【動画あり】新国立劇場オペラ『ジークフリート』 既存のしきたりを壊す、イノベーターとしての英雄~「色彩」や「かたち」で鮮やかに描かれるワーグナーの楽劇
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより 大蛇と戦うジークフリート
2014年からオペラ部門の芸術監督を務める指揮者・飯守泰次郎のもと、新国立劇場で上演が進行中のワーグナーの4部作「ニーベルングの指環」も、遂にこの6月より後半戦に突入する。このたび上演されるのは3作目(第2夜)にあたる『ジークフリート』だ。
ワーグナーは「英雄ジークフリート」を描くためにこの4部作を書き始めた……ということは、ワグネリアン(ワーグナーの熱狂的なファン)にはよく知られている。だからこそ、満を持してジークフリートが登場するこの3作目から「ニーベルングの指環」の核心へいよいよ近づくのだと言っても過言ではない。
既存のしきたりやルールを無視、あるいは壊していくことで新たな秩序を築いてゆく主人公ジークフリートは、現代的な感覚で捉えればスティーブ・ジョブズのような真のイノベーター的存在である。そう考え直してみると、オペラの神話的世界を21世紀現在に観る意義が容易に掴み取れるのではないか。
プルミエ(初日)に先立ち、5月29日(月)に舞台稽古(※本番どおりに上演する、リハーサルの最終段階)が限定公開されたので、その模様をいくつかの聴きどころに絞ってレポートしていこう。まずはダイジェスト動画をご覧いただきたい。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより
「色彩」や「かたち」で描かれる表象的世界
後半戦になり、俄然印象深いものとなっているのがゲッツ・フリードリヒ(1930~2000)による演出である(故人であるため、ヘルシンキ国立歌劇場の演出チームによる再演)。とりわけ鮮烈に目に焼き付けられたのが「色彩」や「かたち」によって描かれる物事や人物の関連性だ。フリードリヒのこの演出では『ジークフリート』という楽劇の内部だけでなく、4部作全体にわたって「色彩」や「かたち」によって記憶されるイメージを用いて(明示的かつ説明的になり過ぎない程度に!)、観客が関連性を感じ取れるように設計されている。
言い換えれば、これはワーグナーが4部作全体に張り巡らした「ライトモティーフ(示導動機)」を、視覚面に拡張したものだとも言えるだろう。特定の音型に意味を持たせながら関連性を描いていく「ライトモティーフ」の用いられ方も決して明示的なものばかりとは限らず、かすかに関連性を示唆するものも多いのだから、その近似性は明らかだ(本作における主要なライトモティーフについては、芸術監督 飯守泰次郎氏によるこちらの動画をご覧いただこう)。
だから『ジークフリート』の観劇前には予習・復習として、1作目《ラインの黄金》と2作目《ワルキューレ》のハイライト動画を観ておくとよい。そこで、それぞれの登場人物が何色の服を着ているのか? そして同じ色の服装をしているのは誰か? はたまた、その服装の色彩が場面によってどのように変わっていくのかを何回か観て頭に焼き付けておくと、より『ジークフリート』を楽しみながら読み解いていくことが出来るだろう。
こうした演出の具体例をひとつ挙げておこう。『ジークフリート』の演出においてまず興味深いのは、第1作でラインの黄金を盗み出したアルベリヒの兄弟であり、この第3作ではジークフリートの養父でもあるこびと族ミーメの描かれ方だ。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ミーメ、アルベルヒ
第1幕はミーメとジークフリートの住まいにおいて物語が展開していくのだが、子供部屋に見立てられている舞台には、おもちゃが散見される。そのなかには「白馬」の人形が置かれているのだが、これは本作におけるヒロインのブリュンヒルデの愛馬グラーネなのである。このグラーネ人形に対し、後にブリュンヒルデと結ばれるジークフリートはキスをし、ブリュンヒルデの父親であるヴォータン(本作ではさすらい人)は優しく撫でることで、各人物とブリュンヒルデの関係性を描いているというわけだ。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ジークフリート
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより さすらい人
ところが問題となるのは、ミーメである。なんと彼もこのグラーネ人形にキスをして抱擁するのだが、それは何故なのだろうか? もちろん、ブリュンヒルデではなく、グラーネが乗せてきたジークリンデ(ジークフリートの母)との関係性を描くものであるのかもしれない。しかし、ミーメのブリュンヒルデとの関連性は他にも描かれていくのだ。ミーメは、赤地に黄緑の丸が載る「水玉傘」……というおよそ彼にはまったく似合わないアイテムをときおり手にするだが、これは明らかに『ワルキューレ』のラストでブリュンヒルデが炎のなかで眠らされる場面と関連させたものである。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ミーメ
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ミーメ
新国立劇場オペラ『ワルキューレ』ゲネプロより
さらに、『ジークフリート』第3幕ではブリュンヒルデの母エルダも赤と黄緑のライトで照らされた状態で登場する(なお、ワーグナー自身はト書きで「青」を指定している)。ただし、こちらはミーメの水玉傘に関連させるというよりは、『ワルキューレ』ラストの眠れるブリュンヒルデになぞらえたものだと捉えるべきかもしれない……といったように、フリードリヒの演出は明示的な意味が語られるわけではなく、色んな読み解き方ができるように作られているのだ。だからこそ鑑賞者が変われば読み取られるものも変わり、20年ほど前の演出であるにも関わらず古さを感じさせないものとなっているというわけなのだろう。何度でも観たくなる演出である。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより さすらい人、エルダ
相も変わらず粒ぞろいの歌い手たちと、縁の下で支える飯守泰次郎率いる東京交響楽団
もちろん出演者たちの素晴らしさは言うまでもない。バイロイト音楽祭、ウィーン国立歌劇場、バイエルン州立歌劇場、メトロポリタン歌劇場……等などといった世界トップクラスのオペラハウスでワーグナーを歌うステファン・グールド(ジークフリート)、アンドレアス・コンラッド(ミーメ)、グリア・グリムスレイ(さすらい人)、クリスタ・マイヤー(エルダ)、リカルダ・メルベート(ブリュンヒルデ)といった綺羅星のごとき顔ぶれが揃う舞台は圧巻という他ない。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ジークフリート、ミーメ
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより さすらい人、ジークフリート
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより エルダ
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ジークフリート、ブリュンヒルデ
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ブリュンヒルデ、ジークフリート
彼らに比べると注目されづらいトーマス・ガゼリもアルベリヒの粗野なキャラクターを、クリスティアン・ヒューブナーも短い出番ながら欲にまみれたファフナーのキャラクターを、見事に体現していた。森の小鳥をつとめた4名の日本人歌手たち(鵜木絵里、九嶋香奈枝、安井陽子、吉原圭子)と、新国立劇場バレエ団の五月女遥、奥田花純(Wキャスト)も強烈な衣装(!?)に引けを取らない存在感を発揮している。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより さすらい人、アルベルヒ
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ファフナー、ジークフリート
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより 森の小鳥、ジークフリート
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより 森の小鳥
それらをまとめ上げるのは勿論、新国立劇場オペラ芸術監督の指揮者・飯守泰次郎である。あくまでもワーグナーの音楽と、それを拡張するフリードリヒの演出にどこまでも寄り添って奉仕する姿勢こそ、オーケストラピットの本来あるべき姿だろう。この4部作に初登場となる東京交響楽団も、各所で活躍する様々な楽器のソロで素晴らしい妙技を聴かせてくれた。そして休憩込みで約6時間という長丁場のため、最後は体力勝負になってしまいがちなところを、終盤に向かって尻上がりに音楽を高揚させていったのも見事であった。
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより 飯守泰次郎
新国立劇場オペラ『ジークフリート』ゲネプロより ブリュンヒルデ、ジークフリート
上演は、6月1日(木)から17日(土)にかけての計6回。これほどの万全の布陣で挑まれる新国立劇場の『ジークフリート』を、見逃す手はないだろう。
取材・文=小室敬幸 撮影=安藤光夫
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第2日『ジークフリート』[新制作]
全3幕〈ドイツ語上演/字幕付〉
■日程:2017年6月1日(木)~17日(木)
■開演時間:
2017年6月 1日(木)16:00
2017年6月 4日(日)14:00
2017年6月 7日(水)14:00
2017年6月10日(土)14:00
2017年6月14日(水)16:00
2017年6月17日(土)14:00
■演出:ゲッツ・フリードリヒ
■配役:
ジークフリート:ステファン・グールド
ミーメ:アンドレアス・コンラッド
さすらい人:グリア・グリムスレイ
アルベリヒ:トーマス・ガゼリ
ファフナー:クリスティアン・ヒュープナー
エルダ:クリスタ・マイヤー
ブリュンヒルデ:リカルダ・メルベート
森の小鳥:鵜木絵里、九嶋香奈枝、安井陽子、吉原圭子
■管弦楽:東京交響楽団
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/opera/siegfried/