「あいちトリエンナーレ2016」参加アーティスト 制作レポート⑦ レトロな街並みに作品が凝縮した豊橋会場

レポート
アート
2016.10.18
 ビル1棟に小鳥を放ち、〈鳥のためのアート〉を制作したラウラ・リマの作品《フーガ》   photo:怡土鉄夫

ビル1棟に小鳥を放ち、〈鳥のためのアート〉を制作したラウラ・リマの作品《フーガ》   photo:怡土鉄夫

コンパクトなエリアに作品が凝縮! レトロな街並みも楽しめる豊橋会場も見逃せません!

JRや名鉄に加え新幹線の駅もあり東西からも訪れやすい豊橋市は、「あいちトリエンナーレ」開催3度目にして初めて会場となったエリア。東海地方では唯一の路面電車が走り、昭和期からの古いビルや店などが多く残っているため、ノスタルジックな雰囲気を味わえるのも魅力の街なのだ。しかも、展示会場のほとんどが駅周辺にあるので、徒歩のみで周りやすいのもポイントのひとつ。制作レポート第7弾、最終回はそんな豊橋会場で出品しているアーティストの制作風景と展示作品をお届けします。

豊橋駅東口を出て直進し、5分ほど歩くと右手に現れるのが豊橋駅前大通会場の「開発ビル」。9組のアーティストの作品が鑑賞できるここは、1階にインフォーメションも設置されているので、会場巡りの拠点として最初に立ち寄っておくと各種情報も入手でき便利だ。まず最上階までエレベーターで行き、そこから階段で降りていくという順路である。

最初に訪れる10階は元劇場だったフロアで、今もその面影が色濃く残っている。ここで《絵馬・絵巻 2016》と題された展示を行っている石田尚志(1972年東京生まれ)は、線をモチーフとした絵画や映像を手がけるアーティストで、東京を拠点に活動。開幕日の8月11日には「豊橋市公会堂」で、また9月2日にも名古屋の長者町会場で行われた映像プロジェクションを担当した(こちらの記事を参照)。

来場者はまず、広い空間に一脚だけ椅子が置かれたリハーサル室へ。そこではスクリーンに、色とりどりの描線が渦巻く四角い映像がグルグルと回転する様が映し出されている。続いて訪れる楽屋では、暗闇の中、壁や床に投影される映像が大きな鏡にも映りこみ、幻想的な雰囲気を醸し出している。鏡前には楽譜が置かれ、演奏会の始まりを思わせる演出が。そしてメインの劇場では、3つの大規模な映像インスタレーションを展観。場内には劇場の座席のごとく椅子が並べられたスペースもあり、石田の言う“描かれた音楽”をじっくりと鑑賞することができる。制作時に「絵を描き続けることが旅」とも語った石田。ライトボックスによって鮮やかな色彩や描線が浮かび上がる巻物の抽象アニメーション(下の写真中央の作品)などは、まさにその旅の行程を眺めるような作品だ。

《絵馬・絵巻 2016》のメイン会場。中央奥に立っているのが石田尚志

《絵馬・絵巻 2016》のメイン会場。中央奥に立っているのが石田尚志

楽屋のインスタレーション。映像の移り変わりと共に部屋の様子も刻々と変化していく

楽屋のインスタレーション。映像の移り変わりと共に部屋の様子も刻々と変化していく

続いては階段を降り、9階へ。ここでは、土地固有の神話や物語から着想を得たドローイングや油彩画を手がける、佐々木愛(1976年大阪生まれ)の作品が展示されている。大阪を拠点に優れた挿絵画家としても活躍する佐々木は、ロイヤルアイシングという砂糖細工技法による壁画制作も国内各地や海外で展開。今回制作された《はじまりの道》もそのひとつだ。

伊勢・鳥羽から伊良湖、そして豊橋へとつながる古の交通や交流を題材としてリサーチを始めた佐々木は、伊良湖半島の田原市にかつて塩田があり、信州や奈良方面に運ばれていたという歴史に着目。この〈塩の道〉を白一色のロイヤルアイシングで表現したのだ。製菓でおなじみのロイヤルアイシングは、粉砂糖と卵白、レモン汁少々を攪拌したもの。これを絞り袋に詰め、3mmと2mmの口金を使い分けながら少しずつ絞り出し描いていく。佐々木は6月末から滞在制作を行い、タテ2.6m×ヨコ14mに及ぶ大作を完成させたのだ。

モチーフとなっているのは、〈塩の道〉の海路で使われる二艘の船と、奈良方面と信州、それぞれの地にある植物や鳥、伊良湖の渡り鳥などで、昔と今がミックスした風景になっているという。画材の性質上、保存が効かないため会期終了後には無くなってしまう儚い作品だが、「見ていただいた人の記憶に残るような、「記憶の保存」がテーマの作品でもあるんです」と、佐々木。また、「時間が経つと結晶化してキラキラ光り出す」そうなので、完成直後とはまた違った趣の今も見頃、と言えそうだ。

制作の様子。石膏ボードにマスキングテープを貼って描く位置を決め、延々と模様を描いていくという、実に根気のいる作業

制作の様子。石膏ボードにマスキングテープを貼って描く位置を決め、延々と模様を描いていくという、実に根気のいる作業

《はじまりの道》中央の山のように見える部分は、二艘の舳先が向かい合っている様子。向かって左側が奈良方面、右側が信州を表している

《はじまりの道》中央の山のように見える部分は、二艘の舳先が向かい合っている様子。向かって左側が奈良方面、右側が信州を表している

続いて5階では、京都を拠点に活動する久門剛史(1981年京都生まれ)の、4部屋を使った大掛かりな作品《PAUSE(2016)》が鑑賞できる。久門は日常に潜むささやかな現象を採取して作品化するアーティストで、音や光、動きによって観る者の時間感覚や身体感覚を揺さぶるインスタレーションを手がけている。学生時代から曲作りも行っていたそうで、記憶を一気にフィードバックさせる力を持つ音楽や、タイムスリップへの憧れがあるという。

タイトルの《PAUSE》=一時停止については、「止まらなければ見えないものがある。STOPではなく、次に行ける状態で立ち止まる一時停止は自分にとって大事なものです」と言い、そのイメージは、デジタル機器ではなく“カセットデッキの一時停止”だという。下の写真の作品のほか、片隅にベンチがあるだけの何もない空間で吊るされた電球だけが揺らめく部屋もあり、時間を掛けてゆっくり鑑賞すると忘れていた過去の記憶が呼び醒まされそうな、不思議な気持ちになる作品ばかりだ。

《PAUSE(2016)》木箱の穴に密集して配されているのは、鏡面の秒針。時を刻む音と共に秒針の動きが天井に投影され、見る者を記憶の時間旅行へと誘う

《PAUSE(2016)》木箱の穴に密集して配されているのは、鏡面の秒針。時を刻む音と共に秒針の動きが天井に投影され、見る者を記憶の時間旅行へと誘う

《PAUSE(2016)》風に吹かれるカーテンをじっと眺めていると、所々で光が緩やかに点滅。どこか懐かしい、いつまでも佇んでいたくなるような空間

《PAUSE(2016)》風に吹かれるカーテンをじっと眺めていると、所々で光が緩やかに点滅。どこか懐かしい、いつまでも佇んでいたくなるような空間

この他、6組のアーティストの作品が展観され、どれも見応えのあるものばかりなので、「開発ビル」を訪れる際は時間に余裕を持って鑑賞を。

「開発ビル」を出て、右へ少し歩いた「はざまビル大場」1階では、サンパウロを拠点に活動するリビジウンガ・カルドーゾ(別名:レアンドロ・ネレフ、1975年ブラジル生まれ)のサウンド・インスタレーション《日蝕現象》が体験できる。今回が初来日となるカルドーゾは、社会学と美術を学んだ後、学術と芸術表現の間にある曖昧な領域で活動を続け、世界各国の国際展で作品を発表しているアーティストだ。

床一面に砂が敷かれた会場の中央には、アマゾンから60日間かけて持ってきたという巨大なマシン「Nave(ナーヴェ)」が。ポルトガル語で“舟”という意味を持つこの物体は、ブラジルでは音楽イベントなどでDJブースとして使われるポピュラーなもので、さまざまな形状のものがありスペックを競い合うのだという。制作時に彼は、「このマシンを使って、来場者が気軽に楽しめるパーティーをしようと考えている」と。そのための装置として、彼が“ブラックボックス”と呼ぶ音響機器を用意し、アマゾンや豊橋、名古屋で採集した音源にエフェクトをかけてランダムに再生。来場者は「Nave」に乗り、その音に合わせて原始的な楽器類で音を出して楽しむのだ。音響機器にはこの空間自体の音も録音され、「Nave」の旅が全てここに記録されていくという。

こちらが稼働中の「Nave」。一度に4人まで乗ることができる

こちらが稼働中の「Nave」。一度に4人まで乗ることができる

続いて、「はざまビル大場」を出てすぐの道を右折、最初に行き当たった通り沿いに建つ「水上ビル」会場へ。「水上ビル」とは、1960年代に農業用水路を暗渠化した上に建てられた「豊橋ビル」「大豊ビル」「大手ビル」の総称で、駅前から800mに渡って続き、今も古くからの店が所々に残るノスタルジックなビルだ。ここでは、各ビルで4人のアーティストが展示を行っているが、そのひとり、リオデジャネイロを拠点に活動するラウラ・リマ(1971年ブラジル生まれ)の作品《フーガ》に注目。

哲学と視覚芸術を学び、約20年前から人間と動物を等価に扱う作品を発表してきたリマは今回、〈鳥のためのアート〉をコンセプトに制作。4階建てのビルを使って小鳥を放ち、彼らの生息場所としているのだ。台所や畳敷きの部屋、押入れなどがそのまま残る住居の随所に止まり木となる木の彫刻作品を配し、鳥たちはビル内を自由に飛び回ることができる。放たれている鳥は野鳥ではなく、全てペットとして生まれた鳥ばかりだ。そこには、小さなカゴの中で一生を終えるはずの鳥たちを大きな空間に放つことで、「飛ぶ」という本能を取り戻してほしいというリマの思いがある。

また、会場には鳥たちが楽しむための風景画も設置。そこを目掛けて飛びたいと思うような消失点のある作品を選ぶなど、鳥たちが外を飛びたくなるような作品を選んだという。ビル全体が鳥の住処となったその場所へ、私たち鑑賞者はお邪魔することになるのだ。制作時のインタビューでリマは、「鳥の生態を見て楽しむだけでなく、動物との接し方を考え直したり、見つめ直すきっかけにもしてほしい」と語った。

文鳥やジュウシマツなど多彩な愛らしい鳥たちと出会える

文鳥やジュウシマツなど多彩な愛らしい鳥たちと出会える

作品《フーガ》への思いを語るリマ

作品《フーガ》への思いを語るリマ

さて、ラストは豊橋駅にも直結した「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」へ。会場の前庭には、誰もが参加でき、これまで世界各地で実施されてきたジョアン・モデ(1961年ブラジル生まれ)の《NET Project》が。訪れた人がさまざまな素材や色の紐を結びつけていくことで作品が生き物のように育っていくこのプロジェクトは、「名古屋市美術館」「岡崎・籠田公園」そしてここ「PLAT」の3会場で展開。10月17日(月)以降は、3つの作品全てが「愛知県芸術文化センター 2階」へ移設される。

ジョアン・モデ《NET Project》

ジョアン・モデ《NET Project》

また、1階ロビーに展示されている大巻伸嗣の大作《重力と恩寵》(詳細は制作レポート④ を参照)は、9月11日から作品の光量が7万ルーメンにバージョンアップ! 夜10時まで点灯(休館日を除く)しているので、会場巡りの際は最初に立ち寄って昼の様子を、帰りに夜の眩い光を体験するのもおすすめだ。

この連載では、参加全119組のうち一部しか紹介することができなかったが、他にも「名古屋市美術館」、栄会場の「旧明治屋栄ビル」「中央広小路ビル」など多数の会場でまだまだ面白いアーティストたちと出会える「あいちトリエナーレ2016」。“今しか鑑賞できない”作品の数々をギリギリまで楽しんでみよう。

イベント情報
あいちトリエンナーレ2016

■テーマ:虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
■芸術監督:港千尋

■会期:2016年8月11日(木・祝)~10月23日(日) 74日間
■会場:名古屋地区/愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、栄会場、名古屋駅会場 豊橋地区/PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場 岡崎地区/東岡崎駅会場、康生会場、六供会場
■料金(国際展):◆普通チケット/一般1,800円、大学生1,300円、高校生700円 ◆フリーパス/一般3,600円、大学生2,500円、高校生1,200円 ※中学生以下は無料 ◆豊橋地区限定チケット300円(高校生以上) ※岡崎地区限定チケット300円もあり。パフォーミングアーツは別途チケットが必要。詳細は公式サイトで確認を
■問い合わせ:あいちトリエンナーレ実行委員会事務局 052-971-6111
■公式サイト:http://aichitriennale.jp/
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