ピアニスト高木竜馬が魅せる、卓越したテクニックに裏打ちされた豊かな表現力の煌めき
高木竜馬
“サンデー・ブランチ・クラシック” 2018.2.11 ライブレポート
クラッシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート『サンデー・ブランチ・クラシック』。2月11日に登場したのは、ピアニストの高木竜馬だ。
2歳からピアノをはじめ、7歳から故エレーナ・アシュケナージに師事するなど優れた指導者のもと才能を伸ばしていった高木は、渋谷幕張高校在学中にウィーン国立音楽大学コンサートピアノ科に首席合格。現在、特別奨学生として、同大大学院に在籍し、ウィ―ン奏法の真髄に触れながら、数々のコンクールで優勝。世界各地での演奏活動と並行して、出身地である地元千葉県をはじめとした、国内での演奏活動にも力を入れている。
高木竜馬
なじみ深い名曲に吹き込まれた新鮮な感動
若き気鋭のピアニストが、初めて『サンデー・ブランチ・クラシック』へ登場するとあって、ステージに熱い視線が集まる中、高木が涼やかに現れた。拍手の中演奏された1曲目は、ベートーヴェンの「エリーゼのために」。ピアノ学習者が発表会で演奏する楽曲として、今なお根強い人気を誇る、小品ながら誰もが知る名曲中の名曲だが、高木の演奏は、そうしたピアノ学習者たちが演奏する時よりも、むしろゆったりとしたテンポで奏でられ、あくまでも繊細な響きが実に新鮮。会場が一気に静まり返り、その美しい音色に聞き入った。
高木竜馬
その演奏が終わると、高木がまずこの『サンデー・ブランチ・クラシック』は、演奏家の自宅のリビングにお客様をお招きしての演奏会、というコンセプトでお送りしていますと説明しつつ「私の自宅はこんなに豪華ではありませんし、普段自宅でタキシードを着て演奏している訳ではありませんが」と笑いを誘う。そして、「是非お食事を召し上がりながらくつろいでお聞きください」と語り、まず冒頭に演奏した「エリーゼのために」について、ベートーヴェンがエリーゼ・マルファッティという貴族の令嬢に恋をして、失恋した時に書かれた曲です、との説明があり、繊細な演奏の秘密が明かされた。
続いて演奏したのは、一転して大曲のショパン「スケルツォ第2番」。「スケルツォ」は本来、ユーモラスなとか、諧謔的なという意味で、明るいイメージのものが多いのだが、ショパンのスケルツォは大半が暗い曲で、何故そんな曲を書いたか?を高木は調べてみたそうだ。それによると、ショパンの恋人として有名な、男装の麗人の詩人ジョルジュ・サンドとの恋には、純粋な恋愛というよりも、当時社交界で絶大な力を誇っていたジョルジュ・サンドに、ショパンが手を借りていたという側面があり、その葛藤がこのスケルツォを生んだのではないか?という解釈が語られ、期待が高まる中、演奏がはじまる。
「スケルツォ第2番は」、ショパンの4曲のスケルツォの中でも、最も著名なものと言って良い楽曲で、壮大で難易度も高いものだが、高木の演奏はその卓越したテクニックに裏打ちされているからこそ、楽曲が軽やかに響き、演奏がある意味テクニックばかりを誇るものに堕ちない美点にあふれている。そのことによって、ショパンならではの美しいメロディーがより際立ち、中でもピアニッシモ、ピアニシッシモのという、音量の小さな音の中に尚豊かな幅があって、起伏のある表現力が可能になっている。その素晴らしさが聴衆を惹きつけ、圧倒的な感動を生み出していった。
高木竜馬
美しいメロディーに秘められた故国を思う「哀しみ」
熱気の中、2曲続けて演奏されたのはラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲第18変奏」と、ショパンの「ポロネーズ英雄」。ラフマニノフはロシア革命の狂気に翻弄されアメリカに逃れたあと、作曲家としてでなくもっぱら指揮者、演奏家としての活動を続けていて、何故作曲をしないのか?との問いに「私はもう長いことロシアの大地を踏んでいない。ロシアの白樺も見ていない。リラの花の香りもかいでいない。このような状態でどうして筆を進められようか」と答えたとのエピソードを語り、楽曲の変二長調には「届かぬものへの思い」という意味があるので、そこにはラフマニノフの二度と戻れぬ故国への思いがあったのだろう、と語ってくれた。また、ショパンの「ポロネーズ英雄」は輝かしい曲だけれども、16世紀ショパンの故国ポーランドが列強に侵略される以前、ヨーロッパ最大の強国としての威厳を保っていた頃の、故国よ甦れという愛国心にあふれたショパンの想いが籠められている、と解説。2曲を続けて演奏する意味を、聞く者に十分に届けた後、演奏がはじまった。
高木竜馬
ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲第18変奏」は、よく知られた美しいメロディーが、高木の澄み切った音色によって美しいまま届けられ、その中に哀愁と、ロシアの広大な大地の情景が浮かびあがり、高木の持つ豊かな表現力がより一層引き立つ効果となっていた。そのまま拍手の間を置かずに、ショパンの「ポロネーズ英雄」へ。この曲でも、輝かしい音色を奏でつつ、華やかに大向こうにというよりも、より音楽の内面に寄り添う高木の演奏スタイルが、楽曲の本質を立ち昇らせる。後半になるに従い力強い雄々しさも加味され、演奏の終わりにはブラボーの歓声と、大きな拍手が会場を包んだ。
その喝采に応えたアンコールは、プロコフィエフの「戦争ソナタ」第7番の第3楽章。第二次世界大戦の最中に作曲された、戦車が通り、銃弾が飛び交う様が表現された楽曲で「とても騒々しい曲です」と、ユーモラスな紹介のあと、アンコール曲はスタート。言葉の通りの烈しさに溢れた楽曲で、この日のプログラムの中で、最も高木の高度なテクニックが惜しみなく前面に出た演奏となり、感嘆と喝采の拍手がいつまでも続いた。ピアニスト高木竜馬の才気が煌めく、豊かで贅沢な約40分のコンサートだった。
高木竜馬
音楽によってすべてが良い方向に向かうことを理想にして
演奏の余韻が続く中、コンサートを終えたばかりの高木にお話を伺った。
──大変贅沢な素晴らしいコンサートでしたが、まず本日の演奏で目指されたものは?
普段の演奏会というのは、企画を主催する方がいらして、そちらから演奏家が招いて頂いて演奏をするという形なのですが、e+が企画されているこの『サンデー・ブランチ・クラシック』は、演奏家の自宅にお客様をお招きして行うコンサートというコンセプトだとお聞きしたので、僕もそのように意識して、くつろいで聞いていただこうと思いました。
──ショパンの時代のサロンコンサートというのは、こういう感じだったのでは?と想像しながら聞かせていただきました。演奏されていて会場の雰囲気はいかがでしたか?
演奏の時にもお話しましたが、入った瞬間に「ここが僕の家のリビングだと思っていいんだろうか?」と思って(笑)。とても豪華じゃないですか、奥行きも幅もあり、後ろ側にも席があって。リハーサルをした時に、ダイニングのお席とリビングのお席、それぞれの1番後ろと、パティオの中のお席にいきまして、どのくらい響きが違うんだろうか?と確認しましたら、リビングの方のお席は座席がレザー製が多いものですから、少し吸収されますが、それでも煌びやかな音色は全く損なわれなくて。
調律師さん、また音響さんともどう配置すれば1番良い音になるだろうか?と色々調節して考えたのですけれども、あれだけの広さがあって、あれだけお客様がいらっしゃる中でも、会場全体が一体になるような響きを創ることができるように作られているなと感じました。そういった意味でも、自宅のように、あの広いスペースをお客様と共有できることを感じました。それこそがサロンの醍醐味で、お客様と演奏家の相互方向のコミュニケーションが、より密に創ることができるサロンだなと思いました。
高木竜馬
──また「エリーゼのために」からはじまり、大曲のショパンスケルツォもあるという贅沢なプログラムでしたが、選曲の意図はどのように?
まずやっぱりここのコンセプトとして、お客様にくつろいで聞いていただきたいと思いましたので、すごくマニアックな曲や、難解な曲は場にそぐわないなと、皆様に聞きなじみのある曲から選ぼうと思いました。そして、プログラムの裏コンセプトとしては、すべての曲の共通のテーマに「哀しみ」があって。英雄ポロネーズや、スケルツォもブリリアントな曲ですし、パガニーニも明るくて優しい曲だというイメージがあると思いますが、実はその裏にはそれぞれの作曲家と、彼らの故国に対しての切っても切れない縁の中にある「哀しみ」が、それぞれの曲の中に隠されているということを、もう1つのコンセプトとして曲を選びました。
──演奏の間に解説もしてくださったので、お客様にもとてもわかりやすかったと思います。こういうお食事をいただきながらクラシックが聞けるというのは、なかなかない場ですが、お客様の反応などはどのように感じられましたか?
演奏中はとても静かで、集中して聞いていただいていると感じましたし、食事を楽しみながら演奏を聞いていただく、さらにお子様にも開かれた空間、というところにお招きをして、すごくお客様がリラックスして聞いてくださっているなと。コンサートホールに行くのとは違い、やはり家のサロンでくつろいで音楽を聞くという形が素晴らしいですね。
これは僕が音楽をやっている意義、という話につながっていくのですが、音を出すというのは途中経過で、音が響くというのも途中経過で、お客様の耳に届く、心に、頭に届くことも途中経過で、何が最後に最も重要かというと、僕が信じるところは、例えば何か悩みがあっても、音楽を聞くことによって「また頑張ろう」と思っていただけたり、「元気が出たな」というプラスの感情になっていただけることなんです。また、聞いていただいている間、時を忘れて普段にない瞬間を体験していただくなど、聞いてくださるお客様のモチベーションにつながる、音楽によってすべてが良い方向に動いていってくれることが理想だと思っています。
これがサロンの空間ですと、とても密接な関係で共有することができますし、僕が熱量を持って演奏すれば、お客様にダイレクトに伝わると思います。同時にお客様にすごく静かに聞いていただいているということも、僕にダイレクトに伝わります。お互いが身近に感じられる、こうしたサロンでの演奏というのはとても大切に場所だと思いますので、どんどんそういった場所を大切にしていこうという機運が高まっていくといいなと思います。
──演奏から、ダイナミズムはもちろんとても内省的な繊細なものも伝わってきましたので、本当に素敵な時間だったと思います。是非また演奏を聞かせていただけるのを楽しみにしています。
僕も是非またここで演奏したいと思っています。ありがとうございました。
高木竜馬
※高木竜馬の「高」は「はしごだか」が正式
取材・文=橘 涼香 撮影=山本れお
公演情報
3月11日(日)
あいのね/フルート、ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
3月18日(日)
但馬有紀美/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
3月25日(日)
太田糸音/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
4月8日(日)
寺下真理子/ヴァイオリン&SUGURU/(from TSUKEMEN)ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
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