睡眠と殺し屋とSSMについて

コラム
アート
2017.4.7

 拝啓

 

 今の時刻は深夜ちょうど4時です。もう朝と言ってもいいかもしれませんね。ベッドに入ったもののなんだか寝付けなくて、ごろごろ転がってみたり、本を読んだり、羊を数えたりしていたらこんな時間になってしまいました。羊を10億頭まで数えたところで地球上の羊をすべて数え終えてしまったため、仕方なくベッドを抜け出してキッチンでこの手紙を書いています。

 

 実を言うと、僕は睡眠についてはかなり神経質です。寝付きはすごく悪いし、眠り自体も刺身皿みたいに浅いです。

 例えば、まくらが変わるとまず熟睡できません。ですので旅先ではいつも眠たくて仕方ありません。

 寝室に少しでも光が差していると気になって眠れないので、頭から布団をかぶって寝ます。長時間布団をかぶっていると中の空気がだんだん薄くなって息苦しくなり、結局は顔を出すんですが。

 どんなに小さな音でも、物音がするとすぐに目を覚まします。90年代の映画でリュック・ベッソン監督の『レオン』という作品があります。ジャン・レノ演じる主人公のレオンは殺し屋で、職業上、いつその身に危険が及ぶかもわからいため彼はぐっすりと深く眠ることはできません。寝るときはベッドではなく椅子に掛けて傍に銃を置き、曰く「片目を開けたまま眠る」。

 僕は小学生の時に金曜ロードショーだか、土曜プレミアムだか、日曜映画劇場だか、とにかくテレビで初めてその作品を見た時、自分も殺し屋さんに向いているのかもしれないと思ったものです。片目なんか開けてなくても、小さな物音がすればすぐに目を覚ましますからね。

 ところで、『レオン』は名作中の名作なので、もし見たことがなかったら今すぐTSUTAYAに行って今夜必ず観てください。

 

 話を戻しますが、僕は睡眠についてこれだけ神経質なので、当然、他人といっしょのベッドで眠ることも苦手です。ねこなら大丈夫なんですけど。

 かつての恋人は僕の眠りがあまりにも浅いせいで、ある朝目覚めた瞬間に号泣し始めました。はじめは悪い夢でも見たのかと思ったのですがそうではなく、寝付けずにベッドの中で本を読む僕の姿を目撃してなにかしらの責任を感じたようでした。でもこればっかりはどうしようもないですよね。僕の寝付きの悪さは僕の感情とは無関係なわけですから。僕だって本当は演奏中のハードコア・パンクバンドのバスドラムの前で横になって熟睡できるくらいの睡眠力がほしい。

 

 しかしつい最近、僕は長年の睡眠に関する悩みを根こそぎ蹴散らすカンザスに吹く竜巻のような圧倒的な解決方法を編み出しました。つまり、目を閉じてからすぐに深い眠りにつき、翌朝目覚めるまで一切目をさますことがないくらいの快適な睡眠をとるための画期的な方法です。それは今、僕がキッチンでこの手紙を書いていることと無関係ではありません。

 

 その画期的な方法とはずばり、寝る直前にスパゲッティを食べることです。そう、今僕がキッチンにいるのはスパゲッティを茹でているからなのです。

 メカニズムはこうです。①スパゲッティを食べると僕はおなかがいっぱいになります。 ②おなかがいっぱいになるとさすがの僕でも起きていられないくらいの強烈な眠気に襲われます。 ③そのままベッドに直行(歯は磨いてください)するととても気持ちがいいので、深い眠りに落ちることができます。

 簡単でしょう? 僕はこの方法をスパゲッティ・スリープ・メソッド(SSM)と呼んでいます。僕はSSMによって眠れる美女のような深い深い睡眠を手に入れることができました。もちろん翌朝には王子のキスではなく、普通に目覚まし時計のアラームで起きられますよ。

 ちなみにボンゴレ・ビアンコやナポリタン、たらこスパゲッティなど多くのレシピを試してみましたが、チーズをたっぷりかけたミートスパゲッティが最も快眠効果が高いです。恐らく最もおなかいっぱいになるからだと思います。

 

 ただ、高い効果を持つ無敵の快眠方法と思われたSSMですが、スペインの無敵艦隊よろしく、それ自体に大きな弱点が潜んでいました。

 肥満です。要はやっているうちに太ってしまうんですね。まあ、考えてみれば当たり前ですが。真夜中にスパゲッティをおなかいっぱい食べて、おまけにすぐに眠るわけですから。

 僕は先日SSMを発見して以来、研究も兼ねて大いに活用してきましたが、そのおかげで少し太ってしまいました。いやあ、この副作用には当初まったく気がつかなかったですね。丸みを帯びてきた顔を確認してようやく気がつきました。

 最近はどうしても寝付けない夜にだけ、SSMを利用しています。

 

 そうだ、このSSMですが、となりに人がいる時にはまだ試せていません。なにせ機会がありませんので。

 あなたにはぜひ研究の助手をお願いしたいと思っています。いつでもうちに遊びに来てください。あなたも試せば、ふたりでグーグー眠ってしまうはずですよ。

 

 スパゲッティが茹で上がりましたのでこのへんで。

 それでは。

 いつかまた宇宙のどこかで。

 

敬具


チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。 過去の手紙はこちらからお読みいただけます。 

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