怪我で降板から3年、再びこまつ座『きらめく星座』に挑む田代万里生インタビュー「笑いも歌も共有することで超えられることがある」
田代万里生
ミュージカルを中心に活躍する田代万里生が、11月5日に開幕したこまつ座『きらめく星座』(井上ひさし作、栗山民也演出)に出演している。昭和15年、浅草のレコード店「オデオン堂」を舞台に、太平洋戦争開戦前夜までの1年間の家族を描く音楽に彩られた舞台だ。田代は脱走兵の長男、正一役。前回公演(2014年)でも正一で出演したが、開幕後すぐに怪我で途中降板した。再び出演のチャンスを得て改めて井上作品に挑む田代が、作品のこと、音楽のことをじっくり語った。
――再び『きらめく星座』に出演依頼があったときは、どんな思いでしたか?
声をかけていただいた時はとても嬉しかったのですが、一方で前回皆さんにご迷惑をおかけしてしまい、次は最後までやり遂げられるだろうかという不安もありました。でも、再び大好きな正一として、舞台に立つチャンスを与えていただき、感謝の気持ちと、前回以上に身が引き締まる思いです。
――音楽が好きな正一という役柄は田代さんにぴったりですね。
正一は音楽学校に通いピアノや歌が好きで、家族も音楽が好きで、自分と重なりますね。これまでにぼくがやったことがないような泥臭い役柄でありながら、どの役よりも自分らしさを投影できる役柄に出会えた。でも前回はぴったりなんて思う余裕もありませんでした。最初に井上麻矢さん(こまつ座代表)から映画『男はつらいよ』の寅さんの本をすすめていただき、読んでみました。天真爛漫でふらっと帰ってきてふらっと消える。背負っているものはあるのに、これ見よがしに表に出すことはなく、家族思い。正一も帰ってくるたびに違う恰好をして、それまでとは違う顔つきで現れてはいなくなる。でも家族思いなのは変わらない。本当にやりがいのある役です。
――井上作品には、社会的なメッセージのほかにもいろんな魅力がつまっています。今回は音楽の力も大きいですね。
どの時代でも、貧しい国でも贅沢をしている国でも、音楽というものは絶対にありますよね。どんなに貧しくても歌うだけならタダでできる。大変なときこそ空腹を満たすわけでもない歌を、なぜかみんなで歌って、元気になっていく。そんな見えない音楽の力を、無意識にではあるけど、大事にしている人たちの話なんです。
――その小さな家族のお茶の間に世界情勢を持って帰ってくるのが正一ですね。
世界の中にポツンとある浅草。その一角にある家にも世界はあります。この時代は家族のつながりも強いし、ちょっと変わった家族ですが、家族だけの秘密も共有していて、社会の縮図にもなっていますね。
――田代さんにとって音楽はどういう存在ですか? 正一の家族たちは劇中でもすぐにみんなで歌いだしますが。
特に答えはないんです。気づいたら歌っていて、歌うか歌わないかという選択肢が最初からなかった。両親が音楽をやっていたので、ご飯を食べるように毎日ピアノで遊んでいて、その延長に今があります。幸せなことにそれが仕事になっているけれど、最大の趣味でもある。最高のストレス発散でもあるし、それで悩むこともある。生活のすべてですね。
――『きらめく星座』でも数曲歌いますね。
2014年の公演のときに劇中に出てくる「青空」を初めて聴いたのですが、今年にミュージカル『グレート・ギャツビー』で1920年代の音楽を調べていたら当時、ビッグバンドで演奏されていたんです。アメリカのジャズエイジに生まれた音楽が日本に来て、あの時代に日本語の歌詞で歌われている。ほかの作品や歴史を学んだ上で改めて作品をみると、さらに壮大なものに気づきます。3年たって日本の情勢も変わってきていますよね。この作品の中でも「奇怪な世の中」などという言葉がありますが、歌を通して何か大きなことが動いているのに気づいたりします。
――挿入歌はミュージカルとはまた違った効果で使われていますね。
基本的にミュージカルは台詞と歌に表現の境目がないことが理想ですが、今回は台詞は台詞、そして歌は『好きな歌を歌うシーン』として存在するので、ミュージカルとは全くアプローチが異なります。コンサートともまた違うので、音楽劇ならではの独特な表現が面白いですよね。
――ミュージカルで活躍していて、ミュージカル俳優と呼ばれることが多いと思いますが、ご自身はどう考えていますか。
周りが思うほど、僕自身は考えていないです。ミュージカルを始めたときも、オペラ歌手と言われたり、逆に俳優と書かれたときには違和感もありました。『きらめく星座』はストレートプレイに初挑戦ではあったけれど、ミュージカルを飛び出そうというような考え方もなかったですね。ミュージカルをやっていく中で、大竹しのぶさんや市村正親さんというジャンルレスな素晴らしい先輩方に出会い、芝居って面白い!と実感したことで、自分の足りない部分に気づいて興味が湧いてきた。そんな流れで辿り着いたのが、この『きらめく星座』への挑戦でした。
――興味の幅が広がったのですね。
デビュー当時は、自分の役がどれだけ歌っているかが物差しでした。出ずっぱりでも歌が少ないと出番が少ないと感じてしまっていたんです。お芝居と歌が分離していたんですね。今は、ミュージカルでもほとんど歌わない役などを経て、歌や台詞の量ではなく、そこに【存在】するという表現の面白みも見つけました。
――これからは?
まだまだ知らない世界があると思うので、何でもチャレンジしていきたいですね。具体的にこれがやりたいと思うことも大事かもしれませんが、予想外の何かをふられた時は、食わず嫌いにならずに積極的にやってみようと思います。失敗するかもしれませんが、今では思いもつかない可能性が広がっていくかもしれないですよね。
――では最後に、『きらめく星座』では、お客様にどんな音楽を持って帰ってほしいですか?
観終わったら、家族みんなで歌を歌ってほしいですね。親子で一緒にカラオケでもいいです。家族がひとつになる感じがすると思います。井上ひさしさんの本を読んでいたら、「笑いというのは共有することで完結する」とあったんです。この作品もまさにそうだなと思います。笑いも歌も、会話や笑顔も、共有することで超えられることがたくさんある。当たり前のことだけど、そこを再認識してもらえたらいいなと思います。
取材・文・撮影=田窪桜子
こまつ座 第120回記念公演『きらめく星座』
■日程:2017/11/5(日)~2017/11/23(木・祝)
■会場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA (東京都)
【スペシャルトークショー】
★11月 7日(火)1:00公演後 秋山菜津子・山西惇・田代万里生・木村靖司・深谷美歩
★11月12日(日)1:00公演後 吉原毅(城南信用金庫 顧問)― 戦争の足音が聞こえる時代に ―
★11月16日(木)1:00公演後【井上ひさし誕生日特別トークショー】辻萬長・木場勝己・久保酎吉・後藤浩明
★11月21日(火)1:00公演後 いとうせいこう(作家・クリエーター)―「音楽」は「笑い」を連れてくる!―
※アフタートークショーは、開催日以外の『きらめく星座』のをお持ちの方でも
ご入場いただけます。ただし、満席になり次第、ご入場を締め切らせていただくことがございます。
※出演者は都合により変更の可能性がございます。
◆同時開催◆
『こまつ座のキセキ』
第120回公演を記念して、こまつ座の33年間の軌跡を秘蔵の資料と共に展示いたします。
他では見られない貴重な資料を大公開!!『きらめく星座』公演期間中、劇場ロビーにて開催。
■作:井上ひさし
■演出:栗山民也
■出演:秋山菜津子、山西惇、久保酎吉、田代万里生、木村靖司、後藤浩明、深谷美歩、阿岐之将一、岩男海史、木場勝己
■公式サイト:http://www.komatsuza.co.jp/