美輪明宏が生霊、百歳の老婆を演じる『葵上・卒塔婆小町』を7年ぶりに上演
美輪明宏
三島由紀夫が、能に魅かれ、能楽の自由な空間と時間の処理、あらわな形而上学的主題を現代的なシチュエーションで再現した一幕ものの短編を8作品集めたものが『近代能楽集』だ。その中の『葵上』と『卒塔婆小町』を、7年ぶりに美輪明宏の演出・美術・主演で上演する。
『葵上』は、恋する女の魂の哀しく切ない嫉妬の物語。『源氏物語』の光源氏と葵上、六条御息所を連想させる3人の男女の関係がスリリングに描かれる。『卒塔婆小町』は、小野小町と深草の少将の伝説を現代化したもの。公園のベンチで老婆と詩人が言葉を交わしているうちに、そこは鹿鳴館の舞踏会に風景が変わる。愛と美と死が時空を超えて描かれる、無償の愛の物語だ。10代のころから18年間にわたって親交のあった三島の戯曲を2017年の今、上演するにあたっての美輪の想いを聞いた。
――近代能楽集『葵上・卒塔婆小町』を上演されるのは、7年ぶりですね。今年、この作品をやろうと思われたのには何か理由があるんですか?
去年は寺山修司さんの『毛皮のマリー』をやりましたので、きっと三島由紀夫さんがひがんでいると思ったんです(笑)。ふたりとも、両天才でしたから。ライバル同士ではありましたけれど、お互いに尊敬もされていました。そんな、ふたりの天才に望まれる役者だったということは本当にありがたいと思っています。今年は三島さんの生誕92年目で亡くなってから47年目なんです。そうしたらなんと先日、ラジオ用の録音テープが発見されたんです。TBSで“使用禁止”と書かれた開けてはいけないところを、開けた方がいらしたそうです(笑)。
そこで、三島さんと日本語の達者な外国人ジャーナリストの方が対談しているテープが発見されたんです。わたくしも聴かせていただいたのですが、その中で歌舞伎論や演技論、ご自分の小説は日本画のような余白があるものではなく文章を油絵的に塗ってしまう、というようなことが語られておりました。だけどまさに、わたくしがちょうど三島さんの作品を上演する直前のこのタイミングで見つかるなんて、「またやっているな」とも思いました。こういうことって寺山さんの時にもよくあるんですけれど、あの御ふたり、本当にイタズラが好きなんです(笑)。
――すごいタイミングでしたね(笑)。
三島さんは本当は現実主義で、そもそも一切そういうことは信じない方でした。まったくバカにして否定していらしたんです。それが、楯の会の人や浪曼劇場の劇団員たちがお正月に三島邸に集まっていた際に、そこである不思議なことがありました。それ以来三島さんもそういったことを信じるようになったんです。そして『豊饒の海』を書き出したんです。あの作品は生まれ変わり、転生の話です。そして、それが『卒塔婆小町』にも通じるのです。『卒塔婆小町』の初演は長岡輝子さんが文学座のアトリエ公演でおやりになっていて(1952年)。『卒塔婆小町』にしても『葵上』にしても、三島さんの近代能楽集の作品というのは、みんな小品で時間も短いですから小劇場なり、アトリエでやるように書かれているんです。つまり大劇場向けではないんです。
そもそも、三島さんにわたくしが「『能楽集』を舞台でやってくれ」と上演依頼のプロポーズをされた時にも「あれは短編だから大劇場には無理よ」ってお話したんです。「その中でどれかないか、『綾の鼓』は?」とおっしゃるので「あれは馬鹿な女の話だから嫌」って言ったら「きみは馬鹿なくせに利口な女ばかりやりたがる」って復讐されて。ふふふ。
それで「『道成寺』はどうだ」っておっしゃるんですけれど、あれはお能にしても、成駒屋の歌右衛門さんの『道成寺』にしても立派な作品が既にありますから、あれ以上のものはできないと思うとお断りしました。それで「『卒塔婆小町』と『葵上』なら」と言ったところ「きみ、あれは百歳の老婆だぜ」って仰るから、「うん、そこがいいんじゃありませんか」と返すと「面白いことを言う」と言われたんです。いろいろな方が卒塔婆小町はおやりになっているのですが、みなさん初めから終わりまで老婆の格好のままだったんです。相手役の詩人にだけ、その老婆が美しい女に見えているという、非常にアイロニカルな、皮肉っぽい物語ではあるんです。
だけどある時、わたくしが観客として『卒塔婆小町』を観ている時、老婆の「わたくしを美しいと言ってはならない。言えば、あなたは死ぬ、だから美しいと言わないで」という台詞を聞いた私の隣の席の方が 「まんまじゃねえか。美しいなんて言うわけないだろ」ってぼそっと言うものだから、わたくし、下向いてつい吹いちゃって(笑)。
――それは、笑ってしまいますね。
前の席の女の人たちもその方がブツブツ言うのが聞こえちゃうみたいで、みんな下向いていました。その時にわたくし、思ったんです。「ああ、なるほど。これはある意味マスターベーションで、作者としてはアイロニカル、シニカルなものが面白いと思っているけれど、観客にはそれではただ迷惑なだけなんだ」と。そういう経験があったので、三島さんから出演依頼された時に「ただし、わたくし、演出プランはたてています」って言ったんです。
「ええ? どういうものなんだ、聞かせてくれ」って仰るから「『葵上』のほうは、舞台装置をサルバドール・ダリと尾形光琳のミックスにしたい。それは室町時代の能狂言、観阿弥、世阿弥の匂いをどこかに残しておきたいから、そういうものをチラッとでもいいから出したいと思ったんです。そして時空間を超えているという象徴として、ダリの絵を使いたいんです」とお話ししました。そして音楽は武満徹さんの『ノヴェンバー・ステップス』、あれは和楽器と洋楽器をミックスしたモダンミュージックでとても傑作だからそれを使いたいし、あと、ハチャトリアンは『剣の舞』が有名だからにぎやかでガチャガチャした音楽だと日本では誤解されていますけれど、実は『スパルタクス』や『仮面舞踏会』などのバレエ音楽はものすごくリリックな、抒情的で美しいメロディーなんです。だからぜひ『卒塔婆小町』のほうで、そのハチャトリアンのバレエ音楽を使いたい。
わたくしがそうやってコンセプトをしゃべっていたら、「なんだきみ、全部できているじゃないか。明日からとりかかってくれたまえ」って三島さんが言い出されたものだから、「あなた、そんな鳥が飛び立つようなことを急に仰ったって無理ですよ」って笑ったんです。だいたい当時はまだ戦後でちょうどいい劇場もなかったですし。それで、いろいろ条件が揃ってからやらせていただきますって言っていたのに、そのあと三島さんは亡くなってしまわれたので、わたくしの中ではその後もずっと忸怩たるものがあったんです。ただ、一周忌の時に浪曼劇場の演出家の松浦さんから、渋谷のジァン・ジァンで三島さんの能楽集をやりたい、手伝ってくれと言われた時には「じゃあ、あそこのスペースは小さいけれど『葵上』ならできるんじゃないの」ということで、『葵上』だけはやったんです。
――それが、美輪さん演出版の最初の舞台だったんですね。
いいえ、『卒塔婆小町』は公園を舞台にしたいからもっとスペースが必要で、その時は私の演出は無理だったんで松浦竹夫さんの演出でした。それもあって、わたくしの中ではこの作品への想いが長年ずっと渦巻いていたんですが、1996年にパルコ劇場さんからお話がありまして、そこでようやく、わたくしがずっとあたためていたコンセプト通りに、演出も美術も音楽も照明も衣裳もすべて自分の好きなようにやらせていただけたので、三島さんもきっと成仏なさっただろうと思っていたんです。でもそうしたらまた今回、こうしてテープが出て来たでしょう。
美輪明宏
――喜んでいらっしゃるのでは。
出てきたテープではね、あの方、公的な場では作り笑いをなさるの、ハッハッハって。でも本気で笑う時はクククって笑うんですけれど、テープではそっちの、本気の笑い声でしたね。「あなたは70歳になったらどんなおじいさんになっているか」という質問には「人の悪口しか言わない、いやなジジイになってやる」ともおっしゃっていました。なんだか、わたくしがこの春に『葵上』と『卒塔婆小町』をやるから、その前宣伝をするために出ていらしたとしか思えませんよ、本当にあの方らしい(笑)。
まあ、18年のおつきあいでしたから。『卒塔婆小町』や『葵上』の台詞もそうですけれど、とにかく三島さんの頭の中がわたくしにはわかるので、スイスイ出てくるわけです。三島さんも寺山さんも「表現者として信頼する」と言って下さっていたのは、そういうところなんだと思います。ですけれど、今年の5月でわたくしも82歳になりますから、ひょっとしたらこの演目を上演するのもこれが最後になるかもしれません。というのは、早替わりが大変なんです。特に『卒塔婆小町』は小野小町の美女の格好のままで、そのうえにお面をつけ、もうひとつ鬘と衣裳をつけて老婆になっているわけですからものすごい重量なんです。
――確かに、演じる側の体力面ではなかなか大変な演目ではありますよね。
そうでしょ、腰から何から全部曲げて。スカートの下だからお客様にはわからないですけれど、足も昔風に八の字にして歩いているんです。昔はドレス姿での歩き方を知らないから、みんなそうしていたんです。それでアゴもぐっとひいて、歯がない老婆だからそういう話し方で台詞を言わなければならないのです。
――美輪さんが老婆役で話されている時は、本当に歯がない人のように聞こえます。
それを途中から、いきなり若々しく美しく変身して、高いハイヒールを履いてワルツを踊るわけでしょう。それが毎日ですから、本当に体力的に大変なんです。だってもう80歳過ぎたら養老院に入っているか、家でじっとしているかでしょ(笑)。それがまだほら、手にシミもできていないの(笑)。
――全然ないですね! 本当にきれい。
普通に、すたすたと歩けますし、顔に皺もできない。まさに『卒塔婆小町』ではそういう台詞がありますでしょう。「不思議だ」、「何が不思議?」、「きみの皺が」、「あら、わたくしに皺なんてありまして?」、「皺が見えない」、「当たり前だわ。皺だらけの女のところへ百夜通いをする殿方がありますものか。さあ、妙なことをお考えにならないようにお踊り遊ばせ」。こういう台詞も、まだ平気で言えますでしょ。
――まさに、説得力があります。
これが実際に皺だらけになっていたら、お客様に「まんまじゃねえか」って言われちゃいますから。ふふふ。
――まだまだイケます、大丈夫です!(笑) ところで、演劇初心者の方はタイトルの印象からなのか、難解な作品なのかもと思われる方が多いようです。実際に観ていただければ、まったく難しいお話ではないことはすぐにわかると思うのですが。
そうですよ、感動されて泣いている方も多くいらっしゃるくらいですから。よく「三島の芝居で泣けるなんて、信じられない」って、みなさんおっしゃいます。それに『葵上』は、ある意味、不倫の話ですけれど。今は世の中、不倫だらけですから。でも、今更何を驚いているんだって思うんです。だって『源氏物語』だって不倫だらけですし、『ギリシャ神話』だってそうでしょう。近松門左衛門にしたって、わたくしがナレーションをやっていた明治時代の『花子とアン』でも柳原白蓮の不倫の話が出てきましたし、みんなそうじゃありませんか。
でもね、この『葵上』に出てくる六条康子は、お能でも三島さんのこの作品でも、ただ怨霊としてしつこい、重たい女として描かれているんですけれど、原作ではそうじゃないんです。つまり、前の皇太子の妃だった人なので身分は高いんです。なのに皇太子に死なれてからは未亡人だからと隅に追いやられ、葵からもひどい仕打ちをされていて。それでも泣き寝入りしていたら、今度は葵が物の怪に憑かれているという噂を聞いて、ひょっとしたらその物の怪というのは自分の生霊なんじゃないかしら?と愕然としてハラハラと泣き崩れるんです。それで私はなんというあさましい女になり果てたんだろうと、髪をおろして尼御前になってしまう。つまり覚醒している時にはちゃんとした、心優しい女だったんです。
ですから、そういうところも少し残しながら今まで演じてきたんです。これまで、いろいろな方がおやりになってきた六条康子は単なるいやな女、重たい女として演じられることのほうが多かったので、それでは六条が浮かばれないと思ったんです。
――六条の役づくりには、そういう思いがあったんですか。
ええ。そしてとにかくこの両演目は、どちらも美しく生まれついたものはそれだけのツケを払わなければいけないようになっているということを描いた物語になっています。落差というものがありますからね、若い時はいいんですよ、美しければチヤホヤされますから。でもその代わり、ある程度の年代にいくとみんな横一列に並ぶでしょ。同窓会にでも行くと「あれ? なんでこんなんなっちゃったんだ?」って、むしろ憐みの目で見られますから。だけど初めからそうではなかった女は「よう、ちっとも変わらないね、元気?」って言われておしまい。落差がないから(笑)。
何事も、腹六分のほうがいい。これは、そういったことも感じられる物語なんです。現代にも通じる、さまざまな問題がすべて台詞の中に出てきます。
――チラシにもありますが、まさに“正負の法則”に基づいた物語。
そう、本当に“正負の法則”ってあるんですよ。ですからあまりにも美しくなりすぎたり、あまりにもトップに君臨したりするということは、怖いことなんです。そんなことも思いながら、観て、楽しんでいただきたいです。
インタビュー・文=田中里津子 撮影=御堂義乗
作:三島由紀夫
演出・美術・主演:美輪明宏
出演:美輪明宏 木村彰吾 他
【東京都】
日程:2017年3月26日(日)~4月16日(日)
会場:新国立劇場 中劇場
《お問い合わせ先》
パルコステージ:03-3477-5858
(月~土 11:00~19:00/日・祝 11:00~15:00)
【宮城県】
日程:2017年4月23日(日)
会場:イズミティ21 大ホール
《お問い合わせ先》
キョードー東北:022-217-7788
(平日10:00~19:00/土曜10:00~17:00)
【静岡県】
日程:2017年4月26日(水)
会場:アクトシティ浜松 大ホール
《お問い合わせ先》
静岡朝日テレビ事業部:054-251-3302
(平日9:30~18:00)
【愛知県】
日程:2017年4月28日(金)
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
《お問い合わせ先》
キョードー東海:052-972-7466
【長野県】
日程:2017年5月4日(木・祝)
会場:まつもと市民芸術館 主ホール
《お問い合わせ先》
キョードー北陸センター:025-245-5100
(平日11:00~18:00)
【福岡県】
日程:2017年5月11日(木)
会場:福岡市民会館
《お問い合わせ先》
キョードー西日本:092-714-0159
(平日11:00~18:00)
【大阪府】
日程:2017年5月18日(木)~5月21日(日)
会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
《お問い合わせ先》
キョードーインフォメーション:0570-200-888
(10:00~18:00)
【神奈川県】
日程:2017年5月29日(月)~5月30日(火)
会場:神奈川県民ホール 大ホール
《お問い合わせ先》
パルコステージ:03-3477-5858
(月~土 11:00~19:00/日・祝 11:00~15:00)