東京アンティーク散歩vol.13 浅草にある”下町の花園” アンティークショップ『緑園』
東京近郊にある、上質なアンティークショップを巡っていく連載『東京アンティーク散歩』。今回は、浅草にあるアンティークショップ『緑園』を紹介する。
魅力的な下町、浅草
行く度に、いいなと思える街がある。親しい人に、行こうよと誘われる街がある。それが浅草だ。久しぶりに浅草の町を歩いた。観光地ならではのバイタリティーに包まれ、様々な国の人の笑顔が目にはいり……。ひとりなのにウキウキしてくる。ああ、これが浅草の魅力だと思う。魅力の源はもちろん浅草寺だが、今日は後でお参りすることにして、アンティークショップ『緑園』に向かう。
浅草寺の裏側から7分程度歩いた街はずれに、店はある。駅からだと15分程度はかかるが、門前町の賑わいを横目に進むので、さほど遠いとは感じない。浅草ならではの職人の店や工場の並ぶ大通りをしばらく歩き、お稲荷様の赤い鳥居が見える路地に、観葉植物に囲まれた木製の看板が見えてくる。
味わいのある白い木製の扉をカラカラ開けると、色とりどりアンティーク雑貨が迎えてくれた。
東欧のおもちゃ箱
レトロな雰囲気の洋服も扱っている。
アンティークショップ緑園が扱っている商品は、主に60年代から80年代までの東ヨーロッパの日用品だ。店内にはさまざまなクロス、食器類、手芸用品、ぬいぐるみ、洋服、紙類など、ありとあらゆるレトロな日用品が並ぶ。まるでぎっしりと詰まったおもちゃ箱のようだ。オーナーの大澤氏はすらりとした男性で、奥さんと共に緑園を営んでいる。
年に一度は東欧を中心にヨーロッパを約一ヶ月かけて回り、商品を仕入れてくるという。東欧に行きはじめたきっかけを聞いてみた。
「学生のころからマイナーな東ヨーロッパが好きで、よく旅行していました。旅をしながら仕事がしたくてこの仕事をはじめたんです。イギリスやフランスと違って、東ヨーロッパには日本で見たことのないものが多かった。こんなデザインがあったんだ……と新鮮で。旧ソ連や旧東ドイツの日用品など、珍しいものが多いので買い付けを始めました」
家族愛のこもった刺繍クロス
さまざまなヴィンテージカットクロス
カラフルなカーテン類。ざっくりとした布の素材感が独特だった。
店内でまず目を引くのは、カラフルな布類だ。大きなサイズからカットクロスまで、本格的な手芸店のように布がディスプレイされている。レトロで珍しい柄や、手刺繍のほどこされた布が豊富にある。カーテンもある。どれを選ぶか迷うほどだ。実店舗でこれほどの量を見られるのは嬉しい。こうした珍しい布で小物を作ると価値が高まるので、手作り作家や小さいお子さんのいるお母さんたちに人気があるという。
ヴィンテージのクロス。懐かしい雰囲気。
東欧の手刺繍のテーブルクロス
なかでも、大澤氏のおすすめは手刺繍のクロス類。これは、どんな用途で作られたものなのだろう。
「家庭の主婦や女性たちが、自分の家で使うために刺繍したものなんです。機械刺繍じゃないので、ちょっとゆがんでいたり刺繍した人の個性があらわれていてかわいらしいですし、食卓を楽しくしようという家族への気持ちが伝わってきます。東欧では刺繍が盛んで、嫁入り道具として自分が仕立てた刺繍入りのシーツやリネン類を持っていくんです。クリスマスや感謝祭などのイベントのために刺繍もします。地域の教会では、土地の人が奉納した手刺繍のタペストリーがたくさん飾られています」
言葉通り、12月の店内にはキャンドルやもみの木をモチーフにした手刺繍のクロス類がたくさん置かれ、華やぎを添えていた。一枚一枚見ていると、クリスマスのひとときを想いながらコツコツと刺繍している女性の気持ちが伝わってくるようだ。テーブルに飾ったとき「きれいだね、上手だね」と褒められれば、どんなに嬉しかったことだろう。
手刺繍のすごしてきたであろう温かい過去を想像すると、心がうるおってくる。
手描きの木の小物入れ
ユーモラスなキノコ柄の食器
伝統の息づく世界
家の壁に伝統柄をペイントする女性たちの写真絵葉書
東欧の刺繍には、伝統的な図案がある。この図案は、刺繍のみならず食器やインテリアにも使われていて、なかでもカロチャ刺繍が代表的だ。
「家の入り口や壁に、伝統的な図案を自分たちでペイントしている村もあるんです。一種の魔よけのようなものかもしれません」と、大澤氏が古い絵葉書を見せてくれた。民族衣装をまとった女性たちが、家の壁にかわいらしい花模様をペイントしている。
専門家じゃなくて、自分たちでペイントするんですか? と驚いた。
「一般の人たちが、伝統柄を自分達で描く文化なんです。布に手刺繍したり、壁に描いたり、木箱に描いたり。代々引き継がれてきた図案やデザインが、生活に浸透しているんです。現地では、商品だけじゃなくて街の様子やインテリアを見るのがおもしろい。ロシア正教のデザインが影響している日用品もありますよ。全体的にちょっと洗練されていない、田舎っぽい素朴さが魅力なんです」
ボタンやリボンなど手芸用品も豊富
昔は、東欧の女性同様、日本人も手仕事を好んだものだった。筆者は、大正生まれの女性に作ってもらった袋物や敷物を持っている。素朴で不器用なつくりが、かえってその人を想わせる。暇さえあれば針仕事をして微笑んでいた姿が目にうかぶ。
緑園で扱っている刺繍も、その人のように懐かしかった。知らない人が作ったものなのに……。飾らない気持ちで作られたものには、国を超えた郷愁がやどる。
取材の帰り、浅草観音に手を合わせた。緑園に咲く刺繍の花々が浮かぶ……。やっぱり浅草はいいな、と思った。
ショップ外観