信仰と美術が一体となった名宝たちに出会う 『奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝』レポート

レポート
アート
2017.4.21
『奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝』

『奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝』

画像を全て表示(15件)

東京・日本橋の三井記念美術館で、4月15日(土)から6月11日(日)まで『奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝』が開催中だ。奈良県の西大寺創建1250年を記念した本展では、彫刻や絵画、工芸品、典籍などの西大寺の寺宝はもちろんのこと、その一門である各地の寺院の名宝が一堂に揃う。

東の東大寺、西の西大寺

「塔本四仏坐像」より「阿弥陀如来坐像」(奈良時代、西大寺)

「塔本四仏坐像」より「阿弥陀如来坐像」(奈良時代、西大寺)

西大寺は、奈良時代後期に女帝孝謙上皇(後の称徳天皇)によって発願され、765年に創建された。平城京の東の大寺・東大寺に相対する位置に建立され、当時としても大規模な寺院であったという。今回の展示で創建当時の趣を残した姿が見られるのは「塔本四仏坐像」(重文)だ。西大寺創建からしばらくして建立された東西の塔のどちらかに安置されていたと伝わっており、本展では4体のうち釈迦如来坐像と阿弥陀如来坐像がお目見えする。いずれも奈良時代後期に流行した木心乾漆の技法で作られている。

平安時代になると度重なる災害や源平合戦によりほとんどのものが焼失してしまったが、そんな中残ってきたのが国宝「十二天像」。本展では全12幅のうち、帝釈天像と火天像(展示期間:4月15日(土)~5月14日(日))、閻魔天像と水天像(展示期間:5月16日(火)~6月11日(日))の4幅を前後期に分けて展示する。十二天を描いた現存最古の絵画といわれ、座った姿で描かれているのは珍しい。

叡尊による西大寺復興

「文殊菩薩騎獅及び四侍者像」のうち「文殊菩薩坐像」(鎌倉時代・正安4(1302)年、西大寺)

「文殊菩薩騎獅及び四侍者像」のうち「文殊菩薩坐像」(鎌倉時代・正安4(1302)年、西大寺)

鎌倉時代に入り、荒廃した西大寺を再建したのが叡尊(1201年~1290年)だ。叡尊は「興法利生(こうぼうりしょう)」を掲げて戒律の復興を志し、西大寺を拠点にそれまでの仏教とは一線を画した真言律宗を広めていった。特筆すべきは、叡尊が多くの人々に戒を授けるだけでなく、貧しい人々やハンセン病患者などの弱者に手を差し伸べたところだ。そこには、弱者を文殊菩薩の仮の姿とする文殊信仰があった。

善春作の「興正菩薩坐像」(鎌倉時代・弘安3(1280)年、西大寺)

善春作の「興正菩薩坐像」(鎌倉時代・弘安3(1280)年、西大寺)

多くの作例が残されている叡尊像に共通する垂れ下がった眉、大きな丸い鼻には、どこか優しい雰囲気が漂う。昨年国宝に指定された「興正菩薩坐像」は、叡尊が存命のうちに弟子たちによって造立された叡尊像である。その像内には経典や舎利など数多くの納入品が収められており、叡尊を慕う人々や戒を授かった僧侶ら1500人ほどの名が記されているとのこと。叡尊の人望の厚さがうかがえる名品である。

「真の仏にしたい」という思い

「興正菩薩坐像」像内納入品のうち「金銅八角五輪塔」(鎌倉時代、西大寺)

「興正菩薩坐像」像内納入品のうち「金銅八角五輪塔」(鎌倉時代、西大寺)


宝相華や龍の透かし彫りが美しい「金銅透彫舎利容器」(鎌倉時代、西大寺)

宝相華や龍の透かし彫りが美しい「金銅透彫舎利容器」(鎌倉時代、西大寺)

叡尊像だけでなく、叡尊ゆかりの仏像や肖像の体内には、叡尊の信仰に関連する品々が数多く納入されている。三井記念美術館の清水眞澄館長は、「これらの納入品は単なる記録、タイムカプセルといったものではない。形だけの仏像というよりも、真の仏にしたいという思いが込められている」と語る。叡尊の幅広い信仰の中でも、特に舎利信仰は釈迦という仏教の原点に立ち返るものであり、戒律復興の意味でも重んじられた。そのため、釈迦の遺骨である舎利を納める舎利容器が多数見つかっている。

秘仏にゆかりのある、市川海老蔵がナビゲーターに

善円作「愛染明王坐像」(鎌倉時代・宝治元(1247)年、西大寺、展示期間:4月15日~5月14日)

善円作「愛染明王坐像」(鎌倉時代・宝治元(1247)年、西大寺、展示期間:4月15日~5月14日)

西大寺の秘仏「愛染明王坐像」(重文)も4月15日(土)~5月14日(日)の間、特別公開される。大切に保存されてきたものだけにその彩色や装飾は鮮やかにはっきりと残り、小さな像ながらもその迫力は満点だ。

江戸時代、この「愛染明王坐像」の容姿や化粧をかたどった隈取で2代目市川團十郎(2代目市川海老蔵)が『矢の根』を初演して好評を博したことから、本展の音声ガイドのスペシャルナビゲーターを歌舞伎俳優の市川海老蔵が務めている。そんなゆかりがあるのも面白い。

さらに、西大寺の末寺である京都・浄瑠璃寺の秘仏「吉祥天立像」(重文)も6月6日(火)~11日(日)の期間限定で登場。色とりどりの彩色と繊細な宝飾品は必見だ。

叡尊が始めた「光明真言会」と「大茶盛式」

叡尊の時代から現在まで受け継がれている西大寺ならではの文化が、「光明真言会(こうみょうしんごんえ)」と「大茶盛(おおちゃもり)式」だ。

「黒漆光明真言厨子」(鎌倉~南北朝時代、西大寺)。叡尊自筆と伝わる光明真言の墨書が納められている。

「黒漆光明真言厨子」(鎌倉~南北朝時代、西大寺)。叡尊自筆と伝わる光明真言の墨書が納められている。

「光明真言会」は西大寺で最も重要な法会で、1264年に叡尊が始めたもの。毎年10月3日~5日に夜通しで行われ、一切の罪が消えるとされる光明真言を唱える。本展では、この法要で使用される密教法具や光明真言の墨書を納める厨子も出展されている。

西大寺の「大茶盛式」で使われる大茶碗

西大寺の「大茶盛式」で使われる大茶碗

また、「大茶盛式」は1239年以来続く伝統行事。叡尊が八幡神社に献茶した余服を民衆に振る舞ったことに由来するという。毎年4月と10月に行われ、直径30㎝以上の大茶碗に入った一つのお茶を助け合いながら回し飲みする。同じ一つの味を共に味わい、結束を深める「一味和合」という西大寺で大事にされている精神を反映した行事だ。本展の開催を記念して、5月3日(水・祝)と5月19日(金)にこの「大茶盛式」が再現されるというから、こちらも見逃せない。

展覧会開幕を目前に、西大寺長老の大矢實圓師らによって執り行われた開白法要の様子

展覧会開幕を目前に、西大寺長老の大矢實圓師らによって執り行われた開白法要の様子

美術品としての美しさだけでなく、そこに脈々と流れる信仰心をも感じることができる仏教美術。西大寺の寺宝が東京でお披露目されるのは実に25年ぶりのことだという。この機会にぜひ仏教美術の奥深さに触れてみてほしい。

イベント情報
特別展 創建1250年記念『奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝』

会期:2017年4月15日(土)~6月11日(日)※会期中、展示替えあり
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(ただし5月1日は開館)
会場:三井記念美術館
入館料:一般1300円(1100円)、大学・高校生800円(700円)、中学生以下無料
 * ( )は20名以上の団体料金
 * 会期中、一般券・学生券の半券提示で2回目以降は団体料金を適用
 * 障がい者手帳をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料 
問い合わせ: ハローダイヤル03-5777-8600
公式サイト: http://saidaiji.exhn.jp/ 

シェア / 保存先を選択