これはアートなのか? 公衆電話を使ったアートプロジェクト『ポイントホープ』【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.4 山本敦子(アートプロデューサー)

コラム
アート
2017.10.30
撮影=新津保建秀 ©︎ポイントホープ実行委員会

撮影=新津保建秀 ©︎ポイントホープ実行委員会

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美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、アートプロデューサーの山本敦子さんが、思わず「これはアートなのか?」と感じてしまう、とあるアートプロジェクトについて語ってくださっています。

公衆電話を使ったアートプロジェクト

ありったけの10円玉と100円玉を公衆電話の上に積み重ねて、遠くにいる懐かしい人の声に耳をすます。重い受話器を持つ手はだんだん痺れてきて、小銭は容赦なく減っていく。あと10円分しか話せない、そろそろさよならを言わないと、と思った瞬間に電話は切れて、「またね」って言えなかったな、とちょっと寂しい気持ちになる。そんな甘酸っぱい経験は今の40代から50代以上の人でないとわからないかもしれません。いや、SNSで友だちや家族といつもつながっている今、公衆電話の使い方すら知らない若い人も多いのかもしれませんね。

『ポイントホープ』は、今やオールドメディアとなった公衆電話に着目した体験型のアートプロジェクトです。第一章から最終章までの5つの物語で構成されていて、第一章の電話番号「029-284-1900」は全国の公衆電話からかけることができます。まずはこの電話番号に電話をかけてみてください。受話器から2人の女性のモノローグが聴こえてきます。これが最初の物語。続きは茨城県水戸市内にある公衆電話からしか聴くことができません。

地図とオリジナルテレホンカードを持って旅にでる

公式HPで鑑賞キットを購入すると、公衆電話の場所が記された地図とオリジナルテレホンカードが送られてきます。あなたは地図とテレホンカードを持って、旅にでなければなりません。なぜなら、指定された電話ボックスに行かないと、物語の続きを聴くための電話番号がわからない仕組みになっているからです。

あなたは、まるでロードムービーの主人公になったように、電話ボックスをたどりながら物語の続きを聴いていきます。電話ボックスで受話器の向こうから聞こえてくる物語は、公衆電話が置かれた、それぞれの場所の記憶と深く結びついています。物語を聞きながら電話ボックスのガラス越しに眺める街は、普段とは少し違って見えるかもしれません。だから、この体験は初めてこの土地を訪れた人だけでなく、その街に住んでいる人にとっても「旅」になるのです。

「願い」を声に出して残すこと

物語を聞き終えたら、ぜひメッセージを残してください。どんなささいな願いでも、ずっと心に秘めた願いでもいいので、神社で願い事をするように、あなたの願いを声に出してみてください。公共の場所にある電話ボックスはその瞬間、極めて私的で特別な空間へと変わります。

留守番電話に録音されたメッセージの中から、毎週誰かの願いがTwitter公式アカウント(アカウント名:ポイントホープ)にアップされていきます。集められたたくさんの「願い」が、ひょっとしたらそれを目にした誰かの「希望」へと変わるかもしれません。そして、あなたが残したメッセージこそが、この作品を成長させていくのです。

撮影=新津保建秀 ©︎ポイントホープ実行委員会

撮影=新津保建秀 ©︎ポイントホープ実行委員会

さて、ここまで読んでくださった方は、疑問に思うかもしれません。これはアートなのでしょうか。アートとは、美術館に行って観るもの、と思っている方にとっては、この作品がアートだとは思えないかもしれません。

アートってなんだろう

では、アートってなんでしょうか。美術館に展示されていたらアートでしょうか。わたしは、当たり前だと思われている価値や、日常の固定された視点を転換する力を持ったものがアートだと思っています。遠く離れた人の声が耳元で聞こえるというのは、考えてみれば不思議な体験です。電話が発明された当初、人々は死者と会話していると勘違いしたという逸話も残っています。電話も発明された時はいわゆるメディアアートだったと言ってもいいかもしれません。

アートはあなたの毎日にわずかな亀裂を入れる存在です。そのわずかな亀裂から何が見えるのか、それは人によって違うかもしれません。中には小さな亀裂を押し広げて新しい世界に飛び出す人もいるかもしれません。ポイントホープは、アートってちょっとよくわからないな、と敬遠していた人にこそ、参加してもらいたアートプロジェクトです。まずは公衆電話から電話をかけて、新しい世界への扉を開けてください。

イベント情報
アートプロジェクト『ポイントホープ』

期間:2017年9月30日(土)~2018年9月30日(日)
会場:全国の公衆電話、水戸市内の公衆電話(4箇所)
公式ウェブサイト: https://point-hope.jp/
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