あらゆる演出と声優ならではの見事な演技が融合! 「READING HIGH」第1回公演 『Homunculus ~ホムンクルス~』12月9日夜の部レビュー

レポート
舞台
アニメ/ゲーム
2017.12.31
「READING HIGH」の第一回公演『Homunculus~ホムンクルス~』

「READING HIGH」の第一回公演『Homunculus~ホムンクルス~』

画像を全て表示(12件)

そこには圧倒的な“劇空間”があった――。ソニー・ミュージックエンタテインメントが劇作家・舞台演出家・クリエイティブ ディレクターである藤沢文翁とコラボレーションした、音楽朗読劇の新ブランド「READING HIGH」。その第1回公演『Homunculus ~ホムンクルス~』は、実力派声優・俳優の卓越した演技力と、生演奏だからこその臨場感、様々な趣向を凝らしたダイナミックな舞台演出により、観る者のイマジネーションを最大限に刺激するパフォーミングアーツの可能性を示してくれた。

本作の原作・脚本・演出を手がけた藤沢文翁は、イギリス・ロンドン大学ゴールドスミス演劇学部で研鑽を積み、英国朗読劇を独自改良した“藤沢朗読劇”と呼ばれる音楽朗読劇を中心に、国内外で活動している気鋭の舞台人だ。これまでも『SOUND THEATRE』や『VOICARION』、『Theatrical-Live』など数々の音楽朗読劇プロジェクトを展開。ストレートプレイにもミュージカルにもない、朗読劇ならではの醍醐味を創出し続けている。

そんな藤沢が新たに挑んだ『Homunculus ~ホムンクルス~』は、あるひとりの実在の人物をもとに“創造”=“想像”された物語でもある。マイセン陶磁器の創造者として知られるヨハン・フリードリッヒ・ベドガー。彼の白磁器の発明は、じつは錬金術師であったベドガーの偶然の産物であったという史実をベースに、錬金術師・ベドガーと彼が若き頃に出会った(かも知れない)ホムンクルス(=ルネサンス期の錬金術師・パラケルススが作り出したとされる人造人間)の4兄弟、キリスト教にとって最大の禁忌であるホムンクルス創出の秘技を追うヴァチカン枢機卿たちとのとあるエピソードが、年老いたベドガーが語り部となり回想形式で綴られていく。

物語の開始もミステリアスだった。劇空間の演出は、開演前から始まっていた。約2000人の観客で埋め尽くされた客席は入場時から、気づくか気づかないかの音量で流れている、静かなる雨音に包まれている。舞台にしずしずと登場した演奏家たちがチューニングを始めると、荘厳な雰囲気とともに、これからここで一体何が?というわくわくした期待感が湧き上がり、エモーショナルな弦楽の響きと強烈なバンドサウンドが融合したオープニングテーマに、一気に気持ちが引き込まれていく。

弦楽とバンドサウンドの融合したサウンドが生で響き渡る

弦楽とバンドサウンドの融合したサウンドが生で響き渡る

そこに轟いたのは鋭い雷鳴。客席に流れていた雨音から空気をそのまま引き継いで、『Homunculus ~ホムンクルス~』の劇空間は、スポットライトに照らされた病魔に冒され老い先短いヨハン・ベドガー(関智一)とその弟子(甲斐田ゆき)の思い出語りへと繋がっていく。

物語の語り部ヨハン・ベドガー(関智一)

物語の語り部ヨハン・ベドガー(関智一)

時は1719年。ベドガーが語り出すのは、彼がまだ若かりし頃に旅を共にした4兄弟の話だ。そこから場面は一転、時間は錬金術華やかなりしころの70年前に遡る。視覚を失われた物静かな長兄・シドニウス(諏訪部順一)、味覚と触覚、嗅覚を失っている次男・アーベル(梶裕貴)、最近生まれたばかりだという表情が作れない三男・バルド(豊永利行)、そして心を失った四男・エーレンフリート(甲斐田ゆき/2役)とベドガーの旅の風景が描かれる。その日常的な会話のなかで、徐々に観客は、上の3兄弟は大錬金術師・テオフラトスによるホムンクルスの実験施設で生まれた欠陥を持つ人造人間であり、四男は自らも屍人を復活させる術を知り、大錬金術師・テオフラトスが旅の途中、蘇らせてしまった屍人であるという事実を知ることになる。

長兄・シドニウス(諏訪部順一)

長兄・シドニウス(諏訪部順一)

次男・アーベル(梶裕貴)

次男・アーベル(梶裕貴)

三男・バルド(豊永利行)

三男・バルド(豊永利行)

四男・エーレンフリート(甲斐田ゆき)。甲斐田はヨナンの弟子と2役を演じた

四男・エーレンフリート(甲斐田ゆき)。甲斐田はヨナンの弟子と2役を演じた

一方その頃、世間を恐怖に陥れていたのが、テオフラトスが「人を造り出すことに成功した」という衝撃的な噂だった。キリスト教にとっては最大の禁忌である人体錬成を行うテオフラトスと、彼が生んだホムンクルス。それらを抹殺するためにヴァチカンから送り込まれたフェルナンド枢機卿(石黒賢)は、テオフラトスの痕跡を探るうちに出会った修道士・ユリウス(梅原裕一郎)をパラディンとしてスカウトし、強大な対ホムンクルス軍を率いてベドガーと4兄弟と相まみえることになる。抹殺の任務を果たすためにテオフラトスの行方を探るフェスナンド枢機卿たち。コールドロンと呼ばれる錬金術の釜がなくなると元の屍人に戻ってしまうエーレンフリートを救うため、それを与えたテオフラトスの居所を求める4兄弟。そしてホムンクルスの秘術によって滅びた自分の一族を復活させるため、秘術を知るテオフラトスを探し求めるベドガー。各人の思惑が交錯し、時に対立する同士が出会い、戦いを繰り広げるなかで、それぞれの立場から次第にあぶり出されていくテオフラトスとホムンクルスを巡る謎。そして最後に明らかになるのは、衝撃的なテオフラトスの正体だった――。

フェルナンド枢機卿(石黒賢)

フェルナンド枢機卿(石黒賢)

修道士・ユリウス(梅原裕一郎)

修道士・ユリウス(梅原裕一郎)

ベドガーと4兄弟の旅の風景と、フェルナンド枢機卿側の風景を、時系列を遡りながら交互に描き、徐々にシンクロさせながらサスペンスフルに謎を明かしていく藤沢文翁のシナリオは、実に巧妙だ。舞台には、演奏家たちを最後方の上段に置き、前列にベドガーと兄弟たち、後列上段にフェルナンド枢機卿とユリウスのふたりを配置し、シーンの入れ替わりをスポットライトの照明効果によって映しだしてスピーディーに場面を展開。次々に明かされていく謎に見入られ、真実の在処に翻弄されながら、観客は立ち止まることなく物語に没入させられていく。そのめくるめく物語の展開には、舞台というよりも、映画の中に入り込んだような感覚すら覚える。

さらに物語を加速するのが、音楽と特殊効果によるダイナミックな演出だ。奥深い背景を持つ人物たちの感情の発露とともに、エモーショナルな演奏を披露するのは、音楽監督を務める作曲家・チェリストの村中俊之率いるバンドたち。ストリングスと金管楽器、キーボードにドラム、そして美しい女声ボーカルという編成をチェロを弾きながら村中が指揮し、クラシカルな音楽から熱気あふれるロックテイストの楽曲まで、幅広い楽曲群でドラマを盛り上げていく。

シーンの移り変わりを照明で巧みに表現

シーンの移り変わりを照明で巧みに表現

音楽監督を務める作曲家・チェリストの村中俊之

音楽監督を務める作曲家・チェリストの村中俊之

その音楽と絶妙にシンクロする様々な特殊効果と照明効果、SEによる演出も、観る者を驚かせた。役者が舞台上を移動しない朗読劇ならではの制約を逆手にとり、人物がアクションするシーンでは臨場感あるSEで躍動を感じさせ、演者の足元では本物の炎が燃えさかり、舞台上のあらゆるところから霧が吹き出す。真っ赤に染まる舞台上で展開する激しいバトルシーンでは客席に向かって輪状の煙が吐き出され、感動的な場面では頭上から降り注ぐ小さなライトが輝きながららせん状に波を打って躍動。SE音響のサラウンド効果と相まって、そこにはたしかに魔術的な空間が立ち現れた。

圧巻の迫力を演出してみせた

圧巻の迫力を演出してみせた

そして何よりも観客を魅了したのは、役者陣の素晴らしい演技だった。時を駆けるベドガーの若者から老人期までを巧みな声色と芝居で魅せた関智一。優しく頼りがいのある長兄を犠牲的な兄弟愛の切なさとともに魅力的な低音で演じきった諏訪部順一。皮肉屋で棘のある高圧的なアーベルの内に秘めた優しさと熱さを迫力ある芝居で見せつけた梶裕貴。クールなエーレンフリートとやさしい弟子という男女を丁寧な感情表現で華麗に演じ分けた甲斐田ゆき。暗い生い立ちを持つ少年・バルドの無邪気さ、可愛らしさと儚さの二面性を両立し、ラストでは見事なギャップで驚かせた豊永利行。洞察力に長けた口の悪い枢機卿の軽妙なコミカルさを、際立つ存在感を保ちながら見事なナチュラルさで演じた石黒賢。この中では最もキャリアが浅いながらも、飄々としたユリウスの持つ独特の距離感をキープしながら、石黒との絶妙なコンビ感を発揮した梅原裕一郎。活き活きとした彼らの掛け合いは、観客の頭と心の中に登場人物たちを、たしかに浮かび上がらせる。

何のためであっても、例え不完全な身であっても、この世に生を受けたことを受け入れて「生きたいから生き」、「家族を守りたいから守る」ことを全うしようとするホムンクルスたち。“シンギュラリティ”が社会問題として取り沙汰される現代において、悲哀に満ちた彼らが放つ最も根源的でストレートなメッセージは、観客に「人間とは何か?」という根源的な問いも投げかけているように思えた。

凝りに凝った衣装や、演者の周囲に置かれた椅子や装飾品でも時代感を演出し、2.5次元でもなく3次元でもない、より飛翔を遂げた“3.5次元”のイマジナリーな劇空間を体感させてくれた『Homunculus ~ホムンクルス~』。会場では、来場者が事前にダウンロードした「READING HIGH」公式アプリ「ホムンクルス恋愛占い」を活用したお楽しみや、初日昼の部の上演を缶バッチサイズのデジタル音楽プレイヤー「PLAYBUTTON」に当日録音して販売するというファンサービスが徹底されていたのも画期的だ。

千秋楽日には早くも第2回公演の開催も発表された「READING HIGH」。次回公演の詳細は、2018年1月に発表されるという。朗読劇の世界に新しいエンターテインメントの在り方を提示した「READING HIGH」に、今後も期待したい。
 

取材・文=阿部美香 
舞台写真提供=ソニー・ミュージックエンタテインメント (c) READING HIGH

シェア / 保存先を選択