プルーストとザリガニとタクシー運転手の頭のにおいについて

コラム
2017.2.6

拝啓

 

 ねこのおでこのにおいをかいだことがありますか?

 ねこのおでこは飼い主のにおいがします。なでたりいっしょに寝ていたりしているうちににおいが移ってしまうんでしょうね。大昔に片想いしていた人はねこを飼っていて、当時その人の家へ遊びに行くたびに僕は一生懸命ねこのおでこのにおいをかいでいました。青春です。ねこはけっこう迷惑そうな顔をしていましたが。

 僕は最近その思い出を、街中でふと思い出しました。というのも、すれ違った女性から懐かしいねこのおでこのにおいがしたからです。たぶん香水だと思うんですが、僕が好きだった人と同じ銘柄のものをつけていたんでしょう。それで思い出したんです。ふとした瞬間に、においから懐かしい記憶が蘇ることってよくありますよね。

 

 においから記憶が蘇る現象には僕が昔飼っていたザリガニとは違いきちんと名前が付けられていて「プルースト効果」といいます。僕のザリガニは「ザリガニ」とだけ呼ばれていました。

 プルースト効果の名称は、フランスの小説家マルセル・プルーストの長編「失われた時を求めて」に由来し、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した時の香りをきっかけとして幼少期の記憶が蘇ったところから取られているそうです。なるほど。

 それにしてもフランス人だけあって、記憶を呼び覚ます引き金がおしゃれですね。僕なんかはシチューをごはんにかける時のにおいを嗅ぐと、小学生の頃給食で出たシチューをごはんにかけて同級生にばかにされた記憶が蘇ったりします。おいしんですけどね、シチューごはん。あれ以来こそこそやるようになりました。

 

 話を戻しますね。僕のザリガニは4年生きました。結構長生きですよね。

 冗談です。ははは。

 ……話を戻します。

 しかし、なにかを思い出すきっかけとなるにおいは冗談ではなく案外大事です。引き金となるにおいが微妙だと、蘇った思い出までなんだか損なわれたような気分になるからです。

 先日、タクシーに乗った瞬間に昔の恋人を思い出すにおいがしてハッとしました。センチメンタルな気分でにおいのもとを探ってみましたが、どうやら運転手のおじさんの頭が発信源のようでした。使っているシャンプーが同じだったんだと思います。僕はずいぶんがっかりしました。蘇ったのは若き日の美しい記憶ではありましたが、思い出すきっかけは少し残念でしたね。いいにおいのおじさんはなんにも悪くないんですが。

 

 

 そうだ。今度からあなたに会うときは、なにか変わったにおいを纏っていきますね。そうすれば僕がいない時でもそのにおいを嗅げば僕のことを思い出せますよね。ねこの肉球のにおいとかはどうでしょうか。変なにおいですが、結構好きなんです。どうすればあのにおいになるのか研究しておきますね。

 

 それでは。

 いつかまた宇宙のどこかで。

 

敬具


チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。 過去の手紙はこちらからお読みいただけます。

シェア / 保存先を選択