多くの観客と共に迎えた23歳の誕生日 ピアニスト反田恭平~2017全国縦断ツアー 最終公演レポート
反田恭平 撮影=青柳 聡
反田恭平ピアノ・リサイタル2017 全国縦断ツアー 2017.9.1 東京オペラシティ コンサートホール
反田恭平は、間違いなく、今、最もの取れないピアニストの一人である。この夏、7月8日のミューザ川崎シンフォニーホールでの公演を皮切りに、北海道から福岡までを巡る『反田恭平ピアノ・リサイタル2017 全国縦断ツアー』(全13公演)が行われたが、いずれの公演もは、あっというまに完売した。CDデビューを果たしたのが2015年、昨年のデビュー・リサイタルではサントリーホールを満席にし、一躍スターダムに躍り出た。今回は、留学先のモスクワから帰国して直ぐの全国ツアー。のべ16,000人を超える観客を動員し、まさに全国のクラシックファンを魅了した。このツアーの間、反田は河口湖音楽祭や出光音楽賞ガラコンサートにも出演するなど多忙なスケジュールをこなした。ツアー前のインタビューでは、長期間にわたるツアーに向けた、練習や食事、体づくりといった「見えない部分」を訊いたが、ツアーのフィナーレとなる東京オペラシティでのコンサートに足を運び、この2カ月にわたる演奏の集大成を聴いた。
秋風が心地よいこの日、開演前のオペラシティには、反田恭平の奏でる音に期待を膨らませた多くの観客が集まっていた。ロビーには、7月に発売されたばかりのフォトブック『SOLID[ソリッド]』に収められた写真の中から選ばれた臨場感や熱気溢れるショットが展示され、開演を待つ観客の期待を高める。また、手にしたパンフレットにもユニークな趣向が凝らされていた。渡されたのは、「KYOHEI SORITA」の名が記されたシールで封じられた封筒。中に入っていたのは、本ツアーで演奏される曲名が反田の自筆で記されたカードで、裏には曲の解説が書かれている。重厚感のある封筒とアールデコ調の装飾を施したカードは、さながら、リサイタルへの招待状のようだ。
撮影=大野はな恵
さて、今回の全国ツアーでは、“プログラムI”と“プログラムⅡ”という2つの公演プログラムが用意されており、違ったプログラムが聴けるのも楽しみのひとつであった。“プログラムI”はファンから寄せられたリクエストに応えたもので、“プログラムⅡ”は、反田自身の選曲によるもの。今回のオペラシティ公演では“プログラムⅡ”が披露された。
スポットライトで照らされたピアノに、舞台袖から現れた反田が座る。拍手が鳴り止み、静まり返った会場。その沈黙を破るように、武満 徹『遮られない休息』の演奏が始まった。反田は近・現代作品に取り組むことを一年の目標とし、今回、この作品を選んだ。武満が、詩人・美術評論家として活躍した瀧口 修造の詩からインスピレーションを受けて作った楽曲で、「ゆっくりと、悲しくかたりかけるように」、「静かに残酷な響きで」、「愛の歌」という副題の付けられた三曲から構成される。瞑想的な響きが美しくも悲しい一曲目、閃光のようなくっきり響く和音と残響の対照が印象的だった二曲目、くぐもった響きが独特の非現実感を漂わせていた三曲目。反田はそれぞれを実に巧く、描き分けた。反田が演奏を満喫している様子が聴衆にも伝わり、会場は早くも一体感に包まれる。実は、この日の公演が行われた東京オペラシティのホールの正式名称は、「東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル」という。武満はこのホールの設計段階から深くかかわり、芸術監督として数々のオープニング企画を監修したが、オープニングを目前に亡くなった。そのタケミツ メモリアルで、敢えてこの曲からコンサートを始めたところに、武満へのリスペクトを感じさせた。
撮影=青柳 聡
続く曲は、シューベルトの『4つの即興曲 D.899/op.90』。病床にあったシューベルトが、一進一退の病状の中、死の前年に書いた作品である。ピアノを学んだことのある者ならば、誰もが一度は演奏するお馴染みの作品だ。まず驚かされたのは、ロマンティックな個性溢れる反田の演奏解釈。内に秘めた感情を吐露するかのよう多感な音運びが、シューベルトの内省的な抒情性を際立たせており、新たな発見であった。とりわけ印象的だったのが、三曲目の「アンダンテ」。シューベルトの歌曲『冬の旅』を彷彿とさせる、果てなき旅路をさすらうような孤高の世界観を描きだす一方で、優しく親密に語りかけてくる趣があった。
休憩を挟んで、後半の第一曲目はラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』。繊細な弱音が特に美しく、典雅な響きがすっと心に入ってきた。一音一音を空間に染みわたらせようとする反田の姿が心に残った。
提供=日本コロムビア
そして、リサイタルのハイライトともいえるリストの『ソナタ ロ短調 S.178』である。演奏が始まると、会場の空気がガラリと変わった。高度なテクニックと構築力が求められるリストの大作は、反田の醍醐味を堪能できる一曲。全身を使って表現する躍動的なパフォーマンスを会場全体が見守った。この作品は、『ファウスト』や『失楽園』といった文学作品や哲学的なイメージと関連づけて解釈されることも多いが、反田は、「リスト自身が誕生する瞬間から自身の最期までを幻想で描いた道ではないか」(プログラムノートより)と読み解いた。それを証明するかのように、張りつめた空気の中で始まった冒頭から絢爛たるクライマックスを経て、崇高さに満ちた幕切れまでを、極めてシンフォニックな響きで彩り、リスト、その人にまで迫るようなスリル溢れる演奏を聴かせた。
プログラムとして準備された4曲の演奏を終えても、拍手は鳴りやまずアンコールへ。ショパン『エチュード ハ長調Op.10-1』は優美かつ端正な表現で、ドビュッシー『月の光』は息を呑むほどの美しい弱音で奏された。
『のだめカンタービレ』からマングースも登場 提供=日本コロムビア
筆者が訪れた東京オペラシティでの最終公演は9月1日だが、この日は反田恭平の23歳のバースデーでもある。本編とアンコールの演奏を終えた反田には、可愛いらしいサプライズが待っていた。クラシック音楽をテーマにした『のだめカンタービレ』の人気キャラクター、マングースがバースデーケーキと共に舞台に登場したのだ。のだめファンを公言する反田は、このサプライズに思わず表情がほころぶ。会場に温かい時間が流れた。会場全員でハッピーバースデーを歌ったあと、反田は、「このツアーは、自分の中で葛藤もあり、うまく行ったこと、うまく行かなかったこともありましたが、感慨深い2か月間でした」と述べ、今月から再びヨーロッパに留学し、武者修行をしたいと意気込みを語った。さらに嬉しいニュースも発表された。来年2018年のツアーとして、全国24都市25公演での開催が決定したという報告に、大きな歓声が上がった。最後に、反田はサプライズへのお礼として、シューマンが作曲し、リストが編曲した『献呈』を演奏。シューマンが妻クララに贈ったこの美しい愛の歌を反田は、温もりある表現で奏し、観客に感謝の気持ちを届けた。こうして、2017年のツアーは大喝采のうちに幕を閉じた。
撮影=青柳 聡
彼を支える多くの観客と共に23歳を迎えた反田恭平。彼は先のインタビューにおいて、「コンセルヴァトワールを創りたい」と、将来のビジョンを語ってくれたが、更なる研鑽を経て、どのように成長していくのだろうか。今年は、が手に入らなかった方も多かったが、是非、来年のツアーの動向をフォローしていただきたい。来年は、どんなプログラムで反田は全国に音楽を届けるのか、期待が高まる。
取材・文=大野 はな恵
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