『猿若祭二月大歌舞伎』会見で中村勘九郎「息子たちに初舞台のことを覚えていてほしい。親や周りが大変だったって(笑)」
中村勘九郎
2017年2月2日から歌舞伎座で『猿若祭二月大歌舞伎』が開幕する。今回の見どころは、なんといっても中村勘九郎の息子である波野七緒八(5)と哲之(3)が、中村勘太郎と中村長三郎として口上を行い、共に初舞台を踏む『門出二人桃太郎』。勘九郎自身も弟・七之助と共に初舞台で踏んだ思い入れのある演目である。二人の息子の晴れ舞台を支える父として、亡き父・勘三郎への想いを重ねつつ、中村勘九郎が語った。
まずは、勘九郎からご挨拶。
『猿若祭』と銘打った二月大歌舞伎の中で、二人の子どもの初舞台が披露できることは本当に幸せに思います。歌舞伎座というのは歌舞伎役者にとって大切で神聖な場所。父も私たちも子どもたちも、歌舞伎座で、しかも同じ演目で初舞台ができる幸せをかみしめています。25日間、健康に気を付けてしっかり勤めたいと思います。
――二人の息子さんの稽古は順調ですか?
しっかり稽古していますよ。すでにセリフは全部覚えていますが、三手、四手ある動きや踊り、最後にある立ち回りは私たちがやったときとは全く違う手になっているので、今は一から覚えている段階です。親や周りの方が焦ります。私たちも子どものときはそうでしたが、繰り返し繰り返し、何べんもやるしかないですね。
中村勘九郎
――お二人は初舞台についてどう思っているのでしょうか?
楽しみにしています。「やる気はマンマンだ」と(笑)。私たちの初舞台と同じ歳、5歳と3歳で二人とも初舞台を踏むことになりました。父・勘三郎は今の私より若かったので、こういう苦労をかけていたんだと思うとありがたみを感じますね。大変だったろうなと思います。
そう思うと、あいつらも大人になったら記憶がないと思いますが、「こんなに大変だったんだ」って憶えていてほしいですね(笑)。父がもし生きていたら「おまえもあのときは大変だったんだよ」という話を聞けたかもしれません。私たちが幼い頃の、祖父(十七代中村勘三郎)と父と私たち兄弟が一緒に映っている映像の中で、祖父が「親は大変だよー!」って言ってたんですから。
――息子さんお二人に稽古をつけていて、性格の違いを感じることはありますか?
やはり違いますね。勘太郎のほうはしっかりというか「自分が何とかしなければ」という使命感に追われていて、弟・長三郎のほうを気にしながらやっている。だから、「堂々とやれよ」と言っています。彼も幼いときの僕と一緒で自信がないんです。私もよく父に「もっと自信を持ってやりなさい」って言われていて、「自信ってなんだろう」って思っていました。今、気が付けば勘太郎に同じ言葉をかけていますね。
弟の長三郎は……宇宙人です(笑)。本当に気分屋なんです。例えば稽古の頭から立ち会えなくて後半だけ観に行くと、長三郎が母や妻に烈火のごとく怒られている。「そんなにできないのか」と思って観ると、確かにグダグダでそりゃあ声を荒げたくなるんですが、稽古が終わってから母が「いや、多分大丈夫よ」って。「何を根拠にそんな事を?」と思ったら、稽古の一回目はちゃんとやるんですって。で、上手くできたらもう後の稽古は流すんですって。「大物かよ!」って思いましたね。これ、本当に困るんです。おいおい言っていきますが、稽古のときからちゃんとやっていないと、本番になってちゃんとできないよって。とはいっても3歳ですからね。それでもやる気はマンマンらしいです(笑)。
――息子さんたちの衣装を勘九郎さんが初舞台のときに着ていたものを使うと聞いたのですが。
鎧ですね。今回新しく作ろうとしたんですが、まだ私たちが着た鎧が倉庫に残っていると聞いたので、少し小さくして使うことにしました。あと、私たちが子どものときに使っていた鏡台も見つかりまして。ただ、七之助が使っていた鏡台をうちの子用に借りるのは申し訳ないな、七之助にいつか子どもができた時のために残しておきたいと思いまして。そうしたら、うちの父が初舞台を踏んだときに使った鏡台が新たに出てきました。これが倉庫に眠っていたんですよ。鏡がかわいくて、隅切り銀杏のデザインになっていて。4、50年ぶりに日の目を見ることになりました。
中村勘九郎
――今回の上演では、様々な先輩方や、お仲間が参加されています。
この公演に参加してくださる先輩方には感謝の気持ちでいっぱいです。中でも(松本)錦吾さんには、嬉しいこと言ってくださいました。「どうにかして鬼役で『桃太郎』に出られるよう、勘九郎さんにお願いしてほしい」と、(中村)芝翫のおじさんから言伝がきました。これが叶うと中村屋三代~父・勘三郎、私と七之助、そして勘太郎と長三郎~の初舞台に「鬼役」で出演することになるとのこと。三代すべての初舞台に出ているのは、錦吾さんだけなんですって。
――息子さんたちの事だけでなく、お父さんたちの演目についてもぜひご紹介ください。
私たちの演目も大変です。『桃太郎』がなくても大変なんですよ(笑)。最初の『猿若江戸の初櫓』の舞も、父がいなくなってから初めて踊る訳ですし、気が引き締まる思いです。
『大商蛭子島』(おおあきないひるがこじま)は、昭和44年以来ひさしぶりの上演ですし。訳のわからない話かもしれませんが、それもまた歌舞伎の楽しみです。難しいですけど、そこも表現していかなければ。今の世の中、わかるものはおもしろい、わからないものはつまらないという風潮がありますが、ここはしっかりやらないといけない、と思っています。
『梅ごよみ』では芸者役をします。これは七之助のほうがいいんじゃないの?って言ったのですが、どうしてもって言われまして。女形はすごく久しぶりなので、深川芸者のきっぷの良さを見せられたらと思います。
――今年は、江戸歌舞伎ができて三百九十年の年ということですが、ということは、あと10年で四百年というメモリアル・イヤーとなりますね。
10年後が楽しみです。私も45歳ですし。30代は40代への踏み台というか、30代はいろいろな事を経験して、40代は経験したことを発揮する歳だと思います。もし10年後に猿若祭ができたら、子どもたちも上は中学生で……うわー(笑)。
10年後は『三人連獅子』をやります。七之助のところにも子どもが産まれて、何人になっているわからないけど『連獅子』をやります!(スタッフの方をみて)これ、覚えていてください(笑)。
中村勘九郎
――メモリアルイヤーまでの10年の間で勘九郎さんがやってみたいこと、チャレンジしてみたいことって何かありますか?
『スター・ウォーズ エピソード9』に出ることですね(真剣)。とにかく口にしていれば誰かの耳に入るかもと思ってます。ジョージ・ルーカスも歌舞伎が好きで、どこかに歌舞伎をモチーフにしたりしているというので、いつか歌舞伎役者を起用していただきたいです。シリーズでなくてもスピンオフでもいいので。帝国軍でもいい。お面かぶってて顔が見えなくてもいいです。「あの中身、中村勘九郎だぜ!」「……誰?」って言われてもいいです(笑)。
――最後に、息子さんたちにはどんな役者になって欲しいですか?
今はのびのびと楽しんでやってほしいです。どんな役者になってほしいかは私次第かと。私がいつもいい芝居ができているかどうか。私も父のそんな姿を見て育ちましたから。いまだに神社仏閣に行くと「じぃじや父のような役者になれますように」って祈るんです。そう思われるような親になっていたいですね。
■会場:歌舞伎座
■出演:尾上菊五郎/中村梅玉/中村勘九郎/中村七之助/ほか
■演目:
<昼の部>
一、猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)
二、大商蛭子島(おおあきないひるがこじま)
「黒髪」長唄囃子連中
三、四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)
四谷見附より牢内言渡しまで
四、扇獅子(おうぎじし)
一、門出二人桃太郎(かどんでふたりももたろう)
三代目中村勘太郎 二代目中村長三郎初舞台 劇中にて口上相勤め申し候
二、絵本太功記(えほんたいこうき)
尼ヶ崎閑居の場
三、梅ごよみ(うめごよみ)
向島三囲堤上の場より深川仲町裏河岸の場まで