHEER UP」の大ヒットが目立つほか、ベテラングループ MC THE MAXの新曲や人気ボーイズグループ BLOCK Bのメンバー、ZICOのソロ曲。また日本ではそれほど話題になっていないが、欧米のK-POPファンから人気の高い実力派ガールズグループ MAMAMOOの新曲といったナンバーがランク入りを果たしている。
GFRIEND『SNOWFLAKE』
KBS 2TV 『太陽の末裔』オリジナル・サウンド・トラック VOL.1
一方、CDセールスではEXOのサードアルバム『EX’ACT』の韓国盤と中国盤が1位と3位。また日本でも人気の防弾少年団の『花様年華 Young Forever』が2位、SEVENTEENのファーストアルバム『LOVE & LETTER』が4位、GOT7の『FLIGHT LOG』が5位と様変わり。6位にTWICEの『PAGE TWO』が入ってくる以外は、両チャートの共通点はほぼないに等しい。
EXO『EX’ACT』
防弾少年団『花様年華 Young Forever』
これには様々な理由が挙げられるが、一番大きいのはCDセールスの場合、韓国のファンだけでなく、海外ファン(特に日本と中国)の購買力によって支えられているということ。これは特定の店舗や流通ルートを経由したCDの場合、韓国国外で販売しているものもカウントされる仕組みになっているため、海外のファンは、好きなアーティストがチャートインすることを願い、購入し支えようとする。そういった数字も大きく加味されていると言っていいだろう。現実問題として、韓国ではCDというメディア自体が日本よりも急速に、オールドメディア化が進んでいる半面、ダウンロードは、その瞬間の流行に流されやすい傾向があり、ダウンロード価格やストリーミングサービスの充実で、日本よりも割安感があるため、日本人以上に気軽にダウンロードやストリーミングを楽しむ人が多い。また、アクセス制限があるため、外国人による購買サポートが難しいこともあり、ダウンロードチャートの方が、純粋な韓国の音楽的流行を示しているとも言える。両者の特徴を観ていくと、やはり今年上半期の流行は、2つのチャートにトップ10で唯一顔を出しているTWICEの勢いに象徴されている。彼女たちは、上半期の音楽界の象徴的存在と言えるだろう。
事実、TWICEの上半期のヒット曲「CHEER UP」は、どのダウンロードチャートを観ても、常にトップ10にランクインし続けており、日本人メンバーのサナが曲中に放つ「シャシャシャ」というフレーズが流行するなど、老若男女問わず、彼女たち、そしてこの曲に何かしら触れる機会が、この上半期は多かった。
TWICE『PAGE TWO』
このように2016年の上半期はまさにTWICEの上半期だったと言える韓国音楽界だが、どうしてもヒットチャートだけで分析すると、音楽に偏りが出てきてしまうのも韓国の特徴で、ドラマのOSTやアイドルたちの楽曲、また最近ではMnetの『SHOW ME THE MONEY』や『UNPRETTY RAPSTAR』、MBCの『無限挑戦』といった音楽をベースにしたリアリティ番組、そして同じくMnetの『SUPERSTAR K』といったオーディション番組の人気が凄まじく、こういった番組に絡む楽曲やアーティストの曲がチャートの上位を席巻することも少なくない。
こういった流れで割を食うのが、いわゆる実力派アーティストたちで、正しい音楽的評価をなかなか得られず、実際良い音楽をやっていても、人気チャートと化している今の韓国の総合チャートで上位に食い込むのは非常に難しい。それを“人気がないから”と理由づけしてしまえばそれまでだが、数年前までは、ダウンロードチャート=人気チャート、CDセールスチャート=実力チャートと言われ、ダウンロードチャートには顔を出さないが、CDチャートには、ある一定の音楽愛好者からの支持を得たアーティストの音楽を、良質なCD音質で聴こう、ジャケットのアートワークを音楽の世界観と共に楽しもうというファンが多く存在し、そういったファンに支えられたアーティストたちが上位に食い込み、そして、テレビの音楽番組への出演のきっかけなどが作られていた。つまりチャートの住み分けが出来ていたが、予算の関係で正規フルアルバムのリリースが減り、ミニアルバムやシングル、配信限定のシングルのみのリリース形態が増えてくるにつれ、音楽愛好家の嗜好も変わっていく。配信でもハイレゾ音源であれば良いという考えやレコード回帰といった国際的な流れもあり、CDに固執することがなくなった結果、CDチャートも今や海外ファンを巻き込んだ人気チャートと化してしまった。
また、ここ数年勢いのあったインディーズ音楽にも人気に陰りが見え、さらにインディーズがメジャー化してきたことも、音楽愛好者の嗜好の変化に与えた影響は計り知れない。これまでチャン・ギハと顔たちや10CMといった、メジャー顔負けの人気を持つ、実力派アーティストを輩出してきた韓国のインディーズシーンだが、その活動の中心と言われるホンデ(ソウル市内にあるアート系に強い大学として知られる、弘益大学前を総称して)のライブハウスやクラブを中心に、ステージ活動を中心にまさに“食って”きたと言える。しかし、スマートフォンを中心とした若者文化の形成によって、“音楽”そのものが若者の文化の中心ではなくなりつつある韓国で、ステージだけでは食べてはいけない状況も生まれ、また実力派が音源・音盤市場で評価されにくい状況では、そこを目指す人(音楽の送り手も受け手も)も少なくなってしまった。その結果、有能な新人が出にくい状況が生まれつつある。また音楽をこれまで嗜好してきたファンの高年齢化も1つの理由に挙げられるだろう。この辺りの動きは日本でも同様の部分があるのではないだろうか。
そのため、インディーズシーンで活躍してきたアーティストたちは、次なる活躍の場を求めるようになっていく。しかし偶然にも時同じくして、彼らを求める“人”が現れた。それが、人気アイドルを抱える大手芸能事務所である。国際的なK-POPブームでK-POP人気は広がりを見せてはいるが、韓国国内市場における問題点は、どれだけヒットしても、アイドルはアイドルであり、実力派やアーティストという括りでは見てもらえないという現状がある。韓国では、音楽愛好者(いわゆるここではマニア)たちは、“アイドル以外が実力派”という昔から引きずる考えを持つ人が少なくない。そのために、韓国以外の国では、自分たち自身で音楽を作っているアイドルたちに対しては、アーティストとしても敬意を表する者が少なくない中、韓国では、アイドルはアイドルなのである。
そこで白羽の矢が立ったのが、インディーズシーンで活躍する実力派のアーティストたちである。彼らとコラボレーションさせることによって、アイドルから脱皮した新しいアイドル像を作ろうとしているのである。またインディーズ側にもメリットが多く、こうしたコラボレーションによって、アイドルファンにも名前が知られ、結果露出が増えていくことで、大きなプロモーション効果が得られるのである。
実際、このような動きが始まった5年前に比べて、インディーズシーンのアーティストたちの露出は急激に増え、今やテレビのバラエティでレギュラー番組を持つ者も少なくない。かつての日本でも、一時期チャート番組に出演しないことが“アーティスト”としての自負心を守れるとの考えが生まれ、シンガーソングライターやバンドの多くが「ザ・ベストテン」や「歌のトップテン」といった番組への出演を拒否した結果、番組そのものが成立しなくなってしまったが、韓国のインディーズのアーティストたちも、当初はアイドルたちと同じ土壌で活動することに拒否反応を示していた者は少なくない。でも、今や多くのアーティストが率先して出演している。時代の変化を感じずにはいられない。金銭的な問題もあるだろうが、それ以上に、アイドル音楽のクオリティが高まったこともその背景にあるだろう。
ただ、その一方で音楽愛好者の目は、より厳しくなってしまった現実もある。インディーズとアイドルのコラボによって進む、いわゆるインディーズのメジャー化は、マニア的嗜好のあるファンにとっては、決して望まれない状況であり、こういった流れは、新しいファン層の開拓に成功している一方、これまでのファン離れを加速させている。
昨年、このような流れに上手く乗ったのが、この夏、サマー・ソニックに出演する人気バンドの“ヒョゴ(hyukoh)”。バンドであることに誇りを持ちながらも、大人気バラエティ番組の『無限挑戦』に出演したことで大ブレイクを果たした。彼らのような流れに今後乗る、ないしその流れを作れるかどうか(個人的には残念だが)が、成否を分けることになっていくだろう。
今年、そういった流れに上手く乗ったのが、長きにわたって韓国のインディーズシーンをけん引してきたアーティスト“10CM”といっていいだろう。インディーズのアーティストとしてはここ数年の中でも異例といえる、ダウンロードチャートでデジタルシングル「봄이 좋냐?? (春なんて What The Spring??)」がロングランヒットを記録。上半期のダウンロードチャートで15位を記録する大ヒットとなった。今やアイドルとのコラボでも引っ張りだこで、様々なテレビ番組にも出演。これだけインディーズのアーティストで露出の多い存在は、彼ら以外は皆無と言って等しい。それだけ彼らの音楽は多くの人の心をひきつけ、その人間的魅力も番組を制作するうえで欠かせないものになっているのだろう。
10CM『3.2』
そして、彼らの功績は、インディーズという音楽マニアの世界を、より大衆に広く知ってもらうきっかけを与えたことである。今や彼らを“インディーズの人”とする人が、韓国では相当減ってしまったと言われているが、それほどメジャー化したとも言える。しかし今でも音楽そのものは決してインディーズやメジャーといった枠組みを意識することなく、彼らが表現してきたちょっとエロくて、純粋な歌詞の世界感はそのままで、心地よいアコースティックな響きのサウンドと、ヴォーカルのクォン・ジョンヨルの声の魅力は唯一無二なものがある。そう、活躍の場が広がっても、彼らの音楽は(良く言って)“変わらない”のである。
そんな彼らが、今年も日本で単独ライブを開催することが決定した。これまでも日本のアーティストとのコラボレーションで、その音楽的可能性をここ日本で広げてきた彼らが、今回のステージでは、どんな新たな可能性を“聴かせて”くれるだろうか。アイドルももちろん良いが、そんなアイドルたちと音楽に向き合ってきた彼ら10CMの生のステージを実際に観て、聴いて、今年の上半期の韓国音楽界をけん引してきたアーティストの実力を感じてほしい。
果たして、2016年下半期はこれまで挙げてきたアーティストを超える存在、そしてヒットが誕生するか。楽しみである。
■出演:10CM (クォン・ジョンヨル、ユン・チョルジョン)
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE&DINING (東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F)
■日時:2016年10月30日(日)open16:00、start17:30
■主催:イープラス・ライブ・ワークス/KJ-MUSIC/C2L
■問合せ:イープラス・ライブ・ワークス TEL:03-6452-5650
■一般発売:2016年8月27日(土)
■10CM日本オフィシャルページ http://www.10cm-kjmusic.com/