星の女子さん2017年の第1弾は、あの国民的映画がモチーフ
星の女子さん『音子はつらいよ』チラシ表
裏テーマは、「なぜ僕はここにいるのに、あの人はここにいないんだ?」
【毒メルヘン】を基本コンセプトに多彩な作品を展開する名古屋の劇団・星の女子さんが、新作『音子はつらいよ』を1月13日(金)から「ナビロフト」で上演する。タイトルからわかるとおり、今作でモチーフにしているのは山田洋次監督の映画『男はつらいよ』シリーズである。劇団代表で作・演出を務める渡山博崇が、今なぜ“寅さん”を題材に作品を創ろうと思ったのか、話を聞いた。
── 今作は『男はつらいよ』を題材に書かれたということですが。
まずキャラクターを幾つか借りています。寅さんと〈マドンナ〉というポジションの人、妹のさくら夫妻、タコ社長(本作ではイカ社長!)、それとリリー…映画では浅丘ルリ子さんが演じた役ですね。最初はパロディかな?っていう感じで展開をなぞるんですけど、それがだんだんおやおや? ちょっと違う風になってきたぞ、って。まぁ要はデタラメな話なんですけど。僕もこれを最初に書いた時は、いったい何の話なんだ?って全然わからなくて(笑)。
── 『男はつらいよ』は元々お好きだったんですか?
そうですね。一番最初のきっかけは、10年位前に劇団の先輩が「今のご時世、現実は暗いことばっかりなんだから、お芝居くらい明るいの創んなさいよ。寅さんみたいの創ってよ」って言われて、その時初めて「へぇ~」って思ったんです。今でこそ僕は、名古屋の不条理の作家の末席に紛れ込んでるように言われるんですけど、要は論理立てて話を創らず、ほぼ思いついた順番でワーッて書くタイプだったので、思いつかなかったら本当に何も書けない。だから10年前は、寅さんを書こうなんていう企みをできる自信が全くなかったんです。人情喜劇なんで、ちゃんと人間の機微をわかった上で話を組み立てて、しかもわかりやすく書くなんて絶対無理だなと、しばらく放置してたんです。でも、やっぱり世相は暗いし僕も歳を取ったのか、政治的なこととか社会的なこととか今更ぼちぼち考えるようになって。そういう時に、今何が有効なんだろう?って。若い方とか才能のある人達は新しいことに取り組んで、考えて答えを出して見つけていこうとするけど、僕はそんな奇抜な才能はないもんですから、「寅さんだ!」みたいな(笑)。
稽古風景より
── いわば原点に還ろうと。
「あの時の先輩の話を今、芝居でやってみよう!」って。改めて寅さんシリーズを幾つか見たら、10年前はこんなに風に感じただろうか? っていうぐらい面白かった。それでまずモチーフに寅さんを選んで、あとはどれだけ外れていくか、寅さんと見せかけてどれだけ飛んでいけるかって最初は思ったんです。基本的に、寅さんの口上をパロッたセリフと1ヶ所だけわざと本家のセリフを入れたところ以外は全部自分で考えたんですが、いざ寅さんっぽいセリフを書き始めてみると、それだけでも十分楽しくて。あれ、このままじゃ映画をただなぞるだけだなと思ったんですけど、僕としてはすごく素直に書いてるうちに、なんだか変だねっていう展開になって。さっさとバラしてしまうと、実は主人公のタイガー・カーは死んでいて、「お兄ちゃんは死んでいたのよ」「兄さん、知らなかったんですか?」っていう話で。「俺、死んでたのかい?」って(笑)。
── タイガーさんは傭兵という設定なんですよね。
そうなんです。寅さんをモチーフにすると、寅さんだけに全て持って行かれてしまうと危機感を持って何か入れようと思い、なぜか『ランボー』が入ったんです(笑)。たぶん、最近戦争のことが引っ掛かってるからそのせいだと思うんですけど。ただ、「ランボー」はベトナム帰りのアメリカ兵で日本の設定に合わないので、じゃあ傭兵にしちゃえっていう単純な発想で。戦地を転々としたタイガーさんが、ひと仕事終わるたびに妹の家のところに帰ってくる、っていうお話になってます。
【ストーリー】
元傭兵のタイガー・カーは戦地を渡り歩き、傷ついて故郷に帰ってきた。唯一の肉親である異母妹である音子のいるところ、そこがタイガーの故郷だ。家族の温もりを求めて帰ってきたタイガーだったが、そこには各地で知り合った「音子」という名の女たちが待っていた。タイガーさんと慕われる彼に待ち受ける運命とは? タイガー・カーの恋と義理と人情の、心温まる愉快なお話のはじまりはじまり、はじまりとおわり。(チラシ記載のあらすじより)
稽古風景より
── 「音子」というのは、いわゆるマドンナなんですよね。
そうです。妹も音子だし、出てくる全てのマドンナが「音子」っていう名前なんです。基本的なシーンとしては、タイガーと妹とそのシーンごとのマドンナ「音子」を巡る話があって、その合間合間にタイガーとリリーが川で出会うシーンが挟まれているんですね。一人目のヒロインに振られるんですけど、振られた後に川でリリーと出会う。二人目のヒロインにも振られて川でリリーと会うと。で、リリーとは出会う度にお互い始めて会ったかのような会話を交わすんです。
── それはどういった意図で?
別役実さんの『この道はいつか来た道』っていう戯曲がありまして、末期の病気を抱えた男女が旅をしてるんですね。初めて会ったということで会話が進んでいくんですけど、どうやらこの二人は何度も旅をしながら違う路上で出会って、また「初めて会いましたね」って話をしてお互いを発見し合うみたいなことをしていて、二人はどんどん死に向かって行く。僕にはそれがとても素敵なことに思えて、そういうのが元にあるもんですから。映画でも寅さんはリリーと3度も会ってるんですけど、上手くいかない。それを何度会っても初めて会ったようにするっていうのとくっつけて、繰り返し会うと。川というのも“三途の川”じゃないですけど、死の象徴だったり境界線だったりするので、そこを下って理想郷を目指している、というお話にしてます。
──今回は主役のタイガーさんを演じる常連の二宮信也さんの他にも、ジル豆田さん、今枝千恵子さん、荘加真美さん、コヤマアキヒロさんと客演の方が多いですが、このキャスティングについては?
基本的には30歳オーバーの役者を揃えようと。主人公がある程度歳を取っていると若い子と恋愛というのがしっくりこなくて、中年同士のラブロマンスっていいんじゃないかというのがすごくあったので、寅さん的な雰囲気の味とか、「ああいうの良いよね」と共感できるのがたぶん30歳以上だと。うちのメンバーも皆30を越したので、客演の方は二宮さんと組み合わせて面白そうな方を選びました。あと、大前提として僕が大好きな人達ということです。なかなか揃わないだろうっていう面白いメンバーになりました。
稽古風景より
── 客演の方達から触発されたものなどありましたか。
ほぼ当て書きなので、俳優の持ってるパワーというか、この人だったらこのセリフが成立するっていうのはありましたね。キャラクターで書いちゃうと、お互いアテが外れると苦しい思いをすることになるので、このノリはいけるだろうとかザックリとした当て書きですけど。
──それにしても、盛りだくさんな内容のようですね。
全方面的に僕が好きなネタを放り込んでいるので、何かしら琴線に触れる方がいるかもしれないなと。でも、まとめるには核がいるなと思って、僕がモノを創ろうと思った原点にあることを中心に取り扱っています。
幼稚園ぐらいの時にすごく仲の良い友達がいて、家でお母さんに「なんで今ここに平田君がいないんだ」って聞いたんですね。「何言ってるの?」って言われて(笑)「あぁそうか、わからないか」って思って、それからだいぶ経って高校生ぐらいの時に『ベルリン天使の詩』という映画を観た時に、冒頭のナレーションで「子どもが子どもだった頃、いつも不思議だった。なぜ僕はここにいて、君はいない」っていうのを字幕で観た時にものすごい衝撃を受けて、「あの時の僕の感情をわかる人がいる!」って感動したんです。いつか自分が何かの発言をした時に、「それはわかるよ!」って奴がいるかもしれないと思った時に、芝居を創りたいと思ったんですね。
「なぜ僕はここにいるのに、あの人はここにいないんだ」っていう感覚が、生きてる人と死んでる人にもあるなって。タイガーさんはそれを感じる人なんですね。でも、それは淋しいじゃないですか。それで、生きている妹夫妻が「兄さんは死んだんですよ」って言いながら普通に死者を迎え入れて、生きてても死んでてても関係ない、っていうところを基本姿勢にしようと。理屈には合わないし、いろんな混乱があるので実際にはあり得ないことなんですけど、そういうもんだ、っていう前提で。「あんた死んでるんだろ? 困るね、死んだ人は。お金持ってるのかい?」って(笑)。
説明を一切しないで進めていくので、?マークが溜まっていく人は溜まっていきっぱなしだけど、「そういうもんか」と受け入れてくれる人はすんなりスルーするし、評価が分かれると思うんですけど、?マークいっぱいでもとりあえず観てもらえば、会話だけでも寅さんのような感じで楽しめると思います。
── 舞台美術はどんな感じに?
今回は僕が担当していまして、とてもシンプルで黒い箱みたいな感じですね。そこに畳敷きの四畳半の部屋があって卓袱台がひとつポンとある。あとは高低差をつけて、高いところでタイガーさんが口上を言います。上と下のシーンがあって、全然別の空間なんだけど、空間を無視して話し合うとか。時間と空間も生きてるのも死んでるのも、全部境界線を曖昧にしてしまおうと。転換も暗転もなくてほとんどセリフで進められていくんです。
前列左から・渡山博崇、二宮信也、コヤマアキヒロ 後列左から・荘加真美、今枝千恵子、ジル豆田、岡本理沙、鈴木亜由子
ごく近作からプロットを立てて戯曲に取り組むようになり、「人物のディテールを細かく設定していくのが楽しくなってきた」という渡山。今作では、背景の細かさがそれぞれのセリフの端々に表れているので、その辺りに注目してみるのも。また、モチーフへの興味に加え、魅力あふれる客演陣らにも刺激を受け、とことん楽しんでセリフを書いた様子も伺える作品になっている。生と死や時空をフラットに見つめ、シュールな笑いで彩る渡山流のおとぎ話が、またひとつ誕生したのだ。
尚、公演中は本編と併せて下記イベントも開催予定。
・新春特別企画として、全ステージの上演前に劇団員による10~15分の「ビフォアイベント」を開催
・1月14日(土)15時の回/後日談、「男はつらいよ」上演 主演:コヤマアキヒロ
・1月14日(土)19時の回/アフタートーク ゲスト:天野天街(少年王者舘)
・1月15日(日)15時の回/次回作「予告編」 次回作出演者をゲストに招き短編劇を上演
■作・演出:渡山博崇
■出演:二宮信也(スクイジーズ)、鈴木亜由子、岡本理沙、渡山博崇、ジル豆田(てんぷくプロ)、今枝千恵子(眼鏡倶楽部)、荘加真美(劇団ジャブジャブサーキット)、コヤマアキヒロ(劇団ジャブジャブサーキット)
■日時:2017年1月13日(金)19:30、14日(土)15:00・19:00、15日(日)11:00・15:00
■会場:七ツ寺共同スタジオ(名古屋市中区大須2-27-20)
■料金:前売一般2,500円、学生1,800円 当日一般2,800円、学生2,000円
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「大須観音」駅下車、2番出口から南東へ徒歩5分
■問い合わせ:星の女子さん 090-9926-0091(とやま)
■公式サイト:http://hoshinojoshisan.wix.com/hoshinojoshisan