朝ドラ『ひよっこ』の富さん役で話題の白石加代子が朗読劇『笑った分だけ、怖くなるvol.2』で本領発揮!

インタビュー
舞台
2017.9.20
 白石加代子

白石加代子


女優・白石加代子が絶好調だ。芸歴50周年にして“初の朝ドラ”となった連続テレビ小説『ひよっこ』が大好評。ヒロイン・みね子(有村架純)らが暮らす「あかね荘」の大家・立花富役をコミカルに演じ、お茶の間で話題を呼んでいる。特に、9月2日にオンエアされた、富さんが叶わぬ恋の思い出を語る回は視聴者からも反響が大きく、23.1%の高視聴率を獲得。女優・白石加代子の実力と存在感を改めて世間に知らしめた。

しかし、白石加代子の主戦場は、何と言っても舞台。映像は寡作のため、今回の出演で白石の名を知った視聴者もいたかもしれないが、演劇界では知らない者のいない大女優。日本の演劇史にその名を刻む名優であることに異論を挟む者はいないだろう。

そんな白石の最新舞台出演作が、10月17日(火)に東池袋のあうるすぽっとで初日を迎える、白石加代子女優生活50周年記念公演『笑った分だけ、怖くなるvol.2』だ。2015年4月にvol.1を上演、喝采を浴びた本作が、「共演:佐野史郎×演出:小野寺修二」という強力な布陣はそのままに、よりパワーアップして日本各地を巡演する。

『ひよっこ』で白石に魅了された人も、古くから白石の演技を知る演劇ファンも抑えておきたい注目の一本。今、改めて舞台女優・白石加代子にクローズアップしてみたい。

舞台には、逃れられない“旨み”がある

「今まではね、何となくテレビを避けてきたところがあるの」

初の朝ドラ出演を終えて、白石は率直に感想を口にする。

「苦手というか、緊張しちゃうのね、カメラの前だと(笑)。朝も早いし、行ったらすぐに撮影が終わって帰されるし(笑)。でも人って慣れるものね。やっとコツが掴めて居心地が良くなって、今はまたやらせていただきたいなっていう気持ちになっているところなの」

女優デビューは25歳のとき。勤めていた区役所を退職し、早稲田小劇場(現・SCOT)に入団した。以来、キャリアのほとんどを舞台に懸けて今日までやってきた。

「中には、宗旨替えしてテレビが中心になる方もいるけれど、私は舞台が楽しくて、お声をかけてもらえるのが嬉しくて、ずっと舞台中心でやってきた。舞台には、“旨み”と言ったらいいのかしら。身体が知ってしまった喜びというものがあるのね。それを一度味わったら、もう抜け出すことなんてできないのよね」

舞台は、過酷だ。長い公演期間を穴をあけることなく、常に万全の状態で臨むには、徹底した自己管理が必要となる。だが、それこそが白石を虜にする“旨み”なのだそう。

「映像は役柄にもよるでしょうけど、日によっては現場に行って、ほんのちょっと撮影したら今日は終わりなんてこともあるから、たとえば3時間しか睡眠をとっていなくても何とかなる。けれど、舞台はそれでは通用しません。隆とした身体をお見せするには、自分の決めた睡眠時間をしっかりとって、常に健やかに保たないと。十分に休養をとった身体で、思い切り舞台の上に立てるのは、舞台を知る人間の快感のひとつよね」

監督からのOKが飛べば、二度とその場面を演じることはない映像の演技と違い、舞台は毎ステージ、同じ場面を反復し続ける。当然、ルーティンワークに陥ってはならない。白石ほどの女優でも、1本1本の公演が終わるたび、今も自己分析と反省を繰り返すと言う。

「自分ではここまでやれたわって達成感に満ちあふれた日に限って、『今日は良くなかった』って言われたり。わからないものよね、お芝居なんて。ただ、そうした長い蓄積を積み重ねていく中で、こういう境地に陥るとダメなのかということが少しずつわかるようになる。身体が身をもって覚えていくの。そういう幸せというのは、他の仕事では味わえないわよね」

だからこそ、白石加代子は舞台を続ける。同年代の中には、年齢による衰えから生の舞台を遠ざける者も少なくない。

「舞台に懸けるエネルギーというのは、身体に食い込んでくるからね。昔と比べて回復が遅くなっていると感じるのは確か。映像のお仕事をさせていただくようになったのも、以前ならひとつの舞台が終わってすぐ次の舞台に行けたんだけど、今は周りが私の身体のことを考えて間隔をあけてくれるようになったからというのもあるの。60を過ぎた頃くらいからかしらね。それまでは、たとえば1回読んで覚えられた台詞が1.5回くらい読まないと覚えられなくなった。今はそうね、2.5回くらいは必要ね」

だが、そうした変化を感じながらも、白石は舞台に立つことを選び続ける。

「なぜかと言うと、覚えは悪くなったけど、その分、一度入った台詞が深くなるの。ちょっとやそっとじゃあ抜けなくなった。こうした感覚は若い頃はわからなかったわね。だから、年をとって良いところもたくさんあるの。ただ、こんな年になるまで芝居をしている人が少ないから、きっと良さが伝わっていないんだね(笑)」

怖いばかりの話じゃダメ。ちゃんと笑い飛ばせるものでないと

『笑った分だけ、怖くなるvol.2』は、白石加代子と佐野史郎という俳優ふたりによるリーディング劇。第1ラウンドでは、筒井康隆の短篇小説『乗越駅の刑罰』をふたりが朗読する。7年ぶりに郷里に帰ってきた小説家が、ほんの出来心から犯した無賃乗車を駅員に咎められ、執拗に追いつめられていく不条理劇だ。

「エグい話よね。筒井さんの小説は以前にもやらせていただいたことがあるのだけど、今回のお話がいちばんエグいんじゃないかしら。散々いじめられる、訳のわからないお話。だけど、いじめというのは、そもそも訳のわからないものなのかもしれないね」

だが、単に残酷で怖いというわけではない。タイトルの通り、「笑った分だけ、怖くなる」ブラックコメディとして仕立て上げる。

「怖いだけのお話って誰も求めてないわよね。長年、『百物語』という朗読シリーズをやらせていただきましたが、あのときも後半はどんどんブラックコメディになっていた。私も怖いだけのお話は苦手(笑)。やっぱり恐怖と笑いが裏表になって、ちゃんと笑い飛ばせるものでないといけないっていう気持ちがあるのね。きっとこのお話も、そうね、思わず引きつった笑いを浮かべるような、そういうものになるんじゃないかと思っています」

そして第2ラウンドは、井上荒野の短篇小説『ベーコン』。家族を置いて家を出た母。その母の死をきっかけに、「私」は母の恋人と出会う。結婚を約束している男性がいながら、「私」はなぜか母の恋人の家に通いつめる。淡々とした筆致から炙り出される愛とも性ともつかない想いが、胸に沁みる。

「これは佐野さんが推薦してくださったの。何事も起こらないと思って読んでいるとそうでもなくて。ちょっと危険な匂いがするし、エロティックですよね。どんな作品に仕上がるのか私も全然想像がつかない。相当難しい話よね」

手がかりを探るべく受け取ったのが、井上荒野の父である小説家・井上光晴のドキュメンタリー映画。そこには井上光晴を愛した女性たちが次々と登場し、井上との愛を証言する。

「女性たちはみんな同じようなことを言うの。『私の中には男としての井上さんしかない』って、そういう発言がボロボロ出てくる。不思議な男よね、きっと女が好きで好きでたまらなくなる何かを持っているんだと思う。井上荒野さんは、そんな父を見て育った。きっとこの『ベーコン』という小説は、井上光晴さんの存在なしには取っかかれない気がするの。最初はどうすればいいのかなと考えていたけど、あのドキュメンタリーを観て、無縁ではないなと思ってね」

そうした一癖も二癖もある作品を、小野寺修二演出のもと、あの佐野史郎とふたりで演じるというのだから、否が応でも興味が湧いてくる。

「おふたりとは、言葉の感覚がぴったりなのね。この一文はカットしようと誰かが言い出すと、いつも全員一致。私にセンスがあるとは言わないけど、おふたりともすごくセンスの良い方。佐野さんは音楽にも造詣が深くて、実は前回の選曲は全部佐野さんがお決めになったの。小野寺さんはさすが今や引く手数多の演出家だけあって、私にはない切り込み方をされるし、つけてくださる動きもとても面白い。だから安心しておふたりにお任せしたい気持ちです」

今もまだ他の人が素敵な舞台に立っていたら嫉妬します

狂気を演じさせたら天下一品と評判をとり、「怖い」「恐ろしい」という形容詞が先行するのが白石加代子のパブリックイメージ。しかし、実際の本人は自分の半分も生きていないような未熟なライターの質問にもにこやかに答え、けらけらと陽気に笑う。以前取材した別の稽古場でも、共演者の芝居を見ながら、ふふふと笑みを浮かべる姿が印象的だった。芝居仲間から「加代ちゃん」と呼ばれる通り、白石加代子はとてもチャーミングで愛らしい女性だ。

「だから私、怖い話なんかどうして私に持っていらしたかっていつも思うんだけど(笑)。何とかそこから抜け出す手はないかと思って、あれこれ考えて出た答えが、“笑い”を付加することでした」

そのタフなバイタリティも、ささやかなことでも大いに笑う、感情豊かな気質によって育まれているのかもしれない。

「うちでもいつもひとりで笑ってるの。別に笑おうなんて心がけているつもりもなくて。ただ単純に、日常の中に楽しいことを見つけながら生きているからね、きっと」

公演に銘打っている通り、女優生活50周年。だが、白石加代子の舞台女優としての千穐楽はまだまだずっと先。今も来年の舞台に向けて加圧トレーニングに取り組むなど、肉体づくりに余念がない。その原動力は何なのか。これだけの名声を得ながらも、やはり飽き足りぬ何かが彼女を動かしているのか。

「いえいえ、もう十分だと思っています。自分で言うのも何だけど、すごく幸せな50年を過ごさせていただいたと思っているのね。だから飽き足りないなんてことはない」

そう現状に感謝をした上で、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

「ただ、今も他の人が素敵な舞台に立っていたら嫉妬するのね。『なぜこの役は私じゃないの?』って思うんです。それもうんと若い子がやってる役ですよ(笑)。きっと、そういう“業”からは永遠に逃れられない。“業”があるから、今日まで続けてこられたんだと思います」

女優生活50周年。だが、まだ彼女に演じてもらいたい作品が、役が、ウズウズと彼女と出会うのを待っている。日本の演劇界が誇る至宝は、その業”が尽きぬ限り、隆とした身体で舞台の上に立ち続ける。

白石 加代子(しらいし・かよこ):1967年、劇団早稲田小劇場(現SCOT)に入団。黎明期小劇場演劇の興隆のなか、数々の伝説的舞台を生んだ。なかでも、ギリシャ悲劇『トロイアの女』は、世界に名だたる演劇人の耳目をあつめた。89年、SCOTを退団。以降、蜷川幸雄『身毒丸』、鴨下信一『白石加代子の百物語』を始めとし、宮本亜門、鵜山仁、野田秀樹、野村萬斎、長塚圭史、串田和美、小野寺修二など名演出家の舞台に立ち続ける。96年・98年に読売演劇大賞優秀女優賞、01年に芸術選奨文部科学大臣賞、05年に紫綬褒章、12年に旭日小綬章、14年に菊池寛賞を受賞。


取材・文・撮影=横川良明

公演情報
白石加代子女優生活50周年記念公演「笑った分だけ、怖くなるvol.2」
 
■原作
筒井康隆「乗越駅の刑罰」(新潮文庫刊『懲戒の部屋』より)
井上荒野「ベーコン」(集英社文庫)

■上演台本
「乗越駅の刑罰」笹部博司
「ベーコン」佐野史郎
■演出
小野寺修二

■出演
白石加代子、佐野史郎

■日程・会場
2017年10月17日(火)~22日(日)
東京都 あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)

2017年10月28日(土)
愛知県 ゆめたろうプラザ 輝きホール

2017年11月3日(金・祝)
新潟県 りゅーとぴあ・劇場

2017年11月6日(月)
北海道 道新ホール

2017年11月11日(土)
埼玉県 サンシティホール

2017年11月14日(火)
東京都 吉祥寺シアター

2017年11月17日(金)
大阪府 近鉄アート館

2017年11月19日(日)
愛知県 春日井市民会館

2017年11月21日(火)・22日(水)
兵庫県 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

2017年11月25日(土)・26日(日)
東京都 シアター1010

2017年12月2日(土)
神奈川県 相模女子大学グリーンホール 多目的ホール

2017年12月6日(水)
東京都 練馬文化センター 小ホール

2017年12月8日(金)
東京都 亀戸文化センター

2017年12月10日(日)
東京都 府中の森芸術劇場 ふるさとホール

2017年12月13日(水)
東京都 パルテノン多摩 小ホール

2017年12月16日(土)・17日(日)
茨城県 水戸芸術館 ACM劇場

2017年12月20日(水)
富山県 富山県民小劇場ORBIS

 
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